ヒップホップは破滅をくりかえし生き続ける
Lil Yachtyはオールドスクールなリスナーからその弱々しいラップスタイルを批判され、そのYachtyへの挑発を彼自身が煽り返し、その関係は昨年のデビュー以来繰り返されている。
そこでYachtyに浴びせられる言葉は「彼は歴史を知らない」であったり、最近のJoe Buddenのように「Yachtyはヒップホップを破滅させる」という過激なコメントだったりする。
それに対しComplexが『Relax, Old Heads: Hip-Hop Culture Isn't Being Ruined』というコラムを掲載。新世代のラッパーたちはヒップホップを破滅させる存在じゃないという趣旨の、この記事に寄り添いながら、ヒップホップというものが、どういう存在なのかを書いてみたい。
筆者はヒップホップはそれぞれの世代ごとにヒップホップのイメージが異なることを指摘し、新しい世代のラッパーが出てくると、過去のイメージでヒップホップに接してきたリスナーは彼らをヒップホップだと認めることができないと論じる。
過去には、Gucci ManeやChief Keefなどが、その様な理由でオールドスクールなリスナーから批判を受けてきたが、ヒップホップという言葉は残り続けている。「偉大なラッパーはラップを壊す、最も偉大なラッパーはジャンルを再構築し、拡張する」と筆者は述べている。
Yachtyや先述のオールドリスナーから槍玉に挙げられるアーティストは間違いなく才能のあるアーティストだ。ジャンルの枠を超え、オーバーグラウンドで活躍する。慈善活動や企業とのタイアップなどポジティブなニュースをリスナー以外にも届ける。彼らは間違いなく今までのラップの歴史が作り出した子孫であるのだ。
つまりヒップホップは常にヒップホップ的でないアーティストを輩出し続けることで、ヒップホップという名前を存続させてきたのだ。
オールドスクールなリスナーに理解されないYachtyは、未来を見据える。昨年リリースしたMixtape『Summer Song 2』に収録されている"Intro"で「ここまで来るのに長い時間がかかった。みんなが俺の傷跡を馬鹿にしていた学生時代を覚えている」とラップした。このリリックなど今の10代が持つ身体的精神的な傷跡を切り取ったYachtyのリリックの数々は、彼自身の傷跡から生まれた。
Yachtyがリリースを予定しているデビューアルバム『Teenage Emotions』のカバーには多様性のメッセージもさることながら、自身の経験から生まれたポジティブなアティチュードも込められている。時にそれらの個人的な経験から生み出されたリリックは「ヒップホップの歴史を理解していない」と聞こえるかもしれない。しかし、そのような傷跡を抱えていることで、Yachtyはスターダムにのし上がった。そして、これまでヒップホップの枠外に押し込められていた物を、ヒップホップに内包させたのだ。そういった意味ではYoung Thugにおける女性用のドレスなども、新しい要素を包摂するものだ。Thug自身も子供の時に姉妹の服を着ようとしたら、父親に怒られたという傷をもっている。
古くからのリスナーは自身のプライドや忠誠心によってヒップホップのあるべき姿を決めつけ、それに合わないものは冷笑もしくは激怒する、しかしこれは今に始まったことではないとコラムの筆者は指摘する。OutkastのAndre 3000もその奇抜なファッションセンスが一時、批判された。しかしながら、Outkastはグラミー賞を受賞するなど栄えある音楽賞を獲得し続けた。本当にAndreは「ヒップホップを破滅させたのだろうか?」
むしろそうしたヒップホップのルールにハマらない規格外の存在が感覚を拡張させてきたのが、ヒップホップの歴史だといえる。
さらに昨年Yachtyに噛みつき、Yachtyよりも一昔前の世代にあたるラッパーSoulja BoyはIce-Tの「独り善がりはヒップホップを殺す」という批判をされている。それに対しコラムの筆者は誰もヒップホップを殺せないと述べている。ヒップホップという概念は柔軟性があり、適応能力があり、ミュータントで、雑食だ。ヒップホップという概念は否定され続けることで、新しい生命力を得ることができる。
ではなぜヒップホップにハマらないような存在が、ヒップホップゲームに乗り出してくるのかという疑問も浮かぶ。それはヒップホップが最も自己表現に適したフォーマットだからと答えることができそうだ。既存のヒップホップの姿にはまらない強烈なパーソナリティーをもった人物が、過去のヒップホップから、強烈なパーソナリティーをもって、ゲームに入っていくことで自己表現をすると同時にヒップホップという概念自体を拡張させる。ヒップホップシーンを変えていくの前に進めていくのは、皮肉なことにヒップホップの概念を無視している者といえるだろう。
つまり、誰かが「〜はヒップホップじゃない」と言い出したら、それはヒップホップが変化している時期に入っているといえる。雑食なヒップホップは大きな口をあけて、どんな強烈なパーソナリティーの者が登場してくるか楽しみに待っているにちがいない。そんなラッパーたちの活躍を楽しみにしていよう。その代表格Lil Yachtyのデビューアルバム『Teenage Emotions』は5/26にリリースされる。(和田哲郎・野口耕一)