『ヒップホップコリア』の著者が語る韓国ヒップホップへの愛と情熱

FEATURED  2016.09.30  Tetsuro Wada

8月に日本では初となる韓国ヒップホップのガイド本『ヒップホップコリア』が出版された。韓国のヒップホップは現在日本でもKeith Apeの大ブレイクや人気ラッパーの登竜門的なサバイバルオーディション番組『Show Me The Money』などにより、日本語ラップ好きからK-Popファンの間と、多方面から認知度が高まっている。『ヒップホップコリア』は総勢65組のアーティストのプロフィールと代表曲のレビューを中心に、重要アーティストへのインタビューや韓国ヒップホップの歴史なども掲載、韓国ヒップホップへの入門にはもちろん、マニアでもこれまで知らなかった事実が多く明かされている。『ヒップホップコリア』の著者である鳥居咲子は、これまでにも自身でDok2&The QuiettやHi-Lite Recordsのレーベルショーケースなどを1人で開催してきた。現在は韓国ヒップホップの情報サイトBLOOMINT MUSICも運営する、鳥居に『ヒップホップコリア』についてや、どのように韓国ヒップホップを知り、自身でも携わるようになったのかを聞いた。

取材 : 構成 和田哲郎

- 『ヒップホップコリア』を出版するきっかけは?

鳥居咲子 - きっかけは出版社の方からご連絡をいただいたことなんですけど、編集者の方が音楽本を結構出してる方で、辺境音楽マニアって肩書きもついてるんですよね。でも1人だとそんなに追えないので、世界各地の音楽に詳しい人を探しては本を書いてもらっていたみたいなんです。私はこれまで何回か韓国のヒップホップアーティストのライブを主催したんですけど、最初は全然お客さんが集まらなくて大変で、それこそお客さんを集めるために、出来ることを何でもやってたんですよ。そのうちの1つの活動としてTwitterでひたすら音楽ライターに声をかけるっていうのがあって、プロフィールに音楽ライターって書いてある人にとにかく「こういうライブがあるのでよかったら来てください」って誘ってたんですね。

その中の1人が今回の編集者さんで、たまたまDok2(韓国ヒップホップシーンのトップラッパー。The Quiettと共にIllionaire Recordsを主宰)とかのことをツイートしていて、この人だったらいけるかもと思って、声をかけたのが始まりでした。その後から交流が始まって、私のblogとかもずっとチェックしてくださってて、それであるとき連絡をいただいて本を書きませんかって誘われたんですよね。ずっとblogを書いてて、情報を整理して書くっていうのは好きだったので、いつか本という形にできたらいいなあって前から漠然とは思っていて、ちょうどいい機会だしやってみようかなって書くことにした感じです。

- どうやって内容を決めていったんですか?

鳥居咲子 - 編集者の方からは主要ラッパーのプロフィールや曲のレビューを軸にやりたいという提案があったんですね。その上でインタビューやちょっとしたコラムも書けたらって話になり、自分がおこなってきたライブについてのエッセイとか、韓国のヒップホップの歴史をまとめたり、Dok2とThe Quiettの所持品自慢のコーナーなど、お互い案を出して決めてメールで詰めて、書いていきました。情報はアーティストたちに直接聞いたり、韓国で数年前に韓国のヒップホップをまとめたちょっとした本が出てたんですよ。それを読んだり、あとは韓国のいろんなサイトとか、情報が不確かだったりするんですけどウィキペディアを見ては、アーティストに裏をとったりとかですね。

- そもそも鳥居さんが初めて韓国のものにハマったのってなんだったんですか?

鳥居咲子 - 1番最初にさかのぼると、日本で『冬のソナタ』がすごい流行ってたからたまたま見たんですよね。そしたら日本と景色が似てるんだけど、どこか違う韓国の風景に、すごい興味をもって単に観光で行ってみたいなってなったんですね。その数年後の2006年に初めて韓国に行ったんですよ。念願の韓国に遂にに行ってすごいハマったんですよね、でもそのときは単に食べ物や、化粧品とかが好きで。ちょうど会社にソウルオリンピックのときから韓国にハマっていた人がいて、その人に色々情報を聞いて毎年1回行くようになったんです。

その頃はカルチャーには全然興味なくて、ただ行ってサムギョプサルを食べて、シートマスクを買うぞみたいな感じで楽しんでて。5年間くらい韓国に年に1回は行くんだけど、音楽には相変わらず何も興味がないままでした。韓国に行くとアイドルの子たちが歌ってる曲とかは耳に入ってはきて、食わず嫌いなんですけどジャンルとしてちょっと違うなって判断してました。KARAとか少女時代とか上手いなとは思いましたけど、それだけでしたね。

音楽自体は小さいときからずっと好きで、聴いていたのはアメリカとイギリスの音楽ばかりで。J-Popは小学校とか中学校の頃にヒットチャートの曲を聴くくらいで、高校生からはもう洋楽しか聴かなくなって、そのときはまだインターネットもなくて情報源もあまりないから、年に1度のグラミー賞を楽しみに生きているような感じで。それをビデオに録って何回も見ながらCDを集めていって。

その後イギリスにポピュラー音楽を学ぶために音楽留学したんですよ。演奏、作詞作曲、アレンジメント、音楽理論とか、音楽ビジネスを学ぶコースでしたね。イギリスにいると自然と周りにイギリスかアメリカの音楽しかない環境になるんですね。私は元々ヒップホップとか全然好きじゃなくて、ジャズとかロック、ポップスが好きだったんです。1番影響を受けたミュージシャンはCarole Kingで他に好きなアーティストもFiona AppleとSheryl  Crowなど、しっかり王道のポップミュージックを作れる人なんですよ。

- 日本に帰ってきてからはアーティストとして活動しようとしていたんですか?

鳥居咲子 - ちょっとインディペンデントの事務所に入って活動をしようとしてたんですね。イギリスで活動しているときは楽曲のコード進行がかっこいいとか、そういうところで評価されるんですけど、日本で音楽業界の人に曲を聴かせていくと売れるとか売れないとか、中高生に歌詞が受けるかとかしか言われなくて、どんどん気持ちが萎えて情熱がなくなっちゃったんですよね。

それで将来が不安なのもあって、落ち着いた安定した生活がしたくなっちゃったんですね。音楽は単に大好きな趣味にしよう、2度と音楽業界には関わりたくないと思うくらい嫌になっちゃったんですよ。就職して会社員になったら、会社員がすごい楽しくて自分に合ってて、私は好きなアーティストのライブに行きまくって、一生このまま生きていくんだって思ってたんですよね。

次ページ : BIGBANGから韓国ヒップホップの沼に

MUSIC

FASHION

CULTURE