【メールインタビュー】Da.I|Trap City Himejiを支えるプロデューサー・エンジニア
Shurkn Papを擁するクルーMaisonDeをはじめ、勢いのある若手ラッパーたちの登場とともに注目を集めてきている兵庫県・姫路のヒップホップシーン。
姫路のアーティストたちのレコーディングを多く手がけ、支えているスタジオHLGB_STUDIOを運営し、自身もMaluMeloとのユニットKNOTTで活動するプロデューサー、エンジニアのDa.Iにメールインタビューを敢行した。
今後ますます注目されるだろう姫路のシーンは、どのようにして形作られたのだろうか?
取材・構成 : 和田哲郎
- Da.Iさんは姫路の出身ということですが、どのようにして音楽と出会ったのでしょうか?
Da.I - 音楽自体は子供の時から好きで、15歳までは兄の影響でロックを好んで聴いてましたね。15歳の時に同級生が聴いていたキングギドラの『最終兵器』に衝撃を受けてヒップホップにのめり込んでいきました。当時は『8 Mile』などのブームもあって、イカつい感じのヒップホップからの影響が大きかったです。ただ、本当の自分の音楽のルーツはおそらくゲームミュージックになると思います。スーパーファミコンの『ロマンシングサガ』というゲームがあるのですが、その楽曲を手がけている伊藤賢治さんが作る戦闘曲に、小学生の自分が強く衝撃を受けたことを覚えてますね。カッコ良すぎてカセットデッキに録音しました。
- 自身で音楽制作をするきっかけはなんだったのでしょうか?
Da.I - 20歳の時に海外に住んでいた友達から「Adobe Audution」というDAWをもらいました。はじめてのDAWで何もわからなかったのですが、何度でも録り直せて、画面を見て編集できるという、ごくごく当たり前の機能なんですけど、それにピンときて。これだったらやり直しが効くし際限なく曲作りに挑戦できるなと思いはじめました。そこからハードのサンプラーを買ったりしてトラックを作りながらラップも同時にやり始めて。成人式の同窓会で久しぶりに会った地元の同級生に「俺もラップしてるから一緒にやろう」と誘われて「ツインビー」というユニットを組みました。やり初めて1年も経たない時にSEEDAさんとDJ ISSOさんの『CONCRETE GREEN』シリーズにそのユニットと個人の楽曲が収録されました。それが自分の音楽活動の大きな自信になりました。そのユニットは割とすぐに解散してしまったんですけど、そこから自分はトラックメーカーとしてやってきました。エンジニアリングは自分が好きなプロデューサーがDr.DREだったこともあって、自分でミックス・マスタリングはしたいと最初から思って、恥ずかしながら独学でコツコツとやってきました。
- MaluMeloさんとのユニットKNOTTはどのように結成されたのでしょうか?
Da.I - MaluMeloとは知人の紹介で知り合いました。何度か会っていく中で、うちのスタジオに来てピアノを弾いてもらったのですが、その瞬間に恋に落ちてしまいました(笑)そこから、恋人でもあり仕事のパートナーで居てくれています。
- KNOTTのサウンドはダンスミュージックがメインになりつつ、アーバンミュージックを取り込んだ音が特徴的かと思いますが、お二人はどのようなユニットとして認識されていますか?
Da.I - 実はあんまりサウンドの方向性って決めてないんです。ただその時に自分たちがいいと思ったものを作ったり、お仕事の依頼をいただいたものに少し自分達っぽさを混ぜるように意識しています。MaluMeloの才能は本当に素晴らしく、クラシック出身の理論付けされた作曲法と、トレンドを取り入れる柔軟さが絶妙です。私はドラムのプログラミングや全体のグルーヴ作り、音色の部分や、エンジニアリング、エディット、楽曲の方向性を決める役割をしています。エンジニア業が落ち着いたときには一から曲を作っていますが、基本的に今はMaluMeloが作るデモをブラッシュアップしている事が多いです。私はとてもバランスの良いユニットだと思っています。一応、意識していることとしては音の「鳴り」です。音響的な「鳴り」もそうなんですが、耳に残る音色や作りを意識しています。あとは狙っている楽曲の世界観や、テイストに合う空気感を意識して作っています。
- TunecoreのインタビューでShurkn PapさんがDa.Iさんは幅広い音楽を聴いていると言っていましたが、普段はどのような音楽を聴いているんですか?
Da.I - 最近はApple Musicのニューリリースに上がる曲を聴いています。単純に新しい音楽は楽しいです。あとは読んでる雑誌の「サウンド&レコーディングス」に掲載されているもの、SNSなどで紹介されているものや、先輩やスタジオに来る人達に教えてもらったりしています。今の若いアーティストはおそろしく尖ったディグをしているので、若いアーティストに聞く方が楽しいですね。ヒップホップはそれこそオールドスクールから一通り聴いていて、所謂ブーンバップからトラップまで好きです。
- お二人でやられているスタジオHLGB_STUDIOは、ヒップホップ・クラブミュージックをメインにしたスタジオとのことですが、いつからスタートしたのでしょうか?
Da.I - 3年くらい前でしょうか。もともとは自分と自分の知り合いが制作する為のスタジオとしてやっていました。姫路にDonajeezyというクルーが居るのですが、そのメンバーのOSERRO君がレコーディングするところに困っているという話を聞いたことから門戸を広く開けました。困っている人が居て、自分ができることで助かるならとオープンにしました。そこから口コミで広まっていっている感じです。
- MaisonDeをはじめとした地元のヒップホップシーンとの交流はどのようにしてスタートしたのでしょうか?
Da.I - それは姫路のパイオニア的なヒップホップグループのGODGERSのメンバーの方と交流をしたことがおそらく原点になりますね。GODGERSさんは私が中学高校くらいの時に既にシーンでは有名で、私が音楽制作を初めた20歳のときには既にグループでの活動が落ち着いていて、各々がソロ活動に入っているタイミングでした。そのメンバーの方のソロ用の楽曲提供などで関わらせてもらってから、地元のシーンと交流を一部ですが持つことに至りました。主にJishowというラッパーの活動をサポートさせていただきました。Jishowさんのお陰で、神戸のSITE KOBE(現スタジオ UMI)さんへのレコーディングに何度も同行し、そこで見て聞いてプロのエンジニアさんが何をしているかを学ぶことができました。今思うと本当に大きな経験でした。
スタジオをオープンにしてしばらくしてMaisonDe結成前のTaiyoh君が利用するようになってくれました。Taiyoh君は若くてラップが上手い子がいるとして以前からその存在を知っていたのですが、一緒に制作してみてあらためてその存在を再認識させられました。純粋にひたすらにラップがかっこ良い、そんな若いラッパーが姫路に居るということにとても希望を感じました。
その制作の後、暫くしてShurkn Papから連絡が来ました。自分でラップをやってみたい、曲を作ってみたいということで一人で、おそらく周りに内緒で来ていました。その時に作った楽曲が“オレンジ”という曲で、「Shurkn Papはオレンジが大好き」という内容の曲なんですが、その曲のレコーディングのことは今でも鮮明に覚えています。「やってみたい」という最初のレコーディングで既にその才能を爆発させていたからです。最初なので歌い方などの技術力に拙い部分はもちろんあったのですが、楽曲を構成するセンスに長けていて、バースやフックの流れ、曲の聞かせどころの作り方を既にわかっているかのようで、ただ「オレンジが好き」というだけの内容の歌詞に、ムーディで気持ちの良いメロディを付けて、わずか2時間足らずのレコーディングで形にしてしまいました。彼が幼少期から無類の音楽好きだったこと、そしてDJとして様々な楽曲に触れていたことが大きな要因だと思いますが、本当に新しい時代の幕開けを予感しました。
- MaisonDeの面々があれだけスピーディーに作品をリリースできるのはどういう部分があるのでしょうか?またスタジオにいる際の彼らの様子はどのような感じでしょうか?
Da.I - セルフプロデュースというか、自分達でリリースペースやスピードをきちんと考えて活動していますね。それと純粋に制作を楽しんでいる部分もあるかもしれないです。いろんな音楽に挑戦したいという気持ちや、自分が追求すべき音楽など結構それぞれが真摯に向き合っています。スタジオでは、制作中にお互いアドバイスをしあっていますね。こうしたら?とか、こっちのがいい、とか。
幼馴染で仲良いだけではなくて、それぞれの音楽性を理解、リスペクトした上で意見を出し合っています。誰かがマウントを取ることもなくみんな素直です。
- 若いラッパーに対してアドバイスをすることも多いと聞きましたが、どのような形のアドバイスをすることが多いですか?
Da.I - アドバイスは基本は「どうですか?」と意見を求められた時にのみするようにしています。意見を求めてくれるアーティストには成長の意欲を感じています。製作中の時点でエンジニアである私に意見を求めてくれる姿勢を尊重し、客観的にリスナーとして聴いた時と、エンジニアとしての意見を伝えています。技術的な部分、フローの作り込みやハモリであったり、ピッチであったり、発声、目指す曲の方向性、どういった感情の楽曲か、誰に聞いてほしいのか、どのシチュエーションで聞いてほしい曲かなどをコミュニケーションを取りながら、一緒に制作を進めています。あとは最近は歌詞についても少し尋ねたりしています。ただ、なるべく技術面でのアドバイスを無闇矢鱈にしないようにしています。それぞれに技術が必要なときが来ると思うので。レコーディングはその瞬間をパッケージングすることが仕事だと思っています。技術面はやればやるほど、いつまでも未熟に聞こえたりするものだと思うので、今のベストを尽くしたかどうかを軸に考えています。なにより怖いのが、下手なアドバイスがそのアーティストの個性を殺してしまう可能性もあるので、出来うる限りアーティストの個性が活かせるようにと考えています。プロデュースワークの場合は更に深く制作に携わっていきます。
- 姫路の現在のシーンについてはどのような感想をお持ちですか?
Da.I - 私はスタジオで関わる部分しかあまり見れていないのですが、音楽をやり初めの若手から熱い勢いを感じています。ブーンバップをやっているKATY(@Katy_o7q )周辺がいたり、トラップをやっている子がいたりと様々ですが、各々が目指すべき音楽をやっています。皆本当にストイックです。今姫路が注目されているらしいことは、いろんな方からのお話や、こうして今私がインタビューを受けさせていただいていることで感じてはいるのですが、私はただひたすらに良い音を鳴らせるように、良い音楽が作れるスタジオとしてみんなに提供し続けたいことを一点に考えています。ただ、Shurkn Pap含むMaisonDeを見ていて思うのは、彼らのような目立つ存在が今若くして居ることで、さらなる次世代を育てていくことにもなっていると思います。本当純粋にかっこいいですし羨ましいです。幼馴染8人で音楽グループ結成して、音楽で一歩ずつ成功に歩み寄ろうとする姿は。
- 姫路でヒップホップが盛り上がっている理由はどのようにお考えですか?
Da.I - まだまだ全然、もっとこれから盛り上がって行きたいです。今こうして少し話題にしていただいているのは、これまでに諸先輩方が築かれてきたヒップホップ、クラブ文化のお陰であることは間違いないと思います。それを前提として、そこから時代の流れですね。SNSやストリーミングサービスなどで誰もが気軽に聞けるようになっている。そこへ自分も曲を作って発信したいと考えるのはごく自然な流れだと思います。そして、Shurkn PapやMaisonDe、Merry Deloのような地元から全国で話題になっている彼らの姿の影響も大いにあると思います。例え彼らの音楽性が好きでなかったとしても、そんな彼らに自分が負けないようにそれぞれが切磋琢磨していく。そんな風に感じています。あと忘れてはいけないのは姫路駅で行われている「姫路サイファー」という存在です。今売れている、売れてきているラッパーはそこを経た人が多いです。ラップを身近にあるものとして唱える根強い活動にリスペクトしています。
- week dudusやvio moonなどの若手ラッパーもHLGB_STUDIOを使っていますね。ラッパーと向き合う時にエンジニアとして大事にしている部分はどのようなところでしょうか?
Da.I - week dudus vio moonも昨年うちのスタジオに来てくれて以来ずっと使ってくれています。とても才能溢れる二人と仕事ができることは光栄です。大事にしているというか、私がただ思うことになるのですが、宅録が当たり前にできる今の時代で、ラッパーは特に宅録で済んでしまうような、ある意味一番宅録向きなのにも関わらず、スタジオにわざわざ来てもらって作品を作ってくれているということは、そういった環境が整っていないこともあるにしろ、エンジニアとニコイチで作り上げる相乗効果もあるからだと思っています。実際、うちのスタジオは7割くらいの完成度で来て、レコーディングを進めながら残り3割を一緒に仕上げるという事が多いです。エディット作業などもそうですが、一緒に作りあげるのってめちゃくちゃ楽しいんですよ。時間に追われながら最短で結果を出さないといけないので難しくとても責任があることなんですが、脳をフル回転で頑張ってたどり着いた編集に喜んでもらえると本当に幸せで。それと、今はミックス・マスタリングで仕上げる楽曲の色付けも表現の一つとしてスタジオは重要な役割を担っていると思っています。いろいろと言いましたが、あくまで私は出過ぎないことを意識しています(いるつもりです)。主役は歌う人です。私は歌う人がストレスなく歌えるように、すばやく作業をし、期待に応えて予想を越えられるよう意識しています。そして何より来てくれるアーティストにはいつも本当に勉強させていただいています。本当に私自身まだまだ未熟者で、全力でみんなの期待に応えるだけで毎日精一杯です。
- Da.Iさんのツイートをみると姫路への想いがとても強いように感じます。地元がどのような街になっていってほしいですか?
Da.I - 好きなんですよね。街のサイズ感とかも。歩いてて人が鬱陶しくない感じ。代わりに車が多すぎて鬱陶しいですが。でも、たまたま姫路に生まれただけなんで、姫路以外に生まれていたらきっとその土地を愛していると思います。何がなんでも姫路が最高ってわけでは全然なくて、たまたまとはいえ、きっと何か縁があって姫路に生まれ育ったと思うんです。姫路に生まれたことで出会えた人たちのお陰で今の自分が居るわけですし、そう思うと、地元に対して自分がなにかできるならしたいなという気持ちです。姫路は治安が悪いと他所からは言われることもある街なんですが、最近は街の開発で活発でクリーンになっていますし、実は2018年の近畿で住みたい街ランキング1位を獲得してる街なんです(笑)海も山も川もあり、自然豊かでいてアクセスが便利な新幹線も停まります。暮らすには充分に感じるんですよね。でも、どこか文化が定着しにくい風土がある気がします。
大多数が学生を経て大人になって結婚して、という人生の中で、娯楽が、酒を飲む、モノ、女を買う、博打を打つのような消費するだけのものになっているような気がします。もちろんそれがダメと言うわけではないのですが、田我流さんの曲で“Ice City”って曲があって、まさに代弁してくれている感じです。最近は若い世代やSNSのおかげでコダワリを持つ個人のお店などが人気になっていたりと、“Ice City”が出た10年程前に比べてはその風土は少しずつ薄れている気もします。文化的な視点では音楽やアートをやっている人を酔狂に感じている大人も多いです。音楽やってる人=「有名になりたい」「売れたい」「夢追ってる」人みたいな。そんなに聞く方も気構えなくても、音楽がもっと身近に感じられるような街や風土になっていってほしいですね。欲を言えば姫路が音楽の街として日本や世界に認識されるようになればいいなと思っています。Shurkn Papともよくそんな話をします。
結婚して子供を次の世代に残すように、地元や世の中に自分は何を残せるかをよく考えています。消費だけではない生き方を知ってほしいです。それこそ娯楽もそうかもしれないです。都会の様な娯楽が提供されていない分、自分たちで娯楽を生み出す。それがラップであったり音楽であったり。
- ありがとうございました。