なぜアジア系アーティストNAVはNワードを使うのか

The WeekndのレーベルXO Recordsと契約した、トロントのラッパー/ビートメーカーのNavは2月にデビューアルバムをリリースした。Navは過去にリリースした"Brown Boy"、"TenToes Down"がバイラルヒットし、最近ではTravis Scottの新作アルバムに参加し、話題を集めた。そして、先日自身のニューアルバム『NAV』をリリースした。その道のりは一人のラッパーとしてシーンの成功の階段を順調に上っているように見える。

野口耕一・和田哲郎

しかし、今Navのリリックと彼の出自がアメリカのリスナーの間で問題となっている。なぜなら自身の楽曲で「Ni**a」とNワードを多用しているからだ。例えば、Navのシングル”Brown Boy"の意味はトロントでは南アジア出身の人々を指す言葉だが、バースの中でNavは「Ni**a」というワードを使用している。

 

「Ni**a」などのNワードは労働者階級のアフリカ系移民に対する差別語が発祥であり、奴隷として彼らが扱われていた悲しい歴史から生まれた"遺産"である。今では、Nワードの意味は変わってきておりブラックアメリカンのラッパーは誇りを込めて自らをそう呼んだりするが、Nワードを日常生活では他の人種が使うことはタブーといった意識が根強く、それは音楽のシーンでも例外ではない。

実際、多くの人がNavがNワードを使うことに対して肯定的ではない。Twitter上でもNavに対しラップ中に「Nigga」を使用するのを止めろという意見が多く投稿されている。さらにはマイノリティーであるアフリカ系の人が、アジア系のNavに対しレイシズム的にからかう投稿も見られる。この奥にはNavをアジア系として単純化する欲望が感じられる。それはアフリカンの祖先が白人から常にされてきたことではなかっただろうか。

Nav

そうした批判を浴びつつもNavはなぜNワードを使うのか。その理由はNavの生まれ故郷であるカナダのレックスデールが関係している。レックスデールはカリビアンやアフリカン、南アジアからの移民が多く住む地域で、その多くはワーキングクラスだ。Navはここを拠点としている。他の人種に囲まれること環境でNavは、自然にNワードに触れていたという推測は誰でもできるだろう。

しかし黒人にとって他の人種がNワード使うのはそのルーツを無視し、自分の領域に勝手に踏み込むようなもの。Navが使用した途端批判される。黒人以外はNワードを使ってはいけないというルールは、普段は見ることが少ないアメリカ大陸の人種間のボーダーを浮かび上がらせる。それは黒人と他のマイノリティーの間の壁だ。特にヒップホップシーンではその壁は大きい。

これまでにもKreyshawnやDas RacistsのHeems(彼もまたインド系だ)や、French Montana、DJ KhaledなどでさえもNワードを使い批判を受けてきた。

Nav自身は様々な人種の間で自然に育ってきた中で培われたボキャブラリーを披露しているだけのように思える。しかし曲にすると猛烈な批判を受けることになる。

テレビドラマのシーンでも黒人とアジア系の壁は描かれている。例えば、アメリカのネットフリックスで放映されている『Orange is the new Black』の中で、アジア人の女性を「その他」と呼称するシーンがある。このシーンはシリアスなシーンではないが、アフリカ系にも同じマイノリティーであるアジア人を嘲笑する意識が存在することを明かしてくれる。

Odd FutureのリーダーでもあるラッパーのTyler,the Creatorは以前、アメリカのヒップホップラジオ番組、Hot97に出演した際、「白人がNワードを使っても気にしない」と発言している。Tylerのような寛容な世代も生まれてきてはいるが、こうしたケースはまだ少ないほうだといえるだろう。

Nav自身はアフリカ系を茶化すような意識でNワードを使っているわけではなく、彼にとっての自然な環境から使っていることは前述した。Navはアフリカ系中心のヒップホップシーンの中に、アジア系として特殊な存在ではなく、自然に入り込もうとしているのではないだろうか。Navの周りにいる南アジア系のアーティストに自身のような道を用意させること。そのためにはNav自身が試金石となり、他のアーティストに対し成功を見せてあげなければならない。その壁となっているNワードの壁にNavは挑戦している。

主に黒人で構成されているアメリカのヒップホップシーンは時代が変わることで、トラックやリリック、フローが多様化、多ジャンルと融合しながら進化して来た。それにより、地域や人種、年齢などに関係なく、1つの文化を通じて新しいスターを生み出してきた。Navは意識的にせよ無意識的にせよリリックにNワードを織り込むことで、ヒップホップの多様性の限界を突いている。

アフリカンなどと自然に交流してきたアジア系のアーティストがNワードを使うということで起きる摩擦は、退けられるべきなのか、それともこれを受け入れるべきなのか。アジア系のアーティストがアフリカン中心のシーンで活躍するためには、どんなプロセスを踏めばいいのか。他の可能性としてはNワードを使わずに、アジア的なスラングを発明するということもありうるかもしれない。しかしNAVにとって自分らしくあることはNワードの方なのだろう。

ヒップホップシーンの中で批判されて当然とされてきた問題。この"当然の批判"はNav個人のアイデンティティーを、無視しすぎているのではないだろうか。

Navは噂されていたMetro Boominとのコラボ作『Perfect Timing』が完成したと明かしている。その詳細は未だ明かされていないものの、NavはここでもおそらくNワードを使っているだろう。

 

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