【インタビュー】環ROY × 鎮座DOPENESS | 『なぎ』がはらむ日本語の曖昧な可能性、そして幽霊的
6/21に環ROYが4年ぶりとなるニューアルバム『なぎ』をリリースした。前作『ラッキー』のリリース後、環はソロ活動と共にU-zhaan、鎮座DOPENESSとの楽曲発表や蓮沼執太フィルへの加入、美術館や劇場、ギャラリーでのパフォーマンスやインスタレーションなど、柔軟かつ幅広い活動を行ってきた。
新作『なぎ』はその4年間の活動が十二分に反映されつつも、ラッパーとしての新たな領域に踏み込んだ作品になっている。それぞれがソロのトラックメイカーとして活躍しているアーティストを迎えたバラエティーに富んだトラックの上で、一聴するとフラットに聴こえる環の丸みを帯びたフロウは、日本語の可能性を探求した結果だという。
では環はなぜ日本語の可能性を追求した結果、この作品に行き着いたのだろうか?KAKATOとしても共に活動してきた盟友、鎮座DOPENESSを聞き手に迎え話を聞いた。
取材・構成 : 和田哲郎
写真 : 横山純
鎮座DOPENESS - インタビューをするって初めてだからね。個人的に聞きたいことは、すげえあるんだけど公に発表されるものだから、どこから聞いたらいいんだろうって感じ。
環ROY - でもまぁ、まず個人的に聞きたいところからでいいんじゃないですかね。
鎮座DOPENESS - まあそうだよね、じゃあこのアルバムができるきっかけが、あると思うんだけど、やっぱり"ゆめのあと"ができた所からって感じ?
環ROY - ってわけでもないんですよね。"ゆめのあと"は途中まで収録しないつもりだったんです。アルバム制作をはじめる半年前に、広告のオファーを受けて、単曲として制作したんですよね。だから最初は別個のプロジェクトという気分でした。けどやってくうちに、せっかくだし入れたいな、ってなっていった。
鎮座DOPENESS - でもあの曲はアルバム全体にバランスよく溶け込んでるよね。だからこれが出来て制作がはじまっていったのかなと思った。
環ROY - "都会の一枚の本"って曲ができてから、収録しようって気分になって、以降、全体性を考えつつ、他の曲のふしぶしを調整していって収録に至った感じですね。
鎮座DOPENESS - 今朝"ゆめのあと"と"フルコトブミ"と"めでたい"ってアルバムのラスト3曲を聴いてきたんだけど、"ゆめのあと"って超いい曲なんだなって思ったよ。じゃあ"ゆめのあと"の次にできた曲ってなんなの?
環ROY - "ことの次第"と“exchange//everything”を最初に書きました。すごいラッパーっぽいラップをしようと思ってはじめたんですよ。
鎮座DOPENESS - ラッパーっぽいラップって?
環ROY - 僕の中で、時間的な推移がないまま、観念的なことを言い続ける歌詞のことをラッパーっぽいラップって言ってるんですけど。他の曲って、時間が推移してることが多くないですか?出かけて帰ったり、朝から夜になったり。出会ってから別れたり。
鎮座DOPENESS - そうだね。
環ROY - けど、ラッパーぽいラップって、ずっと演説みたいなことを、動かない時間のなかで言い続けてるって印象で。久しぶりにラップの歌詞を書きたいなって思ったんですよね。反対に時系列や時間の推移が明確な歌詞をソングっぽいって呼んでるんですけど、前作(『ラッキー』)はソングっぽい歌詞が多かったから。
鎮座DOPENESS - そうだね、『ラッキー』は言葉を詰め込まないようにもしてたし、そういう意味ではソングっぽかったかもね。じゃあ今作だと"On&On"なんかは一番ラッパーっぽい感じ?
環ROY - そうですそうです。"ことの次第"と“exchange//everything”と"On&On"が一番ラッパーっぽい曲。その辺りから作りはじめたんですよ。単純に前作からの反動がとっかかりなんでしょうね。バランス取りたいなって。
鎮座DOPENESS - "ことの次第"は言葉についての曲だよね、これはトラックもすごい好きだった。これと“exchange//everything”がセットだよね。
環ROY - そうですね。
鎮座DOPENESS - それで"Offer"と"食パン"もセットだと思った。
環ROY - 僕の主観だと”あらすじ"と"Offer"、"食パン"と"はらり"がセット、"めでたい"以外の曲が対になってるんですよ。
鎮座DOPENESS - じゃあおれがズレてるんだ。
環ROY - いやいや、ズレてても、セットって感じてもらえるならそれがセットですよ。解釈の余地があるってことで。
鎮座DOPENESS - 解釈の余地だらけだよね。聴く人の体調とか、その日の天気とか、気分で聞こえてくる言葉が違いそうって感じ。僕の好みとしては"フルコトブミ"が一番好きなんだけど、今日は"めでたい"が好きだった。あれはこれまでっぽい曲だよね。
環ROY - 『ラッキー』っぽいですよね。僕もそう思ってます。
鎮座DOPENESS - 今回短歌が入ってるんですが、これは?
環ROY - 二首入ってますね。
鎮座DOPENESS - 1曲目に入ってるのが藤原敏行なんでしょ。「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」。なんでこの歌をピックしたの?
環ROY - これは、目に見えない大きななにかとか、霊的なものとか、人のスケールを超越した自然に対しての歌だと思ったからですね。そこに惹かれました。でも、秋って限定するのもなーって思って、冒頭を書き変えた。西行の「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」と迷ったんですよ。どっちの歌も、八百万(ヤオヨロズ)な話をしてるんですけど。まぁ、ヒップホップでいうところのサンプリングですよね。リミックスって呼んでもなんでもいいけど。
鎮座DOPENESS - 短歌サンプリングは新しいんじゃない?これみよがしにやってる人はいるのかもしれないけど。プッシュする感じでもなくサラリとやっちゃってるよね。入れてみようかって思ったわけだもんね。
環ROY - 入れるかーって思っちゃったんですよね。イントロが鳴り終わったあとに、短歌が入ったら面白いなって。まぁ、短歌がどうというよりは、全体を通して日本語表現へ意識的に向き合っていこうって考えてましたね。
鎮座DOPENESS - なんでそうなっていったんだろう。
環ROY - 僕の母語が日本語だし、日本語しか話せないんで。得意な言語を頑張ろうと思ってこうなっていきましたね。国語の授業って、高校になると古典が追加されるじゃないですか、そんな感じ。
- とりあえず英語がほとんどないですよね。
環ROY - ですね。英語、使うの下手なんですよ。全然喋れないし。
鎮座DOPENESS - まぁ自然にってことね。
- 具体的に意識したこととかありますか?
環ROY - 具体的なこと言うと結構めんどくさい感じになっちゃいますよ。
鎮座DOPENESS - はい。どうぞ。
環ROY - そもそも言語って高文脈言語と、低文脈言語に分けられるらしいんですね。で、日本語は高文脈言語らしくて、反対にドイツ語とかは低文脈言語らしいんですよ。例えば、電話で、「鎮座さんいますか?」って尋ねると「いますよ、代わりますね。」って察して代わってくれるのが高文脈言語。低文脈言語だと「いますよ。」としか返事してくれない。「鎮座さんいますか?いたら代わってください。」まで言わないと通じない、それが低文脈言語の世界。これは言語の優劣じゃないですよ、特性の話。
鎮座DOPENESS - すべてを言葉にしないと通じないみたいなことね。
環ROY - そうです。日本語は高文脈言語だから、全部言わなくても通じるんですよね。察してもらえるような表現でやり取りしてるというか。
鎮座DOPENESS - 確かにそうね。
環ROY - だから日本語って、言葉にしない曖昧な領域で伝え合うことが特性なんだなって思ったんですよね。
鎮座DOPENESS - ああ。そういう考えが、解釈の余地だらけな歌詞に繋がっていくわけね。
環ROY - はい。そういうことから考えはじめると、和製漢語が気になってくるんですよ。続くとめんどくさいですよ?(笑)
- いえ、続けてください(笑)。
環ROY - まず和製漢語ってものがあるんですね。表現とか現象とか演説とか行動とか、そういう2文字の熟語は大体そうなんですけど。明治以降に、そのときまで日本にはなかった概念が西洋から入ってきて、それを翻訳しなくちゃいけないってことで、代わりとなる漢字を組み合わせて新しく作った言葉を和製漢語って呼ぶらしいんですよ。
鎮座DOPENESS - 難しいね。
環ROY - 目的を持って作られた比較的新しい合理的な言葉ってことですね。
鎮座DOPENESS - 和製漢語ね、はい。
環ROY - それってあらかじめ機能が想定されているわけですよ。合理的ってことは曖昧じゃないなって思ったんです。元来、日本語が持っている特性とは逆の方向にいくために作られたんだなって。
鎮座DOPENESS - なるほど。
環ROY - 簡単にいうと、日本語という高文脈言語のなかに作られた低文脈な言葉が、和製漢語だなって思ったんです。「駅へ移動」と「駅へいく」だと同じ意味ではあるけど、前者のほうが輪郭がくっきりしていて、とにかく事務的に駅へいく感じがしませんか?後者のほうが丸いっていうか、コーヒー買ったりして寄り道してもよさそうでしょ?
鎮座DOPENESS - 印象としてはそうだね。二文字熟語って硬いよね。
環ROY - その差なんですよね。このアルバムでは、駅に着くまでに、なにかあってもいいほうの言葉を選ぶようにしたんですよね。和製漢語をむやみやたらに使わないようにって。
鎮座DOPENESS - でもライミングには便利じゃない?和製漢語。
環ROY - そうそう、おれが登場、起こす暴動、みたいな(笑)。だから使う時は使う。バシバシとライミングしたい所にはいくつも連ねたりして。でも、それ以外の場所では類語を探して避けたり、言葉を変えたりしました。母語に対してもっと自覚を持って扱おうって思ったんですよね。それだけでも随分違う気がした。
- 日本語のラップっていうとライムも表現も硬くなってしまうのはありますよね。その反対に舵を切ってるってことですよね。意味に幅があるという豊かさを取りにいったというか。
鎮座DOPENESS - 言葉を掘り下げたんだね。
環ROY - そういう仕事なんですよね。日本語という高文脈言語の特性を活かすなら、様々な解釈を呼び込めるほうが高度だろうって思って。そういう感じでやってました。
- そもそもどうしてそうしようって思ったんですか?
環ROY - 単純に、表現としてもうすこし高度なことができないかなって思ったんですよね。じっさい出来てるかどうかはさておき。ラップって表現形式を幼稚だと思ってる人って結構いる気がしてて、そういう人にも聴いてもらえたらいいなって思ったんですよ。
- なんで幼稚って思われるんでしょうね?
環ROY - 推測ですけど、ライミングのために和製漢語をたくさん使ってきたっていうのは要因の一つだと思います。文法も歪んだりするし。日本語が高文脈言語だとして、その特性を活かそうとするなら、言葉が持つ意味の幅とか、余白の広さとか、察してもらう言い方とかを大切にしてもいいと思って。曖昧さをコントロールするというか、そういうアプローチで洗練させていけば、幼稚と思われない表現ができるかもしれないと考えてやってました。
- アルバム全体のテンションというか、温度感がすごいフラットですよね。
鎮座DOPENESS - マジで「なぎ」ってことなんだよね。
環ROY - ラップでいうところのフロウを感じられないとかありました?
鎮座DOPENESS - いや、確実にフロウはあるんだけど、わざとらしさが排除されてるからね。
環ROY - だって日本語ですからね。これでもまだわざとらしい気もする。
鎮座DOPENESS - んまぁ、そうともいえるね。
- なんて言うんでしょうね。すごい環境的な感じで言葉が入ってくるので、音楽を聴いてるというよりは誰かが語りかけてきてるっていう印象でしたね。
環ROY - 環境的にっていうのは嬉しいです。アンビエントラップってことですね。
鎮座DOPENESS - 完璧そうでしょ(笑)
- 参加してる作家陣は、それぞれソロアーティストとしても活動してますよね。それが理由かもしれないですけど、トラックに抑揚があるなと。そのトラックのバックグラウンドにラップが鳴ってる感じというか。鎮座さんは全体的にどういうアルバムだと思いましたか?
鎮座DOPENESS - 非常に落ち着いた、エモーション少なめの、語り部が、1人流れを眺めてるみたいな感じがしたっすね。この音楽って、家の中で聴くのと外で聴くのとで全然違くて、外で聴いたときに自分が観てる視点に対して、語り部が焦点を合わせてくるっていうか、なにかを見させてくれるっていう印象はすごいあったかな。あと今回は音が良くて2010年以降の音像になってるんで、元々この人はこういうことをやりたかったんだなとも思った。
環ROY - エモーションに頼らないってことは意識してました。エモーション押しも幼稚になると思ったから、できるだけ遠ざける感じで。
鎮座DOPENESS - 主張が全然ないから捉えどころがないんだよね。形はちゃんとあるし構造的だとも思うんだけどすごく朧げというか、幽霊みたいなアルバムだよね。
環ROY - 幽霊的なものは21世紀のテーマだと思います。
- 幽霊的なものがテーマっていうのは?
環ROY - うーん。ちょっと飛躍しますけど、科学が発展しまくった結果、人類って、自分達のことを、ものすごく俯瞰して見れるようになってきたじゃないですか。そうなってくると、"死"くらいにしかエキゾチシズムとか、ファンタジーを見出せなくなっていくと思うんですよ。要は"死"が一番ポップ、みたいな。全員経験することだし、しかも経験するまでわかんないし。
- はいはい。
環ROY - 芸術の主題って、昔は自然とか宗教だったでしょ。で、産業革命以降に都市化していった近現代は恋愛が主題で、今後はネットとかAIのおかげで未知の領域がもっと減るから、結果、"死"ぐらいしか主題がなくなるんじゃねーか。っていうようなことなんですけど。ま、昔から"死"が起点だったとは思うけど、宗教なんてそういうことだし。でも、もっとミニマライズされていくというか、直になってく感じなんですよ。うまく言えないんですけど……。なんか、インターネットってあの世っぽくないですか?みたいな。
鎮座DOPENESS - 確かにYoutubeにアップされてる昔の歌番組とか見ると、幽霊のオンパレードって感じがするもんね。
環ROY - 戦前の日本の動画とかもありますよね。それを過去の動画として観てるんですけど、それがほんとに過去の映像なのかもよく分からなくなるというか。こういう経験なんて最近なわけで、直近の人類史を15万年くらいだとしたら、Youtubeって10年しかたってないし。
鎮座DOPENESS - 人によって懐かしいっていうのもバラバラになってくるだろうね。
- CDのブックレットが真っ白じゃないですか?関係あります?
環ROY - ヴィジュアル面はすべて横山大介さんに頼んでて、Sasquatchfabrix.って洋服を作ってる人なんですけど。彼がこうしようって。アルバム聴いた結果こんな感じに思ったみたい。ひたすら、のびのびやってもらってたから理由とかは聞いてないです。
鎮座DOPENESS - 正面は顔が。
環ROY - それは写真を大きく出力して、実際に切って編み込んであるんですよね。それを再撮影してジャケットに使っている。だから、その、オリジナルの、生地みたいな写真みたいな作品も実物が存在してるんですよ。こっちは横山さんの友人でcobirdって名前で美術家をしてる小林利充さんがやってくた。
鎮座DOPENESS - とにかく、このアルバム、「これはこうだ」って言い切る感じが全然ないよね。
環ROY - それが幽霊的なんですかね。言い切れることが一つもないってことに気づくのが21世紀的だなと思ってますから。なんでもかんでも分類して解った気になってきたけど、解った気になってただけで、ほんとは何も解らないんじゃないの?っていうのはテーマとして大事な気がする。
鎮座DOPENESS - ハッキリできるわけないよね、みたいなことがテーマかな。なんとなくわかってきた。
環ROY - ま、でも、それもいま急に思いついた感じだし。物事って、ほんとになんとでも言えるなって思うんですよね。太陽とか重力とか空気とか気候とか、そういう「環境」は確かなことだけど、その影響によって生まれる人間の観念って、ほんとに不確かで、偶然的で、なんとでも言い換えられるなって思うし。
鎮座DOPENESS - そうだね、人それぞれの世界観だしね。一理ありっていうか、全員一理しかないもんね。で、今後、ライブはするんでしょ?
環ROY - ライブやります。
鎮座DOPENESS - どう再現するの?椅子に座ってやるとか?
環ROY -やっぱり椅子とかそういう感じがいいんですか?どうしようかって困ってます。盛り上がってください、みたいな要素はあんまりないしね。
- ライブハウスで客と正対してパフォーマンスする、って作品じゃない印象ですけど。
環ROY - そんなにですか?
鎮座DOPENESS - 舞台も込みで作らなきゃいけない感じ?
環ROY - それは手間がすごくて予算的に無理ですよ。そんなに動員できませんから。当面はやっぱり、ライブハウスとかイベントスペースとか、既存の空間をお借りしつつですね。引き算とかミニマルな方法で、「おっ」ってなるようなことを考えていきたいです。それが現実的な課題だと思ってますね。身の程をわきまえて頑張っていきたいです。
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