【コラム】白人ラッパーLil Dickyの"Freaky Friday"のミュージックビデオがヒット中 | 自身の弱みを強さに変えること
先週3/18にMigos の最新作『Culture 2』からDrakeをフィーチャーした"Walk It Talk It"がMVが公開され話題を集めた。同MVはアメリカの人気音楽番組『ソウル・トレイン』を模したものになっており、その設定もさることながら司会役にJamie Foxxを招き、MigosとDrakeが往年のシンガーに扮して小躍りするシーンのおもしろさは笑いを誘う。
しかし、先週リリースされ話題を集めたMVは"Walk It Talk It"だけではない。MigosとDrakeの影で、Lil DickyのChris Brownをフィーチャーした"Freaky Friday"も再生数を伸ばしている。
同曲はビルボードトップチャート100のTop10入りを果たし、Youtubeの再生回数は5400万以上を記録している(3/29時点)。歌詞サイトRap Geniusのビューアー数では、XXXTENTACIONの"SAD!"に次いで2位にランクインしている。
"Freaky Friday"の人気の理由とは何なのか。Lil Dickyは黒人が多数を占めるラップシーンの中ではごく一般的なアメリカ白人的な容姿とキャラクターだといえる。他の白人ラッパーG-Eazyの様にスマートな容姿でもなく、Mac Millerの様にタトゥーも入っていない。彼のルーツはコメディアンであり、ラッパーとしてのバックグラウンドも持ち合わせていない。
同MVの中で中華料理店で食事をしている際、筋肉隆々の男性ファンとLil Dickyを知らない彼女と挨拶する初めのシーンがある。「彼が本当にラッパーなのか」と疑問に思う彼女に対し、ファンの彼氏は「おもしろラッパー」と本当にファンなのか疑問の残るコメントがされるほどだ。
ラッパーだが、白人の中でもあまり目立たないキャラクター設定のLil Dicky。そんな彼が、人気ラッパーと同じことをやりたいという憧れを抱え、超能力を持つ中国人店員がその夢を叶える。そこから"Freaky Friday"のMVはスタートする。
目が覚めたらChris BrownとLil Dickyの体が入れ替わり、味気ない日常から一転して、豪邸に美女がたくさんいるセレブ生活を送っているなどコント仕掛けでストーリーが進んでいく。
この曲名は1976年に公開され2003年にもリメイクされた『Freaky Friday』からとられている。この映画は違った苦労を持った母と子供の体が入れ替わり、互い生活を体験することで理解が生まれるというストーリー。楽曲の元となった映画にオマージュが捧げられたミュージックビデオはまるでコントを見ているようだ。
"Freaky Friday"のミュージックビデオは、あるタブーにも挑戦している。念願かなってChris Brownの体に乗り移ったDickyは、彼が空想がしていた人気ラッパーの行動を実行する。Kanye WestとFace Timeで会話し、女性から大量のダイレクトメールが来るようになる。さらに自分の股間をSNSに投稿するなど普段、ゴシップサイトなどで目にする内容を達成していく。テンポよくこれらのユーモアラスな内容を盛り込んでいく中で、Lil Dickyは非黒人にとってタブーであるNワードを連発しているのだ。
街にいる老人やウェイターやChris Brownの友達、警官、ファンにまでも「Nixxa」と呼び掛ける。予てより黒人以外の人種がNワードを使うことについては、様々な議論がなされてきた。最近ではインド系のアーティストであるNAVがあえてNワードを使用することで、この問題の複雑さを提起している。このビデオでは白人であるLil DickyはChris Brownに変身しているので、自由にNワードを言える立場となっていて、あえて過剰に連発することで、この問題を笑いに転換している。
"Freaky Friday"で使われるNワードは、黒人以外のラッパーがリリックで発せられるものとは違う効果を与えているようだ。楽曲とMVの面白さから多くのYoutuberが"Freaky Friday"のリアクションムービーを投稿している。MVを眺める黒人のYoutuberのほとんどが、Lil Dickyが使用するNワードに嫌悪感を示さない。これはLil DickyによるリリックのNワードをChris Brownに歌わせていることで許されている。
このビデオでLil Dickyは、アメリカにある様々なステレオタイプを利用してユーモアに転換している。Ed SheeranやDJ Khaled、Kendall Jennerなど若者に人気のセレブへの変身願望、2005年にリリースされたChris Brownのヒットソング"Yo(Excuse Me Miss)"の街角でのダンスシーンにオマージュを捧げていたりと、ポップカルチャーを巧みに利用している。
Billboradのインタビューに登場したLil Dickyは、Chris Brownと一緒に製作をした際、「この曲はよくあるヒットソングっぽい楽曲だ」と言われたエピソードを明かしている。このChris Brownの発言をあえて正直にLil Dickyはビデオに落とし込んでいる。テレビや現在ではSNSで華々しい活躍をするアーティストにファンは羨望の目が向けられる。ポップカルチャーの代表的なアーティストであるChris Brownと何もできない自分のキャラクターを対比させ、その世界を入れ替えることでLil Dickyの"Freaky Friday"のMVのおもしろさは生まれた。
Lil DickyはChris Brownと自分の差を明確に理解しているからこそ、このビデオは生まれたのだろう。コメディアンとしても人気のLil Dickyは、何もラッパーとしての強みを持っていない自分を使い、笑いに変えている。Lil Dickyは自身の弱さやラッパーとしてのキャラクターの居心地の悪さを正確に理解することで、その弱点をビデオの中で強みに変換しているのだ。(野口耕一)