【インタビュー】Ralph | No Flexなラッパーの孤高

Ralphは日本では数少ないUKグライムやドリルスタイルも、そのスキルフルなフロウで余裕で乗りこなすラッパーだ。野太い声と朴訥なフロウ、そして攻撃的なリリック。本場イギリスでも評価されているグライムのプロデューサーチーム・Double Clapperzとタッグを組んで突如シーンに登場した。そんなRalphが2枚目となるEP「BLACK BANDANA」を発表。今作ではKOHHやBAD HOPのビートを手がけるMURVSAKIが「和製ドリル」のビートを提供している。果たしてRalphとは何者なのか? FNMNLでは、この謎に満ちた黒ずくめのラッパーの正体に迫るべくインタビューを行った。

取材・構成 : 宮崎敬太

撮影 : 横山純

Double Clapperzを通じてグライムを知る

- Ralphさんがグライムやドリル、UKガラージなど、イギリスのダンスミュージックから影響を受けるようになった理由を教えてください。

Ralph - まず最初に言っておきたいのは、俺は自分をグライムやドリルを代表するMCだとは思ってないです。たぶんDouble Clapperzも「日本でグライムを広めたい」とかじゃなくて、純粋にカッコいいと思う音楽を作ってるだけだと思います。

- Ralphさんに関する情報がほとんどなかったので、僕はヒップホップというよりはUKのダンスミュージックにルーツがあるのかなと思ってました。

Ralph - それはDouble Clapperzが俺のほとんどの曲でビートを作ってるからだと思います。グライムやドリルっていうジャンル、UKのシーンについては全然詳しいわけじゃない。むしろ俺自身は12歳くらいからヒップホップが好きで、しっかり日本のヒップホップも聴いてます。

- 本格的にラップをやるようになったのはいつですか?

Ralph - ラップや音楽は遊び感覚で小さい頃からずっとやってたんですが、本気で意識し始めたのはTohjiが主催した『Platina Ade』というイベントで、2〜3分のショットライブをやった時ですね。自分は自分は捻くれ者なので、リスナーはメディアで持て囃されるラッパーしか興味ないとずっと思ってたんですよ。多分その日は自分が一番無名だったのですが、本気でスピットしたらお客さんがめっちゃ盛り上がってくれたんです。それで、こっちが本気でぶつければ伝わるということを実感したのでよりラッパーとしての自覚や意欲がそこで一層増しました。

- Tohjiさんとはどのように知り合ったんですか?

Ralph - クラブミュージック系のトラックメイカーの友達が何人かいてその流れで知り合いました。一緒に遊んだりする間柄ではなかったんですけど、ある日インスタのDMに「Mall Boyzの” Higher”のMVに出て欲しい」という連絡が来て。そこで初めてMall Boyzを聴いて、撮影の日に初めてTohjiと会いました。

- ちなみに、どういう流れでクラブミュージック系のトラックメイカーと知り合ったんですか?

Ralph - きっかけはGUCCIMAZEですね。10代の頃、アパレルの販売員をしてたことあるんですよ。

- 販売員をやってたというのは意外ですね。

Ralph - 10代の頃、もう悪いことしたくないなって思ったんです。でも俺、本当に興味ないことはできない性格なんです。それで小さい頃からなんとなく洋服が好きだったのでアパレルの販売員を始めたんです。お互いにヒップホップが好きだったのですぐに意気投合して、一緒にパーティーとか行くようになりクラブミュージック系のトラックメイカーの友達ができたんです。

- Double Clapperzもその繋がりで知り合ったんですか?

Ralph - たまたま友達が出るイベントにDouble Clapperzが出てたんです。俺、クラブでDJを聴くのが苦手なんです。そもそもクラブにも行かないし、たまに行っても踊らない。むしろ家でイヤホンで音楽を聴いてるほうがしっくりくる(笑)。でも友達が「ダブクラはヤバいから聴いたほうがいい」って言うんです。実際聞いてみたら、二人はヒップホップもレゲエも四つ打ちもいろんな曲をかけるから面白くて。それで「これはヤバいな」と思ったのが最初ですね。実際にコンタクトを取るようになったのは、そのちょっと先。自分が初めて出した"斜に構える"をリミックスしたいと、Double Clapperzが言ってくれたのが初めてかな。

- "斜に構える"のオリジナルバージョンはトラックメイカーのEGLさんが作ってるんですよね。

Ralph - そうです。自分が初めてグライムを知ったのはこのリミックスでした。かなり雰囲気が違うビートだったのに、自分のラップがこんなにハマるんだって驚いたのを覚えています。

自分なりの「上」や「最先端」を追求したい

- "Selfish"で一躍その名を轟かせたイメージがありますが、どのようなモチベーションで書かれた曲ですか?

Ralph - ヒップホップには「上に行く」という表現がよく出てきますよね? でも自分はそんな単調な三角形の構造じゃないと思ってるんですよ。なんなら上下左右があるかも怪しい。形で表すなら、四角錐とか、なんならカッティングされたダイヤモンドみたいな形で先端は一つじゃないと思っています。なので、俺はステレオタイプには興味なくて、自分なりの「上」や「最先端」を追求したいんですよね。"Selfish"はそういうモチベーションで書きました。

- ステレオタイプな上昇志向に疑問を持ち始めたのはいつ頃なんですか?

Ralph - 明確に意識し出したのは"No Flex Man"を作り出した時くらいですね。でも小さい頃からぼんやりとその感覚はありました。

- どういうことでしょうか?

Ralph - 一人っ子だから自分と誰かを比べることが少なかったし、小さい頃は引越しばかりだったので序列のある組織やコミュニティに所属してる感覚がないんですよね。ただ同時にシーンのような権威に対する漠然とした反抗心はあって。矛盾してるなって自分でも思うんですけど、それがステレオタイプな上昇志向がしっくりこない感覚の源だと思います。

- なるほど。常に「自分なりの何かがあるはずだ」という感覚が小さい頃からあったんですね。

Ralph - そうですね。

- "No Flex Man"を出した後に、それをRalphさんに意識させることがあったんですか?

Ralph - とあるラッパーに食らったんですよ。もうすごすぎると思った。自分は家に一人でいることが多いので、普段から結構いろんなことを考えるんです。そのラッパーに食らってからは、その人の何がすごいのか、自分はどこに食らったのかばかりを考えてました。その人はラッパーなのに言語を必要としてなくて。リリック、フロウ、トラックのすべてを一体にしてメッセージや自分が持ってるビジョンを共有する力を持ってる。だけど俺は言語に頼るタイプのラッパーだから、同じことはできないなって結論に至りました。あとその時期にトラップ系のイベントに呼ばれるようになって、以前よりライヴをするようになったんです。でも自分は歌わないし、MCもしない。だから結構ドン滑りで(笑)。そういう経験を経て、(同じヒップホップでも)自分はそもそもやってることが全然違うから、同じ土俵で競おうとするのは止めようと明確に思ったんです。そこから"Selfish"のリリックのような気分が生まれてきた感じですね。

- なるほど。そしてその意識のまま今回の『BLACK BANDANA』を作り始めた

Ralph - そうですね。去年の9月くらいからDouble Clapperzと連絡をとりつつ制作を進めていました。自分は1曲作るのに結構時間がかかっちゃうんですよ。基本的には、まず曲のイメージを伝えて仮のビートが二人から送られてきて、それに合わせて俺がラップを入れて、そのデータをもとに二人が本番のビートを作って俺もラップを調整するような感じで進めました。もちろん先にビートがある場合もありますが、基本的にはどの曲もプロデューサーとのやり取りの中で少しずつ作っています。

曲数も多くないし、時間はかかったけど自分の中である程度満足できる内容になったので、まとまったリリースをしようかなと思って出しました。

身近な交友関係から生まれた客演とリリック

- 1曲目の"FACE"でDos Monosの荘子itさんをフィーチャーしたのはなぜですか?

Ralph - この曲は先に書きたいテーマが決まってて、そのイメージが荘子itさんにぴったりだったんです。

- テーマとは?

Ralph - 最初は、"FAITH(信仰)"というタイトルだったんです。あとフックの「聳え立つ山は常に孤独/見下ろす同時に地に寄り添う」がズバリという感じ。

- 「信仰」と「孤高」なら荘子itさんにぴったりですね。

Ralph - そうなんですよ。そもそも最初から今回のEPには客演を入れたいと思ってたんです。どうせ一緒にやるなら自分にない個性を持ってる人が良くて。荘子itさんとは、あるイベントでDos Monosと一緒になったのがきっかけで知り合いました。あのリリックや雰囲気はすごいなと思って、自分から話しかけたら俺の曲を聴いてくれてて。そこから連絡を取り合うようになったんです。

- そんな経緯があったんですね。ちなみに"FVCK4EVA"では、オカモトレイジさんのことを歌っているのはなぜですか?

Ralph - そんなに深い意味はないんですけど、このビートで何を書こうか考えてた時、偶然レイジくんが子供の頃に出てた「あっぱれさんま大先生」のYouTubeを発見したんです。そこのキャプションに「FVCK4EVA」と書いてあって(笑)。ビートのじゃじゃ馬感と、子供の頃のレイジくんの雰囲気がぴったりだったので、そのままリリックにしました。

- オカモトレイジさんとは知り合いですか?

Ralph - 知り合ったのは去年とか最近ですよ。なんかBaticaにいて。すごくメジャーな人なので、最初はこっちがすごい壁を作ってました。「なんだこいつ?」くらいの。でもレイジくんは俺の音源を聴いてくれてて、しかも全然偉ぶらないというか、普通に話してくるんですよ。それが超印象的でした。そしたら後日、偶然街ですれ違ったんです。向こうは何人か友達といて、俺は一人。どうせ覚えてないだろうと思って無視して通り過ぎたら、走って追いかけて「ラルフさんですよね?」って。すごいびっくりました。俺と正反対ですね。

とことん「音」を研究して向き合う

- MURVSAKIさんが手がけた"BLACK BANDANA"は日本ではまだまだ珍しいドリルサウンドでかなり話題になりましたね。

https://www.youtube.com/watch?v=bcH2rKkm0P4

Ralph - 実はオファーした段階では「MURVSAKI」と聞いて、みんながイメージするようないわゆるトラップのビートが送られてくると思ってたんですよ。今回のEPはBPM140くらいの曲が中心だけど、BPM90くらいの"FACE"もあるし、そこにトラップが入ったらちょうどいいかなって。そしたらバッキバキのドリルが送られてきました(笑)。

- ドリルのビートに対してどのようにアプローチしていったんですか? ドリルのビートって単純にラップしづらそうなイメージがあるんですが……。

Ralph - おそらくキックの位置がいわゆるトラップのビートとは違うので、難しそうな印象があると思うんですけど、自分はもともとDouble Clapperzとグライムの曲を作っていたので、そんなに違和感はなかったですね。

- 確かにドリルはシカゴで生まれて、UKでグライムと融合し、アメリカに逆輸入されていった経緯がありますもんね。

Ralph - 自分は本当にそういう音楽的な文脈や歴史については全然知らないし、興味もなくて。でも「音」を研究するのはすごい好きなんです。例えば、この拍でこういう韻を踏むとどんな印象になるか、みたいな。グライムとUKのドリルはいろいろ聴いて自分なりに構造解析しました。それでMURVSAKIくんからあのビートをもらって、何回かフリースタイルをして一番ハマったのがあのフローだったんです。ジャンル固有の文脈を全然知らないからこそ、オリジナルなラップができたのかもしれないです。

- 固有名詞や文脈を知らずに、どうやって研究するんですか?

Ralph - 最初の頃はDouble ClapperzのDJをシャザムして、そこから自分でネットで掘っていろいろ聴きました。そうすると徐々に「音」の共通点が見えてくるんですよ。グライムと呼ばれる音楽は8小節の頭に韻を持ってきて、次の8小節の頭で踏むみたいな特徴が何個かあって。そういうのを自分で見つけて吸収してます。もちろん他のヒップホップとかでも同じことをしてます。だから曲というか「音」は覚えてるけどタイトルとかアーティストは全然覚えてない(笑)。

常に自分がカッコいいと思う音楽をやっていきたい

- Ralphさんには「黒」のイメージがあるんですが、自分にとって「黒」はどんな色ですか?

Ralph - しいていうなら一番目立たないけど一番強い。黒の上に何をかけても薄まらない。そういうところが好きです。自分として強く意識するようになったのは"No Flex Man"を書いた頃からですね。アパレルをやってたことがあるから、カッコいいグラフィックや派手な色味の魅力も理解してる。けど、それって極論スタイリストをつければ誰でもできるなって。だったら、黒いシャツやパーカーに黒いワークパンツだけでカッコいいほうが強い。そもそも大してラップで稼げてないのに、背伸びしてハイブランドを着るのはFlexなので、俺は等身大でいたい。媚びない。やれることだけをやる。それは"BLACK BANDANA"という楽曲のテーマにも通じます。

- あとツイッターのアカウント名がralph_ganeshとなっているんですが、これが本名なんですか?

Ralph - いや、ganeshはガネーシャのことで。ヒンデュー教の神さまの1人です。もともとは普通の人間の姿だったんですけど、お父さんである破壊神・シヴァに首を切られて代わりに象の首を付けられた知恵の神さまです。

- ガネーシャはどんなきっかけで知ったんですか?

Ralph - すごく小さい頃、ちょっとだけインドネシアに住んでた時に知りました。別に信仰してるわけじゃないんですけど自分の中では、インドネシアの記憶がすごく色濃くて、ガネーシャは本当にいろんな場所に祀られてるんでよく覚えてます。自分が両親と泊まっていたホテルのすぐ近くで、ものすごく大きな爆弾テロが起きたこと(2002年バリ島爆弾テロ事件)があったり、あの時の体験はいまの自分を結構強く規定している気がします。

- おお……。

Ralph - そういう記憶とともに自分の中にはガネーシャがずっとあって。初めて入れたタトゥーもガネーシャです。17歳くらいの頃かな。

ガネーシャに関するすごく好きなエピソードがあります。お父さんのシヴァに、弟と地球を三周してこいと競争を命じられるんです。ヒンドゥー教の神さまはみんな動物に乗っています。ガネーシャはネズミで、弟はクジャク。普通に競争したら鳥のほうが早い。普通にやったら勝てないから、ガネーシャは競争せずに両親の周りを三周した。弟が「なんで競争しないんだ?」と聞くと、「私にとって両親こそが世界だから」と答えたっていう。解釈によっては屁理屈に聞こえるかもしれないけど、個人的にこのスタンスは"Selfish"で歌ったことに近いなと思ってます。

- 最後に今後どのように活動していきたいかを教えてください。

Ralph - 何かの枠に嵌っていくのではなく、常に自分がカッコいいと思う音楽をやっていきたいですね。今だったらバンドと一緒に曲作りをしてみたい。これまでの自分の作り方は、言ったらすごく整った状態というか。でもバンドって生音だから、ライブ毎に個性が出るし音源もDTMより生に近い状態になると思っていて、そういう環境で自分がラップするとどうなるのかすごく興味があるんですよね。もちろんDouble Clapperzとは今後もやっていきます。

Info

アーティスト:Ralph
タイトル:BLACK BANDANA
リリース日:2020年6月10日

1. FACE feat.荘子it (prod. Double Clapperz)
2. Back Seat (prod. Double Clapperz)
3. FVCK4EVA (prod. 21ego)
4. Selfish (prod. Double Clapperz)
5. BLACK BANDANA (prod. MURVSAK)

各種配信サービスにてリリース
https://linkco.re/xRXb9u6c

RELATED

【インタビュー】PAS TASTA 『GRAND POP』 │ おれたちの戦いはこれからだ

FUJI ROCKやSUMMER SONICをはじめ大きな舞台への出演を経験した6人組は、今度の2ndアルバム『GRAND POP』にて新たな挑戦を試みたようだ

【インタビュー】LANA 『20』 | LANAがみんなの隣にいる

"TURN IT UP (feat. Candee & ZOT on the WAVE)"や"BASH BASH (feat. JP THE WAVY & Awich)"などのヒットを連発しているLANAが、自身初のアルバム『20』をリリースした。

【インタビュー】uku kasai 『Lula』 | 二つでも本当

2020年に現名義で活動をはじめたプロデューサー/シンガー・uku kasaiの2年ぶりのニューアルバム『Lula』は、UKGやハウスの作法を身につけて、これまでのベッドルーム的なニュアンスから一挙にクラブに近づいた印象がある。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。