【インタビュー】DAN × Dexter Fizz 『ZERO EP』| 多言語での調和と共作を目指して

ヒップホップを中心としたリリースを行うALL GREEN LABELから、2MCラップクルーLafLifeのDANと、アメリカのワシントンD.C.に拠点を置くDexter FizzがDAN × Dexter FizzとしてEP『ZERO EP』をリリースした。

2017年にDexter Fizzが来日した際にDANと出逢ったことをきっかけに、日本語詩と英語詩が共存する作詞・作曲をコンセプトとしてスタートしたこのプロジェクト。DANと共にLafLifeとして活動するOOg(ダブルオージー)、Shroom Gang(シュルーム・ギャング)としても活躍すアメリカ人ラッパーのSavvy Williams(サヴィ・ウィリアムス)も参加し、日米のそれぞれのカラーがでた本作について、そして日本でも大きな注目を集めたBLACK LIVES MATTERや、社会的なイシューについて2人にメールインタビューを行った。

質問・構成 : 宮崎敬太

- DANさんとDexter Fizzさんはどのようにつながったんですか?

DAN - 今から4年前、Dexter Fizzが来日した際に共通の友人であったビートメイカーCRAMからの紹介で知り合いました。

Dexter Fizz(以下、Dexter) - ツアーやイベントを共にして仲が深まり、DANの家に遊びに行った時にはじめて一緒に楽曲をつくり、とてもエキサイトしました。その後色々なところに連れて行ってくれたり友達を紹介してくれたり見ず知らずの国でいきなりあそこまでWelcomeしてくれたDANには今でも感謝しています。

- 「DAN × Dexter Fizz」というプロジェクトが、いつどのように発足したのか教えてください。

DAN - そのツアー後に制作した楽曲をきっかけに共同制作が始まりました。そもそもお互いのスタイルや楽曲が好きでリスペクトし合える関係にあったのが大きいと思います。Dexterが帰国した後もスカイプやメールで連絡を取りながらデータを送り合って、共同制作は今もなお続いています。

- 『Zero EP』の「多言語での調和と共作」というコンセプトがどのように生まれたかを教えてください。

DAN - 今回の収録曲の制作期間中、日本もアメリカも社会的な局面を迎えていて話すべき共通のトピックスが多くあり、リリックの内容を通すというコンセプトはごく自然に生まれてたと思います。

Dexter - メロディーやリズムに関してもお互いの好みのテイストが似ているので、例えばDANが選んだビートにDexterがコーラスを乗せ、そのコーラスに合わせてDANがバースを埋める、といったやり取りで完成まではどの楽曲もわりとスムーズだったので調和は必然的に生まれていたと思います。

- 『Zero EP』のリリックに関しては、作品としてのテーマを前提に制作したものですか? それとも二人が気に入ったビートや書きたいリリックのテーマがあって曲ごとに完成したものをコンパイルしたものですか?

DAN - 今、お互いの人生の目の前に起こっていること、感じていることやビートに対するエネルギーを各々表現して曲ごとに完成したものをコンパイルしました。ただお互い密に連絡を取り合って心境を交わしていたり、同じような社会的不満を抱えていたのである意味一つのテーマに向かっていたようにまとまった内容になりました。

- 「Zero」をEPのタイトルに冠したのはなぜですか?

Dexter - 今後の日本とUSのラップシーンを繋ぐであろうDAN × Dexter Fizz初のコラボ作品ということで出発点という意味の「Zero」。今までの常識が全て崩れ去りある意味リセットボタンとなった現在を刻むため「Zero」。

DAN - 幾つか候補を挙げた中で、この作品が生まれた背景や今の自分自身の心境を踏まえて、ゼロっていう言葉がタイトルとして一番しっくり来ましたね。

- 全編を通してアブストラクトなビートが印象的でした。本作にはどんなトラックメイカーが参加しているのですか? またどのようにビートをチョイスしていったかを教えてください。

DAN - 1曲目は今作唯一の日本人トラックメイカーのAltoで、現場や制作など付き合いは一番長いです。2,3曲目は今作に客演参加しているSavvy Williamsの朋友でカリフォルニア在住のプロデューサーSonus。4曲目はポーランド出身のプロデューサーProzac。そして5曲目はテキサス在住のラッパー/プロデューサーCurbside Jonesとほぼ海外プロデューサー陣が占めています。ビートはまずお互いのストックを送り合ったり、そこに思い思いにバースやコーラスを埋めてアイディア煽ったりしながらとくに意図はせず気付いたらこの5曲をチョイスしていました。

- Dexter Fizzさんが本作のミックスとマスタリングを担当したのはなぜですか?また初めてミックスとマスタリングをした感想を教えてください。

Dexter - DANが自分のミキシング・マスタリング技術を信頼してくれていたので自らやりたいという気持ちで望みました。より瞬発的なやり取りで内容も凝縮出来たのと、自分の技術を磨くという意味でもとても納得のいく手応えがありました。

- 二人は現在のヒップホップシーン全体のトレンドをどのように見ていますか?またその中で自分たちはどんな存在でいたいかを教えてください。

DAN - ヒップホップは常にその時代を生きた人々の生活、葛藤、成長、ロマンスや夢を色濃く描写していて、今後もその役割はどんどん拡がり大きくなると思う。ヒップホップアーティストは時代の生き証人がゆえにその在り方において間違いがないというか、何でもありが故にいかにカッコよくあるかが大事かと。日本でもラップが一般化して、そもそものクールさというか、ヒップホップメンタリティー的な部分が薄れつつあるのは感じますね。もちろんそれは全て悪いわけではないのですが、僕自身はあくまで精神性・ヒップホップメンタリティーを持ったラッパーでいたいなと思います。

Dexter - ラップの多様化・多様性はより多くアーティストに成功の機会を与えるのでトレンドでもなんでも取り入れていくのは悪いことじゃないと思うしそれによってカルチャーは循環して成り立っている。多くのアーティストはヒットソングを狙っては誰かの成功の方程式に自分を当てはめているけど、リスナーが本当に聴きたいのは「誰か」ではなく「アーティスト自身」の言葉や表現だと思う。今作の制作過程でも同じなんだけど、自分自身により忠実になることが大切で、まずは自分達が100%楽しめる音楽をつくる。そしてそこからブレないこと。

- Dexter Fizzさんに質問です。この4年間のトランプ政権下でアメリカは好景気になったと言われていますが、Dexterさん自身はそれを実感したことはありましたか?一方でトランプ政権下では人種間の分断が色濃くなったように感じますが、(仮に経済的な恩恵を受けていたとしても)トランプ大統領の4年間を支持することはできますか?

Dexter - 私はアフリカ系アメリカ人として、政治・宗教的に米国を自国として支持できないことがあります。一見経済的には豊かに思えても、人種・宗教・階級をめぐる問題は根深く挙げ出したらきりがないです。ただ人々がもっとお互いの違いを理解し尊重し合えればより良い未来が拓けるのは確かだと思います。私はトランプ政権やその他ほとんどの政治家には賛同しません。この国に実際に住まないとその理由は見えづらいかもしれませんが、この国の政治が腐敗してる根本的な問題は、人種・宗教・価値観の違いに起因するその不平等性です。トランプが政権を握り人種差別や格差社会が激化したことでその不平等性がより浮き彫りになったように感じます。

- DANさんに質問です。日本はアメリカと比べて人種や宗教といった違いを意識しづらい部分もありますが、経済的、思想的な面で見えない差別と分断が起こっているように感じます。DANさん自身はこうした日本の現状をどのように感じていますか?

DAN - 今回のアメリカでの事件を発端に日本でも人種や格差を考えるきっかけになり、良いところも悪いところも浮き彫りになって来たんじゃないでしょうか。日本はアメリカよりも価値観の違いがないので見えにくいかも知れませんが、人種というよりは見えない「意識の格差」のようなものがどんどん広がっていると思います。例えば情報の取捨選択もそうなんですが、その情報を知ってるかどうかが生死を分けるような極端な時代になるような気がします。

- 「BLACK LIVES MATTER」はここ日本でも改めて強く差別を意識する機会になりました。二人にとってBLMはどんな意味を持っていますか?

DAN - アメリカに根深く蔓延っている黒人差別に対し知性と覚悟をもって人権を取り戻す戦い。あのGeorge Floyed氏の事件現場の数ブロック先に身近な友人の実家があり、アメリカに蔓延っている価値観の対立や差別はよく話したりしてて、日本にいるからといって決して人ごとではないという思いですね。

Dexter - この運動の本当の意味を理解せず間違った理由で参加している人もいます。まずは自分自身という人間をよく知り、立ち位置を定め、この国に蔓延っている不正を暴く為に自分に何が出来るかを考えるのが大事だと思います。アメリカは黒人アスリート、アーティスト、エンターテイナーが大好きで彼らのことはいい顔をして認めますが、それ以外の一般人に対しては扱いがまるで違います。異文化や価値観の違いを嫌い、理解出来ないものを恐れては排除するというアメリカの性質はなかなか変わらないです。いくら時間がかかっても相互理解に努めることがこの国を明るい未来へ導く鍵だと思います。

- 日本とアメリカでは影響の違いはありますが、二人は新型コロナウイルス感染症が世界に何をもたらしたと思いますか?

DAN - メディアによる情報共有のスピードや各国の対応に時差や温度差を感じたりと色々な課題が浮上したと思います。そこを補って乗り越えていくこと、よりお互いの信頼関係を築いておくことが新しい国際社会、情報社会には求められると再認識しました。また人々の生き方・考え方にも大きな変化、影響を与えたと思います。これを機に社会や経済生活に依存しない、自給自足やDIY精神に目覚めた人も少なくないのでは?それはアメリカを始めとした世界中の指導者が意図していた政策や方針とは真逆の結果となっているので、このコロナがもたらす本当の影響はまだ今後もあると思います。そして多くの人命を奪い、人々を恐怖と混乱に陥れ今もその苦しみと闘いっている命があると思うととても心苦しいです。一日でも早い回復、収束を祈ってます。

Dexter - インターネットにより見通しの良くなった情報環境を実感したと同時に、情報収集をする上で多くの人々がインターネットに頼っていることも感じた。言うまでもなくアメリカは国内の経済活動を優先させたがゆえにウィルスによる深刻な被害を受けた。こういった緊急事態は、よりその国の体質を露呈する場面となったと思う。諸外国と比べるとアメリカ政府の自国民に対する対応は最悪で、ウィルスの認知にも個人差がある中、まともな補償もなく働きに出たり、出かけたり、生活を営む為にお店を営業しなければならなかったりと、ウィルス自体の被害よりも人々の精神的・社会経済的な被害が広がり続けてます。政治家じゃないので詳しい事は言い兼ねますが、私はそう思います。

- 新型コロナウイルス感染症の拡大で、音楽ライブやイベント、フェスなどの開催が難しくなりました。これはアーティストにとってどんな影響を及ぼしたと考えていますか?

DAN - もちろんほとんどのアーティストが経済的・精神的にとても厳しい状況だと思います。悲しい現実ですが、今までと同じようなイベント・ライブの日々が戻って来ることはもうないかもしれません。アーティストのスタンスにもよりますが、アプローチを変えて、ある程度は時代に順応しつつもやり続けるように、頭を切り替えていくことが必要かと。

ただイベント・パーティーをやることへのハードルが上がった分、自分たちが本当にやりたかった活動やイベント内容を考え直すきっかけにもなりました。去年一昨年開催した主催野外イベント『JUNXION~Space Camp~』など、より風通しの良いイベントを更にフォーカスを合わせてやりたいなと思ってます。どの分野でもそうだと思いますが、目の前の壁を乗り越えようとする人・チームは必ず結束し強くなると思います。

この人種・社会的分断を乗り越える為に必要なのはお互いのチームワーク、違いを良さと捉えて分かち合う相互理解、いわば戦争の真逆の発想ですかね。憎しみではなく愛を持って人が人と向き合う以外に、人類の明るい未来はないと思います。今回のEPには一貫してそういったメッセージ・テーマが含まれています。

2020年、日本が様々な問題に直面してある意味本当の意味でヒップホップが生まれる土壌が出来たのではと思います。より内容というか、政治家の胸ぐら掴んででも悪事を暴き、物事を正すような精神性のあるヒップホップが日本でも誕生する日も近いのでは。

Dexter - 私はコロナの影響により、インターネットやグループチャットなど、アーティストがリスナーと繋がれる場がよりクリエイティブになったと思います。アーティストが持っている経験や知識はとても貴重なもので、オンライン社会ではそれが逆に新鮮だったりするので、収入軸を切り替えることも必要を余儀なくされています。そして幸運にも私はこのコロナの騒動中も仕事があり、アーティスト業と並行して収入がありました。社会情勢が不安定な現代では幾つかの収入源を持っておくのはとても大事なことだと痛感しました。もしコロナの影響がなければ、今頃日本でツアーやリリースパーティーで大はしゃぎしている予定でしたがそれも叶わず。そう考えると出演出来なかったMV“Give Me That”もある意味、コロナにより分断された世界という真実性を表現してると思います。

- 「DAN × Dexter Fizz」として今後の活動予定を教えてください。

Dexter - これは一回きりのプロジェクトで、後にも先にもこれが最後だよ。楽しんでもらえたかな?なーんてね、ジョークだよ(笑)これからもまだまだ続きがあるよ!私はアーティストとしてもっと日本のラッパー、DJ、プロデューサーと繋がって仕事をして、日本でのファンを増やしていきたい。そしてこのEPを歯切りにここからまた数作品かリリースされます。

今作の5曲目、DreamingのプロデューサーであるCurbside Jones主導のEPには、同じくDAN & OOgのクルー”LafLife”、MUMA、NF Zesshoが参加し近日リリース予定。DANも含め親交の深いCRAMの新作『I am Safe and Protected』やBugseedとの共作も待ち構えています。ソロではプロデューサーごとの共作案件やビートテープのリリースなどもありますがそれと並行して、DANとも変わらずつくり続けています。そしていつかまた一緒にライブしたいですね。

DAN - Peace love & kushで行きましょう(笑)。

Info

タイトル:ZERO EP(ゼロ・イーピー)

発売日:2020年10月16日(金)

規格番号:AGL0012

収録曲:1. Fever (prod. Alto)

              2. Yomiji ft. Savvy Williams (prod. Sonus)

              3. Give Me That ft. OOg (prod. Sonus)

              4. 1st Smoke ft. Savvy Williams (prod. Prozac)

              5. Dreaming ft. OOg(Curbside Jones)

特設ウェブサイト:https://agl.tokyo/ZERO-EP

各種配信メディア:https://linkco.re/13vhs9c9

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