テクノ×日本酒の革新的な融合―Richie Hawtin『ENTER.SAKE』イベントレポート
誰よりも先進的なサウンドを追求し、クラブミュージックに変革をもたらし続ける、テクノ界の重鎮Richie Hawtin。そんな彼を虜にしているもの、それが日本古来の伝統の味「日本酒」だ。
長い歳月を掛けて日本全国の酒蔵を訪ね歩き、2013年には自らがキュレーションを手掛ける日本酒プロジェクト『ENTER.SAKE』を始動。世界に向けた日本酒の啓蒙活動に取り組み、2014年には日本酒文化を海外に発信する酒サムライにも就任した。そんな彼が、『ENTER.SAKE』について自ら語るトークイベントが、2016/11/2(水)にdues新宿で行われた。
最先端の音楽を創造するテクノ・アーティストを惹きつけてやまない日本の伝統、日本酒の魅力とは?また、『ENTER.SAKE』を通じて発信したいメッセージとは?「カンパイ!」の掛け声から始まったこのイベントで、Richie Hawtinは何を語ったのか?レポートをお届けする。
取材:Yuuki Yamane
■20年以上にわたって注がれる、日本酒への情熱
初めて私が来日したのは1994年です。以前から深い伝統や文化を持つ日本に行ってみたいと思っていましたが、94年に来日を果たしてからは、とにかく日本のすばらしさに魅了され、そこから毎年のように来日するようになりました。DJのギグで日本中を巡る際に必ずやっていたのは、地元の美味しいものを食べたり飲んだりすること。その土地その土地で異なる食文化など、日本の伝統を感じるものがいっぱいありましたが、そこで出会ったのが日本酒というわけです。
長い年月をかけて全国の居酒屋を巡っては何百本もの一升瓶を空け、多くの日本酒を知りました。2007年には日本酒のソムリエコースのセミナーにも参加して多くのことを学びましたが、特にインパクトがあったのは、2007年の時点で日本酒の飲まれる量が減少し、日本酒業界全体が縮小しているという事実でした。日本酒を飲むのは“オジサン”で、あまりクールではないこと。若い人が離れ、日本人でも日本酒を知らない人が増えていること。そうしたことが大きな問題だと教わったのです。
日本酒に未来があるとすれば、その品質が国際的に認知されることが重要。それなら、私はナイトクラブでクールな音楽を使ってパフォーマンスしているし、若い人たちとのコネクションもある。「これらはまさに日本酒業界が必要としているものなんじゃないか?」そう思いました。これこそ、『ENTER.SAKE』のコンセプトの元になっているものです。
■『ENTER.SAKE』は『伝統』と『革新』の融合
『ENTER.SAKE』がどんな未来を描いているか。ひとつは、今後の日本酒の国際化に向けたムーブメントに対して私たちが旗を振っていきたいと考えています。自分たちがアンバサダーとなり、クラブカルチャーの中から若い世代の人たちに日本酒のすばらしさを伝えていきたいと思っています。それからもうひとつは、日本酒の歴史を世界に伝えていくこと。ポイントは「シェアするカルチャー」です。人々によって日本酒が酌み交わされていく――その行為自体が、伝統でありアートだと捉えています。
具体的な活動としては、まず2013年にSpace IbizaでローンチしたSAKE BAR。日本酒と音楽が融合することでどれだけ人を楽しくさせるかを体験してもらうための試みでした。それと最近はディナーイベントも開催していて、イタリア人のシェフやレストランとコラボレーションしながら日本食以外にも何が日本酒と合うのかを探り、ベストなマッチングを提示することで日本酒が浸透していくのではと考えています。
こうした活動で重視しているのは、まず自分が楽しいと感じ、皆さんにも楽しんでもらえること。そして何より革新的であることです。伝統を知り敬うことはとても大切ですが、同じことをやっていても意味がありません。モダンでクールなことをしながら、プログレッシブに前進する。『ENTER.SAKE』は、日本酒とエレクトロミュージックの融合がどれだけ人々にインパクトを与え面白いことができるか、という新しい試みなのです。
■ミニマルでシンプルなデザインに込めた想い
『ENTER.SAKE』のラベルについては、私の音楽スタイルと同様きわめてミニマルでシンプルなものを心掛けています。日本のミニマリズム、クラフト、あるいは伝統、そういった文化を敬うデザインです。
私たちはよくレコードをジャケ買いしますよね。『ENTER.SAKE』も中身と同じくらい見た目にこだわっています。例えば、海外で「純米酒」「純米吟醸酒」「純米大吟醸酒」と言っても難しすぎて分からないし、習字で書かれた漢字はなおさらです。そこで、ブラックのドットは純米酒、シルバーは純米吟醸、ゴールドは純米大吟醸と、カラーリングでランクを表現しました。『ENTER.SAKE』の「蒼空」は京都の藤岡酒造のお酒ですが、漢字とともにブラックのドットを合わせているので、ひと目で純米酒だと分かります。それに、日本人にとってワンカップはオジサンが飲むイメージかもしれませんが、そうしたスタイルのフォーマット自体が海外にはないので、『ENTER.SAKE』が紹介することでクールだと思ってもらえます。
レコードをジャケ買いし、針を落とした時に音楽自体がジャケットよりも良いものであるように、『ENTER.SAKE』もボトルの中に入っているものが外見以上だと思ってもらえるものを提供します。『ENTER.SAKE』で出している銘柄は私が本当に美味しいと思うもの、テイストはもちろん直感やフィーリング、あるいは出会った作り手の人たちと交わす言葉や気持ち、そこにどんなストーリーが詰め込まれているかを重視して、パートナーシップを決めています。
■海外では、日本酒の正しい飲み方さえ知られていない
海外では、本当に美味しい日本酒はまだまだ普及していません。ビールやコーラはいくらでも出てくるのに、日本酒はどんなに飲みたくても出てこない。美味しいお酒が当たり前にそこにある状態を作りたいと思っていますが、問題は価格です。もしもイビザで日本酒を一本空けたら、何千、何万という値段になるでしょう。輸出量を増やす必要があります。また、輸送時の温度管理や環境のハンドリングも難しいので、正規の流通ルートを確立することも重要です。
それに正しい飲み方も知られていないので、初めて日本酒を飲んだ人があまり良い体験をしていません。テキーラのようにワンショットで飲むものと思われ、冷酒で飲むという知識もないので、美味しい飲み方を正しく伝えていくところから始める必要があります。
とにかく日本酒の造り方すら知られていないのが現状ですから、ちゃんとしたインフォメーションを発信することが大切です。それだけ最初の第一歩から始めていかないといけないわけで、これは『ENTER.SAKE』だけでなく周りと協力しながら活動していきたいと考えています。
■職人のクリエイティブを『ENTER.SAKE』でサポートしていく
日本酒は、あたたかくハッピーな気持ちにさせてくれます。私にとってそれは、クラブミュージックとたいへんマッチするものです。初めて日本酒を飲んだときに感じたグレートなフィーリングを、DJとして他の国のギグでも伝えていきたい。イタリアでもフランスでも、日本酒を酌み交わして仲間とつながりたいのです。
最後に、現在私が関わっているプロジェクトを2つ紹介します。ひとつは私が開発に携わった新しいDJミキサー「MODEL 1」、そして『ENTER.SAKE』の「蒼空」です。これらには共通点があって、どちらも職人たちが造り上げたクオリティーの高い商品ということです。
今までも自分の音楽レーベルを通じて多くのプロデューサーを後押ししてきましたが、全国の有能な酒蔵さんがもっともっとクリエイティブになれるよう、『ENTER.SAKE』でサポートしていきたいと思っています。
イベント後半には、来場者からの多くの質問に答えたほか、笑顔でフォトセッションに応じたRichie Hawtin。熱い日本酒愛とハッピーなフィーリングに溢れたトークイベントとなった。
<Info>
『ENTER.SAKE』
Richie Hawtin