【インタビュー】MFS 『COMBO』| 変化はしないけど進化はしたい

2024年4月にドロップされたMFSによる1stフルアルバム『COMBO』。これまでリリースされた『FREAKY』、『style』の2枚のEP、そして多くのシングル群や客演楽曲から断片的には触れてきてはいたものの、全14曲、33分強の本作を通して、はじめて聴くことのできる彼女の“本懐”。これまでも聴くことのできたトラップ・サイドのMFSはもちろん、よりオルタナティブな方向性の挑戦も感じられるこの作品はどのような道程を経て完成したのだろうか。彼女が獲得したニューモードをこの談話と『COMBO』の音源からぜひ感じて取ってもらいたい。

取材・文 : 高橋圭太

撮影 : Saeka Shimada

- FNMNLでのインタビューは半年ぶり、前回は"New World"をリリースしたタイミングでお話を伺いました。その当時は今回の『COMBO』への道筋ってすでに考えていましたか?

MFS - どうだったっけな。『COMBO』のなかでも"Turning"と"Enter (feat. andy toy store)"、"Chase Remix"に関しては2年前くらいにはできてたので、当初はそのあたりをまとめてEPを出そうっていう計画だったんですけど、いろんな契約のあれこれでずっと出せずにいたんですよ。で、完成した曲も貯まってきたし、EPを2枚リリースしようと考えてたところを、1枚のアルバムにすればいいじゃんってなって。だから"New World"を作っていたときはまだアルバムのイメージではなかったと思います。でも“アルバムを作ろう!”ってなってから、ほかのアーティストのアルバムを積極的に聴くようになったんですよ。これまでは単曲で聴くっていうのに慣れてたけど、アルバムを通して聴くことでアーティストが伝えたいメッセージやサウンドもわかるようになってきて、『COMBO』の制作の後半はそこで得たイメージを詰め込んでアルバムにしていったという感じ。

- アルバムという枠があって、そのために流れをちゃんと作るという作業ですね。当時はたとえばどんなアルバムを聴いていましたか?

MFS - 好きだったのはDenzel Curryの一昨年のアルバム『Melt My Eyez See Your Future』。聴いていくうちにだんだん、自分の作品にもニューサウンド的なものを入れたいって思うようになりましたね。あと影響を受けたのはあの作品のウッドっぽさかな。

- ウッドっぽさ?

MFS - 木っぽい感じっていうんですかね。パーカッションとかのポコポコ系。色でいったら茶色。あとは土っぽさだったり。ビートメイカーにイメージを伝えるときも“ウッドっぽい感じでお願いします”みたいな(笑)。

- ちょっとオーガニックなニュアンスというか。ビートメイカーにイメージを伝える際はそういったニュアンスであったりイメージを伝えることが多い?

MFS - 実際に曲のリファレンスを渡すことあるんですけど、そういう抽象的なイメージを伝えることでゼロからいっしょに作れるって感覚があるかなって。

- なるほど。ではアルバム全体のイメージはMFSさん自身どう捉えてますか? 今回収録した14曲がまとまったタイミングではどんな流れを想定して構成していったんでしょう。

MFS - ゆるく"BINBO"ではじまって、トラップや音色が強いのが最初のほうにあって、途中の"New World"ぐらいからテンション的にちょっと落ち着きはじめる。途中で感情の変化みたいな機能として"One Breath - skit"を入れて。そっからちょっと病んでいくって感じですかね。で、病んだけどまた機嫌直って"Combo"で終わる、みたいな。

- それって普段のMFSさんの感じというか、この制作期間での感情の動きが反映されている?

MFS - だいぶ反映してますね。メンタル的にはほんと調子いい時期があって、そこから悪くなって、また調子よくなる、みたいなアップダウンをずっと繰り返してるから、それもアルバム全体で表現されてると思います。

- 精神的に落ちたタイミングっていつごろだったんでしょう。

MFS - アルバムのマスタリングが終わった1月くらいにめちゃくちゃバッド入って。“本当にこれカッコいいか?”みたいになってきて。

- 疑心暗鬼になった?

MFS - そうそう。あの時期、謎なんですよね。言ってることとかも“大丈夫かなぁ”とか“一貫性がちゃんとあるのかな”みたいな不安。もっと言ったら、アルバムのことだけじゃなくて普段の自分の言動とか、SNSに上げてることとか、そういうの全部に対してすごい不安になった時期があって。アルバムに対しても1ヶ月くらいはずっとバッドで。

- そのバッドな気分ってどうやって解消したんでしょう?

MFS - なんで解消したんだっけな? 結局いつもそうなんですけど、“もう知らない!”と思って(笑)。でも、ひとつ思ったのは、アルバムのリリースって大きな出来事なんだけど、それよりもこのアルバムを出してからがわたしのスタートだし、やっとはじまりっていう感じがするんですよ。曲はこれからいくらでも出せるし、アルバムを何枚作ってもいいわけでしょ。もうとりあえず“いまわたしができることはこれ!”って思うことで回復していったんですよね。

- そういった不安も、この半年で大きく露出も増えてアーティストとしての注目度が格段に上がった反動というのもあるかもしれません。たとえばAwichさんのアリーナライブ『Queendom -THE UNION- at K-Arena Yokohama』への客演参加や、Boiler Room Osakaへの出演など、これまでリーチできなかった層にもMFSさんの音楽が届いた半年でした。

MFS - そうですね。Awichさんのアリーナライブでは彼女のすごさ……そう言うと軽い感じがするけど、言葉にできないくらい毎回学ぶものがあって。ライブ前の気持ちの整え方だったり、ライブでの振る舞いや佇まい。KアリーナはAwichさんが見せたかったものの集大成になってたと思うんです。大きな舞台でやるっていうこと以上に、自分の想像してることや表現したいことをあの規模でできるっていうのはすごく夢があるなって感じました。Boiler Room Osakaでのパフォーマンスはちょうどダンスミュージック系の曲を作ってる時期で、Stones Taroさんとの"Combo"もその時期ぐらいにできた曲なんですよ。なので絶対"Combo"はやろうって決めてて。すごく楽しかったですね。基本、わたしはダンスミュージックが好きなので、普段自分が観てるBoiler Roomに自分が出てることが不思議な感覚もあったけど。

- ダンスミュージックにまつわる話もしっかり伺おうかなと思っていて。今回の『COMBO』は、ダンスミュージックへの目線もすごくある作品ですね。そもそもヒップホップ以外の音楽への興味はいつごろからあったんでしょう?

MFS - もちろんトラップやブーンバップも好きで聴いてるけど、実際にクラブやフェスの現場に行って聴くのは、ダンスミュージックのイベントが多くて。19歳くらいのときに先輩に連れてってもらったのが『FESTIVAL de FRUE』で、それ以外にも『TAICOCLUB』や『FUJI ROCK FESTIVAL』にも行ったり。当時遊んでた先輩はダンスミュージックが好きなひとたちだったんで、ラップよりもハウスやエレクトロの現場でよく遊んでました。大阪に出る前の話ですね。クラブだと渋谷のContactだったり、身内だけでやってるディスコ系のイベントだったりに連れてってもらったな。

- 大阪に出る前は代官山UNIT階上のUNICEでアルバイトしていたそうですね。

MFS - そう。一瞬ですけどね。だからよくUNITとUNICEとSALOON(UNIT階下のクラブ)が合同でやってるイベントなんかはなにも知らずに働きながら遊んでました。トランスのイベントとかでバーで働きながら“水しか売れないな〜”みたいな(笑)。

- ハハハハ。働きながらクラブの雰囲気だったりを味わえたのはMFSさんのルーツになってるのかもしれませんね。今回のアルバムでは多くの楽曲にライブDJでもあるRUIさんがプロデュースで参加されています。制作においてRUIさんとのリレーションワークはどのような感じで?

MFS - 基本はさっき言ったみたいに“ウッド強め”、“BPMなんぼぐらいで”みたいな感じの提案ですね。RUIちゃんとは基本的に普段からお互いの好きな曲について話したり、共有してるのでストックも気分にフィットするビートが多くて、そこから音の抜き差しで作ったりもできますね。

- トラックを聴いて、MFSさん的に気になる部分ってたとえば?

MFS - なんだろう? でもやっぱ音数と抜きに対して注文することが多いように思いますね。

- それはラップの余地を作るために?

MFS - 音数が少ないほうがラップの声が映えるし、ひとつひとつの音が聴こえるっていうのが自分は好きなんです。抜きに関してはガヤを入れる場所も含めてあったほうがいいかなって感じ。あと、たとえばいろんなストックを聴いて、自分がチョイスするのはベースが強くて太いトラックが多いと思います。低音が心臓に響かないと聴いてる気しないんで。

- 続いて“Home Tour”ではip passportsさんがプロデュースで参加してますね。

MFS - ipさんはね、わたしの引き出しにないツボを持っているひとという感じ。さっき話したウッド感というよりは、オルタナティブなトラップでパシッとハマるニュアンスがいつもある。ipさんが作るトラックは独特なネオ・オルタナティブ・ヒップホップみたいな感じですね。

- "Fall Pow”のプロデュースは岡山在住のダンスミュージック・プロデューサー、Keita Sanoさんです。オファーの経緯は?

MFS - もともとはディレクションをお願いしているCE$さんから“このひとのビート聴いてみて”って言われて知ったんですよね。その時点で聴いた曲はハウスやガラージが中心だったんですけど、唯一ヒップホップっぽいヴァイブスを感じたのが、この"Fall Pow"のビートで。聴いた瞬間、“これ、ヤバッ!”ってなってお願いすることになりました。ほかにもビートいただけたらなと思ってSanoさんに訊いたんですけど、““Fall Pow”みたいなビートは5年に1度しかできないんで無理ですね”って言われました(笑)。

- ハハハ。そして“Enter”では客演にanddy toy storeさんが参加されてます。もう付き合いは長いですよね。

MFS - 長いですね、もう大阪に行った直後からなんで。anddyさんも、なんていうかわたしのツボをすごい突いてくる。あのダラダラした感じの声も、フロウや言葉のチョイスのオリジナルさとか、めっちゃ好きなんですよね。付き合いは長いけど、いっしょに制作したのはこれがはじめてで。

- さらに“Drink”にはJJJさんが今回トラックとヴァースで参加。JJJさんに対してはどんな印象をお持ちですか?

MFS - 個人的に、彼のラップはビートメイカーが作るラップって印象があるんですよ。ラップのハメの部分を理解してるし、ラインの跨ぎ方もすごく巧みだなって。ビートに関しては弾きでお願いしたんですけど、できあがった曲を聴いて、わたしは2000年代のヒップホップっぽいイメージが浮かびました。しかもウッドっぽさもちゃんとある。どんだけ“ウッドっぽさ”って言ってるんだって感じだけど(笑)。

- ハハハ。ではMFSさん自身の取り組み方についても伺いたいんですけど、リリックやフロウに関して、本作においてこれまでやってなかったこと、新しく挑戦したことってありましたか?

MFS - これまで自分はどこかスムーズにいかないラップが好きで、それを前提に自分のノリでハメていっていて。でも"Moonlight"とかは流れるように聴けるようリリックを詰めた感じがありますね。

- そもそもMFSさんはリリックを書いていての苦労というか、スランプみたいなことってありますか?

MFS - “この曲はずっと書けない……”みたいなことはあんまないんですよ。ほんとにそのときの気分をビートに乗せてるから。

- その意味でも、ご自身のなかでビート選びは重要なんだと思います。リリックだけ書き溜めたりもないですか?

MFS - わたしってビート聴かないとなにも考えられないからあんまりないんですけど、普段からイラついたことを書いてるメモはあります(笑)。リリックに反映はしてないけど。

- たとえば本作でいうと"IMPACT"は攻撃的なリリックですよね。そのメモがもしかしたら作用してるかもしれません。

MFS - "IMPACT"はたしかにイラついてますね。なににイラついてたかは覚えてないけど、この曲を作ってるときにCHEHONさんの“あったまからつま先まで”ってラインが頭に浮かんできて。

- CHEHONさんの“韻波句徒”。

MFS - そう。そこから書き進めて、“頭からつま先まで売れてるからわたしはもう買えないよ”って感じのリリックにしました。

- "Turning"の歌詞についても伺いたいんですが、この曲では自身がターニングポイントにあるってことを書いてると思うんですが、MFSさんが具体的に感じた転換点ってどんなことだったんでしょう?

MFS - これは2年前の曲なんですけど……

- ちょうど"BOW"がヒットした時期ですね。

MFS - それくらいだと思います。"BOW"がゲームで使われるって決まったときくらいかな。だから、さっき話した出す予定だったEPのタイトルも『TURNING』にしようと思ってた。全部RUIのプロデュースで新しい自分のスタートってイメージで作ろうって当時は思ってましたね。

- "Turning"しかり、アルバム全編を通して“変化”ということについて言及してるリリックが多いと感じていて。変化することへの思い、葛藤みたいなものがある?

MFS - わたし自身、“変化はしないけど進化はしたい”という気持ちがあって。進化をするに伴って、いままで自分が変えたくないって思ってた部分をちょっと開放しなきゃいけないことってあるじゃないですか。開放しちゃってるときもあれば、できないときもあるし、それがずっとぐちゃぐちゃなままで。一貫性を持ちたいけど持てない自分に対して悩むこともあるし。最近、いろんなアーティストさんとごいっしょするなかで、わたしは“アーティストである前にひとりの人間だ”って気持ちがすごく強いんだなって認識したんです。でも、ここからもうひとつレベルアップするには、もうちょっとアーティストとしての自分を優先して考えなきゃいけないなって思って。責任感というか。いままでの自分じゃいられないところがあったりするなっていうのはここ最近考えてることです。

- そういう思いってご自身にとってポジティブに働くものですか?

MFS - ポジティブ! これまでみたいに朝まで乾杯して身体悪くしたり、悪いコンディションで仕事するのも違うなと思うんで。プロとしての自覚っていうと大げさだけど、ステップアップしていくためにはこれまでの自分と違う行動をしていかなきゃいけないなって思ったりする。だから、その意味ではポジティブなんだと思う。

- ある種の覚悟というか。では、これから先どんな進化をしていきたいっていうイメージは自分のなかでありますか?

MFS - アーティストとしては、これからはラップができるためのビートというよりも、ラップが落とし込めるジャンルがあれば全部に挑戦してみたいなっていうのがあって。いままで日本でやってる先人がいなかった音楽で“これってラップ乗れるの?”みたいなものにも乗せていきたい。それでもっと進化できるんじゃないかなと思ってる。もっと音楽として新しいことをして、自分の進化につなげていきたいんです。……こういう感情、ほんとに最近芽生えたんですよ。これまではあんまり競争心とかなかったんですけど、『COMBO』を自分としてもしっくりくる作品にできたおかげで、ここで表現した音楽のさらに先を見せたいって気持ちがありますね。

Info

1st FULL ALBUM 4月17日リリース

MFS『COMBO』Pre-add/Pre-save受付中

URL: https://orcd.co/combo_mfs

<Track List>

M1. BINBO / Prod. RUI

M2. Home Tour / Prod. ip passport

M3. SAICO / Prod. Taydex

M4. IMPACT /  Prod. RUI

M5. New World / Prod. Taka Perry

M6. Drink (feat.JJJ) / Prod. JJJ

M7. One Breath / Prod. RUI

M8. Moon Light /  Prod. RUI

M9. Fall Pow / Prod. Keita Sano

M10.Turning / Prod. RUI

M11. Bless You / Prod. RUI

M12. Enter (feat. anddy toy store) / Prod. RUI

M13. Chase Remix / Prod. RUI

M14. Combo / Prod. Stones Taro

5月17日(金)リリース

MFS digital single 「Mirror feat. JJJ」本日より各種配信サービスにて配信中

https://orcd.co/mfs_mirror

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