【対談】Kamui × 荘子it(Dos Monos)| 侵入者による対話

Kamuiと荘子itは出会うべくして出会ったふたりの才能と言えよう。両者ともにラッパーであり、自らビートも作り、そして鋭く現代的な批評精神を持ったヒップホップのアーティストだ。そんなふたりが初めて共作した“BAD Feeling”のビートはG4CH4が制作、ミックスはIllicit Tsuboiが手掛けた。

3-i というビートメイカー名義で最新のエレクトロニック・ミュージックを独自に解釈してきたKamuiと相性抜群のサウンドもさることながら、そこに参加した荘子itは所属するグループ、Dos Monosのときとは異なるやり方で勝負している。荘子itは、先日KamuiがWWWにて2日連続でおこなったライヴイベントの2日目のステージにも登場して異彩を放っていた。

“BAD Feeling”はサイバーパンクのラップヴァージョンと言える。その点がまず個人的に興味深かった。だが、話はそれだけに収まらない。ふたりに訊いてみると、制作前の両者の対話とそこから得られたアイディアも重要だった。そして、この曲は、まもなく発表されるであろうKamuiの最新アルバム『YC2.5』に収録される。

Kamuiと荘子itはさまざまな話題について真摯に、また愉快に語り合い、自分の意見を率直に述べてくれた。『マトリックス』やフィリップ・K・ディックなどを通じて語られるSF観、“BAD Feeling”のMVの撮影現場のエピソード、SNSや批評や現代のアーティストのあり方などについて。ふたりの侵入者の刺激的な対話である。

取材・構成 : 二木信

撮影 : 川谷光平

- ふたりの最初の出会いから教えてください。

Kamui -『Dos City』のリリパ(2019年6月6日/at「WWW」)を観に行ったときに紹介してもらって。もちろんその前から聴いていて、荘子itのビートへのアプローチが『Yandel City』(2016/以下、『YC』)のころの俺に似ていると感じていたし、哲学的で形而上学的なリリックも気になっていた。こんな変わったヤツもいるんだな、と。

荘子it - 俺のラップは、量的にも質的にもビートに対して過剰なリリックを重ねていくからいわゆる流暢なフロウとは違う。いまKamuiが言いたかったのは、そうしたエグみのあるノリは、『YC』のKamuiのラップの特徴でもあり、Kamuiと俺のビートへのアプローチの共通点でもあると。『YC』と『Dos City』のミックスはともにTsuboiさんがやっていて、そのTsuboiさんもKamuiのラップをそういうふうに評していた記憶がありますね。

- そうですね。TsuboiさんとKamuiくんの対談記事を書かせてもらったときに、「Kamuiくんのラップは気持ち良い、悪いかのどちらかで言ったら悪い部類に入る(笑)」「言葉数が多過ぎて入らない」「この生き急いでいる感じを出すために、『これはダメでしょ』に行く寸前のスレスレのところを狙って音を作った」と『YC』について語ってくれました。

Kamui - あと、“ブラックスモーカー・ヴァイブス”じゃないけど、日本のヒップホップカルチャーにはアンダーグラウンドの力がずっとあるじゃないですか。Dos Monosがそこを継承しながらも独自の音楽を作っていたから、そこにも近しいものを感じていましたね。

- Kamuiくんは『YC』のリリパ(2017年5月5日/at「恵比寿Batica」)にゲストとしてKILLER-BONGやDyyPRIDEを呼んでいました。一方、荘子itくんは、いま話が出たBLACK SMOKERが主催する『BLACK OPERA』にも出演した経験がありますし、まさに『Dos City』のリリパで「SIMI LABがいなければ俺らはいなかった」とMCで語ったのは個人的にも強烈に印象に残っています。

荘子it - 『Dos City』のCDの日本での流通は〈bpm Tokyo〉で、Kamuiが前にやっていたTENG GANG STARR(2019年3月に活動休止)もそうだった。俺は日本のヒップホップシーンにいまより疎かったし、そこで最初に「こういう面白い人たちもいるのか」と認識する。その一方でKamuiのソロ曲も聴いてみると、また違った熱いヴァイブスというか溢れるエネルギーを感じて。それでインタヴューを読んでみると、人物もすごく面白いなと。だけど、Kamuiが絡みの多かったトラップ系のシーンは自分にとってまったくのテリトリー外。だから、自分とは関係のないシーンの面白い人という認識だった。そんなKamuiが自分たちのリリパに来てくれたからすごく嬉しかったし、しかもちょっと話すと、“着飾らない無骨な人物”という感じが好印象で。その後、あるラジオでDJをしたときにKamuiの曲をかけて。

Kamui - “Tesla X”をかけてくれたね。

Kamui - それをDosと俺の共通のファンが(Twitterで)呟いてくれて気づいて。そこで俺は荘子itと作る気持ちがかなり高まったな。

荘子it - お互いの交流がそんなになかったからまさか本人に届くとは思っていなくて、Kamuiの耳に届いたのはあとから知って。

- なぜその曲をかけたんですか?

荘子it - 30、40分ぐらいのミックスを最近のお気に入りの曲で構成しようと考えたときに、唯一の邦楽のアーティストがKamuiだった。他には、自分たちが“Aquarius”をいっしょに作ったInjury Reserveの“Outside”、black midi“Hogwash And Balderdash”、Moor Mother“Zami”、あとBilly Woodsの曲なんかをかけて。たしかInjury ReserveのあとにKamuiの曲をミックスしたかもしれない。あの曲がなんかハマったんですよね。

- そうした楽曲のなかに自分の曲がミックスされるのは本人としてはかなり嬉しいんじゃないですか。

Kamui - ん~、それは光栄ですよね。好きだからかけてくれたんだろうし、音楽ジャンキーのこの人がそういう系譜のなかに入れてくれて素直に嬉しかった。だから、普段から交流していなくても会話できていたような気持ちになれた。

- そうした出会いを経てふたりは今回初めて共作したわけですが、“BAD Feeling”を一口に言ってしまうと、SF(サイエンス・フィクション)ラップではあります。

Kamui -『YC2.5』というアルバムのなかにおける“BAD Feeling”の意味が俺なりにはあるけど、それを抜きにしても、両者の思いが乗った曲が出来て良かった。

- 実際の曲作りはどのように進めて行ったんですか?

荘子it - デモ段階のKamuiのヴァースとフック、トラックを送ってきてくれて、「ここにハメてほしい」と。でも、依頼されたヴァースだけでは物足りなかったから展開をプラスしたよね。

Kamui - そうだった。荘子itは曲を作れるから勝手にヴァースを増やして曲の展開もいじってきたんだ。

荘子it - Kamuiからのリクエストは16小節を蹴って一個前のKamuiのフックに戻る展開だったけど、自分の小節数を24小節に増やして、さらにイントロにあった「can`t think」から始まるメロディ、フックをもう一度持ってきて。

Kamui - そうそう。荘子itのそのアイディアは俺も嬉しかったし、曲を作る前にいっしょに飲みに行ったのも大きかった。そこで曲に対する俺の思いを伝えて、荘子itも汲んでくれてリリックやラップに落とし込んでくれたから。

- そこでどんな話を?

荘子it - まず Kamuiが、大学のころにフランスの現代思想を勉強していて“侵入”というテーマで論文を書いたと。自分もそういう思想は趣味で好きだから、「どんな内容なのか?」と訊くと、「侵入する側や打ち込む側にもビビりとかがある。でも、とにかくぶち込まないといけない」と(笑)。

- ほおお。

荘子it - さっきエネルギーの話をしたけれど、 Kamuiの面白さ、すごさは、正と負の両ベクトルのエネルギーがあることだと思う。いまいわゆる正のエネルギーと言えば「このコロナ禍を乗り切って明るい未来を描いて行こうぜ!」みたいのがあって、Kamuiにもそういう面がなくはないと思うけれど、もっとBADな方向の、落ちていく方向のエネルギーも強い。さらに、正と負だけじゃなく、多方向へ拡散するエネルギーもある。恐怖もひとつのエネルギーのベクトルとしてあるだろうけれど、そこにも目を背けないでまず自分がすべてを食らって(笑)、それをアウトプットにつなげていく。“BAD Feeling”はそういう多方向のエネルギーの力を止めたり、その前で立ち止まったりしないでいちど食らっちゃう曲で、そういうのはKamuiとだったらできるなって。

Kamui - ただ、曲のテーマが“Bad Trip”だとすこしダサい。それはガチでドラッギーな世界になってしまうから。荘子itと『マトリックス』の話もして。ネオが仮想現実に入るためにジャック・インされるときにめっちゃ痛そうな顔をするシーンを観ると、何度経験しても慣れないイヤな痛さなんだなって想像できる。だけど、仮想現実には快楽もある。ドラッグも最初はそうで、「これはどうなるの?」ってイヤな気持ちになったり不安になったりするけど、喉元を過ぎれば快楽を得られる。“BAD Feeling”はそうしたジャック・インする瞬間や喉元の気持ちの悪さをパッケージしている。だから、音楽としても絶対に異質なものが含まれるべきだった。G4CH4のビートも変だし、俺はトラップ以降のサウンドでラップしてきた俺なりのスキルを出しているけど、そこに荘子itが乗ることで意味がわからなくなる。こういうビートで荘子itはゴリゴリにラップをしたことがなかったから。

- たとえば、日本のヒップホップの文脈のなかで、SFラップを考えると、THA BLUE HERBの“未来世紀日本”やSHING02の“星の王子様”を筆頭に、基本的にストーリー・テリング、つまり物語にも比重があると言えますが、“BAD Feeling”はその点がちょっと違いますね。

荘子it - 俺はいわゆるSF的な物語や未来的な舞台設定が好きなわけではなく、日常性と切り離された感情や思考が得られるものにSF的な魅力を感じる。たとえば、アピチャッポン(・ウィーラセタクン)の映画を観ることでもSF的なものを感知できたりする。それに比べれば、最近普及してるメタバースなんかも、基本的には現在において把握可能なものと未来のヴィジョンとが地続きなわけで、そういう設定や議論自体はありふれていて驚きがない。だから、むしろ“BAD Feeling”ではそうした未来とされる舞台設定を細かくフェティッシュに描くよりも、そこでの感覚のリアリティを歌おうとしている。この前、俺の家に来たKamuiがフィリップ・K・ディックの『ヴァリス』という小説を見つけて、「この小説を読んで『スター・ウォーズ』がSFではないことに気づいた」って言っていたけど、そういうことだと思う。

Kamui - うん、あったね。

荘子it -『スター・ウォーズ』の未来の舞台設定はたしかにめちゃめちゃ細かいけれど、登場人物の造形は古典的。他にも、“なろう系”みたいに、主人公の人格はそのままに異世界で転生したとしてもあんまり面白くない。それはけっきょくその舞台設定がアトラクションに過ぎないからで、主人公自身の自己同一性がめちゃめちゃになって元に戻れなくならないと意味がないし面白くない。“BAD Feeling”は物語や舞台設定ではなく、そうした異世界に行った人間の考え方が変わってしまい元に戻れない、そのフィーリングを描写している。それはSFの悪夢的な側面にフォーカスしていると言えるかもしれないし、自分が変容することが作品の主題になっているのがいいなって思う。

Kamui -『YC2.5』というアルバムの舞台設定は俺のなかに前提としてあるけど、“BAD Feeling”もそうだし、1曲だけで1から10まで説明するものではない。アルバムのトータルで世界を描くから、“BAD Feeling”はそのなかの大事なパーツであり重要な1曲だね。

- “BAD Feeling”のMVは、ふたりが描き出す世界を伝える上でとても重要ですよね。

Kamui - あのMVの監督は、“Tesla X”と“疾風 Shippu”を撮ってくれたOudai Kojimaですね。ストーリーも“Tesla X”と紐づいている。

荘子it - 俺はOudaiに撮ってもらうのは初めてだったけど、彼はすごかった。まず現場で渡された立派な絵コンテや資料に壮大な世界観が描かれていて、俺は最初この規模感でこれは表現できないんじゃないかと思った。ところが、実際仕上がった映像はそれを満たすどころか、105%ぐらいの仕上がりで驚いたね。

Kamui - あれは驚きだよね。俺も“Tesla X”で衝撃を受けた。まずMVを作るときに、あんなにカッコいいプロットを見たことがなかった。俺が「ホントにいけるの?」って訊くと、「こういう技術やカメラがあってこうすればできます」って返してきてしかもカタチにする。

荘子it - Dos MonosのMVの制作でもそうだけど、最初の映像をもらった時点ではどうしてもリズムやノリをもっとこうしたいという要望をすることになる。Oudaiの場合はそれが一切なかった。デモの段階でバリバリに完成していて。

- 特にディレクションはなかったんですか?

Kamui - 俺はOudaiに「普段やれないことをやっていいよ」って言っています。というのも、彼もいまや売れっ子にもなってもっと大きな仕事では縛りもあるだろうから、俺のMVの撮影では「Oudai Kojimaワールドで俺を拡張してくれ」って。Oudaiは俺のことを好きだから、曲の世界観を視覚的に拡張してくれるとわかっていますね。今回は予算をそれなりに贅沢に使っていろんな色のレーザーを使ったけど、その上でモノクロにしてきているのも彼のアイディアだった。

荘子it - 現場もすごくいい雰囲気だったよね。俺も一回混ざったけど、めちゃめちゃ忙しい撮影現場で合間に缶蹴りしたりケイドロしたりしていて(笑)。

Kamui - 死ぬほど大変な状況でやってた!(笑)。

荘子it - 大変な状況でもすごく楽しそうにしていて。しかも、撮影開始の朝はいなかった撮影クルーが途中から手伝いに来て大所帯になったし、撮影部隊が「おぁぁ~、来た~!」って沸いてさ。撮影部内では「あいつが来た!」っていう人物らしいんだけど、俺らはわからない(笑)。

Kamui - でも、あとで聞いたらこれまでのKamuiのMVを撮ったカメラマンが全員集結したってことだった。

荘子it - そういうことだったのね!その日もKing Gnuとかを撮っているカメラマンが「Kamuiは絶対ヤバいから撮りたいと思っていた」と話していて。だから、Kamuiの音楽を聴いている層の密度が濃いと感じたし、それは俺も嬉しくて。

Kamui - そうね。俺の音楽はまだそこまで再生されたり、多くの人に知られたりしているものじゃないけれど、そういう現場で会ったり話しかけたりしてくれる人のなかにそういう人物がいると、「自分がやりたいことをやっていればいいんだな」ってあらためて思うよ。

- それこそ、今回の“BAD Feeling”のミックスを担当したのも、初期からKamuiというアーティストの作品を手掛けてきたIllicit Tsuboiさんです。

Kamui - Tsuboiさんが今回のマスタリングをBaby Keemの『The Melodic Blue』もやったりしているNicolas De Porcel(ニコラス・デ・ポーセル)にお願いしたいと言ってきて。その人はRoddy Ricchもやっているらしいんですけど、その話をされたとき、俺、そんな人がやってくれるのはウソなんじゃないかと思って。

荘子it - あははは、そこでウソつかないでしょ(笑)。

- そんなウソはないよね(笑)。

荘子it - Dos Monosの『Larderello』のミックスをしてくれたのもTsuboiさんだったけど、そのアルバムをLPにするときに俺はハイ寄りだった音をミッドとローの強い腰のある音にしたかった。そこでTsuboiさんに相談すると、Billie Eilishのマスタリングをやっているエンジニア(John Greenham/“bad guy”や“my future”を手掛けた)がいいと教えてくれた。俺からすると、「マジでそんな人にやってもらえるんですか?」っていう感じだったけど、Tsuboiさんは常に自分のミックスした音を誰にマスタリングしてもらうかを考えているんだと思う。もちろん、そのときの予算次第でもあるけど、今回は実際、その人にリマスタリングしてもらった。

- ふたりはマスタリング前の音を聴いているわけですよね。ニコラスのマスタリングで何が変わりました?

Kamui - この前Contactでやった『感電-KANDEN-』(KamuiとJUN INAGAWAが共同主宰するパーティ)で荘子itとライヴして、この曲はクラブで聴くとぜんぜん違うぞと。AirPodsの聴き心地の良さには寄せていなくて、フェスで通用する音にしていてそれは衝撃だった。

荘子it - 上質な音になったよね。デモのときのバキバキのキンキンな感じから深い音になった。

Kamui - そもそも“BAD Feeling”はそんなに低音が出ていないんだけど、クラブで最初のピアノのジャーンって音を聴いたときに半端なかった。まさにそこでこの曲の世界にジャック・インする。

荘子it - Roddy RicchもBaby Keemもよくある重低音で攻める音ではなくて、もうちょっと中低域あたりに深さがある。最初にKamuiから送られてきたデモのフックを聴いたとき、メロディだけで言えば、Linkin Parkに似ていると思ったもん。仮にこの曲をもうちょっとハイ寄りのゼロ年代っぽい仕上げにしたらかなり古臭くなるキワキワの曲だとは感じた。でも、そのヴァイブスがありつつもいまの音になっているのが面白い。

- なるほど。ちなみに、曲のテーマは侵入ということで、SFの話もしましたが、いま、たとえばNetflixで観られるものをはじめとして欧米のドラマや映画でもSF作品がいろいろありますが、そういうのは観ますか?

荘子it - あまりNetflixは観ないですね。SFと言えば、やっぱりフィリップ・K・ディックの小説が好きです。

Kamui - それは俺も間違いなくある。フィリップ・K・ディックがSFにハマるきっかけだったし、もちろん映画の『ブレードランナー』もそう。

荘子it - そもそも映画の原作がフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だからね。

Kamui - たとえばドラッグ漬けだった後期のフィリップ・K・ディックが幻覚で現実と小説の区別がつかなくなって行くにつれて、もともと何が現実なのか混乱するSF小説がさらにグチャグチャになっていく。そのグチャグチャを見せていくのも表現としてアリなのかとすげえ身近に感じられて。宇宙人が出てきてどうしたとかではなく、何かを摂取したことで宇宙までぶっ飛んで、それが何かを解き明かすカギになるかもしれないという点で、フィリップ・K・ディックの小説には影響を受けた。

- ふたりで飲みに行ったとき他にはどんな話をしたんですか?

Kamui - 自分にとって損になるかもしれない衝動を抑えることができず表出することは、アートとして大事なことのひとつではないかと、そんな話をしましたね。たとえば、Kanye Westは常にエネルギーもアイディアもあって作品を作り続けているけれど、人間性によって損している面がある。言わなくてもいいことをツイートしたりして。でも、そういう負の部分が最後の人間性であり人間臭さなんじゃないかと。だって基本、人は売れたら自分の現状維持を選ぶだろうし、組織化したら組織のことを大事にする。それは当たり前だと思う。でも、組織ごとぜんぶ崩れちゃうような危うさが俺は好きで。

荘子it - Kanyeはそういう地位や現状維持よりも、他人からすればわりとどうでもいい感情のこわばりを表出する方向に行っているよね。

Kamui - 俺はああいうのをユーモアとしても捉えているから。地位が高くなればなるほど誰もその人をいじったりしないけど、いじる要素って人と人とが地位や権力を抜きにつながるときには大事で。もちろん相手に嫌われるかもしれないし、そうやって侵入している側が侵入されている危険性を孕んでもいるわけだけど、そこの危うさが自分にとって人生のひとつのテーマだから。

荘子it - 作品を世に出す発信者は侵入者とほぼイコールだと思うけど、その発信者が出すときにいい意味でビビっていないと意味がないというか、出すことで変わっていかないと面白くない。上手く計算してバズらせるとか、そういう考え方は発信者が受け手に対して一方的にやっているだけでしかなくて、発信者がこれを出すとどうなってしまうんだろうという、ある種の怯えを抱えながらも出すことによって変わっていくやり方がいいと思う。

- うん、面白い話ですね。

荘子it - Kanyeはボケの能力があるんだと思う。アイロニーとユーモアは二項対立になるけれど、アイロニーは皮肉だし、世の中や他人や自分の振る舞いに対してツッコミを入れて面白さを発揮すること。一方、ユーモアは漏れ出る人間味のことだと思う。で、いまの世の中はツッコミに溢れているけれど、ユーモアが決定的に足りていない。

- いまのユーモアとアイロニーの話はすごく面白いですね。しかもそれは基本的にはSNSやインターネットを舞台にして起きていることを想定して話している部分も大きいと思いますが、2人はSNSやそこでのプレゼンスについてどんな意見を持っていますか。

Kamui - いまのラッパーはすべての情報で闘うじゃないですか。Twitter、インスタ、YouTube、TikTokなんかを使って自分をブランディングして出していく。自分を広めるためにそういう手段を使うのはもちろん大事だと思うけど、そういうのに囚われると身を滅ぼしかねないし、それこそまさにジャック・インしたまんま戻って来られなくなるぞと。自分はそのあたりのバランスはすごく考える。THE ORAL CIGARETTESといっしょに曲をやったあとに、ORALのファンが俺の発信にすごく反応してくれた。俺が個人的にORALの好きな曲をツイートしただけで、めっちゃ「いいね」をくれて。それはだいたい普段の10倍以上ぐらいだったけど、それは怖いことでもある。

Kamui - そうしたインプレッションがわかってしまって、そういう反応をもらえる方に俺が仮に自分の感性を向けて発信し始めたら、Kamuiとしていままでやってきたことが変わってしまう。たまにインスタで「あのラッパーはブランディングが上手い」みたいなファンのコメントを見かけるんだけど、ブランディングが上手いから褒めるのとか止めな、大事なのは曲だろって。

- その意見にはげしく同意しますね。

Kamui - ブランディングには金がかかるし、裏でいろんなものがつながって成立しているものだから。もちろん、こっちはこっちでそういうのも頑張るけれど、「ブランディングでアーティストを褒めるような見方はみんな止めようぜ」と。そいつが無名だったとしても良い曲を作ったときに、その曲をちゃんと評価していく文化的土壌を作らないといけない。俺はそういう警鐘を鳴らすインスタライヴをやっていますね(笑)。

- 素晴らしい!!

荘子it - もちろん、アーティストが作る曲にも期待はしているんだろうけれど、現代のアーティスト像が変わったと思う。アーティストがかつての「ヤバい世界を見せてくれる人たち」から、「この世界で上手くやっているヤツら」に変わってきている。

Kamui - それは、そういう感じがするね。

荘子it - うん。特にラッパーなんてそういう憧れ方をされるよね。知り合いでもなければ、本来は距離が遠い存在のはずなのに、SNSでリプライも送れるから近い存在と錯覚されてしまう。そうなると、自分らと同じ世界で上手くやっているヤツらという捉え方にもなるだろうし、そういう面まで評価の対象になり始めている。それはもう避けられないけれど、アーティストもファンもそうじゃないヤツらがもっといてもいいなとは思う。

Kamui - 作品の内容の深みより、その人間の立ち振る舞いや立ち回りが評価の対象になる時代でもあるからね。それと基本的にみんなが盛り上がっているところに乗れないのが前提にあるから、いまの一生懸命SNSをやる風潮が白けて見える一方で、同時にすごいなとも思う。そもそも俺が10代のころにSNSやYouTubeがこれほど浸透していなかったから、デモCDをカッコよく作ることでしか自分を広められなかったという原初的な体験がある。そこは、うるさい頑固おやじ的なヴァイブスがあるのかもしれないけど、そういう頑固なところが自分の個性を磨いていく何かになるとは思う。

- 荘子itくんはDos Monosのファーストを出して以降、トークイベントに出たり、批評やエッセイを書いたり、テレビの仕事もしたり、活動の幅も一気に広がりましたけれど、そこで見える景色が変わってどんなことを考えましたか。

荘子it - 作品を作って世に出すだけじゃなく、批評もやってみて、批評もかなり厳しい状況にあるとは感じて。それは、世の中の大半の人はガーシーの話を聞きたいのに、ごく少数の人たちに向けてヒップホップのビートに関するトークとかをしているわけだから。Dos Monosもバグというのをテーマにしているし、Kamuiも侵入をテーマにしている。ただ、そう考えたときに、現実問題として、上部構造の1%の文化の領域で仮に革命を起こしたとしても、下部構造の経済の領域に踏み込んでいかないと大きく物事は動かないわけで。

Kamui - 侵入というのはサイバーパンク的に言えば、わりとハッキングに近い考え方。いまバグという話が出たけれど、俺が荘子itにシンパシーを感じているのも、システムにウイルス的なプログラムを入れ込むことによって何かを変えていく、という発想を持っているからでもある。

荘子it - だけど、マクロな戦略でそういうことを考えたり、やったりしているうちに、自分のなかの衝動や情熱が枯れていってしまう。そこがいちばんの問題。しかも、昔からハッキングで世の中や社会を変えるとか言う人はいるけれど、けっきょく構造のなかに取り込まれてもいるわけで、いちばん重要なのは、“こわばり”であり続けることだと思う。それだけじゃダメなんだけど、そういうヤツもいなきゃいけないし、誰しもどこかでそういうものを持ってないといけない。Kamuiは、そういうこわばりや情熱があるし、人のルールへの合わせなさや、何よりも言うこと聞かなさがある(笑)。俺はそういうエネルギーをもっと集めてやっていきたいと考えているね。

Kamui - だから、全体を見て、自分はどうするべきなのかを考えたり、何かに乗っかるのか、乗っからないのかも大事だったりするけど、やっぱり後先を考えない衝動の大事さはあるし、そういうことをしていきたい。

-『YC2.5』はどういう作品になりそうですか?

Kamui - 『YC2』は抽象度の高いコンセプトありきだったけど、今回は舞台背景や人物描写とか提示するものはしようと考えていて、そこはもうラップ脳ではなく、シナリオ脳、物語脳の領域に入っていますね。『YC』や『YC2』よりはわかりやすく描写はしていると思う。

- 『YC』のリリパではアルバムのために書いたシナリオを配布しましたよね。

Kamui - シナリオもふわ~っとは書いているけど、音楽でそれをすべてやることのつまらなさがあるからあえて省いていますね。音楽はあくまで最終的には気持ちよくなってもらいたいし、俺がぜんぶ1から10まで説明するのは違うなと。『シン・エヴァンゲリオン』もすべては提示し切らないですよね。だから、いつか荘子itに批評してもらいたい。荘子itと話すと、こちらが仕掛けていないワードも汲み取って笑ったりしてくれるので、それがすごい嬉しい。荘子itみたいなヘンな人が世の中にはもっとたくさんいるわけで(笑)、そういう人らに届いてほしい。

荘子it - ふふふっ(笑)。Kamuiのファンは熱狂的だから、Kamuiが作品を完全に説明してしまうとそこで世界観がフィックスしてしまう。でも、それじゃあつまらない。ひとりの人間が作ったものが二次創作的な欲求も駆り立てて、次の作品や次の創造力につながっていくのが面白いわけで。いま『シン・エヴァンゲリオン』の話が出たけど、あれもそうで、最初のテレビ・シリーズを観てしまってその後の人生が微妙に変わるってことが作品の意義であって、Kamuiもそういう存在であったほうが良くて、カルト的なファンを囲い込んでエンターテイメントにするのではなくて、色んな人々を刺激する存在であってほしい。そしたら自分もいちリスナーとして応えたいし、Kamuiが作った作品に積極的に介入してくるクリエイターやリスナーがいちばん大事なんじゃないかと思う。

Kamui - 俺は閉鎖的なのがめっちゃ嫌い。名古屋の閉塞的な環境で育って、それに嫌気が差して東京に出てきて音楽をやっているから、自分を知ってもらうというのは俺のいちばん大事なエネルギー。わかんないヤツはわかんないでいいよ、というふうにはしたくない。すべての人たちが影響を与え合っていけばいいと俺は考えているし、そこで説明したいけど、全部は説明したくないというジレンマが生じる。いまの音楽は批評する必要のないものもたくさんあるから、リスナーは増えたけれど、批評の影響力は弱まっているとも言えて、俺はそれがすごく悔しい。音楽はもっと深いものであって、それで衝撃を受けるから虜にもなるし、作り手である自分はそういう音楽を作りたい。すげえ厳しい批評とかちゃんと着眼点を持った批評があるからこそ俺もちゃんと曲を作らなきゃなってなるし、二木さんもそういう存在であってほしいし、俺もちゃんと提示するからいろんな広がりを期待したいっすね。

荘子it - まず批評がなんで大事かと言えば、作品をよく見ると、売れているものであっても実はたいしたことないものもあるし、逆に、あまり注目されていないけれど、実はめちゃめちゃヤバいものもある。そういう当たり前のことに気づかせてくれるのが批評の魅力のひとつ。アーティストと観客だけになると、それこそ「この世界で上手くやっているヤツら」がいちばんカッコいい存在になる。だって、フォロワーが多くて、発言力や影響力がある方が人間としてはカッコよく見えるから。そこに第三の論理を持ち込むのが批評の役割であって、それをやるのはべつに批評家じゃなくてもよくて、そういう瞬間が批評的であるということ。いまは売れていないかもしれないけれど、「すごいヤバい」とか、逆にすごく調子が良く見えるけれど、作品がじつはたいしたことがないとか、そういうことが同時に語られることが健全。だから、Kamuiが一発逆転の武器としてカッコいいデモCDを作ることが原点にあるのはすごく大事だと思う。

Kamui - だから、俺はあくまでも音楽で評価されたい。Kendrick Lamarにしろ、彼はイケイケのビルボードの文脈で評価されているというより、批評家が評価しているのも大きいわけでしょ。もっとそういうのを日本のリスナーにも知ってほしいし、日本のヒップホップがそういうカルチャーになるには、自分たちがもっと頑張って、もっと語りたくなるような、しゃべりたくなるような作品を作ったり、そういうアーティストになったりする必要がある。

荘子it - いまヒップホップが日本で流行っているとはいえ、Kendrick Lamarのサウンドの新しさを語るというのは、日本のヒップホップシーンにおいてはまだまだ周縁的な領域と言わざるを得ない。それに対して、宇多田ヒカルがR&Bテイストや海外の新しいビートを持ち込んだ面白さをJ-POPの文脈のなかで批評的に語る方が日本のなかでは圧倒的にスタンダードとして流通している。そもそもヒップホップのサウンドの革新性を語る以前に、ヒップホップが日本のメインストリームに浸透している段階が、数十年続いているとも言えるから、日本だとどうしても、J-POPという成熟した文脈における革新として宇多田ヒカルを語る方が強くなるよね。“BAD Feeling”を出す前に宇多田ヒカルに『BADモード』を出されちゃってね(笑)。

Kamui - いやあ、これだけは言わせてもらいたいですけど、俺がいちばんびっくりしていますよ。

荘子it - でも『BADモード』が出る前に、“BAD Feeling”のデモはあったから後追いではなく、共鳴しているということだね。

- いまの話を聞いて、ふたりはヒップホップをやっているという意識を強く持っているのか?と訊きたくなりましたね。

Kamui - 俺はありますよ。俺はよく「Kamuiはジャンル関係なくやっている」って誤解されるけれど、めちゃめちゃヒップホップを意識してやっているし、自分がラッパーであることを誇りに思っている。Eminemがわざわざ「俺はラッパー」って言わないのと同じですよ。Eminemは「俺は白人だけど、ヒップホップのラッパーとしてぶちかます」っていう意識を持っているだろうけど、俺は自分がラッパーっぽくない変なことをすることによってヒップホップが盛り上がっていってほしいっていう願望がある。だから今回の“BAD Feeling”もジャンルはヒップホップ以外のものではない。俺は今回のMVで、最近のラッパーはなよなよしているヤツが多いから、タンクトップで筋肉を見せる“50 Centヴァイブス”でやるけれど、サウンドはどこかヘンっていうラッパーとしてのこだわりがある。ただのマッチョかよと言われちゃうかもしれないけど(笑)。

荘子it - 俺の場合はラップを始めるのが20歳をこえてからとめちゃめちゃ遅いし、元々はバンドマンで、音楽性もアティチュードもヒップホップのなかでは異端なことをやっているけれど、最終的にヒップホップがいちばん好きというのはある。そこは斜に構えたくない。J DillaやMadlibの音楽がなければ、Dos Monosはできなかったし、その文脈に依存しながらモノを作っている自覚があるから。それに、もっとずっと過去のジャズを引き継いでやっている感覚もある。べつにノールーツで完全なるオルタナティヴ・ミュージックをやっているつもりはないし、そこが目標でもない。ヒップホップに俺らみたいな音楽があったら、ヒップホップ全体が面白くなるだろうという意識でやっているから。

Kamui - 今日話してきたように、荘子itとはいろんな共通項があるけれど、決定的な違いは俺が上京しているということ。2人とも架空の街を自分のマインドで作り上げて『Dos City』と『YC』という作品をそれぞれ作ったけど、そういうのはいまの自分の居場所の空虚さを埋めるものでもある。ただ、現実的に名古屋から東京まで移動してきたというのはフィジカルなもので、その最後の肉体的なもので、荘子itにいっしょにやろうぜと言うし、他のラッパーも誘うし、avengers in sci-fiともやる。俺と荘子itはふたりとも性格は内向的だろうけど、東京に出てきたっていう俺の最後の外交性でいまいろいろやろうとしている。

荘子it - じっさいにDos Monosの現場に足を運んでくれたのもKamuiだし、連絡をくれたのもKamuiだった。一方の俺は東京でぬくぬくと待っていた(笑)。だから、Kamuiという聖火ランナーが持ってきた火を大きくする係りが俺だね。

Kamui - それを快く引き受けてくれたから今後も何かやっていきたいなって。

Info

Kamui「BAD Feeling (feat. 荘子it)」

https://bit.ly/3xoTt9F

Kamui『YC2.5』

...coming soon

▼Kamui

名古屋市生まれ 。「3-i」名義でプロデューサーとしても活動。

2017年にラッパーなかむらみなみらとTENG GANG STARRを結成し、2018年に1stアルバム『ICON』をリリース。2019年のグループ解散後もソロとして精力的な活動を続け、自身の主催するパーティ「MUDOLLY」を開催。同イベントに出演していた新鋭ラッパー達と新たなプロジェクト「MUDOLLY RANGERS」を始動するなどシーンの新たな台風の目となる存在となった。2022年クラウドファンディングで300%オーバーを達成し、アルバム『YC2』のデラックスver.である『YC2.5』をリリースする。

Twitter:https://twitter.com/kamui_datura

Instagram:https://www.instagram.com/kamui_3_i/

▼荘子it

1993年生まれ、トラックメイカー/ラッパー。中高の同級生のTaiTan、没と共に、3人組ヒップホップクルーDos Monosを結成し、2019年に米LAのDeathbomb Arcから1stアルバム『Dos City』をリリース。Dos Monosがリリースする全曲のトラックとラップを担当する。古今東西の音楽、哲学やサブカルチャーまで奔放なサンプリングテクニックで現代のビートミュージックへ昇華したスタイルが特徴。Dos Monosとしての活動と並行して、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も行なっている。

Twitter:https://twitter.com/ZoZhit

Instagram:https://www.instagram.com/so_shi_it/

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SCARSやSWANKY SWIPEのメンバーとしても知られ、常にアクティヴにヒップホップと向き合い、コンスタントに作品をリリースしてきたレジェンドラッパー、BES。

【インタビュー】CreativeDrugStore 『Wisteria』| 11年目の前哨戦

BIM、in-d、VaVa、JUBEEのMC4名、そしてDJ/プロデューサーのdoooo、ビデオディレクターのHeiyuuからなるクルー、CreativeDrugStore(以下、CDS)による、結成11周年にして初となる1stアルバム『Wisteria』がついに発表された。

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【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。