8ビットレゲエと日本歌謡の融合 Kiki HitomiとJahtariが仕掛ける「演歌ダブ」とは

ヨーロッパのレゲエファンであっても2000年代の後半までライプツィヒという街の名前を聞く事は多くなかっただろう。80年代のジャマイカで生まれたデジタル•ダンスホールとチップ音楽の融合にキラーダブという概念を加え、全てアナログ機材で制作•ミックスされたJahtariサウンドはドイツ東部の小さな街からから発信され、ヨーロッパのレゲエヘッズだけでなく世界中の音楽ファンに衝撃を与えた。

 

 

そのJahtariレーベルからの最新作はKing Midas Soundの一員であり、同じくライプツィヒに在住する日本人シンガーであるKiki Hitomiのソロアルバム「Karma No Kusari ( カルマの鎖)」だ。アルバム内にはJahtariのシグネチャーサウンドであるデジタル•レゲエの曲だけでなく日本の演歌を取り入れた曲が数曲入っている。この「演歌ダブ」という未だ誰も挑戦してこなかったフュージョンは早くもFact等ヨーロッパで数々のメディアに取り上げられ話題になっている。

Kiki Hitomi本人とJahtariレーベルの主宰者であり今アルバムの全曲をプロデュースしているDisruptに話を聞いてみた。

取材 : 高倉宏司

- 簡単なアーティスト経歴を教えて下さい。

Kiki Hitomi - ロンドンの大学ゴールドスミスカレッジのデザイン科を卒業後、ロンドンでヘロインスケートボードを元旦那 FOSと立ち上げ、2005年までスケートボードやストリート関連のグラフィックデザインをやったり、イラストの仕事をしていました。自社ブランド『EL BANJO(エルバンジョー)』も日本のローズバットというお店を中心に展開していたのですが、音楽をやるって決めて洋服のブランドもストップして歌手へ転身したんです。

2006年にDokkebi Q(どっけびキュー)というパンク、ブレイクコア、ダブステップ、レゲエがミックスしたバンドを日本人プロデューサーGorgonn(ゴーゴン)と結成して、テキサスのSXSWの他ヨーロッパや日本でも沢山ライブをやりました。

丁度ダブステップがすごく流行り出してきていた時でその波に上手く乗った感じです。その後2008年にThe Bugと出会って、彼の12インチの『GANJA』のデザインをやってくれと依頼を受けて、イラストの仕事をやったのがきっかけで彼と仲良くなりました。

その後King Midas Soundのファーストアルバム『Waiting For You"』に参加したり、The Bugとのコラボ局"Catch A Fire"をNinja Tune20周年記念ボックスセットに提供したりしました。今はKing Midas Soundを続けながら、ソロ活動や新しいバンドWaqWaq Kingdom(ワクワクキングダム)を日本人プロデューサーのDJ Scotch Eggとイタリア人ドラマーのAndrea Beliとやってます。

- 今回ソロアルバムをプロデュースしているJahtariのDisruptとはどうやって知り合ったんですか?

Kiki Hitomi - 2009年頃にThe Bug とBlack Chow(ブラックチャウ)っていうユニットを組んで、"Purple Smoke"ていう日本語ダブみたいな楽曲をHyperdubに提供したんです。その後こんな感じのダブな曲をもっとやりたくなって、The BugがDisruptと知り合いだったので彼に曲を送った所、凄い気に入ってくれて『Wonderland』というEPを2010年にJahtariからリリースしました。

その後20年住んでたロンドンがもうイヤになり、ベルリンに友達が沢山移住していて、2012年頃よくベルリンに遊びに行ってた中、そこで知り合ったドイツ人のTom Batteryと日本人のDJ Diesoonとレゲエイベント『Dubbing You』をベルリンでスタートしたんです。そこで誰よぶ?ってなって、ドイツやしJahtari呼ぼかーってなって、Disruptに出演依頼しました。彼とはOutlook festivalやレゲエ系のイベントで顔は合わしてたんですが、『Dubbing You』に招待した時に初めて色々お話できた感じです。
- アルバム内の楽曲"ピンクの着物"、"夢の花"といった演歌とダブを融合した楽曲が入っていますがこの演歌ダブというアイデアはどうやって産まれましたか?

Kiki Hitomi - ジャマイカのレゲエシンガーでコブシききまくりの、Horace AndyやGarnet Silk、Ken Boothが大好きで、これって演歌歌手に近いなって思ってて。それでいつか、かっこいいレゲエビートでベースがブリブリな楽曲でストレートな演歌を歌ってみたいと。それが夢だったんです!それでDisruptがJahtariのサイトで美空ひばりの事を取り上げてて、ブートレッグで"林檎追分"のレゲーバージョンとか作ってたんで、この人演歌好き?と思って、その『Dubbing You』のイベントで色々聞いてみたら、紅白歌合戦とかも知ってて、かなりの演歌通というかジャパンラバーだった。で演歌レゲエやってみたい?って提案したら是非是非ってことで速攻楽曲提供してくれました!

 

- 好きな演歌クラシックを教えて下さい。

Kiki Hitomi - "ピンクの着物"を作ってる頃によく聴きました。歌い方、表現力、声そのものに凄い迫力が感じられる。とても影響を受けた曲です。

 

Kiki Hitomi - 素晴らしい歌唱力と表現力。そしてとても美しい八代さん。大好きです。

 

Kiki Hitomi - Ganet Silkとかぶる山本譲二の"みちのく一人旅”。歌詞にとても影響を受けました。JahtariからリリースしたWonderlandにその熱烈な一途な愛を歌いました。

 

Kiki Hitomi - 歌姫、美空ひばり。この曲はDokkebi Qをやってる時によく聴いてました。素晴らしい曲構成と圧倒的な歌唱力と表現力。Dokkebi Qまた復活させようと思ってるんですが、是非こんな曲Gorgonnと作ってみたいです。
- アルバム内の楽曲"Yellow Story"は黄色人種への差別について実体験をもとにリリックを書かれていますが、この曲を通して伝えたいメッセージなどはありますか?

Kiki Hitomi - ロンドンでは、家から外に出て10分以内にマイルドレイシズムを含めた罵声を浴びる事は黄色人種にとって普通の事です。カンフーキック、アチョーなんてやられた日本人の友達もいます。黒人の友達や白人の友達に言うと、ビックリするんです。黄色人種の差別が現実に日常茶飯事にロンドンで起きてるってなんて皆知らないので、その事実をただ伝えたかっただけです。

例えばジャマイカンのおじいちゃんやお年のいった黒人の方がミス•チンというのは間違ったリスペクトの表現なのですが、時代は変わって今はチンやチンキーはレイシスト用語なんですよ。若者の黒人はそれをわかってて言ってきますからね。黒人にヘイミスターニガー、電話番号教えてって言ったらぶっ殺されます。でもミスチンはオーケーなんかと。だから言い返してやったら、ちゃんと誤ってきた事もありました。でもそんなルードな奴に電話番号教えるかと。ナンパの仕方勉強してこいって。ははは。最後は笑顔でお別れですが。

- "サムライ•スプーン"はご友人がベルリンで経営されてるお好み焼き屋台のテーマソングと聞きましたが、どういった経緯で曲を書かれたのですか?

Kiki Hitomi – シゲル•イシハラ(DJ Scotch Egg)は今一緒にやってるバンドWaqWaq Kingdomのメンバーでもあって、Seefeelの結成メンバーでもあります。彼がベルリンでお好み焼き屋さん始めるからって、ロゴ•デザインの依頼を受けたんです。それと店頭で流すヒプノタイジングな曲を提供してくれと。2曲提供して2曲ともボツ。1曲は下ネタ過ぎて飲食店ではNGだと。2曲目は曲調が暗過ぎだと。ボツ後、Disruptに聴かせたら、ビューティフルソングだから是非アルバムに入れようと。でこの曲は私にとって大切な曲だったんで、アルバムに入れました。

- The BugとRoger RobinsonのKing Midas Soundでの活動とソロ活動の違いは主にどういう事がありますか?

Kiki Hitomi - ソロは自分の好きな事を好きな様におもいっきり表現できました。楽曲もDisruptと一緒に考えたり、あれいーね、これいーね、みたい感じで楽しく自然な流れで出来た感じです。二人の趣味やテイストが凄くよく似てた所を深く掘って作ったんでコラボですが自由に創作した感じです。

 

King Midas Soundはテーマや楽曲もある程度The BugやRoger Robinsonが決めているので、それにそった感じで作って行く過程となり、やはり100%自分の自由には表現できません。でもそのお題のなかでどうやって表現するかと言うチャレンジも大好きですし、未知な自分を彼らが引き出してくれるので新しい自分を予想外で発見できます。

- アルバムジャケットのデザインもご自身でされてますが、イラストレーターとしてこれまで手がけた作品を教えて下さい。

Kiki Hitomi - スケーターブランドではHeroinskateboards, Etnies, Emericaなど。アパレル系ではLevis、Uniqlo、SILAS&MARIA等々のTシャツデザインを沢山やってました。音楽に転身してからアルバムのジャケットのデザインやロゴのデザインの依頼は主にですね。The Bugの『GANJA』のジャケやAcid Raggaの『Ganja Baby』のデザインは自分のお気に入りです。娘が産まれてからはデザインが怖い系からかわいい系になってきています。Samurai Spoonのシゲルが開催しているJapanese Christmas Marketのポスターやロゴのデザインはとても楽しみながらできました。

Kiki Hitomi

- 今後新しく控えてるプロジェクトはありますか

Kiki Hitomi - 2012年によくベルリンを訪れていた頃、DJ DiesoonとDJ HotelとDead Faderの4人でほとんど飲まず食わずで三日間スタジオのこもってジャムした音源をNoinoNoinoNoino(ノイノノイノノイノ)という名義でベルギーのテープリリース専門のレーベルCaoutchou recordsから、10月半ばに限定でリリースする予定です。それにともなって初めてビデオも自分で作ったんですよ。音源はフリーダウンロードでもリリースするので沢山の人に聴いてもらいたいですね。そして来年1月にJahtariからWaqWaq Kingdomのファーストデビューアルバム『ワクワク』をリリース予定です。トライビーでベースヘビーでサイケデリックです!Moondogが開発したトリンバをドラマーのAndrea Belfiが復元して作ったんです。その生音が凄くトリッピーで、ポリリズミックなビートにJPOPな歌も入ってたりと、面白いアプローチと仕上がりです!乞うご期待!

<Kiki Hitomi Info>

Instagram : https://www.instagram.com/hitomikiki/

Facebook : https://www.facebook.com/hitomi.kiki

Label Page : http://www.jahtari.org/artists/kikihitomi.htm

続いてはDisrupt

- 日本の演歌は以前から知ってましたか?

Disrupt - 「演歌」っていう名前は後で聞いたんだけど、1970年代のサムライ映画で流れているのを聞いていて、Kikiと出会ってからそれが「演歌」っていうジャンルである事を教えてもらった。その後キキから演歌の名曲を教えてもらったんだ。

- お気に入りの歌手や曲はありますか?

Disrupt - 自分が知ってる限りでは美空ひばりが女王である事に間違いなさそうだね。彼女の歌唱力は凄いレベルにあるし、どのスタイルにも対応できる柔軟性もある。演歌というジャンルを飛び出してボサノバの曲を録ったりして60年代にはブラジルでも有名だったって聞いたよ。他にも藤圭子は最高だね。
- プロダクションについて、演歌とレゲエではキーやコードが違いますがその点で苦労した点はありますか?

Disrupt - 演歌の音楽的な構造を学んでみたかったっていうのもあって、演歌ダブをプロデュースする事にしたんだ。
理由はわからないけど演歌は感情をゆさぶる音楽でそこから逃げる事はできない。
ハーモニーや曲の構成はすごく複雑で欧米の音楽と全然違うんだよね。演歌を作曲する為には音楽的なセオリーをすごく学ばないといけないんだ。それが俺が今やってる事ですごく楽しんでやってるよ。

- Jahtariは主にヨーロッパのレゲエMCを中心にリリースしてきましたが、
日本人のMCと制作する事でプロダクション的に意識したことはありますか?

Disrupt - レゲエのMCをレコーディングする時はトラックを聞かせてバーンって一発録りで終わる事が多い(笑)Kikiとの曲はハーモニーや曲の展開、転調が重要だからそれを考えつつ1曲をイントロから最後まで創ってて行く作業なんだ。彼女はボーカルをかなり重ねるし、その重ねたボーカルを適切にチューニングするための素晴らしい耳を持っている。最終のミックスに至るまで一緒に作業したよ。

- 2人が住んでいるドイツのライプツィヒという街は日本ではあまり知られていないので少し教えてくれますか?

Disrupt - 首都であるベルリンをイギリスでいうロンドンで例えるとライプツィヒはブリストルにあたるかな。ベルリンより小さくてリラックスした雰囲気の街だけどアンダーグラウンドなシーンがある。違法なパーティーが多くてジャンルはテクノ、パンク、ドゥームやヒップホップがほとんどかな。レゲエシーンは小さくてイベントはほとんどスクワット(不法占拠された建物)で行われてるよ。

 

RELATED

【インタビュー】5lack 『report』| やるべき事は自分で決める

5lackが今月6曲入りの新作『report』をリリースした。

【インタビュー】BES 『WILL OF STEEL』| 初期衝動を忘れずに

SCARSやSWANKY SWIPEのメンバーとしても知られ、常にアクティヴにヒップホップと向き合い、コンスタントに作品をリリースしてきたレジェンドラッパー、BES。

【インタビュー】CreativeDrugStore 『Wisteria』| 11年目の前哨戦

BIM、in-d、VaVa、JUBEEのMC4名、そしてDJ/プロデューサーのdoooo、ビデオディレクターのHeiyuuからなるクルー、CreativeDrugStore(以下、CDS)による、結成11周年にして初となる1stアルバム『Wisteria』がついに発表された。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。