アメリカのヒップホップシーン・SNSに内在するアジアンヘイト

新年早々不快なニュースが飛び込んできた。昨年アルバム『Title』を発表するなど、長いキャリアを持ちながら精力的に活動を続けるラッパーの5lackが、メロディアスなフロウとパーソナルなリリックで支持を得るアトランタのラッパー6LACKの名義を盗用しているとして、一部の英語圏のTwitterユーザーから非難を受けている。

発端となったのは@Lintroller10なるアカウントのツイートだ。彼は「冗談だろ」との文言と共に5lackのSpotifyのアーティストページのスクリーンショットを投稿。直接的に明言はしていないが、言外に5lackが6LACKの名義を剽窃したものだとするニュアンスが含まれたツイートである。

https://twitter.com/Lintroller10/status/1477870679110438914?s=20

こちらは恐らく21 SavageがInstagramにて行った自身のパロディラッパー「22 Savage」に引っ掛けた投稿が話題を呼んだことからツイートされたものだと推測出来るが、当然ながら5lackが22 Savageのような、あるいはH.E.R.のパロディ「H.I.M.」のような存在であると思っているリスナーは、少なくとも日本にはそうそういないはずだ。しかしリプライや引用リツートには「アフリカンアメリカンの文化を盗用している」と憤る者や、あろうことか「アジア人は真似しか出来ない」との直接的なヘイトをぶつける者も存在する。さらにR&Bの大手キュレーションメディアであるR&B RADERや、ヒップホップに関するミームを長く発信してきたDJ Akademiksといったアカウントも先述の投稿を拡散。いずれも誤った認識を広げることに加担する形となった。

https://www.instagram.com/p/CYZ1yFTrx2W/?utm_source=ig_web_copy_link

一方で、日本のヒップホップリスナーや海外の5lackを知るリスナーから、5lackと6LACKには一切の関係が無いことを説明するリプライやアジアンヘイトに抗議するリプライが行われてもいる。

5lackが自身の名義を以前の「S.L.A.C.K.」から現在のものへと変更したのは2011年頃のことであり、これは6LACKが1stアルバム『FREE 6LACK』でデビューした2016年よりも前のことである(自身は2005年から6LACK名義で活動していると主張しているが)。また「5lack」という名義は「娯楽」という言葉とのダブルミーニングに由来するものであり、言うまでもなく6LACKをもじったものでは有り得ない。

しかし、この騒動は「どちらが先にアーティスト名義を使用し始めたか」という問題に留まらず、一部のヒップホップファンやTwitterユーザーが持つアジアンヘイトの意識や、「アメリカ国外、しかもアジアのアーティストであるなら剽窃を行なっているものだろう」とのバイアスを浮き彫りにしたものであると考えられる。

昨年には新型コロナウイルスの感染が最初に拡大した地域が中国の武漢であったことを理由にアジア系に対する暴力や嫌がらせが頻発し、アジアンヘイトに反対するデモが世界的に行われたことは記憶に新しい。

さらに昨年12月にはメンフィスのラッパーNLE Choppaがアジア系の強盗を撃退し、彼を家族で踏みつけるストーリーのアルバムアートワーク(現在は差し替え済み)とMVを公開するなど、残念なことにアメリカのヒップホップシーンにおいてもアジアンヘイトは歴然と存在している。

また、5lackが6LACKの名義を剽窃していないことは多少調べれば誰であろうと理解出来ることであり、更に言えばその楽曲を一聴すれば5lackが単なるパロディでは絶対に実現し得ないキャリアとクリエイティビティを持つアーティストであることがまともなリスナーであれば容易に理解出来るにも関わらず、それをせずに脊髄反射的に反応・拡散している者が数多く存在していることにも、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。彼らの多くは自身がアジアンヘイトに加担しているという自覚を持たず、単にTwitterでバズったミームを面白がる格好で事態を消費していると思われる。しかし、それはソースを精査せず反応してしまうリテラシーの低さ、アーティストや作品に対するリスペクトや音楽への愛の欠如、そしてアジア人に対する潜在的な先入観に由来するものだ。

現在のヒップホップシーンとインターネットミームは切っても切り離せない関係にあり、それらを戦略的に活用したことでキャリアを築いてきたアーティストも多い。そうしたミームのカルチャー全てを簡単に否定することは出来ないが、今回のケースはよりインスタントな反応を生み出しやすいインターネットとヒップホップシーンの現状が、非常に残念な形で表面化したものではないだろうか。

事態が収束し正しい認識が広がること、またアジア系に対するヘイトやバイアスが無くなることを願ってやまない。

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