2020年上半期の重大トピックVol.4|by 長畑宏明

2020年の上半期は新型コロナウイルス感染症によって全世界的に、あらゆる領域の活動がストップ、もしくは著しく制限された半年だった。音楽やファッション、アートなどのカルチャーの領域でも、もちろん大きな影響は出続けており、まだライブやイベントを中心に正常化には至っていない状況だ。

そしてさらにはアメリカでの複数の警察官による黒人殺害事件をきっかけに、再びBlack Lives Matterの抗議活動も盛り上がりを見せ、NonameとJ. Coleによる論争に派生、ジャンル名などの変更も行われるなど、音楽シーンにおいても重大なトピックとなったのは間違いない。

FNMNLではそんな激動の2020年の上半期を識者が選ぶ重大トピックで振り返る企画をスタート。第四回目にはインディペンデントファッションマガジン『STUDY』の編集人である長畑宏明が登場。

長畑宏明が選ぶ2020年上半期の重大トピック

1. 古き良きプレッピースタイルの終わり 〜J.クルーとブルックス・ブラザーズの経営破綻〜

今年前半、J.クルーとブルックス・ブラザーズが相次いで経営破綻したことは、古着を通してプレッピーを代表するこれらのブランドたちに親しみを覚えていた身からすると、なかなかショックな出来事だった。僕にとってJ.クルーといえば、野暮ったい2色のコットンアノラック。そしてブルックス・ブラザーズといえば、首元がすぐにダメになるんだけど、それも含めて愛せる薄手のコットンシャツ。大量生産のブランドではあるので品質は別にスペシャルではないが、「よれても色あせしても、全体の空気は損なわれない」という意味において、両ブランドの洋服は息が長い。古着界隈の評価も十年単位で安定しているし、僕も年にそれぞれ1着は何かしらを購入している。どんな階級/ジャンルの間でも一定の人気があり、「けっして嫌われないアメリカの大衆ブランド」といえばこの2つだった。

ただ、いくら古着で評価されていたとはいえ、2ブランドの新品を好んで買い続けている人なんて自分のまわりにもほとんどいなかったのも確か。プレッピーの代表的なスタイルは、ボタンダウンのシャツにネイビージャケット、チノパンにローファーだが、今のリアルなアメリカンカジュアルはTシャツに短パンだし、自分の場合もここ数年間は夏が暑すぎるせいでTシャツの数だけがどんどん増えている気がする。

その意味で、元BAND OF OUTSIDERSのスコット・スタンバーグが5年前に始めたEntireworldの安価な家着路線は大正解だった。プレッピーという概念を今の時代にあわせて進化させている例も、あるにはあるのだ。古き良きプレッピーに賛成票を入れたいのは山々だが、現実はどこまでもリアル。だから、この2ブランドが経営破綻しても僕には「残念だ」とSNSにポストする権利はない。同じく、映画『Do The Right Thing』の酔いどれ市長よろしく真夏でもジャケットとシャツ姿で街を歩き回る根性のないやつら全員に、その権利はない。日本でいう民事再生法の適用を申請した両ブランドは、これから再生の道を模索していくという。またブルックスに関しては、ジャパン社が財務的に独立した単独の法人として運営されているため、日本人には実感がわきにくいかもしれない。ただ、私がこのニュースを目の当たりにして実感したのは、好むと好まざるとにかかわらずスタイルはつねに更新されていくということ。もし一人のオーディエンスとして現実ではなく理想をサポートしたいのであれば、自らのファッションを通して体現する他ないのだ。

*9月11日、Jクルーは新オーナーの元での再出発を発表

2.「新しい過去」が未来を作る 〜コレクションブランドによる古着へのアプローチ〜

2年ほど前、スウェーデン発の人気ブランドOur Legacyのデザイナーに取材した際、彼が「H&Mのように大量に作って大量に捨てるサイクルには我慢ならない。だから、過去にリリースした洋服をいろんなアプローチで作り直して、Workshopというプロジェクトのもと発表しているんです」と教えてくれた。セレクトショップやブランドが在庫を安く売りさばくサンプルセールは一般にもすっかり定着したが、それをブランド自らリメイクしてもう一度売るという発想は、ありそうでなかった。しかも、「持続可能性」というコンセプトを先取りしていたWorkshopのアイテムは最新シーズンのものと比べるとだいぶ安くて、ざっと半額程度。つまり、自分たちの手で自分たちのブランドの「古着」を生み出している、という感覚である。

2020年、サスティナビリティはファッション業界の合言葉となった。7月には、Y/PROJECTが2021年プレ・スプリングコレクションの中で、デニムなど過去のアイテムを再解釈する「Evergreen」というラインを発表。Collina StradaやBODEのようなインディペンデントな人気ブランドも、メインで使用するのは不良在庫やデッドストックの素材だ。ファッション業界はもともと過剰生産/過剰在庫が悩みの種だったから、古着の再活用はそれを一気に解決できる可能性もあり、もはやこの流れは止められないだろう。ヴァージル・アブローが「そろそろストリートファッションは衰退して、本格的に古着へ移行する」と発言して「あんたがそれ言うんかい」と話題になったが、僕もまったく同意だ。その中で、ブランド自ら古着を打ち出す、あるいはアーカイブをブランディングするという方向性は、持続可能性の文脈からいっても健全だと思う(一方、古着を使うのではなく「再生可能な素材を新しく作りだす」という行為に持続可能性があるかどうかは、正直よく分からない。気候変動問題はとっくに「新しいもの/素材を作らないこと」が求められるフェーズに突入している気がするのだが……)。

ファッションとは不思議なもので、数年経ってはじめてその良さがわかる、というアイテムが少なくない。つい最近もあるブランドの展示会へ行ってデザイナーの履いているパンツを褒めたら、「2年前の展示会に出していたよ」と返された。まったく覚えていない。つまり、過去は現在の視点からいくらでも新しくできるということ。“ものづくり”にはまだまだ希望がある。

3. ローファイを許容し始めたハイファッション 〜sacaiのECをめぐる議論〜

今年6月、sacaiがブランド初のオンラインストアを開設した。その中でブランドを取り巻く業界人らが着用モデルとして登場していて、さらに写真がiPhoneっぽいローファイな画質だったことが賛否両論を巻き起こした。普段からsacaiを愛用するオーディエンスの一部は「洋服の素晴らしさを表現できていない」と期待が裏切られたことに怒り、外野の人たちは「これがお洒落、なのか……」と戦慄した。たしかに、かつて広告キャンペーンにCraig McDean(イギリス出身の高名な写真家)を起用したブランドイメージからはちょっと予想外だったが、商品ページに入ればちゃんときれいなブツ撮りが掲載されているし、何よりこのローファイなイメージは欧米のファッション界隈における新しい潮流なので、「世界的なブランド」の振る舞いとしては完璧に正しい。

例えば、いま何度目かの絶頂期にいるフォトグラファーのJuergen Tellerはスマホで撮影した写真を自身の作品として発表したことがある。また、コロナ禍のさなか製作されたドイツの雑誌『System』の最新号は、複数パターンあるカバーがすべてリモート会議アプリのスクショ(?)で、見事にガサガサ。それはもちろんコロナ禍という状況を反映させたものだが、同時に、この質感を現代における「ハイクオリティ」として堂々と提示しているように見えた。

イメージだけでなく、プラットフォームの価値観にも大きな変化が見られる。7月のはじめ、Harry Stylesが着用したJW ANDERSONのニットカーディガンを手作りで再現する動画がTikTokでバズったことがあった。少し前であれば、TikTokのようなプラットフォームはハイブランドにとってマイナスのイメージに捉えられていたはず。だが、デザイナーのジョナサンはそれにすぐさま反応して、なんとカーディガンのパターンをウェブ上で公開したのだ。

イメージやプラットフォームに「ハイファイであること」を求めなくなったのは、何も演者がステージを降りたからではなく、そのオーディエンスの日常に眠るモチーフにある種のハイファッション性を見出し、新しく価値付けをしてステージ上で発表している、ということ。これをコミュニケーションと呼ぶか搾取と呼ぶかは人によって判断が異なるだろう。だが私は、己の美学だけで世の中のアートを判断するような姿勢をとるくらいなら、せめて時代の波をサーフしたい。

上半期印象的だったコレクションやアイテム、イベント

1.  Jacquemus 2021 Spring/Summer

大人気Jacquemusの、稲穂をゆらすコレクション。これ以外にもマルセイユの海辺だったり、プロヴァンスのラヴェンダー畑だったり、近年Jacquemusはデザイナー自身の出身国であるフランスの美しき場所をフル活用している。コロナ禍を経てコレクションの大義名分が問われる中、「それでも見たいコレクション」ランキング堂々の第一位がこちら。

2. 下北沢に新しい古着店「Mu」がオープン

https://www.instagram.com/mu._s_h_o_p_/?hl=ja

今年の2月、高円寺「Mecha」のスタッフだった貴志浩平さんが、下北沢の茶沢通りに古着店「Mu」をオープン。このお店のラインナップがすさまじい。このお店のラックに陳列されていなければ目もくれようとしないだろう洋服たちが、めちゃくちゃ輝いて見える。ファッションの批評行為として鋭利なのだ。これはローカルな話題のようで、実は世界のカッティングエッジでもある。もしヴァージル・アブローやアレッサンドロ・ミケーレに東京を案内する機会があれば、このお店へ真っ先に連れていくと思う。

3. 展示『ドレス・コード?─ 着る人たちのゲーム』

https://www.operacity.jp/ag/exh232/

ファッション系の展示は8割が絶望的なほど退屈、というかそもそも展示として量質ともに成立していないケースが多いのだが、本展示は格別。古今東西のブランド/スタイル(コード)をマネキンと写真で紹介していきながら、後半には都築響一による「いやいや、北九州の成人式が一番イケてるでしょ」というちゃぶ台返しが待っているという流れも含めて、着ることの根源的な喜びがかなり包括的にレペゼンされていた。ファンタジー(ブランドルック)と日常(ドキュメンタリー)を行ったり来たりしながら、誰しもがファッションのプレイヤーになりうることを見事に証明していたと思う。なお、展示は今年8月30日まで。

『STUDY』編集人・長畑宏明

1987年、大阪府生まれ。2014年にファッション雑誌『STUDY』創刊。先日、外出自粛期間中に制作されたPDFマガジン『STUDY7.3』を発表。昨年、世界的ダンサー/コリオグラファー・RIEHATAの初雑誌『RIEHATA RED』や、「移動生活」にフォーカスしたカルチャーマガジン『Hopping Magazine』の編集を手がける。その他、「THE FASHION POST」などでインタビュー多数。先日、紙媒体の『STUDY8』をリリース。

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