【特集】渡辺志保のトロント訪問記 Vol.2 | 独自の文化が根付くパブリックアート、多様性を打ち出す先進的な都市

Vol.1はこちらから。

今回、一週間足らずの滞在ではありましたが、トロントはとてもインプレッシヴな街でした。個人的には、人生において二度目のトロント訪問。とは言っても、前回訪れたのは私が11歳頃の時。詳しい記憶はすでに霧の中…という感じですが、それでも、当時トロントで観覧したブロードウェイ・ミュージカルのすばらしさ(トロントは、ニューヨーク、ロンドンに着くミュージカル都市だそう)に夢中になったことははっきり覚えています。そして、「thank you」や「excuse me」と言った簡単な英語が通じたことも。私にとっての初めての英会話体験の地は、まさにトロントでした。

というわけで、今回、トロントの街を歩いて印象的だったトピックを幾つか挙げていきたいと思います。まず何より、パブリック・アートがとても充実している点。現地のツアーガイドの方に伺ったところ、トロントには「Percent for Public Art Program」という公式の制度があり、市街地に大きな建物を建てる際、デベロッパーは床面積に応じて数パーセント分の広さをパブリック・アートのスペースとして割かねばならないそうなんです。どこか閉塞感のある大きなビジネスビルでも、一般市民が気軽に入って建築そのものやアートを楽しむことができるように実施された策だそう。中でも、トロントのウォール街とも言われるビジネス・エリアにそびえ立つブルックフィールド・プレイスにおける、サンティアゴ・カラトラバによる美しい格子のような天井のアート、ミース・ファン・デル・ローエのデザインによる漆黒に輝く美しいトロント・ドミニオン銀行の本社ビル群などには目を奪われました。

ブルックフィールド・プレイス内のサンティアゴ・カラトラバの作品
ミース・ファン・デル・ローエが設計したビル

こうした現代的なパブリック・アートや建築物が並ぶ中、1899年に建てられた立派な石造りの旧市庁舎がそびえ立っており、その街並みには常に飽きさせられませんでした。ちなみにこの旧市庁舎、非常に精密なカーヴィング技術が施されており、細かいところまで圧巻でした。

そして、トロントのパブリック・アートの真骨頂とも言えるのがグラフィティ・アレーです。クイーン・ストリート・ウエスト地区を中心に広がるこのエリア、もともとはラッシュ・レーン(Rush Lane)という名の通りだったそうですが、自治体が公式にグラフィティを認め、その後、グラフィティ・アレー(Graffiti Alley)と改名したそう。

Grafitti Alleyのサイン

通りを一歩入ると、グラフィティ・アートがびっしり!それぞれ有名なライターのトレードマークを入れたものや、なかなか珍しそうなフェミニンンなデザインのもの、ローカルなヴァイブスたっぷりのもの…本当に多種多様なピースで埋められています。

パリやアメリカ、カナダ、数カ国のライターが共同で制作したピース
グラフィティ・アレー内のピース

ちなみにトロントでは『Style In Progress』と呼ばれる、グラフィティやブレイクダンスなどをフィーチャーした複合的なヒップホップ・フェスが毎年行われており、開催時期にはアメリカやヨーロッパからもグラフィティ・ライターが集合して大きなピースを完成させるそう。聞くところによると、数年前にDrakeのステンシル・アートが大量にボムられていたそうなのですが、いつの間にやら全て消えてしまったそう…。残念ですが、なんとなく分かるような気もします。

グラフィティ・アレー内のピース
グラフィティ・アレー内のピース。 UBER5000という有名な地元ライターによるミューラルで、トロント市を象徴しているもの。左端に見える「YYZ」はトロント空港の3レターコード。
グラフィティ・アレー内のピース。トロントのグラフィティ・クルー、ACKのヴェテラン・ライターであったAlex Kennedyを追悼するミューラル。2017年に書き上げられたそう。
グラフィティ・アレー付近のピース。OBEYことSHEPARD FAIREYのもの。

その他、私がハッとしたことというと、街の人々がなんだかリラックスした雰囲気で過ごしているという点。そして、多様性にとても寛容であるように見える点でした。トロントは移民の数がものすごく多く、人口の6割以上が世界中からの移民だそう。中華系のエリア、ポルトガル系のエリアにイタリア系のエリア…と、それぞれのエスニシティによって形成されるエリアもたくさんあるのですが、ニューヨークのようにキッチリと全ての民族・人種が分かれているというよりも、みんなが調和して暮らしている印象を受けました。

様々な国と地域のカルチャーが混ざり合うエリア、ケンジントン・マーケットで売られていたキモノ・ガウン。
アフリカ系ヘアサロンの隣に韓国系の参拝施設が並ぶトロントの街並み。

インド料理屋の隣にコリアン・レストランが並んでいるような様子もたくさん見受けられましたし、週末、賑わっているクラブでも、8割くらいがブラック系のお客さんでしたが、同じフロアにはターバンを巻いている男性の集団もいて、みんなでDrakeの曲を合唱している光景は、いい意味で特別に見えました。

そして、カナダは2005年に、世界で4番目に同性婚を合法化した国家として知られており、特にトロントはLGBTQの権利問題に関しても進んでいる都市として認知されているそうです。街を歩いていても、大学や教会、銀行やスターバックスなど、至るところにレインボー・フラッグが掲げられていました。同性同士で愛し合うことに関して、特別なことではなく、基本的な人権として市民みんなが認めているような雰囲気とでも言いましょうか。1日だけ、インド系のゲイの男性にアテンドしてもらった日があるのですが、彼はLGBTQのイベントでトロントを訪れた際、その居心地の良さに感銘を受けてトロント移住を決意したそうです。

Queen St. を”Queer” St.とモジった看板。複数のバーがこの看板を掲げていました。
フライドチキン・レストランにもレインボー・フラッグ。

移住といえば、たまたま乗車したUberのドライヴァーの男性も、この春にナイジェリアからトロントに移住してきたばかりで「アメリカは移民対策が厳しいから最初から選択肢になかった。トロントに来ていいことばかり」と話していました。また、カナダでは今年の10月17日より、マリファナも合法化されることが決まっています。これは先進7カ国、いわゆるG7では初めてのことであり、医療用に限らず娯楽目的での使用も可能、かつ、すでに莫大な規模の経済効果も見込まれているとのこと。

これは私も恥ずべきことだと自覚したのですが、これまで「北米」というくくりで、アメリカとカナダは同じ文化を共有している、まるで大きな一つの国家であるかのように考えがちでした。しかし、当然ながら実際にカナダの都市に足を踏み入れると、アメリカとの大きな違いを感じます。カナダでの公用語は英語に加えてフランス語もありますし、英語のなまりも異なります。トロント市内を歩くツアーガイド中にアデレード・ホテルという大きなホテルの前を通ったのですが、このホテル、もともとは米大統領であるドナルド・トランプ氏による巨大ホテル・チェーン、トランプ・インターナショナル・ホテルのうちの一つだったそう。しかし、2017年にトランプ氏が大統領に就任したのちにホテルの看板として掲げるには相応しくないとし、共同の投資団体が不動産を購入した上でホテル名をリニューアルした経緯があると教えてもらいました。こうした行動一つとっても、アメリカとカナダの社会環境の違いを感じます。

アデレード・ホテル
アル・グリーン劇場
トロントはポルトガル系の移民が多く、リトル・ポルトガルと呼ばれる地域もある。エッグタルトとポルトガル・コーヒーが有名なVenezia Bakeryにて。

 

ほんの数日間の滞在ではありましたが、文化的・歴史的な背景にも触れることができて本当に有意義な滞在でした。トロントは普段から治安の良さでも知られていますが、前述した通り、人々のリラックスした雰囲気はそこから来ているのかもしれません。羽田空港からエア・カナダの直行便も飛んでいますし、アクセスも申し分ナシ。女性の一人旅の地としても、非常に最適だと思います。あと、アメリカに比べてカナダは食事のポーションがやや小さめで、私にはちょうど良かったのも印象的。アメリカで食事をすると量が多く、ドギーバッグと言われる持ち帰り用のボックスを頼むことが多いので…。11歳の頃から数えて、およそ20年とウン年ぶりのトロント、早くも再訪したいなと思っているところ。皆さまも、良い旅を!(渡辺志保)

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