月間ベストアルバム:2021年1月編

2021年から毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載がスタート。

前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加するライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて先月まで連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。

1月編となる今回は、Abra Cadabra、Ashnikko、Jazmine Sullivan、Leon Fanourakis、Playboi Carti、Popp Hunna、Shame、Yu Suのアルバムをピックアップ。なお掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。

Abra Cadabra - Product of My Environment

ロンドン北部出身のラッパーAbra Cadabra。ロードラップシーンが盛り上がった2016年に彗星の如く現れ、シングル“Rubbery”で大ヒットを収めたものの、それ以降はシングル・EPリリースのみで、「音楽に集中できなかった」とインタビューに答えていた。そんな彼が昨年12月にリリースした待望のミックステープ『Product of My Environment』は、凄んだディープな声と巧みなフローをUKドリルに乗せてリアルを表現した生粋のギャングスタラップ作品だ。

UKラップをリードするラッパーHeadie Oneらとともにギャング”OFB”に参加するAbra Cadabra。Headie Oneが運命を反転させる呪文のように「Turn Turn」と呟くように、Abra Cadabraは自分に言い聞かせるように「No Problem No Problem」と歌い上げる。その言葉は逆説的に彼のストリートが問題だらけであることを仄めかしている。彼らの地元であるBroadwater Farmは60年代に建てられた団地があり、1985年、2011年に警官による捜査中の市民殺害をきっかけとした暴動があったことで知られる。また。今でも”OFB’を含めギャング同士の争いが続いている。No Jumperが現地撮影したインタビュー にはロンドンの雨空にクリーム色の建物が整然と立ち並ぶ無機質な光景が映っている。

序盤の3曲はそんな彼らの情景が思い浮かぶようだ。冷たいピアノや乾いたギターの音はコンクリートの冷たさ、無機質さを感じさせ、安心することのない日常の緊張感が伝わってくる。

そして嵐の前の静けさから一転、4. “On Deck”以降の中盤は激しいドリルチューンが続く。ダンスホールレゲエの影響を感じるフィジカルなフックが、UKドリル特有のナイフのような切れ味のドラムを際立たせる。6. “Spin the Coupe”では逆再生やアンビエンスで構成された映画的なサウンドに、敵のギャングを直接威嚇し畳みかけるようにラップする傑作ドリルチューン。彼のユニークなフローの巧みさと激しさに耳を奪われた。

そして嵐の前の静けさから一転、4. “On Deck”以降の中盤は激しいドリルチューンが続く。ダンスホールレゲエの影響を感じるフィジカルなフックが、UKドリル特有のナイフのような切れ味のドラムを際立たせる。6. “Spin the Coupe”では逆再生やアンビエンスで構成された映画的なサウンドに、敵のギャングを直接威嚇し畳みかけるようにラップする傑作ドリルチューン。彼のユニークなフローの巧みさと激しさに耳を奪われた。

Krept & Konanを迎えた7.“ Seen It All”ではPop Smokeの“Dior”のフックを引用したり、「みんなが2メートルと言い出す前からマスクをしていた」(Krept)というユーモアがあったりと、所々にエンタメ性もありながら、終盤では「神」への祈りを言及するシリアスなトラックが印象的だ。

神があいつの命を奪ったのを見た、

なぜ俺の命は奪わなかったのか

俺は銃を持ってたからか、俺もいつか死ぬ

「いつ」なのか、

その前に大金を稼げればいい

その前にメッカに行ければいい

その前にママに使い切れないほどのお金を渡せればいい

「13.  My People」

哀愁漂うギターリフに乗せて、神への祈りや亡くなった”OBF”のメンバー3名への追悼を歌い上げるこの楽曲は本作のハイライトだ。強気だったAbra Cadabraの祈りはどこか弱気で、不安気でもある。「敵」への威嚇と「仲間」への忠誠、という紋切り型の表現に留まらず、隠しきれない裏の感情が滲み出る。その点こそがこのミックステープが単なる「優れたドリルミックステープ」を超えて、彼のエモーションをリアルに描き出した唯一無二の作品たらしめている理由だ。(米澤慎太朗)

Ashnikko - DEMIDEVIL

初音ミクのようなツインテールの青髪に赤いアイメイク。ジャケット写真に描かれる3D CGのアバター。このサイバー・ゴスともいうべきビジュアルイメージを強調するラッパー/シンガーであるAshnikkoは、アメリカで生まれ、イギリスに住むアーティストだ。彼女は2019年にTik Tokでシングルがヒットしたことにより注目されるようになったニューカマーであるが、アーティスト写真やMVを見ると実在性が希薄でバーチャルな存在かのようである。たしかにトラップビートを基調とし、同じリフを様々な音色を用いて繰り返すトラックは、肉体感や身体性からはほど遠く、無機質で乾いた印象をリスナーに与える。

しかしビジュアルやトラックと相反するように、Ashnikkoの歌声は生々しい。シンプルなビートのうえで、母音を強調するフロウで自分のスタンスを響かせる“Daisy”や、彼女自身の名声を自分のものにしようとしている男性への怒りを吐き捨てるようなラップした“Toxic”。“Deal With It”で鼻にかかる伸びやかな声と「Cry」でみせるゴスロックやエモを彷彿とさせるドラマチックな歌唱。そしてミュージカル調の演出と軽やかなピアノのうえで、朗らかに性的な欲求の満たされなさを歌うラストトラック“The Musical!Clitoris”。

声の表現においてはエフェクトはほとんどなくあえて「生」の魅力が強調されており、リリックからも他者(男性)に媚びず、自らが主体を持って生き、怒りや悲しみを爆発させる彼女の姿を読み解くことができる。

バーチャルなルックスで、リアルな感覚や生々しさを表現すること。それは、幼い頃から今までゲームの世界に没頭し、SNSによってフェミニズムに目覚め、MVで初音ミクと共演するAshnikkoにとって矛盾しないことである。そして彼女に熱狂する同世代のティーンにとっても同様だ。

今作にはAvril Lavigneの“Sk8er Boi”のアレンジをトラップビートに置き換えてほぼそのままカバーした“L8r Boi”が収録されている。そのことからもわかるように、かつてのAvrilのような奔放なティーンのためのポップスター像をAshnikkoはより現代的な形で受け継ごうとしているのである。(吉田ボブ)

Jazmine Sullivan - Heaux Tales

Jazmine Sullivanは物語に女性の人生を語らせる。それは空想的な御伽噺ではなく、現実を生きるさまざまな女性の語り口から描かれたものだ。自身の体験談のみならず6人の女性が紡ぐ頌歌集が、フィラデルフィア生まれR&Bシンガーの『Heaux Tales』である。彼女らのストーリーは手本になるような綺麗事が並べられているのではなく、終了した恋愛や恋人間における不信心、そしてそれらに疲弊する女性の心情だ。自慢はできない過去の有害な関係性も、Sullivanを始めとする女性たちは悪びれることなく話題にする。

彼女が不在だった5年の間に多くの女性R&Bシンガーが登場したが、今作ではAri LennoxやH.E.R.とチームアップすることで、Sullivanの音楽は現代的な愛を歌うソウルになっている。そしてなんと言っても彼女は鋭利なソングライターだ。「B***h、ちゃんとしなさい/あなたは誰と家に帰ったかまたわからない」と1曲目の“Bodies”でSullivanは自身に説教をし、続く“Pick Up Your Feelings”では「忘れずに未練を拾いにきて/私が掃除をしている間に/私には必要ない/思い出はあなたがキープすればいい」と強気なアティチュードで関係性に終止符を打つ。

アルバムタイトルにもある“Heaux”はフランス語で“Ho(あばずれ、もしくは総合的に女)”を意味する単語だ。彼女が歌う女性は自由奔放であり、恋愛では常にオーナーシップ(所有権)を持つ。“Put It Down”では「彼が私に会いたいと言えば、私は全てを放って行く/彼に私の車の鍵をあげる/明日までには返すでしょう」とお互いに利益を追求する男女をSullivanは写しだしている。作品にはさまざまな女性像が存在し、Anderson .Paakフィーチャーの“Price Tags”と“The Other Side”が写しだすラグジュアリーな生活を望む女性は、“Lost One”の悲しみに打ちひしがれる女性は同一だ。物欲的な欲望と感情的な渇き、どちらも1人の女性の中に存在するのだとSullivanは今作を通して説く。インタールードが切り替える情景の変化も、上手に作品の異なるストーリーを機能させている。

Sullivanがその圧倒的なヴォーカルを見せびらかす瞬間こそが彼女の音楽の醍醐味だ。“On It”で展開されるAri LennoxとSullivanの歌声は、まるで溶け合うバターのように絶妙な相性を披露している。空白期間を感じさせないパワフルな歌唱力は、さすがは長年のキャリアである。サウンドはミニマリスティックなアプローチながらも、Mary J. Bligeの『My Life』に通ずる部分があり、2008年から活動しているSullivanの趣向だろう。

作品の物語は、「ありえない、あの女たちはどうして勝ち組なの/私みたいな女子に希望なし/なんであの子たちは勝ち組なの?」と、H.E.R.と歌う“Girl Like Me”で幕を閉じる。『Heaux Tales』でSullivanが語る恋愛はハッピーエンド無しのリアリティかもしれない。しかし、誰も夢みがちなシンデレラストーリーはもう聞きたくないのだ。(島岡奈央)

Leon Fanourakis - SHISHIMAI

「横浜勢止まる気ねぇわ」(“CHAMPION”)。これほどまでに心強いパンチラインはない。このフレーズを歌うLEXや、Only U、SANTAWORLDVIEW、yung sticky wom、Bank Somsaat.、ralph、kazuoなど、いま横浜を中心に活動するラッパーたちの勢いには目を見張るものがある。

彼らは、ローティーンからラップを始め、USのSoundCloudラッパーたちに共鳴しながら、ハイペースで音源制作やライブを続けてきた結果、2018年から2020年にかけて同時多発的に注目が集まるようになった。そしてお互いの楽曲に参加することで、化学反応を起こし合い一つのシーンを形成した。その結実とも言えるLEX『LiFE』やOnly U『Infinity's』からも十二分に感じられることではあるが、「横浜勢」は日本のヒップホップシーンのなかで確実に重要な存在になりつつある。

Leon Fanourakisも他ならぬ「横浜勢」の一人だ。彼の武器は、地を這うような声で韻を踏んでいく鋭利なラップと、それと相反するような流麗で心地いいフロウ。その声はジャンルやシーンを越境できるエネルギーを孕んでいる。

それは前述の“CHANPION”がアフリカ出身のOkardiditによるビートを湘南生まれのLEXとともに歌ったものである、という事実からもわかることだが、作品全体に耳を傾けるとLeon Fanourakisが選んだビートやラップ・スタイルがいかに多彩かがわかる。

アルバムのオープニングを飾る“ZEKKOCHO”では、YENTOWNのU-LEEが硬質で空間のあるビートと、メロウなピアノフレーズが同居するトラックを提供。それに呼応するように、Leonのフロウは一曲のなかで自在に変容していく。かと思えは、JP THE WAVYやAwichに楽曲提供するJIGGとの“What did you say!?”では、退廃的なビートのうえで丁寧なライミングとザラついた声を聴かせる。かと思えば、アトランタ在住のトラックメイカーYung Xanseiが手掛けた“KIMEROYO”や“TOBASE!”は、タイトルにあるフレーズをフックにしながら温度の低いラップをし、6ix9ine を手掛けたニューヨークのプロデューサー、GHXSTによる“KAGE”では、短いフレーズを次々と繰り出しながら韻を踏んでいく。ほかにもフィーチャリング・アーティストとして、ほかの「横浜勢」のラッパーやWILLYWNKA、JP THE WAVYを招いているが、すべての楽曲で、異なるスタイルやバックグラウンドを持つクリエイターとの化学反応を起こしている。それがただの雑多な作品集にならないのは、どの曲でもLeon Fanourakisの声が醸し出す不穏さに耳が奪われるからだろう。

このアルバムのリリース前後には、Only UとLEXがそれぞれシングルをドロップ。2021年は横浜のラッパーたちの勢いが更に加速していく年になりそうである。(吉田ボブ)

Playboi Carti - Whole Lotta Red 

ウェストコーストのキング=故Tupac Shakurが亡くなった日(1996年9月13日)に、のちにヒップホップの世界で風雲児と称されるPlayboi Cartiが誕生したことは有名な皮肉話だ。前者がストーリーテリングに富んだジーニアスだったという事実はさておき、そのアトランタ生まれの24歳は、隠喩やリリシズムなどお構いなしの独自スタイルを貫き続けた結果、今最も熱狂的なファンダムを有している。彼の新しい音楽が到着するまで、崇拝が強いファンにとってCartiのリーク音源は些細なご褒美ではあったが、実際の作品が与える満足感にはもちろん足らなかったのである。

「A$AP Rockyは神のような存在だ」と、かつてCartiは語っていた。その同一人物は、2017年にリリースしたファーストアルバム『Playboi Carti』の成功により、クラウドラップを代表するカリスマに成し遂げる。アンビエントで浮遊感の強いビートの上で、ドラッグや銃、女について淡々とラップするスタイル。そして、デザイナーブランドで身を包む彼の細身なファッションは、90年代のラッパーには予想も出来ないだろう。

Cartiがニューアルバムの存在を明かしてから2年、コロナ禍のクリスマスに『Whole Lotta Red』はついに種明かしされた。その内容は予想範囲を大きく超えて実験的だ。いつも以上に荒んだサウンドに、意味合いよりもフロウの役割が強いリリック、特徴的な彼の“ベイビーヴォイス”はより漠然としたアドリブに進化している。

ハードコアパンクなヴィジュアルが示唆するように、今作は荒々しく尖った音像が特徴的だ。隙間なく重なるアドリブと刺々しいシンセサイザーが交差する“Rockstar Made”で作品は始まる。「俺はロックスター、Slayer(メタルバンドのパイオニア)に加入できたに違いない」と“Slay3r”でラップしているのを聞くと滑稽に思えてきて面白い。なぜなら、『Die Lit』でもモッシュピットフレンドリーなサウンドは取り込まれていたが、彼がたびたび言及する“ロックスター”はとても不思議なテーマだからだ。Lil Uzi Vertが言っていたように、Cartiが雰囲気作りに利用するパンクを本人は実際全く聞いていないのであれば、近年のラッパーたちが掲げるロックスター像は抽象的なものに過ぎないのだろう。

歪なサウンドが続く中にも、その従来のCartiの音楽性は随所で見つかる。今作では2曲と少ないが、彼の右腕であるPi’erre Bourneがプロデュースする“Place”や“ILoveUIHateU”でそれは感じられたり、『Die Lit』にも参加したArt Dealerが手がける“Not PLaying”で面影を残している。DJ Akademiksがシャウトアウトを送る“Control”も良曲だが、Cartiのフロウが最もビートと上手く調和しているのはMaaly Rawプロデュースの“New N3on”だ。巧妙なリリックよりもサウンドに同化するフロウを貫くスタイルは、Cartiだからこそ成立している。

一見斬新な今作だが、フィーチャリングにおいては保守的な人選だ。Kanye West、Kid Cudi、Futureと、長年業界に居座る玄人3人が参加している。Kanyeは独壇場のヴァースを“Go2DaMoon”でスピットし、“M3tamorphosis”ではKid Cudiのハミングが楽曲を至高の1曲に仕上げている。特にフロウの魔術師=FutureがCartiのベイビーヴォイスを真似しながら「俺たちはエクスタシーとコデインをやってる」と繰り返す“Teen X”は、両者の故郷・アトランタらしさ全開のトラップ曲だ。

24曲と壮大な編成すべてを序章かと思わせるほどに、クライマックスに待つ1曲“F33l Lik3 Dyin”はこのアルバムの真骨頂だろう。Bon IverのiMi(James Blakeがヴォーカルとシンセサイザーで参加している)をサンプリングしたこの曲で、Cartiは自身の脆い精神性や母への思い、そして元恋人との別れから生じた喪失感を綴っている。「俺は死ぬまで毎日ゆっくりと死んでいる/俺のママは俺がスターだと知っていた/毎日犠牲を払って/彼女は俺にたった一つの車の鍵をくれた」。マテリアルな世界に生きるCartiがエモーショナルな心を打ち明ける姿は、なぜ彼がJimi Hendrixに自身の姿を重ね合わせるのか納得ができる。

大衆の意見を二極分化させた怪作を生み出したPlayboi Carti。彼が向かう先は、いったいどこなのだろうか。現時点で唯一確かなことがあるとすれば、ヒップホップは絶えず進化していく音楽なのだと、Cartiは『Whole Lotta Red』で証明している。(島岡奈央)

Popp Hunna - Mud Baby

“Adderall”のバイラルヒットで一躍その名を世に知らしめたフィラデルフィアのラッパーPopp HunnaによるEP。コントラバーシャルな話題を世に振り撒く彼だが、そのラップは一貫してレイドバックした独特なムードを保っている。

TikTokのダンスチャレンジで話題を呼んだ代表曲“Adderall”のLil Uzi Vertをフィーチャーしたリミックスバージョンをはじめ、Popp Hunnaの楽曲はセックスとドラッグが溢れる享楽的なライフスタイルと、その裏側にある心の痛みや自身のハードな過去をトピックとしたものが多い。これは先述のLil Uzi Vertなどここ数年のラップシーンのメインストリームを走るアーティストたちと共通するものだが、Popp Hunnaのスタイルはどこか力の抜けた、心地の良い軽さが特徴だ。

それはLil Uzi Vertのように高度なスキルに裏打ちされたものでもなければ、はたまたPlayboi Cartiのように煌びやかなトラックを活かすことに特化したものでもない。少年のようなハイトーンボイスで繰り出される緩やかで滑らかなフロウは、“Nina”や“Street Love”のようなメロウなトラックで強く活きるものだ(実際、ハードなバンガーに挑戦したような“Bout to Tweak”が首を傾げざるを得ないような出来栄えとなってしまっている辺りにもそのことが表れているのではないか)。

“Adderall”のTikTokヒットはイントロの「Bitch!」「Corvette Corvette」というリズミカルなフレーズの調子の良さと、直後に始まるラップの流れるようなフロウがダンスチャレンジと良好な相性を持っていたことから来る。しかしこのフロウが、 “Adderall”や前作収録の“I’m Single”のようなケミカルなトラックではなく、“Nina”や“Street Love”、“Teenage Love”のようなR&Bに接近したトラックに乗った際に起こるケミストリーは、「“Adderall”のPopp Hunna」以上の期待を持たずに本作を聴いたリスナーを驚かせるには十分だろう。

今年のブレイク候補と目されていたPopp Hunnaは先日、過去のスニッチが暴露されたことでキャリアの危機に瀕し、“Adderall”のヒットに一役買った同郷のLil Uzi Vertとの関係も悪化することと相成った。これらの事情によりファンからのイメージが悪化したことも踏まえ、今後の彼がどのようなスタンスやアプローチで活動を続けてゆくかは今のところ未知数だ。しかし今回の『Mud Boy』には、彼が本来持つ特性のようなものの片鱗が確かに表れているのではないだろうか。(山本輝洋)

Shame - Drunk Tank Pink

2018年のデビュー・アルバム『Songs of Prise』がラフトレードの年間ベストアルバムに選出され、UKインディの新たな旗手として注目を集めたShameのニューアルバム。彼らはリリックに折り込まれた青臭い反骨精神や泥臭いボーカルと演奏から、かつてのUKロックの系譜を正しく継いだバンドであるかのように語られる。

ただ、そうした「伝統の継承者」であること以上に、デビュー作のレコーディングでのテクノ畑のプロデューサーとの共演や、コスモ・パイクへのシンパシーを示していることからもわかるように、ジャンルという枠にとらわれず「現在のシーンでいかにバンドサウンドを鳴らすか」ということに自覚的である。

今作はそうした試みが、デビュー作より洗練された形で結実した。プロデューサーにArctic Monkeysの近作を手掛けたジェームス・フォードを招聘。アクモンの『AM』がヒップホップ時代のハードロックアルバムであったように、『Drunk Tank Pink』も前半部は、2010年代のポップスにおけるポストパンク・アルバムとして聴くことができる。

イントロから最後まで鳴り続ける機械音のようなギターリフと前のめりなドラムビート、全く同じフレーズがコーラスで何度も繰り返されるオープニングトラック“Alphabet”からはじまり、ヴァースとコーラスでまったく異なる曲のようなアレンジを聴かせる“Born In Luton”、機械的なドラムとベースを中心に組み上げた“March”、強靭なベースラインの上に不穏なギターフレーズとトーキングスタイルのボーカルが絡み合う“Snow Day”と続いていく。どれもデスクトップ上で編集されたかのような端正に刻まれるビートと口ずさめるようなリフが印象的であり、ギターミュージックが復権したメインストリームのポップ・シーンとの共振がうかがえる。

しかしながら後半部では、アルバム全体を通して禁欲的なビートとリズムを刻んできた楽器隊と、吐き捨てるようなボーカルが暴走するかのように前のめりながら絡み合い、過剰なまでの荒々しさを帯びていく。とくに8曲目“Great Dog”のカオティックともいうべきコーラス部分から次曲“6/1”のギターリフにつながり、再び混沌とした演奏へと向かったうえに10曲目の“Harsh Degress”のイントロへとシームレスに向かう構成は、バンドミュージックならではの快楽だ。

トラックの編集感覚とバンドミュージックの持つ過剰さの融合。それをポストパンクのフォーマットで成し遂げた本作は、2020年代以降の「バンド」の在り方を考えるうえでの指針になるだろう。(吉田ボブ)

Yu Su - Yellow River Blue

昨年から今年にかけてのエレクトロニックミュージックのリリースを追っていると、「アンビエント」と「ダブ」のエッセンスを持つ楽曲たちの存在感が増していることに気づくはずだ。ダウンテンポでオブスキュアな音像の楽曲が多くリリースされていることと新型コロナウイルスの流行によるヴェニューの閉鎖、それに伴うエレクトロニックミュージックの聴取環境の変化を紐づけて語ることも可能だが、ニューエイジリバイバルと直結したアンビエントへの注目度の高まりや、レフトフィールドなダンスミュージックにおいて(あくまで音響効果として解釈された)ダブを取り入れたサウンドが強く求められる潮流は、昨年以前からも脈々と続いてきたものである。

中国出身、バンクーバー在住のDJ/プロデューサーYu Suによる1stフルアルバム『Yellow River Blue』も、上記の流れを多分に継承したような作品である。彼女はこれまでにEdg4r主宰のArcaneや、ソウルやブギーをベースに異色のブラックミュージックを紹介してきたワシントンDCのPPU、オブスキュアな過去音源のリイシューで多大な支持を集めるMusic From Memoryといったレーベルからリリースを重ね、ハウス、ディスコ、ブギー、バレアリックを基調としつつ、ダブやアンビエントの要素を取り入れ、幻惑的な音像を表現してきた。

中国の開封からバンクーバーに移り住む以前にはダンスミュージックを聴いたことがなかったという彼女は、バンクーバー移住後にMax DとAri Goldmanの二人によるユニットBeautiful SwimmersやバンクーバーのレーベルMood Hutのパーティに刺激を受けキャリアをスタートしたことをインタビューにて明かしている。つまり先ほど述べたような特徴を持つ彼女のプロダクションはバンクーバーのエレクトロニックミュージックシーンからの影響が色濃く反映されたものだが、初のアルバムとなる今作では、加えて彼女自身のパーソナルな部分に焦点が当てられている。

タイトルの『Yellow River Blue』が中国を流れる広大な河川、黄河を意味していることからも分かる通り、今作は全体に渡ってアトモスフェリックな、河川とその周囲に広がる森林を思わせる音像に統一されている。

ニューウェーブを思わせるリズムパターンとオリエンタルなリフレインが印象的なトラック1“Xiu”は、反響するボーカルサンプルがリスナーを徐々にヒプノティックな世界に引きずり込む。続く沼感に満ちたベースミュージック“Futuro”や幻想的なアンビエントトラック“Touch-Me-Not”、トリップホップ風の“Gleam”も、ミニマルなリフレインが徐々に変化を遂げ、サイケデリックな光景が開けてゆくような構成だ。個々の収録曲そのものとアルバムの展開が、どちらも緩やかに流れる水中を揺蕩い、光の差し込む水面から深い底までを上下しながら、どこかへと進んでゆくような感覚を引き起こす。

ダンサブルなディスコチューン“Melaleuca”から一転、ダビーなトリップホップ“Klein”に移り変わり、深い霧が晴れてゆくような“Dusty”でクライマックスを迎える後半も、多彩なジャンルの片鱗が立ち現れては変容しながら一つの世界を構築する。

これらはまるで、彼女自身の横断的なキャリアや、ハウスをベースに幅を広げてきた音楽性の進化そのものが表現されているかのようだ。所々でフィーチャーされるオリエンタルな意匠からも、自身のルーツを俯瞰的に意識する視点が垣間見えるだろう。

なお今作は、Yu Su自身が中心となり新たに設立されたレーベルbié Recordsからリリースされている(アナログのディストリビューションはMusic From Memoryから)。「中国で生まれた新たな、多様な音楽を紹介する」との理念を掲げた同レーベルにもルーツに立ち返る姿勢が表れていると共に、今後リリースされる音源たちにも期待せずにはいられない。

これまでにYu Suが歩んできた道程の、現時点での集大成とも言える『Yellow River Blue』。彼女が体現する一筋の川は、これからも合流、分岐を続けながら緩やかに拡大するだろう。(山本輝洋)

なお本企画と連動し、毎週更新されるFNMNLのSpootifyオフィシャルプレイリストの中から月間のベストトラックを選出したプレイリストも新たにスタート。記事と合わせて、こちらも是非チェックしてみて欲しい。

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