All Digital Music × FNMNL 共同企画 - 新時代の音楽ビジネスを探る - Discogs創業者ケヴィン・レヴァンドフスキーが語る

Discogsほど愛されている音楽サービスは存在しないだろう。

2000年、オレゴン州ポートランドで、一人の音楽好きなプログラマーが、エレクトロニック・ミュージック好きな仲間のための音楽情報サイトを始めた。6カ月の間、仕事が終わり毎晩夢中になってサイトを作った。彼の名はケヴィン・レバンドフスキー。サイト名は「Discogs」だった。

Discogsは歴史上リリースされた音楽情報が検索できる、ユーザー投稿型の巨大なデータベースだ。あらゆるジャンルの情報を網羅するDiscogsは、世界中で音楽を探す愛好家たちにとって無くてはならないサイトだろう。ポートランドの一角から(グーグルを除けば)世界最大と言われる巨大情報サイトが生まれるとは、誰も予想出来るはずはなかった。

Discogs

YouTubeやSpotifyの登場で音楽の聴き方が激変するデジタル音楽消費の時代、あらゆる音楽がポケットの中のスマホに集約され簡単にアクセスできる。そして、多くの人たちはコレクションを並べたり、ブックレットを眺めて好きなアーティストの名前を探すことを止めた。しかし、いくらアプリやスマホが便利になろうと、そしてそれが時代遅れであろうと、Discogsは僕たちに音楽情報への探究心をリチャージしてくれる。それは、音楽のディテールとの心理的なつながりを深めるために重要な情熱に変わる。音楽の情熱のたまり場。Discogsの影響力は蓄積した膨大な音楽データベース以上かもしれない。

音楽を探す楽しみや集める楽しみを再定義するDiscogsはいかにして生まれ、何を目指しているのだろうか?

これまで日本では語られることのなかったDiscogsの全貌とビジョンを、Discogsに人生を捧げるプログラマー、ケヴィン・レヴァンドフスキーがインタビューで答えてくれた。

取材・構成 ジェイ・コウガミ(All Digital Music)

ジェイ・コウガミ(JK)- ケヴィン、日本の読者に自己紹介をしてくれませんか?

ケヴィン・レバンドフスキー(以下KL) - 僕はケヴィン・レバンドフスキー。ソフトウェア・デベロッパーだ。ソフトウェアのプログラミングを始めたのは、まだ高校生だった15歳だ。大学ではコンピューターサイエンスを専攻していたけれど、友達の一人がDJをやっていて、彼を通じてテクノやドラムンベースの世界を知った。僕の音楽への興味が広がったのはこの時だ。

1997年に大学を卒業後、僕は半導体メーカーのインテルに就職して、ニューオーリンズからポートランドに移った。給料が入り始めてからターンテーブルやミキサー、そしてアナログレコードを買い始めてアマチュアだけどDJを始めたよ。プログラミングへの興味も持ち続けた。常にチャレンジングなアプローチを実験していた時期だったよ。

JK - Discogsを始めるキッカケは何でしたのでしょう?

KL  - 1996年頃、僕はDJコミュニティのメーリングリストに参加し始めた。すぐにのめり込んだよ。常に質問をぶつけたら、誰かが答えてくれるコミュニティが楽しかった。「誰がこのレコードを作ったか」「いつ録音されたか」とか質問してたね。

その頃、ユーザーの中で、音楽に特化したデータベース、言ってみればディスコグラフィー専門のウェブサイトが欲しいと声が常に上がるようになった。それまでも数人がトライはしていたけれど、誰も使えるようなサイトを作ることはできなかった。

2000年に、僕は一人でディスコグラフィーのサイト構築にチャレンジしてみることにした。始めてから約6カ月は、昼間の仕事が終わった後で毎晩サイト構築の作業に没頭したよ。最終的にシンプルなサイトが完成した。それがDiscogsのはじまりだった。

Discogs

JK - 公開後の反響は?

KL  - Discogsを公開する時、僕は200枚のCDやアナログレコードの情報を投稿して、いくつかのメーリングリストにサイトについて投稿したんだ。「もし気に入ったら、持っている音楽の情報を投稿してほしい。フィードバックも送ってくれ」とメッセージを加えた。

すぐに何人か興味を示し、Discogsに彼らの音楽コレクションの情報を投稿し始めた。そこからは”スノーボール式”に拡張していった。それから、グーグルがインデックスし始めたことも大きかったと思う。開始から3カ月でグーグルから一日数百人がサイトを訪れるようになり、その数はだんだんと増えていった。今でもサイトのトラフィックの割合ではグーグルが6割近く占めていると思う。グーグルの存在はデカイよ。

JK - Discogsの成長の要因は何だと思いますか?

KL  - “口コミ”だよ。設立から2014年まで口コミ中心でサイトは成長してきた。2014年に初めてマーケティングチームを編成したけれど、それまでマーケティングは行わず、全てオーガニックで成長してきた。設立以来、Discogsには300,000人以上が音楽情報を投稿してくれた。そしてDiscogsに掲載される音楽情報は700万件を超えた。

Discogsの成長はタイミングが大きいと思う。僕がDiscogsを始めた時、インターネット黎明期で競合も少なかった。もう一つは、強いビジョンを持ち続けたこと。僕がDiscogsで実現したい目的は明確で、サイトの可能性を常に最優先で考えてきた。それから、僕が辛抱強い性格なことも影響したと思う。僕がソフトウェアを書くことに情熱を感じ続けて、開発したサイトで誰かの役に立たないと常に考えていたから、これまでも何度か危機的状況に直面してきた時も、僕は諦めなかった。

Discogs

JK - 何がユーザーを惹きつけたと考えていますか?

KL  - 「コレクション」と「ほしい物リスト」機能だと思う。情報を投稿すれば、自分のコレクションに追加できるし、自分の欲しい音楽が見つかればほしい物リストに追加できる。もしほしい物リストに追加した欲しいレコードが売りに出されれば、中古売買システム「マーケットプレイス」で購入もできる。つまるところ、ユーザーが自分の音楽コレクションを正確に管理したいと思う願望がDiscogsを使う一番の理由じゃないかな。

Discogsのコミュニティを支えるコアの部分は、音楽に熱狂的なユーザーたちが集まるだけでなく、音楽の知識を共有すること、そして、自分の音楽データベースだけでなく、他の誰かが使える音楽情報ライブラリーを作りたいという情熱で成り立っている。

Discogsのデータベースは、熱心な音楽好きが使う情報かもしれないが、僕たちは音楽に興味を示した子供や若者がアクセスして、知らなかった音楽に触れるキッカケになってほしいと考えている。そうすることで、音楽やその歴史、作品への関心が高まれば素晴らしいはずだ。

JK - これだけの膨大な情報をどう整理管理しているのでしょうか?

KL  - コンテンツのチェックにDiscogsのスタッフは関わっていない。それを行うのは、ユーザーたちだよ。100%ユーザー同士で情報をチェックし合う仕組みなんだ。以前は、Discogs社内のメンバーが中心に投稿内容を管理していたけれど、今はユーザーにお任せするようになった。誰かがあるアーティストの情報を投稿したとしよう。その投稿が行なわれたことがユーザーには通知される。もし内容に誤りがあれば、間違いを指摘する。このサイクルはDiscogsのユーザー同士で自然発生している。

実はDiscogsのスタッフには、情報を訂正したり情報を追加する専任スタッフは存在しないんだ。スタッフの仕事は主にDiscogsのサイトのメンテやフレームワークの運用、そしてサイト利用のガイダンスを提供することだ。データはユーザーたちの領域だよ。Discogsのスタッフ全員が、投稿されたデータは我々が専有する情報じゃないことを理解しているよ。

しかし、あまり知られていないかもしれないけれど、Discogsでは、投稿されたデータをパブリックドメインとして扱っている。全ての情報をパブリックドメイン・ライセンスに基づいて公開してきた。音楽データの利用を決めるのはコミュニティであって、単一の企業が監督するものではないとDiscogsでは考えている。

次ページ : Discogsが目指すゴールとは?

RELATED

【インタビュー】DYGL 『Cut the Collar』| 楽しい場を作るという意味でのロック

DYGLが先ごろ発表したニューEP『Cut the Collar』は、自由を謳歌するバンドの現在地をそのまま鳴らしたかのような作品だ。

【インタビュー】maya ongaku 『Electronic Phantoms』| 亡霊 / AI / シンクロニシティ

GURUGURU BRAIN/BAYON PRODUCTIONから共同リリースされたデビュー・アルバム『Approach to Anima』が幅広いリスナーの評価を受け、ヨーロッパ・ツアーを含む積極的なライブ活動で数多くの観客を魅了してきたバンド、maya ongaku

【インタビュー】Minchanbaby | 活動終了について

Minchanbabyがラッパー活動を終了した。突如SNSで発表されたその情報は驚きをもって迎えられたが、それもそのはず、近年も彼は精力的にリリースを続けていたからだ。詳細も分からないまま活動終了となってから数か月が経ったある日、突然「誰か最後に活動を振り返ってインタビューしてくれるライターさんや...

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。