【コラム】タイプビートの利用で思わぬトラブルに巻き込まれないようにするために
はじめに
音楽家のための無料法律相談サービス「Law and Theory」の代表を務めています、弁護士の水口瑛介です。 Law and Theoryにはジャンルを問わず多くの音楽家からの相談が寄せられていますが、ヒップホップのジャンルで活動するラッパーやビートメーカーからの相談が比較的目立ちます。
サンプリングに関するもの、ラッパーとビートメーカーとの楽曲の共作の際の権利関係に関するものなどその内容は多岐に渡りますが、タイプビートに関する相談も多いものの一つです。
そこで、本稿では、多くのラッパーを悩ませていると思われるタイプビートを利用する場合の注意点、中でも、
・タイプビートの販売サイトで購入したビートを利用して、何をしてよいのか、何をしてはいけないのか。
・トラブル防止のためにビートの購入時に何をしておけば良いのか
ということについて考えてみることにしましょう。
どのプランを選ぶべきなのか
購入したビートにラップを重ねることで楽曲を完成させた後は、自分の楽曲としてSoundCloudにアップロードしたり、Apple MusicやSpotifyなどで配信して収益化したり、ライブパフォーマンスで利用することになろうかと思います。
多くのタイプビート販売サイトでは、「Basic」、「Premium」、「Exclusive」などの値段が異なる複数のライセンスのプランが用意されており、このプラン毎に許されている内容、つまりライセンス条件が決まっています。
このライセンス条件に違反した利用をしてしまうと、トラブルに発展してしまう危険性が生じることになります。ビートの制作者であるビートメーカーから金銭の支払いを求められたり、楽曲の削除を求められたりといったような事例が考えられるでしょう。そのため、ビートの購入に際しては目的に応じて適切なプランが何かを判断し、選択する必要があります。
各種プランについて、法律でその内容が決まっているわけではありません。そのため、BEATSTARSやAirbit、TRAKTRAINなどの有名なタイプビート販売サイトにおいて、プラン名やそのライセンス条件はそれぞれ異なっています。そればかりか、同じ販売サイト内の同じプラン名であっても、ビートメーカー毎にライセンス条件が異なる場合も多いです。
このような状況ですので、こういう場合にはこのプランを購入しておけば絶対に大丈夫などと簡単に考えることはできません。購入したビートを使用して何をしたいのかを事前に十分に検討した上で、各プランのライセンス条件を確認・検討し、購入するプランを決定する必要があります。
さて、ここからは具体的に見ていきましょう。BEATSTARSのとある楽曲を見てみると、
という5つのプランに分かれています。
これは「BASIC」というプランのライセンス条件です。
ラップを重ねて楽曲を作成し、この楽曲をストリーミングサービスで1万回まで再生すること、1つのミュージックビデオで使用すること、無料でライブ実演をすることなどが許諾される内容のライセンス条件になっています。
逆に言えば、SpotifyやApple Musicで合計1万回以上再生されてしまった場合、有料のライブで使用してしまった場合、レコードに収録して販売してしまった場合などはライセンス条件に違反することになります。趣味レベルで楽しむということであれば、このようなブランでも問題ないでしょう。
これは「EXCLUSIVE」というプランのライセンス条件です。
ストリーミングサービスでの再生回数やミュージックビデオでの使用について、無制限となっています。また、有料でのライブで使用することや、BASICプランでは禁止されていたレコードの販売も可能になっています。
完成した楽曲の再生数が見込める場合や、今後ライブで使用していくことを想定している場合には、このような条件のプランを購入するべきでしょう。
購入したビートは誰のものなのか
ここまでで、EXCLUSIVEプランを購入してさえおけば問題ないのではないか?と感じられるかもしれませんが、決してそうではありません。その理由の大元には、「購入したビートは誰のものなのか?」、そして、「購入したビートにラップを重ねることで完成した楽曲は誰のものなのか?」という大きな問題が横たわっているからです。
ビートを「購入」というと、ビートの権利を買い取って自分のものにするような印象を受けます。しかし、EXCLUSIVEプランで購入したビートを使用して制作した楽曲を完全に自分の楽曲である(楽曲の全ての権利が自分にある)と考えてしまうことは危険ではないかと私は考えています。それは、記載されているライセンス条件だけを見る限り、ビートにまつわるビートメーカーと購入者との法的な関係性が明確に整理されているとは言い難いからです。
ライセンス条件には、購入したビートについて、そのビートの著作権が購入者に譲渡されるのか、それとも著作権の利用許諾がされるだけなのか(その場合、著作権はビートメーカーの手元に留保されたままということを意味します。)が必ずしも明確ではありません。
販売サイトにおいて複数人が同じビートを購入できる場合が多いことなどからすれば、ビートの著作権はビートメーカーに留保されており、ビートの「購入」という言葉の印象とは異なり、その実態はビートの利用許諾に過ぎないと考えるのが自然であろうと私は思っています。
実際にBEATSTARSには、EXCLUSIVEプランは一般的には著作権の譲渡であるとしながら、ライセンス条件は個々のビートメーカーが決めるために直接確認してもらいたいとの注意書きがあります。つまり、EXCLUSIVEプランであっても必ずしも著作権の譲渡ではありませんよという注意喚起がされているのです。
ラッパーが販売サイトでビートを購入し、その上に自身で書いたリリックを乗せて楽曲を完成させた場合について考えてみましょう。楽曲の権利は歌詞と曲に分けて考えるのが一般的です。まず、歌詞(リリック)についてはビートメーカーが関与していないため、これを作成したラッパーが単独で著作権を有することになります。
他方で、曲の著作権については、ラッパーとビートメーカーが共有することになる(共同著作物)と考えるのが自然でしょう。ラッパーはビートの上に乗るラップのリリックを考えただけでなく、そのリリックをどのようなメロディーやフロウでビートの上に乗せるかを考えているからです。つまり、楽曲の権利のうち、曲の部分については、ビートメーカーにも著作権が残ることになります。
また、ビートの原盤権(レコード製作者の権利)の問題も生じるでしょう。完成した楽曲は、ビートメーカーが作成したビートの音源を使用したものですから、原盤権についても権利処理を行う必要があります。しかし、この原盤権についてビートメーカーからラッパーに譲渡されるのか利用許諾されるのか、サイト上の記載だけでは不明確なのは著作権と同様です。
発生し得る問題とは
このようにビートメーカーに権利が残ると考えた場合、次のような問題が発生する可能性があります。
・著作権管理団体への登録の問題
楽曲をJASRACやNextoneなどの著作権管理団体に登録する場合、楽曲の著作権を自分で有していることが必要となります。つまり、著作権がビートメーカーとの共有になっている場合、ラッパーが著作権の全てを有しているわけではありませんので、ラッパーだけの判断で登録することができないことになります。
・YouTubeのContent IDへの登録の問題
YouTubeに楽曲が無断アップロードされている場合に削除したり、削除せずにその動画から収益の分配を受けたりしたいという場合には、Content IDに楽曲を登録することが必要です。しかし、ラッパーが完全な著作権と原盤権を有していない場合には、やはりラッパーだけの判断で登録することができないことになります。また、仮に、ビートメーカーがビートだけで構成された楽曲について先にContents IDに登録していた場合、後からアップロードされた完成後の楽曲について、権利侵害と判断されてしまう可能性があります。
・同じビートを用いた別の曲が販売されてしまう可能性
複数人が同じビートを購入できる場合、別のアーティストが同じビートを使用して楽曲を発表することができることになります。購入したビートを自分専用のものにしたいということであれば、また別の交渉が必要であるということです。
なお、ビートメーカーとの間でビートの権利の譲渡という条件で合意できた場合であっても、そのビートの権利が購入者の物になるだけであって、当然ながらビートの制作者が変わるわけではありません。また、ビートメーカーには氏名表示権という自分の名前をクレジットさせる権利があり、この権利は著作権の譲渡によっても消滅しません。つまり、ビートの購入者がビートの制作者として自分の名前をクレジットすることはできませんし、求めがあればビートメーカーの名前をクレジットしなければならないということになります。
どうしておけば良いのか
ここまでの説明で、EXCLUSIVEプランを買っておけば良いというシンプルな話ではないということが分かったと思います。では、トラブルを避けるためにどうしておけば良いのでしょうか。
まず、販売サイトは、あくまでプラットフォームに過ぎず、ビート販売の場を提供しているに過ぎないということを理解しておく必要があります。ビートの売買契約の当事者は、ビートを制作して権利を持っているビートメーカーと、そのビートを使いたいと考える購入者の二人なのです。つまり、販売サイトは、ビートメーカーと購入者との間の権利関係の処理には関与してくれないということです。
そこで、購入した楽曲を商業ベースで積極的に使用することを想定している場合には、ビートメーカーと直接メッセージのやり取りをして、ライセンス条件について詳細な内容を確認・協議・合意しておく必要があるでしょう。
英語でのやり取りが多くなりますし、確認すべき条件は少なくないですが、
・著作権及び原盤権の利用許諾ではなく譲渡を受けたいということ
・第三者に同じビートを提供して欲しくないこと
・ビートについてContent IDの登録をして欲しくないこと
などだけでも伝えて合意できればトラブル発生の可能性はグッと下がると思います。便利なビート販売サイトではありますが、しっかりと利用するためにはやはりアーティストとビートメーカーの信頼関係が必要になってくるのは、これまでの楽曲制作の方法と変わらないのではないでしょうか。(弁護士 水口瑛介 音楽家のための法律相談サービス LAW AND THEORY 代表)