【ライヴレポート】ピアノでしゃべり続けるRobert Glasperのネクストレベル

「ここでしばらく‥28晩、56ショウやるんだけど、毎回違うんだよ。同じ曲順をくり返すことはしない」

取材・文 : 池城美菜子/Minako Ikeshiro

撮影 : Dennis Manuel

取材協力 : Blue Note Tokyo, Blue Note New York

10月9日、夜の10時半過ぎ。グリニッチ・ヴィレッジのBlue Note New Yorkのステージで、Robert Glasperがちょっぴり得意げに観客に語りかけた。いや、どれくらい偉業かを考えると、もっといばってもいいのかもしれない。彼にとって、古巣ともホームグラウンドとも言える「箱」ではあるけれど、月曜日に休みを入れる以外、丸1ヶ月間レジデンシィを務めるには、曲目、体力、気力が充実して、さらにそれを支える人脈が必須だ。なにしろ、3〜4日ごとに組むミュージシャンとテーマを変える上、それぞれの回の内容も少しずつちがうのだ。この試みを始めた昨年は、48ショウをやりきった。説明不要の名門ジャズクラブ、Blue Note New Yorkには多くの演者がステージに立ってきたが、ひと月丸ごとレジデンシィを務めたジャズミュージシャンは、片手に余る。近年では、ここ14年間、12月のレジデンシーを請け負っているトランペットのChris Botti、2016年のChick Coreaくらい。New York Times紙にはDizzy Gillespieを含めて史上4人目と書かれていたが、Gillespieは裏が取れなかった。とにかく、Glasperが最年少であるのはまちがいない。それくらいの偉業であり、彼の過剰なミュージシャンシップがあってこその、プロジェクトなのだ。

さて、この原稿は僭越ながら、グラスパーの「過剰モード」を見習い、28夜のうち二夜のショウを観て、その合間に軽く音合わせをしている彼の横で、少し冷めても絶品のクラブケーキを黙々と食べた(理由はのちほど)レポートをしつつ、ついでに10月3日にリリースされたミックステープ『Fuck Yo Feelings』についても少し紹介する。これは、2005年から在籍したBlue Note Recordsを離れ、Loma Vistaに移籍してから初の作品になる。ジャズの専門レーベルから、Marilyn MansonやSt. Vincent、Commonらが在籍するレーベルに移ったわけだ。彼の本質はもちろん、ジャズピアニストであり、Robert Glasperの音楽を理解するためにジャズは重要な土台だけれど、ジャズだけで測ろうとすると、どうしてもはみ出してしまうのが、Glasperのサウンドだ。

最新作『Fuck Yo Feelings』は、2012年の出世作『Black Radio』と2013年『Black Radio2』の延長線上、いやワープした点線上にある作品だ。プロジェクトの核にいるのは、GlasperとDerrick Hodge(ベース)とChris Dave(ドラム)。ここに、Denzel CurryやAndra Day、YBN Cordae、Yasiin Bey、Bilal、Herbie Hancock(!)らが絡み、ジャズとR&B、ヒップホップのあいだを行き来したり、それらをハンバーガ−のように重ねてこちらに差し出してきたりする(ガブリと行こう)。『Black Radio』との類似点は、ネオソウルとジャズを融合させた音楽性だけでなく、レコーディングの方法。これについて、2012年、Blue Note New Yorkの控え室で私がインタビューをした際の発言を引用しよう。

「俺はワンテイクにこだわっている。ミュージシャンと歌い手が揃って、せーの、で録るんだ。やり直しもなし。12曲中8曲がそうやって録った。その方が、ジャズっぽい相互作用が生まれるからね」。

入念に下準備をしてから、4日間でレコーディングがしたあの作品で、Glasperはグラミー賞のベストR&B アルバム賞を受賞し、知名度を上げた。それから7年後、客演アーティストたちが入れ替わり立ち替りスタジオに現れてはセッションを続ける手法で仕上げたのが、『Fuck Yo Feelings』だ。挑発的なタイトルの「Fuck」はカースワードではなく、文字通り「自分の感情とヤれ/向き合え」という意味。意訳すると、「抱えているさまざまな感情に自ら絡んでいけ、喚起せよ」になる。ミックステープの体裁をとって1曲の時間の長さを気にせず、より自由に作っている。基本的にデジタルリリースで、CDのリリース予定があるのは今のところ日本だけ、あとはアナログのレコードとカセットテープのみ。会場入り口にポップアップショップが出ていたので、レコードを購入したところ、白ジャケだった。新しい才能を多めに起用したり、「最近のラップはヒップホップじゃない」という発言して、物議をかもしたWu-TangのGZAのクラシック"Liquid Sward"と同名タイトルの曲があったりと、いろいろ解説(邪推)したい気持ちはあるが、メインのライヴレポートの字数が足りなくなるので、2019年10月初旬のBlue Note New Yorkに戻ろう。

10月5日の土曜日。マンスリー・レジデンシィの頭を飾ったChris Dave、Derrick Hodge w/ DJ Jahi SundanceとスペシャルゲストYasiin Beyの4デイズの3日目。今年の『Summer Sonic』で来日したメンバーだ。GlasperはYasiinのミュージックディレクターを務めていたほど近い間柄。Yasiin Beyこと元Mos Defはブルックリン子のため、地元の支持率はとても高く、8回のショウの前売りはソールドアウト(11月に催されるソロ・デビュー作『Black On Both Sides』の20周年記念ライヴは1時間で売り切れたそう)。わずかな当日券とキャンセルを待つ長い列が、夕方5時半からできていた。8時半過ぎ。DJ Jahi Sundanceが場を温め、Chrisがベースの弦を爪弾いてショウがスタート。意図的に黒いフーディーを被って登場したYasiinは、自在にポエトリー・リーディングやサルサっぽいダンスを挟み、自分で持ち込んだ赤いマイクに時折もたれるようにセッションを展開する。俳優、アクティヴィストと役割を増やしてきた多才なアーティストである。近年は言葉をより伝えるためか、ラッパーより詩人のようなアプローチが増えていて、それがGlasperたちの演奏にぴったり合う。「Zoning、ってわかる?」とYasiin。Erykah Baduもよく使う言葉で「入り込む」ことだ。実際、この夜のセッションは、GlasperとYasiinのあいだで交わされる音の会話という領域(ゾーン)に招かれたような親密さがあった。

『Fuck Yo Feelings』から短めにアレンジした"Treat"を演奏したあと、John Coltraneの"Love Supreme"の再解釈、それからYasiin とGlasperといえばこの曲、"Black Radio"が続いた。Yassinのルーツ、ジャマイカのダブポエットを取り入れた唱法で、録音された音源よりずっと熱っぽく叫ぶ。「Keep it Rock!」の箇所では、客席も声を合わせた。南アフリカに移住して帰ってきたり、引退をほのめかしたり、長年ファンをヤキモキさせてきた人でもあるけれど、この夜、私はYasiin Beyは21世紀のGill Scott-HeronやThe Last Poetsになっていくだろう、と強く思った。最後は代表曲、"Umi Says"。20年前にこの曲が大ヒットしたとき、Glasperはまだ音大生だったはず。そうか、『Black Radio』は元Mos Defも一翼を担ったSoulquariansの遺伝子を強く受け継いだ作品だったか、と合点がいってヴィレッジを後にした。その証拠に、今回のマンスリー・レジデンスで組まれた7つの演目のうち、2つがJ DillaとRoy Hargroveとふたりの他界したSoulquariansメンバーへのトリビュートだ。

10月9日、Blue Note New York再訪。この夜は、Vicente Archer(ベース)とDamion Reid(ドラム)のAcoustic Trio。3作もアルバムを作っている、気心の知れたトリオだ。ジャズにシフトした、オーセンティックな夜になると思いきや、頭でDJのSundanceがMartin Luther Kingの演説をかけて空気をピリッとさせた。全体は、カヴァー曲をライヴレコーディングした『Covered 』に近いコンセプトの構成。だが、冒頭の言葉のように、アルバムと同じ曲は演奏せず、ストレートなジャズで肩慣らしをしたと思ったら、Erykah Baduの"Afro Blue"、Princeの"Sign 'O' The Times"などをジャズで解釈し、合間にBiggie Smallsの"Juicy"や詩人Maya Angelouの言葉など、さまざまな要素をコラージュする。Glasperはジョークを飛ばし、次々とピアノで超有名曲を弾いて、客席とイントロクイズのような遊びを挟んで場を和ませることも忘れない。反応がよかったCindy Lauperの"Time After Time"は長めの合唱になった。隣のテーブルでは、大先輩のMeshell Ndegeocelloがじっと聴き入っている。終盤、「私はエリック・ガーナー/私はトレイヴォン・マーティン…」とブラック・ライヴス・マター・ムーヴメントの発端となった犠牲者たちの名前を入れ込んだ詩が流れた。それから、「茶色い肌の僕は、ずっと靄の中にいるみたい」という子どもの声。この夜、Robert Glasper Acoustic Trioは抗議の想いを音に乗せて、演奏を終えた。

類まれな演奏力と、あふれんばかりの創造力を持つGlasperの音楽を正確に分析するのは難しい。次から次へとくり出す、新プロジェクトについていくのが精一杯だ。ただ、彼には言いたいことがたくさんあって、それをピアノで雄弁に語っていることはよくわかる。それは、冗談だったり、口説き文句だったり、社会的、政治的なコメントだったり。次の来日、次の作品がどのコンセプトになるのかはわからないけれど、彼がいま一番言いたいことが「自分の感情と向き合え(Fuck Yo Feelings)」であるのはまちがいない。まずは、『Fuck Yo Feelings』を聴いて、実践しよう。そうそう、Glasperが音合わせをしている横でクラブケーキを食べた理由は、中日に拙著『ニューヨーク・フーディー』の取材をしたから。たぶん、私の人生でもっとも贅沢でもっとも感情的な――Fuck My Feelingsな――食事だった。

注;Soulquarians 90年代後半から00年代初頭に活動していたネオソウル系のアーティスト、ミュージシャンたちのゆるいユニット。The RootsのQuest Loveを中心にErykah BaduやCommon、D’Angeloのアルバム制作に携わったり、ライヴを行ったりしていた。

Info

Robert Glasper / Fuck Yo Feelings
ロバート・グラスパー / ファック・ユア・フィーリングス
2019/10/3デジタル・リリース
日本盤CD:UCCO-1217 2019/12/4リリース
税込¥2,750
https://jazz.lnk.to/RG_FYFPR

【収録曲】
1. イントロ (ft. アフィオン・クロケット)
Intro (feat. Affion Crockett)
2. ディス・チェンジズ・エヴリシング (ft. バディ+デンゼル・カリー+テラス・マーティン+ジェイムス・ポイスター)
This Changes Everything (feat. Buddy + Denzel Curry + Terrace Martin + James Poyser)
3. ゴーン (ft. YBN コーデー+ビラル+ハービー・ハンコック)
Gone (feat. YBN Cordae + Bilal + Herbie Hancock)
4. レット・ミー・イン (ft. ミック・ジェンキンス)
Let Me In (feat. Mick Jenkins)
5. イン・ケイス・ユー・フォーガット
In Case You Forgot
6. インダルジング・イン・サッチ
Indulging in Such
7. ファック・ヨ・フィーリングス (ft. イエバ)
Fuck Yo Feelings (feat. Yebba)
8. エンデンジャード・ブラック・ウーマン (ft. アンドラ・デイ+ステイシーアン・チン)Endangered Black Woman (feat. Andra Day + Staceyann Chin) 9. エクスペクテーションズ (ベイビー・ローズ+ラプソディ)
Expectations (feat. Baby Rose + Rapsody) 10. オール・アイ・ドゥ (ft. SiR+ブリジット・ケリー+ソング・バード)
All I Do (feat. SIR + Bridget Kelly + Song Bird)
11. アー・ウォオ (ft. ムスィーナ+クイーン・シバ)
Aah Whoa (feat. Muhsinah + Queen Sheba) 12. アイ・ウォント・ユー
I Want You
13. トレード・イン・バーズ・ヨ (ft. ハービー・ハンコック)
Trade in Bars Yo (feat. Herbie Hancock)
14. DAF フォール・アウト
DAF Fall Out
15. サンシャイン (ft. YBN コーデー)
Sunshine (feat. YBN Cordae)
16. リキッド・スウォーズ
Liquid Swords
17. DAF FTF
DAF FTF
18. トリアル (ft. ヤシーン・ベイ)
Treal (feat. Yasiin Bey)
19. コールド
Cold

■ロバート・グラスパー各種リンク
ユニバーサル ミュージック
https://www.universal-music.co.jp/robert-glasper/

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