ベースミュージックの祭典 Outlook Festival 2015 レポート Part.1
毎年9月第一週、クロアチアの西部アドリア海沿いの観光地プーラの城塞跡や、2000年前に建設された円形闘技場を舞台に開催される「サウンドシステムの祭典」ことOutlook Festival。ここにイギリスを中心に進化し続けるサウンドシステムカルチャーが育んだ、音楽やアーティストたちが一同に会する。
文・写真 横山 純
もし、あなたがベース・ミュージックもしくはサウンドシステムカルチャーと呼ばれる、レゲエ、ダンスホール・レゲエ、ニュールーツ、ステッパー、ジャングル、ドラムンベース、UKガラージ、ダブステップ、グライム、、、この中のうち、どれかのジャンルのファンであるならば、もしくはこれらの音楽が少しでも気になっていれば、そして一番大事なことだが、時間とお金が許すのであれば、どうにかして毎夏クロアチアのプーラで開催されるOutlook Festivalに足を運んでほしい。
UKを中心として進化し続けるサウンドシステムカルチャーが育んだ音楽やそのアーティストたちが一同に会する機会は、年に一度、ここプーラにしかないからだ。
もしこれを読んでいるあなたが、ベース・ミュージックのアーティストであるならば、いつか出演することを目指してほしい。主催スタッフも、オーディエンスも、このような規模のフェスティバルでしか見ることの出来ない世界のスターと、国外のフレッシュなアーティストと出会い、驚くことを待望している。
昨年、実際に筆者はOutlook Festivalで、多くプロモーターやアーティスト、オーディエンスに「日本のシーンは大きいのか?」「日本にはいいアーティストがたくさんいると聞いたけど、どうなのか?」と尋ねられた。
今後、日本のベースミュージックシーン、そして日本からアーティストが世界を舞台にして活躍することを期待して、そして熱心なリスナー、オーディエンスの皆さんと、素晴らしいフェスティバルの熱を共有したいという思いで、Outlook Festival 2015(以下、Outlook)をレポートする。もちろん、音楽フェスティバルに行かれた経験のある方はもちろんご承知であると思うが、すべてのステージ、すべてのアーティストのライブをチェックすることは不可能だったので、その点だけはご容赦いただきたい。
Outlookはイギリスのリーズで行われていた”SubDub”というイベントのスピンオフとして始まった。SubDubチームが主体となって2008年からクロアチアのプーラを『UKベースミュージックファンの夢の楽園』にしてきた。Outlookはクロアチアで開催されているが、ほとんどの出演アーティストもオーディエンスもイギリスから来場しているようだ。
Outlookが一般的な音楽フェスティバルと大きく異なるのは、ヘッドライナーと呼ばれる有名アーティストがブッキングされ、ステージごとに並べられるのではなく、UKのさまざまなジャンルのオーガナイザーやアーティスト、レーベルが、それぞれのステージを毎日日替わりでオーガナイズしているという点だ。
もちろん、メインステージとも言えるHarbour StageにはBeenie Manらのビッグ・スターがメインアクトを務めたりもしているが、グラスゴーのサウンドクルーMungo’s HiFiが4日間オーガナイズするステージがあったり、ダブステップを世界に知らしめたイベントDMZがオーガナイズする夜があったり、毎日、毎晩、ステージごとに、UKの主要なイベントが行われていた。
その様は、まさにベースミュージック、サウンドシステムの文化祭という趣きである。ハードコアなファンにとっても、パーティピープルにとっても夢の世界であり、今年もイギリス、世界中から2万人近くの動員を記録した。日本からも2016年のOutlookにも出演が決定した、6年連続出場のPart2Styleがやって来た。彼らはボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボでのイベントに出演後、Outlookの4日目、最終日のMungo’s HiFiのステージ、”Mungo’s Arena”の大トリを飾った。
巨大フェスのタイムテーブルに驚く
さあ出発だ、クロアチア・プーラへ!ちょっと待て。クロアチア行きの直行便は日本からは出ていない。ヨーロッパ各都市を経由してクロアチア第一の都市ザグレブに入り、そこから300キロほど離れたプーラへ向うことに。おそらく多くの人がその道すがら「さあいよいよフェスティバルだ、どのアーティストを、どのステージをどの順番で回ろうか」とタイムテーブルを眺めるだろう。
しかし、会場地図と照らし合わせながら、どのように回るか、どこで休憩するか」などを考えれば考えるほど、タイムテーブルを見れば見るほど、そのような作戦を立てること、つまりフェスティバルで一番重要な決断を決めることが不可能に感じられる。それは普通のフェスティバルでも起こることであるだろうが、Outlookはそれとはちょっと違う。
どのアーティストを見るか見ないかの判断ではなく、Outlookで迫られるのは「どのレイブを体験し逃すか?」という決断なのだ。このフェスティバルに来るような人なら、おそらく聞いたことのあるイベントの名前がステージごとに日替わりで並んでいるのが見つけられるだろう。ステージごと、毎夜「そんなことがあったら最高に決まっているメンツで、一夜限りのレイブ」を行っているのだ。「どこでこのレイブに入って、どこでこのレイブを抜けるか」なんてそんなこと、考えたことなどないし、筆者が滞在していたロンドンでは、レイブに出かけて、体力が持つ限り朝まで踊るだけだったから。
これがフェスティバルのタイムテーブルの一部だ。一目見てもらえば分かる通り、4日間、9つのステージで、夜の8時頃から朝6時までぶっ通しで、最高のメンツで低音を鳴らしまくっている。ベースミュージックが好きなほど、どう行動するか決められなくなる。もし、来年行こうかなと考えている人がいれば、このタイムテーブルを眺めて、自分だったら「どう動く」か、考えてみてほしい。これだでも無料で数時間は楽しめるに違いない。来場者用のPDF(タイムテーブルは最後のページ)
決められないと言っていても仕方ないので、途方に暮れた私はどう決めたかと言うと、自分がロンドンで写真を撮影したグライムのアーティストたちの晴れ舞台を目に焼き付け、写真撮影することを第一に決めた。なるべくフェスの様子をレポートをするために、多くのステージを回りつつも、個人的に晴れ舞台に出演する彼らに挨拶したかったからだ。
世界の有名アーティストであっても、若手のアーティストならなおさら、この規模のフェスティバルにブッキングされるということは名誉なことであり、簡単なことではない。ロンドンではなく、ここプーラでもう一度出会えた喜びを分かち合いたかったからだ。よし、自分なりのルートを決定した。本祭前のオープニングコンサートだ。
Outlook Festival 前夜祭
9月2日19時、オープニングコンサートはプーラの街の中心部にある「アンフィテアトルム」と呼ばれる円形競技場にて行われた。この円形闘技場は、ローマ帝国の最盛期、紀元前1世紀ころにユリウス・カエサルによって建設が始まり、80年の年月を掛けて作られたと言われている。石灰岩を使用して作られたたため白く美しいものであったと言うことだ。しかし現在はところどころ修復されているので、色がまちまちである。
貴重な歴史文化遺産の円形闘技場の中に、ステージを設営し、ベース・ミュージックのコンサートをやってしまおうと考えた人は誰なのか?闘技場の中にぶら下がったラインアレーのスピーカー、そしてそのステージに立つJurassic 5…。Outlookが提供しようとする音楽体験やビジョンに途方が暮れながらOutlookが始まった。
オープニングコンサートには、Trojan Soundsystem、Jurassic 5、SBTRKT、 Gentlemans Dub Club、 Roni Size Reprazentsが出演した。Outlookが始まる前日に円形闘技場の前を通りかかった時は、いつもの通り閑静な街であったのが、オープニングコンサートの直前には、円形闘技場の周囲がロンドンの繁盛しているクラブの前にいるかのような人だかりができていた。そして酒に酔い、テンションが高く、やかましい。各国から集まった若い人が静かなプーラの夜の街を占領してしまっていた。
その人だかりと彼らの期待に満ち溢れた、様々な言語の騒音を聞きながら改めて規模の大きさに圧倒された。1年間滞在したロンドンで様々なイベントに行き、ベースミュージックの規模に慣れた気でいたが、クロアチアではまさに物量、ロケーション、音量に圧倒され通した4日間だった。
前述した通り、UKのアーティストが多数出演しているが、USを始めとして世界各国からアーティストが招聘されている。中でもオープニングコンサートでのJurassic 5のパフォーマンスは圧巻であった。繰り出される彼らのクラシックの数々、洗練されつつも親近感のあるコールアンドレスポンス、巨大なターンテーブルを使ったパフォーマンス、すべてが素晴らしすぎた。
USヒップホップのアーティストはベース・ミュージックのカテゴリーに入るのかどうか?という細かいことは置いておいて、アドリア海に面した円形闘技場の中で、そして「人生一度きり、楽しみきってやる!」というオーディエンスと汗にまみれながら、爆音で体験したJurassic 5、理屈や理由抜きにして、20世紀の最高の音楽を、21世紀の最高の環境で改めて聴けてよかった…と本当に思っている。
その後に出演したSBTRKTの、――これが彼の世界ツアーの最終日でもあったのだが――ライブセットはダンスチューンあり、聴かせるボーカルトラックもありで聴き応えもあったのだが、Jurassic 5の後だとどうしてもメリハリが欠けたライブに感じてしまった。しかし彼らがピークにドロップした”Wildfire”は、彼らのライブセット自体、そしてオーディエンスが期待するがゆえの不満も、その瞬間すべて許されるほどの美しさだった。
そんな円形闘技場で深夜まで開催されていたオープニング・コンサートだが、Outlookの本会場、フォート・プント・クライストと呼ばれる19世紀に建設された要塞近くのビーチでは、Mungo’s HiFiらが気の早いオーディエンスたちと、フェスティバルの始まる朝をガンガン踊りながら待っていたというから、恐ろしい体力である。
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