【コラム】ヒップホップと法 | アメリカでは何が起きているのか

VS NYドリル

今年のニューヨークでの『Rolling Loud』(世界最大のヒップホップフェスティバル。マイアミでスタートし今年はポルトガルやタイでも開催)は、9/23~9/25にかけてクイーンズのシティ・フィールドで行われた。だが、開催直前に、ブロンクスのSha EkとRon Suno、そして、ブルックリンの22Gzの出演が急遽取り止めになった。ニューヨーク・タイムズによると、ニューヨーク市警(NYPD)の要望に、主催者側が応じたようだ。この3人のうち、22Gzは、今年の3月にブルックリンのクラブで3人が負傷した発砲事件の犯人として6月に逮捕、殺人未遂等の嫌疑がかけられた後、50万ドルを積み、保釈中の身ではある。実は、この6月の逮捕も、『HOT 97 SUMMER JAM』の会場に向かう当日のことだった。

これは単なる偶然だろうか。現在24歳の22Gzは、2017年にフロリダで第二級殺人容疑で逮捕されるも、立証されず、5ヶ月の収監で済んだ過去がある。それも関係したのか、すでに彼は、今年と同じ会場で開催された2019年の『Rolling Loud』でも、NYPDの副本部長が主催側に送った要望書により、Pop Smoke、Casanova、Sheff G、Don Qと共に、開催数日前に出演をキャンセルされている。その要望書には「治安を鑑みて」とし「上記のパフォーマーは、市全域に広がる昨今の暴力行為と関わりを持ち続けている」ため「NYPDとしては、彼らに公演を許したなら、暴力事件の発生リスクは一挙に高まると考えている」と書かれていたという。

ヒップホップ・ポリス

ラッパー絡みの暴力事件というと、いまだに犯人逮捕に至っていない1996年と翌97年に発生した2PacことTupac ShakurとBiggieことThe Notorious B.I.G.の相次ぐ殺害がまず思い浮かぶかもしれない。この2つの事件以降、主にラッパーたちの監視に特化した業務に取り組む「ヒップホップ・ポリス」なるものの存在がまことしやかに語られるようになった。しかし、それは単なる噂ではなく、実在することを2004年5月にマイアミ・ヘラルドにすっぱ抜かれた。マイアミ警察とマイアミ・ビーチ警察には(この記事が出る数年前にビーフがピークに達していた)50 CentとJa Ruleをはじめとする数名のラップ・アーティストの写真、逮捕歴以下詳細な個人情報を集約した分厚いバインダーが存在し、該当者がマイアミを訪れた際には、到着した空港でその姿を写真に収め、ホテルでは張り込みを行い、場合によってはビデオも撮影していたというのだ。それだけではない。暴力事件発生の可能性との関連から、彼らの楽曲のリリックの内容について事細かなチェックも行なっていることも判明した。

そして、こうした監視活動の指揮をとっているのが、まさに「ヒップホップ・ポリス」と噂されていた、NYPDの特殊チームだったのだ。しかも、彼らはマイアミ、アトランタ、ロスアンジェルスの警察から派遣された者に、三日間にわたる講習会「ヒップホップ・.トレーニング・セッション」を実施、その際、NYPDからマイアミ警察に手渡されたのが、例のバインダーだったのだ。この講習で彼らに叩き込まれたのは、リリックをチェックする際の着眼点、クラブなどヒップホップのライヴ会場で見落としてはいけない点、ラッパー間の軋轢を常に把握するためラジオ局やテレビ局へのモニター要請だった、とマイアミ警察のRafael Tapanesは、明かしている。

この通称「ヒップホップ・ポリス」について、2019年5月にニューヨーク・ポストがさらに詳細を暴露する。まず、正式名称は「エンタープライズ・オペレーションズ・ユニット(俗称ラップ・ユニット)」で、構成員は、市内のクラブで開かれるヒップホップのライヴに私服で潜入し、暴力的な事件が発生しうるリスクを高、中、低の三段階評価したレポートを毎週書き上げる。その情報が各分署に流され、場合によっては、各管轄側からのフィードバックにより情報の精度が増してゆくことになる。

VS Drakeo the Ruler

それにしても、リリックの読み取り方まで情報共有している裏には、なにかしら魂胆があるように思えてならない。2016年12月、カリフォルニア州カーソンの某パーティ会場の入り口で、24歳の男性一人が射殺され、他にも男性二人が軽傷を負った。この事件への関与が疑われたのが、ブレイク必至の新進ラッパーの一人として、まさに目ざといメディアから注目されていた23歳のDrakeo the Rulerだった。事件の翌月(2017年1月)、彼の部屋に強制捜査が入り、銃の不法所持で逮捕されてしまう。この所持に関しては、司法取引がおこなわれ、2017年11月には釈放される。

その翌月発表のミックステープ『Cold Devil』が評判となり、アーティスト活動も軌道に乗った、かと思いきや、2018年9月に、いぜん未解決の2016年12月の事件にかかわる殺人、殺人諜議、犯罪集団結成諜議、自動車内からの銃撃、銃火器の違法所持、二人の負傷者に対する殺人未遂といった罪で彼は起訴されてしまう。

そして、裁判が始まると、検察側の刑事が証拠のひとつとして提出したのが、彼の曲のリリックそしてミュージックヴィデオだった。それらをもとに、彼のクルー、Stinc Teamはギャングで、そのリーダーが彼だと主張。2013年に新たに認められたカリフォルニア州刑法典 182.5 条をあてはめ、重大犯罪を起こしたギャングのメンバーでなくても、そのメンバーと何かしら利害関係がある者なら、いわば芋づる式に逮捕され、罪に問われうるとし、刑務所から出さなかった。裁判において、検察側は、裁判に勝つためあるいは求刑を支えるため、あらゆる証拠を活用するのは定石だ。実際、ほぼ無名のラッパーの裁判で、リリックが証拠として使われ、有罪となったケースは存在する。

検察側は法廷で、彼の曲のリリックに、ライバルの「ラッパーを縛りあげ、クルマのトランクにいれた」とあると証言、彼はこのラッパーを殺す計画を立てていたものの頓挫し、最終的に、2016年12月の事件を引き起こしたと主張したのだった。これは作り話のように聞こえなくもないが、検察側が証拠として用いるのは、問題の事件と直接関係のある(と考えられる)リリックとは限らないことがわかる。

この裁判の結果は、2019年の7月に出た。彼は、殺人及び殺人未遂そして殺人諜議については無罪、銃火器の違法所持では有罪、(前述のカリフォルニア州刑法典 182.5 条が関わる)ストリートギャングに積極的かつ故意に参加する共謀行為、自動車内からの銃撃(実は実行犯でないことは早くからわかっていた)の2件については持ち越しになった。

リリックを証拠にされたり、ストリートギャングを犯罪組織のように扱う新たな法律を適用されそうになったり、Drakeoはまるで、被告人がラップアーティストであるケースの新たな判例作りのだしに使われているかのようだ。実際、そうだったのかもしれない。延期を繰り返すだけの裁判の日程に引きずられるだけ、引きずられ、トータルで3年以上も刑務所に入れられた後、2020年10月、 例の州刑法典 182.5 条関連の件は取り下げられ、残るひとつも司法取引となり、ようやく出所できたのだった。(その1年後の2021年12月にDrakeoは出演していたフェスの会場で刺殺された)

このDrakeoのケースは、彼とその仲間のラッパーが、司法制度のターゲットにされたかたちとなったが、すでに80年代からヒップホップというジャンルそのものにネガティヴなイメージが植え付けられていた。1986年8月、Run DMCによる『Raising Hell』ツアーのカリフォルニア、ロングビーチ・アリーナ(1万4千人収容)での公演中と終了後にあわせて約40名の負傷者と4名の逮捕者が出る騒ぎがあった。とはいえ、これはリリックやヒップホップとは直接関係はない。対立する地元ギャングの抗争の場に利用されたのだ。86年は、クラック蔓延が報じられた年だ。それにもかかわらず、当時ホットで注目のジャンルだったせいもあるだろう、ヒップホップのライヴは危険、ヒップホップは危険とメディアが一斉に書き立て、ジャンルとしてのヒップホップに一気に非難の矛先が向かったのだった。その結果、大規模会場でのヒップホップのライヴの開催はしばらく回避及び自粛された。それが復活して間もない90年代初頭にA Tribe Called  Quest等がオープニングアクトを務めたPublic Enemyのライヴをマジソンスクエアガーデンで観た時には、今でこそ珍しくないが、入場者には全員金属探知機でのチェックが義務付けられたため、公演開始後に場内に入る観客も多数見受けられたのを覚えている。

そこで、気になるのは、ヒップホップ以外のジャンルの場合はどうなのか、例えば「ロック」は? ロックのライヴで死者が出ても、「ロック」にはお咎めなしなのは、古くは1968年にオルタモントでのRolling Stonesの、その後の2000年のPearl Jamのライヴの事後を振り返ってみるだけで、明らかだ。そこから、その根っこには非白人のコミュニティから発生した音楽の担い手に対するレーシャル・プロファイリングが行われているのではないか、とする見方もある。ロックのリリックが、裁判で証拠として提出され、それを書いたアーティストが裁判を受けるまで何年も刑務所に入れられたケースがあるだろうか。

VS YSL

そして、 Drakeo the Rulerの一件は、検察側からしたら失敗に終わったにもかかわらず、今現在アトランタで、同様のケースが進行しているのだ。そこでは、直接関係のない小規模の多数の犯罪案件に基づき、犯罪謀議の容疑で大人数を一網打尽にしたい時に、使い勝手のよいジョージア州独自のRICO法(一般的に知られているRICO法は、マフィアやドラッグカルテル等による組織犯罪に適用される)が、ちょうどカリフォルニア州刑法典182.5 条のように使われたのだ。ターゲットは、Young Thug率いるYSLで、Gunnaを含む28名が56の罪で2022年5月に一斉に逮捕された。

YSLはYoung Stoner Lifeの略のはずだが、検察側は一貫して、ストリート・ギャングYoung Slime Lifeの略だと主張している。警察(例の「エンタープライズ・オペレーション・ユニット」か?)は、10年ほど彼らを追っていたという。確かに、Youmg Thugは脛に傷を持つ身であり、YSLのラッパーには強盗および殺人未遂でパクられた者もいる。だが、それらが組織的な犯罪であることを示す証拠として、証拠として提出されたのは、報じられているだけでも、Youmg Thugの九つの楽曲から取り出されたリリックの一部だったのだ。例えば、彼は篤志家としても特に地元では知られており、弁護側がその一面を強調する。対する検察側は、人格証拠としてリリックを引用することで、「犯罪傾向のある人間」としての彼の印象を強固なものにしてくるだろう。たとえ、人格証拠が一般には証拠として認められていなくても。こういった嫌らしさも、このリリックの使用にはある。例えば、往年の白人シンガー、Johnny Cashの名曲"Folsom Prison Blues"は「俺はレノで男を一人撃った」という歌詞で知られている。この曲のリリース後に、彼は7回の逮捕されているが、その際、法廷内でリリックが使われたことはないのだ。

この問題の根元には「表現の自由」が大きく関わっている。犯罪事件の裁判の証拠として、ラップは事実の反映であるとの判断でそのリリックが使われてしまったら、ラップがアーティスティックな表現であることが無視されたも同然だからである。YSLの弁護士も、「表現の自由」を妨げる法律の制定を禁止するアメリカ合衆国憲法修正第1条に抵触するとして、ジョージア州判事(ちなみに黒人で、女性)に異議を唱えるも、きっぱりと否定し続けている。

Drakeoのケースが直接的なきっかけではなかったものの、ラッパーたちの中からも、こうしたリリックの使用に異議を唱える者が当然出てきている。2022年1月には、ニューヨーク州に対し、使用の停止する州法を求める要望書を、Jay Z、Killer Mike、Meek Mill等が連名で議会に提出している。そのなかの一人Fat Joeは、10月に、abcの番組『Nightline』でリリックというのは「まるごとアートなんだ、そういう作り上げられたものを裁判で利用したり、それを書いた自分に対する反証として使われたりするのは、非常に危険だ」と話している。そして、カリフォルニア州では9月末には、 Killer Mike、Meek Mill、E-40等が立ち会いのもと、リリックの使用を制限する法令The Decriminalizing Artistic Expression Actに州知事が署名し、認められた。こうした流れが他の州にも影響を与え、今後さらなる大きなうねりとなりうるのだろうか。Drakeoのケース以上に厳しい対応を受け、保釈が一向に認められらないYoung Thug以下28名のYSL関係者の裁判は、最短でも2023年1月に開始予定となっている。(小林雅明)

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