【インタビュー】OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』| 抑制の彼方に広がるサイケデリア

ミニマルメロウでスローなサイケデリアを極めた楽曲にミュータントディスコやレフトフィールドなダブ、エレクトロ、ファンカラティーナなどのエッセンスを注入。さらにSF的な視点やストーリーテリングの新たな手法を駆使し、リスナーの価値観を大きく静かに揺らす歌詞によって、新たな表現の地平を切り開いた4人組バンド、OGRE YOU ASSHOLEの3年ぶりとなる新作アルバム『新しい人』。口当たりこそ甘くまろやかだが、ボディーブローのように効いてくるアフターエフェクトが見慣れた日常の風景を一変させるディープ極まりない作品世界について、フロントマンの出戸学に話を訊いた。

取材・構成 : 小野田雄

写真 : Ray Otabe

- まずは2016年の前作『ハンドルを放す前に』を振り返っていただけますか?

出戸学 - 完成した当初の感想として、あのアルバムは、バンドの枠組みも解体され、ロック色も払拭された作品になったと思っていたんですけど、今回のアルバムを作り終えた後に改めて聴いてみたら、ガッツがあるロック的な音色を使っていたり、バンドのアルバムとしてきっちり成立していて、完成当初の感想が大きく覆されましたね

- そう。改めて聴き直すと、意外にロックを感じるバンドアルバムなんですよね。その印象の変化はどういうことだと思いますか?

出戸学 - 今回のアルバムは、前作の方向性がさらに推し進められていて、自分が考えるバンドやロックのイメージから離れたものになったので、その対比によって、前作の印象が変わったように感じるのかもしれないですね

- 新作アルバム『新しい人』は前作の方向性を推し進めたいという意図があったんですか?

出戸学 - 今回、そういうアルバムを作ろうと具体的に話し合ったことは1度もなく、楽器選びや音色のチョイスだったり、自分たちがいいと思うものをただただ形にしていって、気づいたら、ロックやバンドから遠く離れたところに着地した感じなんです。

 -アルバムにはリアレンジされた別バージョンが収録されている昨年のシングル"動物的/人間的"は、むしろ、前作アルバムの対極、ダイナミックでエモーショナルな抑揚が付けられ、饒舌なアレンジが施されたバンドらしい曲でしたもんね。

出戸学 - しっかりみっちりアレンジされた曲ですよね。あのシングルでは、というか、今回のアルバムもそうなんですけど、1曲1曲にテーマを設けて、他の曲との繋がりを無視した独立したものとして完結させるアプローチで、その曲ならではの良さを素直に引き出すように制作を進めていって、シングル"動物的/人間的"は今までになく躍動感がある曲と歌詞が出来たので、今までやったことがないほどにポジティブで生命力に溢れるアレンジを形にしてみた曲なんです。でも、あの曲を完成させた後、次の曲の制作プロセスに向かっていくなかで、"動物的/人間的"のことはすっかり忘れて(笑)、また違ったモードになっていたんですよね。

- 結果的にシングル"動物的/人間的"からさらに進化を遂げた新作は、曲の尺がどれも短くて、曲のテンポも相当にスローモーになっています。

出戸学 - 音質も尖ったものが少ないし、緩くて、テンポも一番遅い曲だと、BPMで39とか。どうしてかというと、自分たちにとって心地いいと感じるものがそういうものだったというだけ。自分たちとしては、ニュートラルに制作を進めていたつもりだったんですけど、完成したアルバムを聴いてみて、自分たちでもその緩さ、ぬるさに驚かされました。

- 前作『ハンドルを放す前に』にしても、それ以前の3部作にしても、OGRE YOU ASSHOLEはアルバム全体の大きなテーマを自覚しながら、作品作りを行ってきたと思うんですけど、今回、アルバムのテーマは全く自覚しなかった?

出戸学 - そうですね。今回の手法として、アルバムの全体像は忘れて、曲それぞれに集中して作業することにチャレンジしてみました。まぁ、普通のバンド、作家の方にとっては当たり前のやり方なんでしょうけど、今までのアルバムの枠組みありきの作り方を続けてきた僕らにとって、枠組みから解き放たれた自由度の高さを感じる一方で、自由すぎると何をやったらいいのか、雲をも掴むような制作が続いて、目標に少しずつ近づくことで得られる達成感は全くなかったので、迷子になりそうな瞬間もあったんですけど、とりあえず手を動かそうと言い聞かせながら制作を続けていましたね。

作品の佇まいとして、セッションや演奏の快楽性に身を委ねて、衝動的に生み出されたものではなく、コツコツ積み重ねるべく、“手を動かした”という言い方がフィットする作品だと思いました。

出戸学 - ギターソロもなく、大袈裟なアレンジも削ぎ落とされていたし、演奏で快感が得られる瞬間は、確かに今回のレコーディングではなかったかもしれない。プレイヤーとしてこだわっていたのは、フレーズの面白さや音色、それから演奏のタイミングですね。ベースとドラムの関係性で、前ノリになると曲が軽くなったり、後ろノリになると重くなったり、波形で見るとズレてるかズレてないか分からないくらいの違い、そのコンマ何秒のズレで曲の質感ががらっと変わるんですよ。それが自分たちにとっては発見でもありましたし、延々とこだわって作業していたポイントでもありますね。ドラムの勝浦(隆嗣)さんはその差異を敏感に感知する人で、ライブに向けた普段のバンド練習でも表現したい質感を出すために曲を通しで演奏するより、徹底して細部にこだわった練習をさせられるんです。

- 捉え方によっては、ダンスミュージックのトラック制作に近いアプローチというか。過去にはALTZやMOODMANにリミックスを依頼していますけど、ダンスミュージックの影響はいかがですか?

出戸学 - ここ最近、ギターの馬淵(啓)は、Arthur Russellだったり、80年代のディスコっぽいものに興味があって、彼の作る曲にはその影響が少なからず反映されているとは思うんですけど、僕はそうでもなかったりするし、誰一人としてクラブに遊びに行ったり、現行のダンスミュージックを聴いていたりもしてなくて。影響を受けているのは、KraftwerkやCANだったり、ロックとかニューウェーブと接点があってダンスミュージックと呼んでいいのか曖昧な音楽ですね。

- クールで奇妙にねじれた音響がニューウェーブダブを思い起こさせる4曲目の"過去と未来だけ"や5曲目の"ありがとう"。8曲目の"本当みたい"がOrange Juiceを彷彿とさせるファンカラティーナだったり、前作以上にマージナルなダンスミュージックからの影響がうかがえる新作で異才を放っているのは3曲目の"さわれないのに"。この曲は、もはや、80年代のオールドスクールなエレクトロですよね。

出戸学 - あの曲は打ち込みで作ったもので、バンドサウンドですらないという(笑)。こういう曲をやっちゃってもいいのかとも思いつつ、アルバムの全体像を敢えて考えなかったからこそ、ありになったというか、アルバムを通して聴いた時、生ドラムの曲とも上手く馴染んでいるところが不思議なんですよね。今回は謎のオムニバスアルバムみたいな感じで、統一感のない作品になってしまってもいいやという気持ちで作っていたのに、結果として何とも言えないまとまりが出たんですよね

- それぞれ質感の異なる曲が違和感なくまとまっているのは、録音とミックス、マスタリングを手がけた中村宗一郎さんの手腕なんでしょうか?

出戸学 - 1曲足したり、抜いたり、曲順によってもアルバムの印象ががらっと変わったんですよ。もちろん、中村さんの手腕もあるでしょうし、細かいことの積み重ねによって、意図せずして今ある形に着地したんです

- YouTubeでは"朝"をジャム的に拡張した10分を超えるライブ動画が公開されていますが、アルバムではそれとは真逆の抑制されたサイケデリック感が極まっています。

出戸学 - 今回は、自分なりに言葉にするなら、輪郭がぼやけた夜っぽい感じ、麻酔がかかって感覚が鈍るようなサイケデリック体験ではなく、花や虫、雪の結晶をズームで見ることによって違う世界が広がるようなフォーカスが合った覚醒的なサイケデリック体験なんですよね。それは歌詞の内容についても同じことがいえますし、音に関しても、平常運転なんだけど、ズームがあって、変な風景が見えてくるものになっていると思います。

- 今回のサイケデリック感覚は、抑制された最小の音が何も起こらず延々と続いていくことで脳内麻薬が放出されるミニマルテクノのそれに近いように思いました。

出戸学 - 常に何かが足りない状態の音が延々と続くことで、違った風景が浮かび上がってくる感じ。そして、ある種のぬるさが持続することで何か妙な音楽体験になってくる今回のアルバムは確かにそういうものかもしれない。

- ジャムっぽい曲は演奏者の想像力がそのまま曲に投影されて壮大なものになっていくのに対して、このアルバムは、何かが足りない抑制された状態が続くことで、リスナーの頭の中で逆に想像が広がっていく構造になっているんじゃないかな、と。

出戸学 - 今回、2曲目の"朝"のように、ライブだったら7、8分に引き延ばすところを敢えてばっさり切ったというか、ライブのことを一切考えず作った曲がたまたま短かっただけの話なんですけど、短い曲の作用は全く意図せず、結果的に聴き手の想像力を刺激するものになっているように思いますね。

- サウンドと歌詞の関係性や相互作用についてはどのようなことを意識しましたか。

出戸学 - 例えば、明るい曲調の8曲目"本当みたい"は祝祭感のあるサウンドに対して、歌詞は一体感があるようで分断されている内容だったりして、そういうアンビバレントなものを表現してみたり、単体では何だか分からない歌詞が音と一体になった時に感じられるものを意識して言葉を紡いでいきましたね。

- 歌詞に関しても、具体的な対象が描かれていなくて、関係性のみ描くことで描かれていない対象を浮かび上がらせるミニマルなアプローチが大きな特徴ですね。

出戸学 - 3曲目の"さわれないのに"の歌詞を書いたことで、その手法の新しさ、面白さに気づいたんです。そこで学んだことを他の曲の歌詞にも応用したんですけど、そのアプローチは今回のどの曲にも一貫しています

- そして、遠い未来の視点から現代人の痛みや苦しみを描いた1曲目の"新しい人"が象徴するように、この作品では、近未来的な描写を用いずにSF的なアプローチで歌詞が描かれています。

出戸学 - SFというのは、どんなに近未来的な作品であっても今の社会を映し出していると思うんですけど、そういうSF的な手法を借りて、今自分が考えていることを表現しました。特に"新しい人"はそういう曲で、痛みや苦しみは出来ることならなくなって欲しいんですけど、それが実現した未来のユートピア世界には(人を人たらしめている)痛みや苦しみが分からない未来人なのかまた別の何かが存在している。それは本当のユートピアなのかディストピアなのか。

-  一聴すると未来に向かうポジティブな曲なのかと思いきや、ちょっとした言葉使いに気づくと、どうやらそういうことでもないらしい、と。じわっと意図が伝わってくるような仕掛けが施されている。

出戸学 - 自分でも正解が分からないので、その分からなさをあまりに悲観的になりすぎず、それでいて、楽観的にもなりすぎないよう、上手く伝えるために語尾や歌のトーンを微調整してバランスを取りました。自分も含め、みんなが大切だと思っている価値観や考え方は歴史をさかのぼると実は生まれてからそんなに時間が経っていなかったりするじゃないですか。自由や平等という概念も今でこそ大切なものとして考えられていますけど、歴史的にはそうじゃない時間の方が長かったし、この先、自由や平等の概念が古くなって、思いも寄らない概念が尊重されるようになるかもしれない。そう考えると、自分が持っている価値観や思想、信念は実はあやふやなものであることに気づかされるし、そのあやふやさを偏ることなく形にしたかったんです。

- 7曲目の"自分ですか?"では、自分で物事を選んでいるようで、実はAIに選ばされていたり、情報操作されて、選ばされているだけなのかもしれないと疑問を呈してみたり、"本当みたい"は、人それぞれ欲しい情報が流れるようになっているSNSのタイムラインを思い浮かべたんですけど、それもある種の情報操作であるし、ネットでは色んなものが共有されているようで、異なる情報を元にした常識は人それぞれ違うものであるということを突きつけてみたり、歌詞における価値観の揺らしがサイケデリックでもありますよね。

出戸学 - 今はネットショッピングで自分にあった商品をAIがオススメしてくれるじゃないですか。その機能がさらに進化したら、自分よりAIの方が正解をよく知っているという事態が起こりえるんじゃないかって。"自分ですか?"では、例えば、自分が結婚する相手とか、人生における重要な選択まで委ねるようになり、それによって曇りない人生を歩めるようになったとして、それはいいことなのかということを問うてみたり、"本当みたい"は人それぞれのリアルがあり、それが心地いいんだけど、一方では分断されている側面もあったりする。この曲では、まさにSNSのことを想像して書きましたね。

- 高度に発達したテクノロジーや情報の渦によって揺らぎ、翻弄される人間を描き、問う歌詞世界がバンド感の希薄なサウンドと一体となって広がるところに、このアルバムの醍醐味があります。

出戸学 - サウンドはマイルドでゆったりしているんですけど、聴いた後にはどこかモヤっとしたものが残りますよね。ただ、このアルバムでは社会を批判しているというより、子供のように素朴な疑問を“なんで?”と無邪気に問い続けたら、その問いに自分が食らわされる作品であって、その問いに対する答えは自分のなかで見出せていないですし、分からない今という時代をそのまま投影したつもりです。そういうアルバムを作ったことを、無責任に思われるかもしれないですけど、既存の価値観を揺らすことで、そこから新しい何かを考え始めるアルバムですね。

- そして、ラストの"動物的人間的"はシングルバージョンに対して、アルバムバージョンはかなり抑制はされていますけど、ホッとさせられる締めくくりです。

出戸学 - このアルバムでは観念的、概念的なこと、その虚構性についてずっと歌ってきて、この曲だけ、ただ風を感じている体がある。そういう身体的なものをポジティブなフィーリングで歌っていて、それがこのアルバムで唯一の救いになっているという。ただ、人間は身体性のみで生きていけるわけではないし、虚構には抗えない力があり、頭のなかでそういうことを考えている時間が多かったりするのが人間でもありますからね。ただ、アルバムとして、聴き手を安心させる終わり方にしたのが今回の僕たちの結論ではありますけど、安心させずに宙ぶらりんで終わったら、どうだったのかなって。僕らの甘さが出てしまった締めくくりだったんですかね(笑)。

OGRE YOU ASSHOLE
タイトル:新しい人
発売日:2019年9月4日(水)
金額:¥2,700(税別) / 品番:DDCB-19005
Label:花瓶

収録曲:
1.新しい人
2.朝
3.さわれないのに
4.過去と未来だけ
5.ありがとう
6.わかってないことがない
7.自分ですか?
8.本当みたい
9.動物的/人間的(Album Ver.)

各サブスクリプションへのリンク
https://ssm.lnk.to/newkindofman

OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』release tour

10月6日(日) 梅田TRAD 前売 ¥3,900 (ドリンク代別) | GREENS 06-6882-1224
10月12日(土) INSA福岡 前売 ¥3,900 (ドリンク代別) | BEA:092-712-4221
10月22日(火・祝) 名古屋 CLUB QUATTRO 前売 ¥3,900 (ドリンク代別) | JAILHOUSE:052-936-6041
10月26日(土) 札幌 Bessie Hall 前売 ¥3,900 (ドリンク代別) | WESS:011-614-9999
11月4日(月・祝) EX THEATER 六本木 前売 ¥4,200 (ドリンク代別) | HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999

◆チケット販売中
http://ogreyouasshole.com/information/2201

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