【インタビュー】Daichi Yamamoto & Aaron Choulai 『WINDOW』| 日本のヒップホップコミュニティーのための音楽

京都出身のシンガー/ラッパーDaichi Yamamotoと、パプア・ニューギニア生まれのジャズ・ピアニスト/作曲家/ビートメイカーのAaron Choulaiによるコラボ作『WINDOW』。2~3年前から共作を行ってきた2人による本作は、もちろんヒップホップ的な構造をとりつつも、様々なジャンルへの知見を持つ2人らしい自由な発想で作られたものとなっている。

Daichi Yamamotoにとって初めてのオフィシャル作品となる、今作はどのように作り始められ、またどのようにこのような自由なサウンドになっていったのだろうか。2人に話を聞いてみた。

取材・構成 : 和田哲郎

- 2人が知り合うきっかけは?

Daichi Yamamoto - ずっと1人で曲を作ってたんですけど、他の人ともやってみたいなと思って色々チェックしてて、それでAaronのSoundCloudとYouTubeにアップしてたビートを聴いてメールを送ったんです。その時はあまりどういうビートメイカーがいるって詳しくなかったから。Oliveさん(Olive Oil)とかJJJとか、数人だけ注目してて。その時日本にいなかったのもあって、インターネットでその周囲にいる人たちをさがしてたんです。Aaronのビートは聴いたことがない感じだったから。Aaronからの返信に「どうせ作るんだったら、SoundCloudにアップするとかじゃなくてEPを作ろう」と言われて、だから2~3年前くらいから作ってはいたんですよね。

Aaron Choulai - メールが来る前からOlive OilさんからもDaichiの名前は聞いていて知ってたんだよね。知らない人とはやりたくないんですけど、「あ、あいつだ」と思って。2年くらいずっと作ってきて、スタイルが変わっていって自分たちにしか作れないサウンドが作れたと思うね。最初はもっとローファイ的なビートでBPMが遅くて、ジャズサンプルを使っていたんですよね。今のEPはサンプリングをほとんどしてないし、グルーヴ感も違うし、Daichiのフロウも変わってきていて。

Daichi Yamamoto - 昔の曲を聴くと下手くそだなって思うし、スタイルはそこまで変わっていないけど洗練されていっているんだろうなって思いますね。

Aaron Choulai - 前まではとりあえず作ってたって感じだけど、今は自分のリズムができてきたよね。

- 今の作品の形になっていったのはいつ頃ですか?

Aaron Choulai - 去年の終わりくらいかな。実はその時にEPくらいのボリュームはできていて、「これでリリースしてもいいんじゃないかな」って話してたんですけど、別に早くリリースしなきゃいけないわけじゃなかったから、もう少し作ってみようって決めて、そしたら僕も機材を変えたから関係あるのかもしれないけど、すごい新しい感じの曲が出来始めたんだよね。それでどんどん曲が出来ていっていて、この作品が完成してからも作り続けていて、今作っているのはこの作品のサウンドとも全然違う。

Daichi Yamamoto - ある時を境にAaronのビートが急に変わって、それまではサンプリングベースのヒップホップだったのが、去年の終わりくらいに聴いたことなくて、リズムとかも面白いビートを送ってきて、それにラップを乗せたらハマって。今まであるやつ中でこの曲が1曲あると変だなと思って、それ以降のビートでまとめたのが今回の8曲。きっかけになったのは"Window"ですね。"Chuck Taylor"もボーカルを最初に送って、Aaronがビートを入れるって感じだったんですけど、この2曲を聴いた時に、これかもって思って。

- 作り方はどのような形だったんですか?いわゆるラッパーとビートメイカーという作り方ではないのかなと思ったんですが。

Aaron Choulai - いや、ビートを送ったら、それにラップが乗ってかえってくる。

- なるほど (笑)

Aaron Choulai - 一緒にスタジオで曲を作ったことはないですね。まあそういうよくあるパターン、Daichiはいま京都だし。元のビートに乗せたボーカルをリミックスしたものを採用するってこともあるし、エディットはよくやるし。でもそういう曲はこの作品には入ってないですね。

Daichi Yamamoto - 結構ワンターンで全部できちゃいますね。

- そうなんですね、一緒にスタジオに入って作ったものかと思いましたね。

Aaron Choulai - そういう風に言ってもらえるのはすごく嬉しいですけどね。僕らはバックグラウンドが一緒で、現代アートとかが好きで、変なノリの曲を作ってもDaichiがいいよねって言ってくれるから、そういう感覚が合ってるんだと思う。他のラッパーとは中々こういう感覚を共有できないから、Daichiと一緒に作るのは楽しいね。

- 普段はどんなことを2人だと話すんですか?

Aaron Choulai - Daichiは会話しない人ですね、僕がいつも喋ってる、ははは(笑)どっちかっていうと僕のほうがラッパーっぽいね。でも歌詞にジョン・ケージとか、バスキアとかバウハウスのことが入ってるから、たまに芸術の話はしますね。ロンドンでどういうことをやってたとか、どういう建築が好きとかジャズの話とかはしてますね。あとジャマイカとかパプア・ニューギニアの文化の話とかをするね。

Daichi Yamamoto - 常にメモをとるようにしていて、目に付いたものは書き留めるようにしてるんですよね。もちろん音楽は好きだし、映画もめっちゃ観てるし写真からもすごいアイディアが浮かぶ。頭に映像のイメージがあって歌詞を書いたり、物語からインスパイアされたりしますね。キューブリックとかめっちゃ好きで何回も観てますね。

- イメージから歌詞を書くというのはわかりますね。

Daichi Yamamoto - 歌詞はそうやってイメージから書くときと、音を聴いてそのリズムに合わせて書くときもありますね。"Window"とかは後者のパターン。キューブリックとかの名前が出ている曲とかはメモを参考にしてパズルみたいに組み合わせたりしていますね。すごい正反対のことを1曲の中で言うのがすごい好きで。Kendrick Lamarが好きなんですけど、最初に正義感が強いラインを言ったあとに、400人のビッチと一緒に埋めてくれって言って、そのあとまた良いことを言うみたいな、切り替わっていく感じが、自分のことを歌っているというより周りの人間の欲望とかを上手いこと言ってるなと思って。

- GAPPERと仙人掌がリミックスで参加してますよね。

Aaron Choulai - これは僕のアイディアでGAPPERはライブするときによく来てくれて、彼はラップのチャンスがあるとやってくれるから。あと仙人掌はすごいファンで、まあみんなつながってますよね家族だから。フィーチャリングも1曲しかないからラッパーのコントラストがあるといいなと思って。"All Day"のビートもGAPPERと仙人掌のパワフルなフロウに合うビートだし。そういうことが出来る2人だなと思います。

-Aaronさんから見て、Daichiさんはどういうアーティストですか?

Aaron Choulai - まずはうるさいですね(笑)日本語で表すのは難しいけど、僕は元々ピアニストじゃないですか。だからボーカルの入っていない曲をやってたわけですよ。たとえばジャズの曲をやるんだったら、この曲はどういう意味って聞かれると答えにくいわけです。聞く人が自分のイマジネーションで意味を入れるような音楽をやってたんで。Daichiのやりたいことはそれに似てると思う。楽器が声で、言っていることはもちろん意味を持っているんだけど、楽器みたいな感じで声を使ってて、それが皆と違う部分かなと思います、ラッパーとしては。サックスやってるひとと音楽やってる感じですね。それで、たぶん探してるのは新しいことをやりたい人で、皆と同じことやっても意味ないし、そういうスタンスでやってると思うから、これからも自分を出していくことで、誰も作ったことのない音楽が作れると思う。まだ若いし。

- Daichiさんはこのコメントを聞いていかがですか?

Daichi Yamamoto - 嬉しいですね。声を楽器にっていうのは結構前からずっと思ってて。昔友達と曲を作り始めたときにも、どうしてもUSと比べちゃって、日本語って英語と違って結構音数が少ないので、楽器みたいに使うのが難しくて、どうしても音楽がフラットに聞こえちゃうんですよね。内容大事なのは当たり前なんですけど、それ以前に音楽として成立させるには、声を楽器みたいに使うっていう意識は必要なのかなと思いますね。Kojoeさんとかすごいうまいと思いますね。Nasも内容もしっかりしつつ音ハメもしてるんで、何言ってるか分からなくても心地良いっていう。

-Daichiさんはいつごろから音楽を作り始めたんですか?

Daichi Yamamoto - 18,19の時にShingo2が好きで、Shingo2の歌詞を丸パクりしてクラブの前座で歌ったのが始めですかね。それで、その後からちゃんとやろうと思って。ロンドンではずっと1人で作ってたんで、ちょっと寂しかったですね。一歩引いて日本のヒップホップを見てて、日本にいるときはあんまり聴いてなかったんですけど、離れてからかっこよさとか面白さとかに気付いた感じがありますね。

- それまではどういう音楽を聴いてましたか?

Daichi Yamamoto - ヒップホップも聴いてましたし、レゲエとかジャズとかハウスとかテクノとか色々聴いてました。でもヒップホップは最初あんまり好きじゃなかったですね。

- じゃあ、今自分がラップしているのは意外?

Daichi Yamamoto - 最初、ヒップホップ嫌いだったんですけど、Funky DLとかが流行ってたときにジャズヒップホップを聴いて好きになって、日本のヒップホップ聴いて、しっくり来なくて、ちょっと生意気なんですけど、俺だったらもっといいの作れると思って書いてみたのが始まりですね。書いてから色んな人のスタイルがあるなってわかりはじめて、やりもしないのに色々悪く言うのはおかしいなと思ったのがきっかけですね。

- 今も2人のセッションは続いているということなんですが、今はどういう形の音楽になっていますか?

Aaron Choulai - 僕はこれまではBudaくんとかOliveさんみたいにネタをチョップしたりして作っていたんですけど、ピアニストだからピアノを使って作った方がいいんじゃないかなと思って。その試みがこのEPに入ってるんですけど、それから機材を変えてもっと自由に弾けるようになって。だから今作っているのはもっと複雑になってて難しいかもしれない。譜面書いて友達のミュージシャンを呼んで、セッションして、それにビートを加えるってプロセスでやっていて。曲の分数も長くてジャジーヒップホップじゃなくてジャズって感じですね。

- 今作だと"Nirvana"もそれに近いと思うんですが。

Aaron Choulai - それともちょっと違うんですよね。よく説明できないんですけど、新しい感じになってる、ははははは(笑)

Daichi Yamamoto - 生バンドっぽい感じがもっと出ていて、イントロがあってAメロがあってって感じでちゃんと構成されていて曲に変化もあるって感じですね。ジャズだけどクラシック音楽みたいな。今まではAaronからは特に指示はなかったんですけど、今やっているのは「ここはサックスが入るからラップは入れないで」って言われたりしてますね。

- セッションを重ねるうちに自然と変化していってる?

Aaron Choulai - そうですね、何よりも僕は音楽を作る人だから、作品とは関係なくいつも新しいことを探しているから。どんどん作るものも成長しているから、出来たらどんどんレーベルが許す限り出すだけですね(笑)

- 2人とも音楽をジャンルで縛っていない感じがしますよね。

Aaron Choulai - そうですね、ジャンルは関係ない。明日僕はアコーディオンのライブもあるし、Daichiとやる音楽とは全く違いますね。そういうのが面白いと思う、音楽で食ってるから毎日同じものは食べないですね。

Daichi Yamamoto - 結構小さい時から親に色々聴かされてきたので、いい音楽はいいし、ヒップホップだからこうじゃなきゃダメとか言われるのはむっちゃ腹たちますね。ヒップホップが好きだからこそ。活動を始めた頃とか周りの人に「ラッパーぽくないよね」とか言われて、そういうのはあまり好きじゃなくて。ヒップホップに限らずジャズとか音楽は、もっと自由だから面白いのに。だからジャンルにはあまり縛られたくないし。

- 2人がそれぞれで作っているものはどんなものですか?

Daichi Yamamoto - 僕は最近好きなものを形にしたいなと思って、James BlakeとかFrank OceanとかYoung Fathersみたいなものをよく聴いてて面白いなと。ただ単におなじことをやってもしょうがないから。Frank Oceanの歌詞がすごく好きで、短いんですけど映像が見えるくらい描写されていて、でもメロディーもめちゃくちゃ良い。トラックの音数もピアノだけだったりすごい洗練されているし。James Blakeはボーカルのエフェクトの使い方がめちゃくちゃ面白くて、そういうのも取り入れたいなって。そういう意味ではもっと電子音的なものに振れるのかなって。あとは踊れる音楽も作りたいですね。

Aaron Choulai - 次やるのはKojoeとオーケストラのための作品を書いてて、今年の終わりに向こうで演奏することになっている。生楽器で大人数が関わるようなプロジェクトがやりたいですね。これからもっとビートメイカーとしても上達していきたいですね。インストだけで成立する曲を作れるビートメイカーになりたい。最近ラッパーとやりすぎてる、ははははは(笑)

- この作品は2人にとってどのようなものになりましたか?

Aaron Choulai - 聴いたことのないようなヒップホップだと思う。僕は日本に来てずっと日本のヒップホップしか聴いてなくて、それでビートを作り始めて、日本のヒップホップのコミュニティーに入ってると思ってる、Daichiもそうですけど。僕は日本人じゃないし、Daichiもハーフですけど、僕らの音楽は日本のヒップホップコミュニティーのために作ったものですね。外からやってきて、外国人として日本のヒップホップコミュニティーに入ってきましたってことではなくて、色んな人がいる中で、日本のシーンの中で作られた音楽だと思うんですよね。これは僕の意見、Daichiはナンバーワンレゲエアルバムを作ったと思ってるかもしれない(笑)

Daichi Yamamoto - 僕はこれまで何もリリースしたことがないんで、いい形で最初のものを出せるなというのは嬉しいですね。Aaronほどカルチャーのこととか考えてなかったけど、収録曲も日本に帰ってきてから録ったやつが多いんで、距離が近くなってから書いたリリックが多いから、いまのAaronの話を聞いてそうなのかもなって思いましたね。

Info

pcd20399

アーティスト: Aaron Choulai x Daichi Yamamoto
タイトル: WINDOW
レーベル: P-VINE / JAZZY SPORT
品番: PCD-20399
発売日: 2018年7月25日(水)
(※7月18日 デジタル先行リリース)
税抜販売価格: 2.000円

01 Chuck Taylor
02 All Day
03 Forrest Gump
04 Bell
05 Thug Bone
06 Nirvana
07 Window
08 All Day Remix feat. GAPPER & 仙人掌

RELATED

【インタビュー】5lack 『report』| やるべき事は自分で決める

5lackが今月6曲入りの新作『report』をリリースした。

【インタビュー】BES 『WILL OF STEEL』| 初期衝動を忘れずに

SCARSやSWANKY SWIPEのメンバーとしても知られ、常にアクティヴにヒップホップと向き合い、コンスタントに作品をリリースしてきたレジェンドラッパー、BES。

【インタビュー】CreativeDrugStore 『Wisteria』| 11年目の前哨戦

BIM、in-d、VaVa、JUBEEのMC4名、そしてDJ/プロデューサーのdoooo、ビデオディレクターのHeiyuuからなるクルー、CreativeDrugStore(以下、CDS)による、結成11周年にして初となる1stアルバム『Wisteria』がついに発表された。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。