【レポート】STUTSによる武道館公演は大感謝祭 | 「大きな拍手をです!」

STUTSはヒップホップだけではなくドラマ主題歌やCM音楽などを幅広く手がける日本を代表するミュージシャンのひとりだ。だがそんな彼の根本にあるのは、自身の名を世に広めたNY・ハーレムでのMPC路上ライブである。STUTSがなぜMPCというドラムマシンでライブするのか? その理由はいたってシンプル。MPCは生ドラムでは到達できない低音と音圧を出せるからだ。可能な限りデカい低音を出すことは、ヒップホップの数少ない約束事のひとつなのだ。

photo by Teppei Kishida
photo by Renzo Masuda

STUTSはヒップホップのトラックメイカー/MPCプレイヤーとして初めて、日本武道館でライブ「STUTS “90 Degrees” LIVE at 武道館」を6月23日に開催した。STUTSが「3、2、1」とカウントダウンすると一斉に客電が落ちて、縦長のLEDビジョンに“あの”路上ライブ以前から撮りためた写真の数々が映し出され、舞台中央でMPCを叩き始めた。イントロに続き“Renaissance Beat”から。前半はMPCのソロで、後半から岩見継吾(B)、仰木亮彦(G)、TAIHEI(Key)、高橋佑成(Key)、吉良創太(Dr)、武嶋聡(Sax, Flute)、佐瀬悠輔 (Tp, Per)というバンドメンバーが加わる。ヒップホップをメインに、さまざまな音楽性を吸収し、成長してきたSTUTSのあゆみを凝縮したようなアレンジだった。

photo by Teppei Kishida
tofubeats photo by cherry chill will.
Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS (photo by Teppei Kishida)
Yo-Sea & C.O.S.A. (photo by cherry chill will.)
SIKK-O & 鈴木真海子 (photo by Teppei Kishida)
Kaneee (photo by Renzo Masuda)
T-Pablow (photo by cherry chill will.)
北里彰久 (photo by Renzo Masuda)

ライブは前半から豪華すぎるゲストラッパーが次々と登場した。“One”にtofubeats、“Mirrors”にDaichi Yamamotoと鎮座Dopeness、“Pretenders”にC.O.S.A.とYo-Sea、“Summer Situtation”に鈴木真海子とSIKK-O、“Horizon”に北里彰久、“Canvas”にKaneee、“Presence V”にT-Pablow。STUTSがいかに多様なラッパーたちと曲作りしてきたかを改めて実感させられた。

photo by Teppei Kishida
photo by Tatsuya Hirota
KO-ney (photo by Renzo Masuda)

胸が熱くなったのは中盤。NYでの路上ライブを再編集した幕間映像を挟んで、クラシカルなブレイクビーツを使用したルーティンを披露した。「やってる途中にMPC壊れちゃいました」と外れたMPCの筐体パーツを見せると観客から笑いが起こる。「このMPCは高一の頃に買った思い出の品です。10数年前に中野heavy sick zeroでライブやった時、MPCが台から落ちてこのパネルが壊れたり」と愛機のエピソードを話してから、トラックメイカー/MPCプレイヤーのKO-neyを呼び込んだ。「KO-neyさんとは13〜4年前に知り合って、10年前とかに渋谷のFamilyってクラブで年に一回くらいのペースで二人でパフォーマンスをやってました。今日はそれを二人でやってみたいと思います」とMPC奏者二人が並んで演奏して見せた。

KMC (photo by cherry chill will.)

その後、盟友KMCを呼び込んで「いつか大きいとこでライブする機会があったらやりたかった」という“King”を二人でパフォーマンス。さらにバンドメンバーも加わって“Rock The Bells”を聞かせたあと、STUTSとKMCはステージで熱い抱擁を交わした。

G YAMAZAWA & 仙人掌 (photo by Tatsuya Hirota)
Campanella (photo by Renzo Masuda)
BIM & RYO-Z (photo by cherry chill will.)
JJJ (photo by Renzo Masuda)
OMSB (photo by cherry chill will.)
Awich (photo by Renzo Masuda)

後半はライブ定番曲でありながらMC二人が揃うのは初めてというG Yamazawaと仙人掌の“Ride”、Campanellaと鎮座DOPENESSの“Sticky Step”、BIM&RYO-Zの“マジックアワー”、BIMとの新曲、BIM&JJJによる“Voyage”、OMSBを迎えたJJJの“心”、JJJとの名曲“Changes”と、定番曲とサプライズを交互に繰り出していった。また、スペシャルゲストのAwichとは“タイミングでしょ”と同時期に制作していたという未発表曲をプレイした。

Ryugo Ishida (photo by cherry chill will.)
NENE (photo by cherry chill will.)
SANTAWORLDVIEW (photo by Tatsuya Hirota)
PUNPEE (photo by cherry chill will.)

クライマックスはDaichi Yamamoto、Campanella、Ryugo Ishida、北里彰久、SANTAWORLDVIEW、NENE、仙人掌、鎮座DOPENESSがマイクリレーした“Expressions”からのPUNPEEとの“夜を使いはたして”。PUNPEEはMVに出演したPUNPEE父と同じ衣装でステージに立った。“夜を使いはたして”は2016年に発表された言わずと知れた大名曲。この曲には「お茶の間じゃLowもカット/でもいつかのテレビ小僧もでっかいスピーカーの前で本物のRawを知り/一人前になる」というラインがある。「大豆田とわ子と三人の元夫」や「エルピス—希望、あるいは災い—」でSTUTSを知った人は、この武道館の「でっかいスピーカー」でSTUTSのビートを体験して「本物のRaw」を知ったはずだ。まさに本編のラストにふさわしい1曲だった。

photo by Renzo Masuda

“夜を使いはたして”のあと、STUTSは舞台に一人残って今日来てくれた観客、客演、バンド、スタッフに感謝の言葉を述べた。するとサプライズで、後ろのビジョンに松たか子からのバースデーコメントが。実はこの6月23日はSTUTSの誕生日。本人は「(武道館公演は自分の)生誕祭みたいな感じじゃなく、僕からみんなへの感謝祭みたくしたかった」と話していたが、その謙虚さが巡り巡ってこのサプライズにつながったような感覚になった。このコメントには本人もかなり驚いた様子で、その姿に場内からあたたかい拍手が起こった。

Mirage Collective (photo by Teppei Kishida)

アンコールにはYONCE(Vo/Suchmos)、butaji(Vo)、ハマ・オカモト(B/OKAMOTO’S)、須原杏(Vn)、林田順平(Vc)、大田垣”OTG”正信(Trb)、武嶋聡(Sax, Flute)、荒田洸(Dr/WONK)、佐瀬悠輔(Tp)、高橋佑成(Pf)によるMirage Collectiveでの初のライブパフォーマンスが実現。長岡亮介は来られなかったため、ギターはSTUTSバンドの仰木が代打を務めて“Mirage”を演奏した。加えて、STUTSバンドによる“Presence”のスペシャルリミックスバージョンも。松たか子のヴォーカルパートはbutajiが担当し、T-Pablow、Daichi Yamamoto、NENE、BIMというSTUTSでしか実現しえないメンバーがマイクリレーしていった。

photo by Teppei Kishida
photo by cherry chill will.
photo by cherry chill will.

“Mirage”、“Presence”の興奮冷めやらぬなか、「僕が最初にMPCを叩き始めたのはセッションだったんで、今日はこれだけ素晴らしいラッパーさんがいっぱいいらっしゃるので、最後はちょっとセッションの時間を設けられたらなと思ってまして」とSTUTSが話すと本日のMC陣が勢ぞろい。C.O.S.A.からスタートしたフリースタイルはJJJ、Campanella、PUNPEE、Ryugo Ishida、NENEとどんどんつながっていく。BIMがマイクを握る頃にはNENEがMPCをジャック。手が空いたSTUTSはフリースタイルで「ヒップホップが大好き」とラップした。

詳細を書ききれないくらい盛りだくさんのかなり長いライブだった。だがSTUTSはもちろん、客演もバンドも観客も、みんなが終始笑顔だった。STUTSは全ての客演、演者のパフォーマンス後、必ず「◯◯◯◯さんに大きな拍手をです!」と話していた。

本人はどこまで意識していたかわからないが、この武道館公演にはSTUTSが歩んできた道のりがすべて詰め込まれていたように感じた。日本語ラップが大好きで最初はラッパーを目指していたこと。高一でMPCを買ったこと。渋谷の小箱で自分のビートを焼いたCD-Rを配っていた大学時代。KMCが居候していたこと。トラックメイカーだけでなく、MPCを人前で演奏するようになったこと。JJJとの出会い。そしてNY・ハーレムでの路上ライブ……。その後、STUTSは「ヒップホップのトラックメイカー」という軸をしっかりと保ちながら、音楽性は柔軟にミュージシャンとしての高みを目指してきた。それが“Presence”であり、“Mirage”だった。

photo by Renzo Masuda
photo by cherry chill will.

ヒップホップのトラックメイカーがMPCを叩いて武道館の舞台に立つなんて、ひと昔前では考えられなかった。一歩間違えば退屈になってしまう危険性だってある。だが演奏はもちろん、音響、構成、演出がどれもしっかりと練りこまれていた。約3時間におよぶライブだったが、まったく飽きさせることなく、ずっと公演に没入していたので体感はあっという間だった。これも音楽のディテールまでこだわりつくすSTUTSの姿勢ならではと言えるかもしれない。実際、観客はアリーナから最上階まで常にハンズアップしていた。

なおSTUTSは11月に武道館とほぼ同じバンドメンバーで東名阪ツアー『STUTS "90 Degrees" Tour 2023』を実施する。各地で異なるゲストが登場するそうなので、こちらも楽しみなところだ。(取材・文 宮崎敬太)

photo by Renzo Masuda

Info

STUTS “90 Degrees” LIVE at 日本武道館

1. Budokan Intro

2. Renaissance Beat

3. One w/ tofubeats

4. Mirrors w/ Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS

5. Breeze w/ Daichi Yamamoto

6. Pretenders w/ C.O.S.A & Yo-Sea

7. Summer Situation w/ SIKK-O & 鈴木真海子

8. Conflicted

9. Horizon w/ 北里彰久

10. Canvas w/ Kaneee
11. Presence V w/ T-Pablow

12. MPC Routine Saturday

13. MPC Session w/ KO-ney
14. King w/ KMC

16. Ride w/ G YAMAZAWA & 仙人掌
17. Never Been
18. Sticky Step w/ Campanella & 鎮座DOPENESS 

19. マジックアワー w/ BIM & RYO-Z
20. ひとつのいのち (新曲) w/ BIM
21. Voyage w/ JJJ & BIM
22. 心w/JJJ&OMSB
23. Changesw/JJJ
24. 新曲w/Awich
25. Expressionsw/8MCs
26. 夜を使いはたして w/PUNPEE

En1.Mirage -MirageCollective-

En2. Presence Remix w/ BIM, Daichi Yamamoto, T-Pablow, NENE, butaji

En3. Session

En4. Seasons Pass

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