【インタビュー】ジア・コッポラ 『メインストリーム』|「自分が本当は何を大切にしているのか」をSNSを舞台に問う

この映画のラストシーンを目の当たりにしたあと、あなたがふつうに自分のSNSアカウントを所有していて他人の物語を消費したことがある人間であれば、少なからず居心地が悪くなるはずだ。もしかすると「映画を通してむごい現実と対峙する必要なんてあるのか?」と憤る人だっているかもしれない。

もし『メインストリーム』が、「SNS」「インフルエンサー」という現代的な主題に対して明らかに露悪的なスタンスで挑んだ作品であれば、「ただのエンタメだからさ」といった具合にスルーすることもできるだろう。しかし、この映画はつねに批評的な視点をキープしており、撮り方もこちらがドキッとするくらいに冷静で、その発信はシンプルかつクリアである。何より、映画として、あるいは物語としてまったく破綻がない。破綻がないがゆえに、主題がそのまま胸に突き刺さる。

SNSはやばい。人を狂わせる。狂っている方は、自分ではなく世界が狂っているんだと思い込む。自分が狂っていることを知っている聡明な人でさえ、SNSはやめられない。そう、中毒ってそういうものだから。

自分の歌声は実際に収録してみないとピッチが合っているかどうかわからないように、自分の姿も客観的な地点からまじまじと観察してみないことには、正常かどうか判断できない。そういう意味で、本作の主役であるリンク(アンドリュー・ガーフィールド)は、仕事のパートナーであるフランキー(マヤ・ホーク)が編集したビデオを通じて、自分の姿を何度も目の当たりにしているはずだ。だが、リンクという暴走機関車は止まらない。

そこに映っているのは、己を解放してくれる真実のようにみえる、やばい何か。リンクはあらゆる秘密を暴露していく。その過程で関わった人を傷つける。そして彼は、世間のバッシングから身を守ろうとする。

その一連の流れも、一様に「おもしろいコンテンツ」として世界中に消費される。この映画の中で、リンクだけがそこで何がおきているのかを理解しているようにみえるのだが、そう思ってしまう自分はすでに十分毒されているのかもしれない。

取材・構成 : 長畑宏明

プラットフォームの中で起こる事象

- 自分は今週2回この映画を拝見しました。1回目は最後までジェットコースターに乗っているような、どこか痛快な気持ちで観ていたのですが、2回目はラストシーンのあと妙に居心地が悪くなってしまって(笑)。うわ〜、こりゃ今の世界はなかなかしんどいことになっているぞ、と。そこでまずお訊きしたいのは、「SNS」「YouTuber」というモチーフに関して、これはもともとジア監督の身近にあったものなのか、もしくはリサーチを重ねていくうちに興味を持ったものだったのか、どちらでしょうか?

ジア・コッポラ - 何よりもまず、明確にインスパイアされた作品があります。それが、『群衆の中の一つの顔』(エリア・カザン監督)という50年代の映画。私はこの作品を7年ほど前に観て、半世紀以上も前の話なのにまるで現代の風習を皮肉っているかのように感じました。だから、私は改めてその現代版を作ろうと思って、この企画に着手したんです。

- ということは、人間社会に関する普遍的なテーマをSNSという現代的なツールを用いて表現した、ということでしょうか?

ジア・コッポラ - そうです。以前からインターネットがテレビに替わることは予感していたのですが、そのプラットフォームの特性にフォーカスするのではなく、その中でおきる人間の感情的な事象について描こうと思ったんです。

- この映画では、SNSやインフルエンサーに対して何かしら批判的なスタンスが描かれているのかと思いきや、リンクというキャラクターに愛着すら感じさせる仕上がりになっています。この映画における主題をジアさんはどのように捉えていましたか?

ジア・コッポラ - つねに認められなければいけない、という不安から自分をいかに守るか。発信者か受信者かに関わらず、日々直面している不安との戦い自体がものすごく重要なイシューだと思います。この映画の中で示したかったのは、SNSやインフルエンサーをめぐる正解不正解ではなく、「自分が本当は何を大切にしているのか」という問いかけでした。

- では、その主題に対して、アンドリュー・ガーフィールドと映画を一緒に作ることに決めた経緯を教えていただけますか? 彼は今回、主演だけではなくプロデューサーとしてもクレジットされていますよね。

ジア・コッポラ - この企画を考え始めたときから、リンク役にはアンドリューがぴったりだと思っていました。そして、今まで彼が演じてきたようなヒーロー役とはぜんぜん異なる役柄なので、観客にはその意外性も楽しんでもらえるんじゃないかな。彼とは、ある演劇コーチを通して知り合い、そこから連絡を取り合ようになって、すぐにこの映画のアイデアを交わし合いました。彼はすごく知的な人なんですよ。

- これまでに、『アンダー・ザ・シルバーレイク』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督)という彼のB面的な魅力を明らかにした傑作もありますが、本作でも彼のそういったポテンシャルがいかんなく発揮されています。

ジア・コッポラ - 私もそう思います。

- 役を構築していく際のディスカッションの中身について教えてもらえますか?

ジア・コッポラ - リンクというキャラクターは、かつて『群衆の中の一つの顔』でアンディ・グリフィスが演じたローズという役から派生したものです。それに加えて、私はニコラス・ケイジがこれまで演じてきた役柄の大ファンなので、そういう要素も取り入れましたね。もちろん、私たちがいつも目にしているようなインフルエンサーの要素も。

- LAの街中を裸で走り回るのは?

ジア・コッポラ - あれは彼のアイデアです。彼はああいうのが好きなんですよ。ダンスも彼の得意技の一つなので、劇中でも踊ってもらったりして。

デタラメな街・LA

- つまり、土台には『群衆の中の一つの顔』の主役がありつつ、ジア監督やアンドリューのエッセンスがミックスされていると。劇中では、ギリギリ狂気の外側にいるフランキーではなく、完全に振り切ったリンクの話すことが胸に響いてしまうのが皮肉なポイントだと思うのですが、これはジア監督の心の声でもあるのでしょうか?

ジア・コッポラ - そうです、まさに。私がSNSを見ながら日頃感じていたことですね。これをみた様々な世代の人たちに考えてほしくて。つまり、リンクは真実めいたことを言っているように聞こえるんですが、彼はそれを名声の獲得に利用しているわけです。「電話なんて捨てればいい」なんて、まさに矛盾じゃないですか。

- まさに、そこを他のインフルエンサーに突っ込まれるシーンもあります。

ジア・コッポラ - すなわち、それが今のインターネット上でおこっていること。だからこそ、リンクに言わせる必要がありました。

- 最初にロケ地(「この映画はLAで撮影された」)が出てくるのも印象的です。この話は、LAの強い磁場がおこしている事象としても捉えられると思うのですが、改めてジアさんの視点からみたLAという街を説明していただけますか?

ジア・コッポラ - 私はここで生まれ育ちました。今はハリウッドブルーバード(LAのメイン通り)のすぐそばに住んでいて、毎日いろんな面白いものを目にします。みな有名になりたいと思って他から移り住んできたり、あるいは観光客がセレブ目当てに街を練り歩いたりする。でもそれはただの妄想であって、実際に街を歩いているのは、あの裸で騒ぎまくっているリンクみたいな人(笑)。現実と理想とのギャップが大きいというか。

- へえ、それはローカルの人にしかない視点かもしれないですね。

ジア・コッポラ – うちの近くにもアンオフィシャルのスターウォーズ・カフェがあったりして、実際デタラメなところですよ。でも、そういう変なところがLAの魅力だと思います。

Info

『メインストリーム』

【STORY】
スターダムへの野心が狂気に変わる時、最悪の事件を引き起こすー
夢と野心が交錯する街 LA。20 代のフランキーは映像作品を YouTube にアップしながら、さびれたコメディバーで 生計を立てる日々に嫌気がさしていた。ある日、天才的な話術の持ち主・リンクと出会い、そのカリスマ性に魅了さ れたフランキーは、男友達で作家志望のジェイクを巻き込んで、本格的に動画制作をスタートする。 自らを「ノーワン・スペシャル(ただの一般人)」と名乗り、破天荒でシニカルなリンクの言動を追った動画は、かつ てない再生数と「いいね」を記録。リンクは瞬く間に人気 YouTuber となり、3人は SNS 界のスターダムを駆け上 がってゆく。 刺激的な日々と、誰もが羨む名声を得た喜びも束の間、いつしか「いいね!」の媚薬は、リンクの人格を蝕んでい た。ノーワン・スペシャル自身が猛毒と化し、やがて世界中のネットユーザーからの強烈な批判を浴びるとき、野心は 狂気となって暴走し、決して起きてはならない衝撃の展開をむかえる―

監督・脚本:ジア・コッポラ (『パロアルト・ストーリー』)

共同脚本:トム・スチュアート

出演:アンドリュー・ガーフィールド マヤ・ホーク ナット・ウルフ

ジョニー・ノックスヴィル ジェイソン・シュワルツマン アレクサ・デミー コリーン・キャンプ

原題:Mainstream│2021 年│アメリカ映画│シネマスコープ│上映時間:94 分│映倫区分:G

配給:ハピネットファントム・スタジオ

コピーライト:©2020 Eat Art, LLC All rights reserved.

公式 HP:happinet-phantom.com/mainstream/ 

公式 twitter:@mainstream_jp 

公式 Instagram:@mainstream_jp

10 月 8 日(金)より、新宿ピカデリー ほか全国ロードショー

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