Keep in Touch | クラブミュージックのゲートウェイを目指して

ダンス・クラブミュージック、R&Bにフォーカスしたプロジェクト「Keep in Touch」によるコンピレーション『Keep in Touch – Sounds of Summer 2025』が今月リリースされた。昨年のローンチとともに開始されたオーディションの総エントリー数200組超の中から厳正な審査を経て選ばれた6組が参加したダンス/エレクトリックミュージックの多様さを体現する作品となっている。
今作についてKeep in Touchクルーが参加アーティストや音源について紹介するPodcastを収録しており、この記事はその内容をテキスト化したものとなっている。
取材・構成 : 小林翔
- ダンス・クラブミュージック/R&Bにフォーカスしたプロジェクトとして2024年秋にローンチしたKeep in Touch(以下KiT)がいよいよ初音源となるコンピレーション・アルバム『Keep in Touch – Sounds of Summer 2025』をリリースしました。本作はプロジェクトのローンチとともに開催されたオーディションの通過者たちを中心とした音源が収録され、KiTというプロジェクトが志向するスタンスが凝縮された作品になっています。オーディション結果の発表の方法として、もともとコンピレーションの構想があったんでしょうか。
平林 - オーディションを通じて、ソングライター、トラックメイカー、プロデューサー、DJなど、クラブミュージックと接続する様々な才能が集まりました。それをどう発表するかを考えたとき、コンピレーションにするのが面白いのではと沖田さんから提案があったんです。
沖田 - 僕はニューウェーブ世代で、当時のインディーレーベル――例えばCREPUSCULEやélなどがリリースするコンピレーションが非常にクールなものとして記憶されているんです。また、コンピには『Motown Christmas Collection』みたいに季節ものの名盤も多い。今回集結した新しい才能をプレゼンする場として、「夏」というテーマでコンピをつくるのはいいプレゼンテーションになると思ったんですよね。
平林 - 制作はオーディション中から動き出し、最終的に7曲になりました。オーディションに応募してくれたデモをブラッシュアップしたものもあります。夏の朝から夜へと時間が流れていくようなイメージで構成しています。ミックスやマスタリングにはD.O.I.さん、illicit tsuboiさん、小森雅仁さんという素晴らしいエンジニアの皆さんに参加していただいています。プロジェクトのクリエイティブ・ディレクターとして参加しているStupid Kozoには今回のコンピ制作でA&Rに挑戦してもらいました。
Stupid Kozo - 普段プロデュースをするうえでは、サウンドの決定権というのは自分にあるわけです。A&Rの仕事は手探りでしたが、アーティストの強みを引き出すことを意識しました。とはいえ、各アーティストとはフィーリングが共通する部分も多かったのでスムーズな制作だったなと思っています。
- コンピレーションアルバムの制作を経て、KiTというプロジェクトが目指す方向性が明確になった部分もあったのではと思います。
平林 - KiTでつくる楽曲はDJが自然にかけることができて、フロアを沸かせることができるものにしたいと改めて思いましたね。クラブに行ったことがない人たちにとっては、楽曲がきっかけでクラブカルチャーに興味をもってくれる導線になったらそれが一番いいですね。
Stupid Kozo - クラブミュージックとしての本質を保ちながら、ゲートウェイとして機能する音楽をつくることに意味があると思っています。そうした視点から様々な人の手を経て今回のコンピも制作されています。普段スマホで聴いているリスナーも、ライブやクラブで聴いたときの低音や空気感の違いに驚くはずです。今後、よりクラブユースなリミックスや、現場でのイベントを重ねて、カジュアルに楽しめる形からコアな環境まで「湯加減」を調整しながら、自然とクラブカルチャーに慣れてもらえる動きをつくっていきます。
沖田 - クラブというのは新たな音楽のトレンドを生み出す源泉のような場所です。欧米ではクラブカルチャーがポップスへと影響していく流れがありますが、それは「いかに新しいものをつくれるか」というのをアーティストたちが追求しているからだと思います。日本においてもそうした文化を根付かせたい。クラブ未経験の人にも、音を浴びたときのフィジカルな快感を知ってほしい。KiTはこうした観点から「いま自分たちが興奮する音楽」を追求するプロジェクトです。最終的にはクラブを作りたいですね(笑)。ソニー・ミュージックはZeppも運営しているわけですから、それも夢じゃないと思うんです。
A&R陣による『Keep in Touch – Sounds of Summer 2025』楽曲解説
01|Ryu NAKASHIMA「思惟」

沖田 - 「2004年生まれ」としかバイオグラフィーを公開していませんが、実在人物です。僕の感覚でいうと、「クラブミュージックが大好きな詩人」ですね。
Stupid Kozo - 詩を書くことも音楽をつくることも自然体で、すぐに自分のやりたいことが出てくる正真正銘のアーティストです。楽曲にミステリアスな感じがあるのはミクスチャー感が理由なのかもしれません。Frank Ocean的なR&Bやエレクトロニカ、ラップといった音楽が彼のなかにフラットに並べられているような気がします。
沖田 - KiTとして最初に制作した楽曲だったのですが、非常に充実感がありました。「この先いいことしかないぞ」っていう。オーディション通過者であるReo Anzaiをプロデューサーに据えたのですが、予想以上のケミストリーが起こりました。
平林 - Ryu NAKASHIMAにとっては初めてのスタジオレコーディングだったのですが、あっという間に感覚を掴んでいく姿に驚かされました。ゼロの状態から、Reo Anzaiとのセッションを通して曲が生まれる瞬間を目撃できたのはA&Rとしてもとても大切な経験になりました。プロジェクトにとっても象徴的な楽曲になったんじゃないかと思いますね。
02|Stupid Kozo「Shakunetsu ft.さらさ」
平林 - ここまでしっかりシンガーの歌が乗った楽曲というのは、Stupid Kozoとしても初めてだったので挑戦だったと思います。
Stupid Kozo - 実際、さらささんのボーカル録りは沖田さんにリードしてもらったんですが「プロの仕事」を目の当たりにしてとても刺激を受けました。その場でスケールを分析しながらコーラスのアイデアを出したり、トラックの重ね方を提案してくれて、最初のスタジオセッションの段階でボーカル部分の骨子がほとんど出来上がっていたんです。
沖田 - 20年以上やってきた仕事ですが、ボーカルレコーディングはいつも緊張感があるものです。同じ歌でも同じコンディションとはいかないわけで、いいテイクを録る方法も毎回違う。そのぶん得るものも多いので楽しいんですが。"Shakunetsu"ではトップライナーとしてのさらささんの能力の高さを改めて感じました。ことばのハメ方がお見事でしたね。
Stupid Kozo - 現場で聴いていて一気に引き込まれました。さらささんの幻想的で揺れのある歌声が、R&Bドリルのビートにジャージー・クラブのキックが入るようなドラムパターンの曲に乗ることでいい意味でミスマッチ感がある面白い楽曲になっています。
03|mee mee mee「who do you love? ft. Rol3ert」

沖田 - もともと今回のKiTが実施したオーディションではシンガーも募集していたんです。残念ながら今回は通過者なしという結果になってしまいましたが、コンピレーションをつくるうえでプロジェクトが目指す方向性と響き合うようなシンガーに参加してもらうことが絶対に必要だと考えていました。男性シンガーの声にはこだわりがあるのですが、個人的にRol3ertさんはとても好きな声です。まだ19歳ですからね。すごい才能です。
Stupid Kozo - Rol3ertさんの歌声がとてもポップなので、それを活かして曲をつくりました。リファレンスにしたのは、Disclosureが手掛けたUKガラージの楽曲です。そのポップさとかっこよさのバランスを参照しつつ、mee mee meeのサウンドスケープのなかでどう実現できるのかを2人で試行錯誤しました。mee mee meeはベースを弾いたりキーボードを使ったライブセットで演奏したりと引き出しの多いタイプで、ポップでいい曲をつくる実力のある人です。
平林 - ボーカルものをどのようにディレクションして楽曲にできるかというのがプロジェクトとしての命題だったのですが、そこに対していい回答ができた曲だと思っています。
Stupid Kozo - Rol3ertさんもさらささんも、KiTのテイストが加わって、普段と少し違う面が見える楽曲をプレゼンテーションできたことがとてもよかったですね。
04|64DX「Let Me Know」

平林 - DaXxと64controllというユニットが合流して結成されたヒップホップグループです。3プロデューサー1MCという非常に珍しい編成が特徴ですね。すでに自分たちで『64DX』というアルバムもリリースしていて、ジュークやフットワーク、テクノ、ゲットーハウスといったジャンルとラップを組み合わせるようなスタイルです。たくさんのアイデアが一曲のなかに詰め込まれるグループなので、それを引き算しながらシャープにしていくことを意識して制作に臨みました。
Stupid Kozo - ラッパーのnessくんのポップなスタイルを活かしてキャッチーな曲にしたいと思っていました。一方で、ジュークやフットワークというジャンルは「だしの濃さ」が重要だと思うんです。だから、ディープなダンスミュージックの核となる部分は残しつつ、そこに64DXのポップさを融合させていくことを狙っています。
沖田 - 64DXで印象的だったのは、オーディション中に1曲でいいところ5曲くらい送ってきてくれたこと(笑)。でも、そのどれもがとてもいい曲だったんです。個人的にはDEVOみたいな、どこまで狙っているのかがわからない「バカさ」が全面に出てくるとすごいグループになると思っています。
05|TIMER「Baiu mirage ft. SHIHAL」

平林 - TIMERさんはもともとダンサーで、DJを始めたのはそのあとなんです。それが理由かはわからないですが、フィジカルな要素が楽曲に色濃く出るアーティストなんですよね。この曲も、遊んでいたら楽曲になってしまった……みたいな天然の素材の強さを感じる制作プロセスでした。
Stupid Kozo - 本人は狙っていないらしいんですが、自然とミニマルでストイックな楽曲になるんですよね。フィーチャリングのSHIHALさんは歌もDJもできるアーティストです。今回のウィスパー的なボーカルは、彼女が好きなErykah Baduとも通じるというか、魔女のまじないのようです。4つ打ちのビートに、意味があまりないようで妙に惹きつけられるフレーズが繰り返される楽曲で中毒性がすごい。思わず足が動く、いいクラブトラックがコンピに収録できました。
平林 - 実際、KozoもDJでこの曲をかけていて。ミックスは宇多田ヒカルさんや米津玄師さんを始めとしたアーティストのレコーディングを担当してきた小森雅仁さんにお願いしたんです。ダンスミュージックのミックスを小森さんが行うとどうなるんだろう?と、とても楽しみにしていたんですが、本当にばっちりな仕上がりで、TIMERさんも感動していました。
沖田 - ダンスミュージックというのは根本的にはレベル・ミュージックであると僕は思っています。ダンスというのは、権力者の圧政に対する人民の反抗なんですよ。このコンピに入っている楽曲すべてにそういった性質はありますが、TIMERさんがその最右翼です。
06|ggoyle「RIO ft. CEEKAY!」

平林 - 実は「RIO」はオーディションで応募してもらった楽曲です。選考中からKiTチームに人気で、夏っぽさも感じられる曲なのでコンピレーションに収録することになりました。
沖田 - 応募してもらったデモのときから出来上がった状態だったんですが、ボーカルを録り直したりとggoyleさんと話し合いながら詰めていった感じですね。
Stupid Kozo - デモ段階からボーカルも入っていました。ggoyleさんがサンクラで見つけたCEEKAY!さんという北欧のシンガーで、自分からDMして一緒につくったそうです。ggoyleさんの特徴である柔らかくてきれいな音像とノスタルジックな雰囲気がよく出た楽曲です。R&Bとバイレファンキがフュージョンしたようなバランスが面白いんですが、こういう様々な要素がブレンドされた雰囲気がKiTとして目指しているスタイルと合致していると思います。
平林 - 自分たちが標榜する「R&B」というジャンルはとても広い概念ですが、もちろんそのなかであれば何でもいいというわけではないんです。僕らが好きなR&Bの雰囲気をつくりあげて、コンピに収録できたということがとてもうれしいですね。
07|Reo Anzai「Niwa」

平林 - w.a.uというクリエイティブレーベルでプロデューサーをやりながら、これまでにSakepnkという名義のソロプロジェクトでも活動しています。いくつもの名義を使い分けている器用なアーティストなのですが、今回Reo Anzaiという自分の名前でリリースすることになって、目の色が変わったのを覚えています。彼のこだわりやスタンスが色濃く出た楽曲ですね。
沖田 - 坂本龍一さんが80年代以降探求してきたエレクトロニカからの影響が明確にあると思います。この曲には、リスナーが自分でもエレクトロニカをつくってみたいと思えるようなひらかれた雰囲気がある。新しい音楽へのゲートウェイになる楽曲というのはKiTとして取り組んでいることの重要な点だと思っています。
Stupid Kozo - K-LONEや彼が所属するレーベルのWisdom Teethの音楽というのがReo Anzaiとの共通点としてありました。こうしたクラブミュージックとエレクトロニカのバランスというのは意識した点かもしれません。Reo Anzaiはバイオリン奏者として客演をしたり、ライブセットやDJと幅広い活動をしていて、軸はエレクトロニカにあるんだけど、クラブミュージックの素養もとてもある。だからこそ、この楽曲もエレクトロニカなのにグルーヴィーで踊れる。このフュージョン感がKiTと共鳴している部分ですね。
Info

Keep in Touch - Sounds of Summer 2025
8 月 1 日(金)配信リリース
Tracklist:
M1. Ryu NAKASHIMA 「思惟」 (先行配信シングル 7/2 リリース)
M2. Stupid Kozo 「Shakunetsu ft.さらさ」(先行配信シングル 7/23 リリース)
M3. mee mee mee 「who do you love? ft. Rol3ert」(先行配信シングル 7/16 リリース)
M4. 64DX 「Let Me Know」(先行配信シングル 7/9 リリース)
M5. TIMER 「Baiu mirage ft. SHIHAL」
M6. ggoyle 「RIO ft. CHEEKAY!」
M7. Reo Anzai 「Niwa」
