【特集 Black Lives Matter Vol.3】BLMを知るための7本の映画・ドラマ
ジョージ・フロイドさんがミネアポリスで警察官に殺害された痛ましい事件の後、Black Lives Matter(BLM)を訴えるこれまでにない規模の抗議活動が全米を揺るがしている。そしてその熱はヨーロッパをはじめここ日本にも伝わり、音楽やファッションシーンなども含めBLMの問題にそれぞれの立場から姿勢を表明している。
FNMNLでも先日Black Lives Matterについてのステートメントを発表。音楽、ファッション、映画などカルチャーの側面からBlack Lives Matterを知るための特集がスタートした。第一回目はNY在住のライター堂本かおるによるBLMの歴史や背景を解説した記事、続いて吉祥寺のセレクトショップthe Apartmentのオーナー大橋高歩によるコラムが掲載。第三回目は多角的な視点から映画作品の本質を読み取る映画評論家の小野寺系がBLM)を理解するための映画・ドラマ作品7本を紹介する。
文・小野寺系
ジョージ・フロイド氏が、ミネソタ州ミネアポリスの警察官に、9分近くにわたって強く首を押さえつけられ死亡した事件を受け、アフリカ系アメリカ人への差別による不当な扱いや暴力に対する抗議運動「Black Lives Matter」が、あらためて盛り上がりを見せている。その熱気はアメリカ各地に飛び火し、欧州など世界でも広がり続けている。
しかし、なぜ「Black Lives Matter」が、このように大きなうねりとなって人々を突き動かしているのだろうか。その背景を理解するために、ここでは、アフリカ系の人々の状況や、差別をベースとした社会問題を描いた、アメリカの優れた映画、ドラマ作品を紹介していきたい。ぜひこれらの作品を見ることで、いまの状況が意味しているものを、あらためて考えてみてほしい。
1. 『13th 憲法修正第13条』
Netflix配給作品ながら、今回の抗議運動を受け、YouTubeで緊急無料公開されたのが、ドキュメンタリー映画『13th 憲法修正第13条』(2016年)だ。はるか昔に廃止されていたと思われているアメリカの奴隷制度が、実質的にまだ存在していると主張する、耳を疑うようなショッキングな内容だが、紹介される歴史的な事実やデータの積み上げによって、次第にその中身が信憑性を帯びてくる。
タイトルともなっている、アメリカの憲法第13条で修正されているのは、奴隷制についてである。多くの人が知っているように、現在アメリカに暮らす多くのアフリカ系住民のルーツは、アフリカの各地から奴隷として無理やり連れてこられた人々だ。アメリカの資本家や農場主たちは、人権を無視した労働を奴隷に課すことによって、莫大な富を得ていた。その裏では、奴隷に対する殺害や強姦などの卑劣な行為が長きにわたり続き、野放しにされてきた。
そんな悪魔的な社会の仕組みを、憲法によって変えたのが、憲法修正第13条だった。しかし、本作『13th 憲法修正第13条』では、そこには重大な抜け穴があったことを指摘している。囚人には、アメリカ市民としての権利を与えられないというのである。
本作では学者や活動家などが、奴隷制の廃止から現在に至るまで、アフリカ系の市民が、従来なら軽微だった犯罪で大量投獄されるようになり、刑の中身についても厳罰化が進んだことで、多くの黒人受刑者が全米の刑務所で労働することになっていったのを指摘している。並行して警察の数は増員され、地方の小さな警察署にまでSWATチームが配備されるようになるなど、警察の武装化が進んでいく。また、受刑者の増加をビジネス化する民間企業が存在するという疑惑も紹介されていく。それらの要素が重なることで、黒人奴隷制度が実質的に復活しているというのだ。
その背景には、黒人と犯罪を結びつけるイメージの植え付けがあるという。古くは「アメリカ映画の父とも言われる」D・W・グリフィス監督のクラシック『國民の創生』(1915年)によって、「黒人は凶暴で邪悪」という印象が広まるような表現が行われ、また後の時代にも報道やTV番組で、「アフリカ系は犯罪者」だというイメージは強調され続けた。Netflix映画『オールデイ・アンド・ア・ナイト: 終身刑となった僕』では、そのような先入観を持った白人女性が、スポーツ用品店でスニーカーを持っているだけのアフリカ系の青年の店員を、窃盗犯だと勘違いする場面がある。
2. 『デトロイト』
このように、何もしていないのに警官に疑われ、暴行されたり殺害される恐怖を、ものすごい緊迫感を持って扱った映画に、『デトロイト』(2017年)がある。これは、1967年にミシガン州デトロイトで実際に起こった「アルジェ・モーテル事件」を基にしている作品だ。あるアフリカ系の若者が、モーテルの窓からふざけてモデルガンを撃ったことが原因で、3人のアフリカ系男性が警官に殺害され、生き残ったモーテル利用者たちも執拗な取り調べを受けるなど、人権を無視した扱いを受けることになった。
報道される文字の情報だけでは、被害者の恐怖や無念の感情は伝わりづらい。本作は、緊迫した映像と出演者たちの見事な演技によって、圧倒的な暴力による虐待行為がどんなものかということを、観客に体験させるのだ。
ジョージ・フロイド氏は、警官によって8分46秒もの間、ひざで首を圧迫され、呼吸できない状態で「息ができない(I can't breathe!)」と訴えながら意識を失い、死亡した。その苦痛を少しでも疑似的に体験しようと、8分46秒の間黙祷する、もしくは、Floyd氏が亡くなったときと同じような体勢になるという活動が行われた。「I can't breathe」は、アフリカ系市民たちが自由に安心して暮らせない、いつも危険が身近にあり緊張状態に置かれていることを象徴的に示す、抗議デモのスローガンの一つともなった。
著名なニューヨークの作家で、アフリカ系のジェイムズ・ボールドウィンは、驚くべきことに10歳の頃、不審者として白人警官に身体検査を受けたことがあるという。10歳の少年が、もし白人であったなら、果たしてそんな扱いを受けただろうか。アフリカ系の市民は、できる限り警官から危害を加えられるのを避けるため、身なりを整え、誤解されるような行動を慎むようになった。そんな異常な環境が、現在もまだ続いているのだ。
3. 『ビール・ストリートの恋人たち』
そのジェイムズ・ボールドウィンの小説を映画化した、『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年)は、無実の強姦容疑で捕まったアフリカ系の青年が、恋人から引き離され、幸せになるはずの人生の時間を奪われ続けるという、理不尽な出来事が描かれる。本作は、『ムーンライト』(2016年)でアカデミー作品賞を獲得したバリー・ジェンキンス監督の次作だったが、それほど話題にはならなかった。しかしそこには、一見穏やかに見える作風に覆い隠される、荒々しいまでの主張が存在していた。
その凄さが味わえる代表的なシーンは、主人公の恋人ファニーのいとこの男性が、刑務所から出所してきて、その思い出を語ろうとする場面だ。長い長い沈黙の後に、彼はやっと絞り出すように、「白人は悪魔だ」とつぶやく。彼の沈黙の長さが、何よりも雄弁に、アフリカ系の人物が刑務所に入るということがどういうことなのか、人間として扱われないことがどれだけ人間の心を打ち壊すのかを物語る。
このような苦しい気持ちは、差別による暴行を受けた者でなければ、おそらく理解しづらいものだろう。どれだけ同情を受けたとしても、そのような被害を受けた人間と、そうでない人間は絶対に分かり合えないという厳然とした壁を、バリー・ジェンキンス監督は映画のなかで築いているように見える。本来ならば、「差別を乗り越えよう、お互いの壁を打ち壊そう」というのが、反差別の理念のはずである。だがここでは、人種間には、そんな甘い考えを突き放すような分断が存在するという、苦い真実が描かれるのだ。
4. 『ブラインドスポッティング』
カリフォルニア州オークランドを舞台にした『ブラインドスポッティング』(2018年)も、そんなアメリカの人種間における分断が描かれている。地元の幼なじみで、いつも仲良くつるんでいる、黒人と白人の友人同士が本作の主人公だ。白人の青年は、貧しかった地元の地価が急激に上がり、鼻持ちならない富裕層がどんどん近くに引っ越してくることが我慢できず、ある日、裕福な白人に暴力を振るってしまう。白人の青年は、それが地元に住む者のスピリットなのだと自負するが、黒人の青年はその姿に共感することができなくなり、二人の間には溝が生まれてしまう。なぜなら、もしアフリカ系の男性がそんなことをすれば、すぐに警察が飛んできて命を奪われる危険があるからだ。
「黒人の命は大切だ(Black Lives Matter)」と主張する抗議デモに対し、白人の人種差別主義者が投げつける「全ての命が大切だ(All Lives Matter)」という言葉が、人道的な言葉なのにも関わらず暴力性を帯びるというのは、黒人と白人の圧倒的な非対称性を無視しているからだ。このような欺瞞に満ちた「正論」に与することは、学校の中でいじめた子どもと、いじめられた子どもを、無理やり手を繋がせて仲直りさせようとする教師の無神経な対応にも似ている。同様に、今回の抗議デモに対して、「暴力はいけない」という正論を述べるのならば、警官や白人社会がこれまで行ってきた暴力についても問題にしなければならないはずだ。
とはいえ、アフリカ系の市民の間でも、抗議運動が過激なところまで発展することを是とする者、否とする者の間で、意見が分かれている部分もある。この葛藤は、アフリカ系アメリカ人の間で長い間テーマになってきた課題だ。
5. 『大統領の執事の涙』
それを象徴的するエピソードが、『大統領の執事の涙』(2013年)に描かれている。この作品が描くのは、ホワイトハウスの名物執事として34年もの間、歴代の大統領たちのもとで働いたアフリカ系の男性がいたという事実を基にした物語だ。一見穏当にも感じられる題材だが、監督のリー・ダニエルズは、急進的な作風で知られていて、本作も一筋縄ではいかない内容となっている。
主人公は、大統領に仕える立場に誇りを感じているが、その息子は成長するに従って、父親が白人の召使の立場に甘んじていることに反発する。そして父親への反抗心から、過激な行動で知られる、白人社会への抵抗組織ブラックパンサー党に参加することになる。
白人社会の中で差別を受けながらアメリカに尽くす者と、差別的なシステムそのものを破壊しようとする者。どちらにも共感できる面があり、どちらにも異なる課題が存在する。アフリカ系アメリカ人たちは、大きな差別問題が起きる度、このような両極的な価値観の間でジレンマに陥ることになる。
現実の世界でも、同じような議論は何度も交わされる。今回の抗議デモの一場面を撮影した動画に、SNSで拡散され話題になったものがあった。それは、ヒューストンの街の中で3人のアフリカ系男性が登場し、議論するといった内容だった。
ある40代の男性は、いつまでも自分たちを取り巻く状況が変わらないことに怒り、自分はもう死んでもいいと叫ぶことで、白人社会に力を見せつけることを望んでいるように見える。対して30代の男性は、その考えに一定の理解を示しつつも、それでは命を落とすだけだと主張する。だが、「じゃあどうすればいいんだ」と問われると、「分からない」と答えるしかない。そして彼は、16歳の少年を議論に引き入れ、「お前の世代が良い方法を考え出してくれ」と、語りかける。
6. 『ボーイズ'ン・ザ・フッド』
昨年亡くなった、映画監督のジョン・シングルトンの初監督作『ボーイズ'ン・ザ・フッド』(1991年)にも、これとそっくりなシーンが描かれている。ローレンス・フィッシュバーン演じるロサンゼルス在住の思慮深い男性は、最も犯罪率の高い街の一つであるコンプトンに出向き、血の気の多そうに見える住人に語りかける。
彼は、アフリカ系の住民が巻き込まれるトラブルについて、その原因になりがちなドラッグを国に持ち込んでいるのは自分たちではないこと、なのにそのせいで死んでいるのはいつも黒人ばかりであることを強調する。そして、「もっとよく考えろ、ブラザー」となだめる。アメリカが武装化された警察組織や軍隊を持っている以上、アフリカ系の市民が暴力にうったえることは、自分たちの身を危険にさらすことに他ならない。だから、彼らの間では、アメリカ国民や国際社会が味方になるような、新しい戦い方が希求されているのが実情なのだ。
7.『ボクらを見る目』
全4話のドラマで構成される、Netflixのリミテッド・シリーズ、『ボクらを見る目』(2019年)は、ニューヨークのセントラル・パークで実際に起きた強姦事件と、その犯人だとして逮捕された無実の少年たちの取り調べや裁判、囚人としての日々が、ドラマとして再現される。
その中で描き直されるのは、少年たちが逮捕された当時、実業家のドナルド・トランプが、新聞に「死刑を取り戻せ」という内容の意見広告を出していたという事実だ。そのタイミングでこんな広告を出すということは、少年たちを名指しで殺害しろと言っているのも同然である。そんな行動に出たトランプの裏に、アフリカ系の人種への偏見があったのは明らかだ。このように差別的な主張を繰り返してきた人物が、現アメリカ合衆国大統領であるということそのものが、多くのアフリカ系市民にとっては、脅威に他ならない。
だが、『ボクらを見る目』のエイヴァ・デュヴァーネイ監督が、トランプの暴挙を作品のなかで、配信サービスというプラットフォームを通して全世界の多くの人々に向けて伝えたように、そしてジョージ・フロイド氏を警官が暴行する様子を市民が手元の端末で一部始終撮影し、広めることができたように、いままで日の目を見ることがなかった不正義が伝えられるようになってきたのも事実だ。これは、一つの新たな戦い方と言っていいのかもしれない。
何度も繰り返し起こる、警官による死亡事件。その背景や問題は、今回紹介した映画、ドラマ作品や、それ以外の作品においても、何度となく描かれてきた。それらを見ることで、われわれはある視点を共有し、議論を深めていくことができる。この抗議デモにおける真実とは何なのか。その答えをすぐに出す前に、今回の作品を含め、できるだけ多くの見方に触れることで、問題の本質をとらえてもらいたい。
Info
特集 Black Lives Matter
Vol.1 BLMとは何か | その背景とアメリカの400年にわたる制度的人種差別の歴史 by 堂本かおる
https://fnmnl.tv/2020/06/12/99155
Vol.2 1人のショップオーナーとしてBLMと向き合うこと by 大橋高歩
https://fnmnl.tv/2020/06/15/99256