【インタビュー】Ican Harem (Gabber Modus Operandi) | 宗教と伝統、そして反骨精神

Ican Harem(イチャン・ハレム)という人物をご存知だろうか。彼はこの年末WWWでのカウントダウンギグを控えたGabber Modus Operandiの一員でありながら、複数のアートコレクティブにも参加するペインターであり、パフォーマーであり、アーティストである。また自身のファッションプロジェクトも立ち上げている。日本では彼のような人物を「マルチアーティスト」とでも括るだろう。このインタビューを読めばこの使い古されたフレーズが、いかに空虚で利便性を追い続ける日本が生んだ言葉かがわかるだろう。幼少期からイスラム教に触れながらインドネシア激動の時代の政治状況を体験してきたイチャン・ハレムは、アートという神に助けられ常に反骨的であり、イスラム教の穏やかさを持ち、バイクの排気で埃立つバリの灼熱の路上、あるいはマグマのような情熱を持った人間である。

取材・写真 : 寺沢美遊

通訳 : Harumi

- イチャンは今はバリに住んでますよね。出身はどこでしたっけ?

Ican Harem(以下イチャン) - スマトラ島のアチェ州チョギレという村で育ったんだけど、本当に森とさとうきび畑しかないような田舎だよ。両親も砂糖工場で働いてたんだ。

- インドネシアは長い独裁政権時代があったと思うんですが、子供の頃はどんな風に過ごしてましたか?

イチャン - 僕が育ったチョギレという村は、基本的に家にはテレビが無くて、親戚の誰かが持っているのを見にいくんだ。その時流行ってたのは仮面ライダーとか。当時は国営放送局と私設放送局の2つしかなくて、朝から公立の小学校に通って、帰って来てから3時から5時までムスリムの学校に行ってイスラム教の勉強をするんだ。そのあと5時から7時まで親戚の家で仮面ライダーを見て、そのあとに7時から9時までイスラム教を教えてくれる地元の名士の家に行ってまた勉強してたよ。

- へぇ!アチェの子供達はそんな風に過ごすのが一般的ですか?

イチャン - スマトラ全体がそもそも宗教色が強いんだけど、その中でも特にアチェ州、更にチョギレという僕が育った村はより濃く宗教色が強いエリアだったと思うよ。小学校6年間はずっとこんなサイクルだったかな。

- その後は?

イチャン - 中学と高校でまたイスラムの学校に入るんだ。今思うと宗教の学校ばっかりだなぁ(笑)。12,3歳くらいになって、だんだんこう…本当にやんちゃでどうしようもない子供だったんだけど。タバコは勿論だし、クサを売って過ごしたり、何回も盗みをしたりして…。ある時、畑のココアの実を盗んで転売してたら捕まってしまったんだよね。地元中に知れ渡って両親も恥ずかしいと思ったのか「正しい教えを」ってメダンという街の寄宿舎のある学校に入れられたんだ。でも本当に悪い事がしたかったわけじゃなくて…

- お金に困っていたとか?

イチャン - それもあったけど、当時のアチェはインドネシアから独立して一つの国家を作ろうとしてた時代で。AK-47を持ってた反政府勢力の先輩がいたんだけど、クサもめちゃめちゃ吸うし、とにかく不良の先輩に憧れてたんだ。子供の頃から内戦状態っていうのをずっと見ていて、こういう人が大人だと思ったんだよね。インドネシア国軍がよくアチェに来るんだけど、反政府勢力が銃を持って国軍にアタックしたりとか、逆も勿論あるし、それが日常。インドネシア国軍は子供には仲良くするんだ。「インドネシアは一つになった方がいいよ」って教育してくれるんだけど、激動の時代がずっと続いていたし、スハルト政権で経済状況も全然良くない、いくら政府がそう言っても心は独立側だったよ。この混乱は90年から98年くらいまでかな、結局しばらくは続くんだけど。それで2005年のスマトラ沖地震で限界が来てアチェの独立運動は強制的に収束されたんだ。地震と津波が来て、結局アチェは国に助けを求めなきゃいけない状況になったんだよね。

 

- 日本の90年代では全く想像出来ないような状況です…。イチャンの原点はこうしてアチェで見てきた壮絶な景色が大きいようですね。アートや音楽にはどうやって触れていったんですか?

イチャン - メダンの寄宿舎に入ってから先輩からGuns N' Rosesを教えてもらったんだ。これがロックンロールとの出会いだな。寄宿舎はあまり外出の自由は無かったんだけど、イドゥルフィトリという年に1回の断食明け大祭で街に出た時に、デビュー作の『Appetite for Destruction』のカセットをゲットしたんだよね。寄宿舎では音楽は禁止で…特に西洋の音楽なんてもってのほかだったんだけど。『Appetite for Destruction』のポスターを寄宿舎の部屋に貼ってたんだよね、サタニズムとクリスチャンがモチーフの(笑)。それがある日先生にバレて1週間刑罰を受けたんだ。本当に酷いよ!人前で殴られたり人前で丸刈りにされて、掲示板に「この者は洋楽を聴き、悪魔に身を捧げたので口を利かないように」って掲げられて(笑)。その時に「何で好きな音楽を聴いてるだけでこんな目に遭わなきゃいけないんだ?」って深く傷ついたんだよ。だけどこの罰を受ける中である先生が「何でこんな事になってるの?」って話しかけてくれて、そして「こういう音楽を聴いてるのは僕と君だけの秘密にしよう」ってSepulturaのカセットを貸してくれたんだ。

その先生がSex PistolsとかSlayerとかMarilyn Mansonのカセットを貸してくれて「これがメタルだよ」「これがパンクだよ」って教えてくれたんだ。アフマッド・フィトリアント先生。ちなみにさっき話したAK-47持ってクサ吸ってた反政府の先輩はフィトリ先輩っていうんだけど、どっちも「聖なる」っていう意味の名前なんだ。セイントに縁があるのかも。『聖闘士星矢』も好きだし(笑)。

- 私は今年初めてインドネシアに行って、インドネシアの人がとりわけハードだったり、ノイズやエクスペリメンタルな音楽が好きな印象があったんですが、何か理由がありますか?

イチャン - インドネシアに限らず他の国もそうだけど、やっぱり政治とか経済に対して怒ることがあるから、それが自然と音楽に繋がってるんだと思うよ。でもパンクっていう音楽性で反骨精神を表していたのは少なくともスハルト政権までだよね。それ以降はパンクやメタルもエンターテインメント化してしまったし、今のジョコウィ大統領もメタル好きを公言しているし…。ジョコウィ政権になってから反骨精神のあるキッズたちはノイズとかエレクトロニックな音楽で表現するようになったよね。ノイズとパンクは名前は違うけど密接な音楽だと思うんだ。

- 自分でパフォーマンスをするようになったのは?

イチャン - 寄宿舎時代は学校の壁を乗り越えてスタジオに入ったりしたんだけど(笑)、人前でギグをやるようになったのは大学に入ってからだね。Nokia Pom Pom BoysのメンバーだったDitoに誘われて Cang Kang Serigala(チャン・カン・セリガラ)というバンドを結成したんだ。

大学がジョグジャカルタってエリアにあったんだけど、ジョグジャって芸大がすごく多い街なんだよね。だから街にギャラリーがたくさんあって、色んなオープニングパーティでギグをやって結構人気だったんだ。音楽以外に絵も描くし衣装も作るし何でもやったよ。

- チャン・カン・セリガラ時代からどうやってガバやGabber Modus Operandiに出会っていったのでしょう?

イチャン - 実はGabber Modus Operandiを結成した時に初めてちゃんとガバを聴いたんだ(笑)。2017年にDenpasar Kolektif(デンパサール・コレクティブ)というフェスがあって、友達のカズヤと結成したユニットでギグをする予定だったんだけど、カズヤが急遽出演できなくなって代わりを探してて呼んだのが、今のGMOの相方カス。カスの家は機材がたくさんあるんだけど、ギグのために色々試行錯誤してたんだよね。最初はダブステップとかハウスの上で歌っていたんだけど、最初はBPM130ぐらいで、それを少しずつ上げていって…で、最終的にBPM200にして歌ったらしっくりきたんだ。これがGMOのプロトタイプだね。

- デンパサールコレクティブでの手応えはどうでしたか?

イチャン - すごく評判が良くて、そこから色んなところで声がかかるようになった。それまでPuxxxi Maxxx(プッキーマックス)って名義で活動してたんだけど Nusa Sonic(ヌサソニック)というフェスに出るためにの主催のWok The Rock先輩(YES NO WAVE MUSIC主宰)にデモテープを送ったら、「この名前だと出せないよ…」って指摘されて改名したんだ(笑)。それで98年頃にジョグジャカルタで活動していたメディアアーティストコレクティブ「Geber Modus Operandi」から敬意を込めて名前を使わせてもらう事にしたんだ。精神性をコピーしたといってもいいよ。テクノロジーをアートに落とし込んだ作品だったり、当時にしては先進的な事をやっていたんだよね。僕たちは音楽の「Gabber(ガバ)」に掛けたんだけど「Geber(ゲベル)」はインドネシア語で暴走族がバイクを吹かす時の行為のことなんだ。

- Gabber Modus Operandiのインスタでは頻繁に改造バイクが登場しますよね。インドネシアはバイクが主要な交通手段として身近な存在でありながら、一方で過剰にデコレーションするのは何故なんでしょう。

イチャン - 先進国ではテクノロジーは機能でしかないけど、インドネシアではテクノロジーはデコレーションなんだよね。デコレーションとしてテクノロジーを使う、っていう観点。このModus Operandi(*ラテン語で犯罪者のやり方・手口の意)が美学なんだよ。機能的であらゆるものを削ぎ落とすような西洋的な観点で何か作ることはGMOは興味がないんだ。そういうインドネシアの各地で起こっている神秘的な部分が僕たちにとっては未来的である、ということなんだよね。

- 日本にもヤンキーがバイクをデコレーションする文化はあるんですよ。

イチャン - 自己満足だよね。自分のアイデンティティを見せるんじゃなくて、好きだからやってる。ヤンキーが大人になってタイガーとか鯉とかのタトゥーをいれたりするでしょ?(笑)機能とか関係ないんだ。それが心の底から好きということ。

- Gabber Modus Operandiの音楽はガムランの要素を取り入れてますが、イチャンにとってガムランはどういう存在ですか?

イチャン - バリに住んでるし、どこでも演奏しているし…ガムランの音を聴くのが日常なんだ。特にバリは昼の12時と夕方6時にラジオでガムランが流れてくるから、取り入れるのは自然なことだよ。カスは家の隣が自治会なんだけどいつもガムランの練習の音が聴こえてくるよ。

- 日本は街を歩いてても伝統的な音楽が流れてくることはないからその感覚がすごく不思議ですよ。

イチャン - エキゾチックな要素としてガムランを使った曲って結構あると思うけど、単なるエキゾチックな意味合いだけでガムランを使うのは嫌なんだよね。エキゾチックな要素っていうのは植民地的な観点を感じてしまうし。西洋人がガムランをサンプリングして作った曲は 「外人」的発想だと思う。植民主義を感じてしまうんだ。GMOがガムランを取り入れるのはテクスチャーではなくて心から好きだからということなんだよね。

- イチャンは根底に反骨精神を持っているけど伝統的なものや宗教に対するリスペクトもあるんですよね。

イチャン - もちろんパンクが好きだし、寄宿舎に入れられた時はいわゆる伝統文化は好きじゃなかった。でもバリに住んでから日本人にも会うしアメリカ人にも会うしヨーロッパ人にも会う。そういう環境の中で自分の国の文化を再確認するようになったんだ。

- 宗教の勉強をたくさんしてきたなかでその影響を今感じることはありますか?

イチャン - 実はGMOのパフォーマンスにイスラム的な要素を入れてる部分があるよ。一番最初に「アッサラーム・アライクム」っていうイスラム教の挨拶をするんだけど「あなた方の上に平穏がありますように」っていう意味で、イスラム教の人たちはこれに「ワライクム・サラム」って返事を返すんだ。

-「アッサラーム・アライクム」に「ワライクム・サラム」。

イチャン - アフリカとベルリンのベルグハインでやった時にその返事があったよ(笑)。バリっていうとヒンズー教のイメージがあるけど、僕らはイスラムがアイデンティティであるということを伝えたい。イスラム教ってニュースで見るとテロリズムとか攻撃的な部分ばかりフィーチャーされてイメージが良く無いけど、もっとチルな人種だよって言いたいんだよね。

- イチャンについてGabber Modus Operandiのメンバーとして認識している人も多いはずですが、元々は絵や服も創作するアーティストですよね。その話も聞きましょうか。イチャンと友人たちの拠点であったRumah 23(ルマ・ドゥア・ティガ)というアーティスト・イン・レジデンスについて教えてください。

イチャン - Rumah 23は僕たちの発展を助けてくれた存在だと言いたい。先進的なことをやらせてくれた場所であり、Rumah 23の一部になれたことはとてもラッキーだと思う。展覧会や音楽、ディスカッション、トークショー、上映会とかありとたくさんのことをしてきた。そしてそれはほとんどすべてGMOの初期を形成する要素となった。クリエイティブで先進的な考え方はバリ島のコンテンポラリーカルチャーを作ったといってもいいよ。もし当時の自分に声をかけるなら、「お前はなんて幸せなやつなんだ」って言うね。クリエイティブで先進的で、自分のアイデンティティについて再認識する場を提供してもらったからね。

*Rumah 23内のギャラリースペース。イチャンやその仲間たちの作品が常設されている。

- HAREMというファッションプロジェクトを始めたきっかけは?

イチャン - 自分のためだよ。自分のために服を作る事でアイデンティティを助けるんだ。例えばバンドTシャツを作るのも、そのバンドが好きだからレペゼンしたいと思ってる。だけどオリジナルのもは高いから、自分で作る事で自分のアイデンティティはここにあるんだって言いたいんだ。何で自分で作るのかって言ったら安いからだよね(笑)。でも作るプロセスが好きで自分で自分のそういう部分を発見した時に、すごく自分のことが好きになったんだ。大衆の市場ではそれは生みだしてくれないんだよね。自分で自分のものを作ることで自分中の市場を開拓するんだ。ニーズがそこにあって、自分でそれを作るわけだからね。

- ギグ以外では今はどんなことに集中したいですか?

イチャン - 1月にバリで行われるRavepasar(レイヴパサール)という、コンテンポラリーアートとレイヴが融合したフェスの準備と、洋服のアップサイクリングだよ。

- 大晦日にWWWでのパフォーマンスが控えてますが、当日来られるオーディエンスにメッセージを。

イチャン - 12月31日から1月4日まで日本にいるよ。高円寺のSUB Storeにできるだけ長く入り浸りたいと思ってる。ギグでは僕が「アッサラーム・アライクム」と言ったら是非「ワライクム・サラム」って返してみてね。

- 今日はありがとうございました。テレマカシー!

イチャン - とうもろこしー!(日本語)

Info

タイトル:INTO THE 2020
日程:12月31日(火)
会場:WWW / WWW X / WWWβ
時間:OPEN / START 21:00
チケット:ADV. ¥3,500 / DOOR ¥4,000(税込 / オールスタンディング / ドリンク代別)※未成年者の入場不可・要顔写真付きID
e+ / ローソンチケット[Lコード:75226] / iFLYER / RA / WWW店頭
LIVE:田我流 / Gabber Modus Operandi / GEZAN / LEX /Lim Kim / SANTAWORLDVIEW / Tohji / VaVa
DJ:悪魔の沼 (Compuma / Dr.Nishimura / Awano) / Aspara / ∈Y∋ (BOREDOMS) / KM / Mari Sakurai / Mars89 / MOODMAN / Mr. Ties / okadada / suimin / リョウコ2000 / Yoshinori Hayashi / ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U / YOUNG-G、MMM(stillichimiya/OMK)
COUNTDOWN VJ:Akiko Nakayama / pootee

RELATED

【インタビュー】DYGL 『Cut the Collar』| 楽しい場を作るという意味でのロック

DYGLが先ごろ発表したニューEP『Cut the Collar』は、自由を謳歌するバンドの現在地をそのまま鳴らしたかのような作品だ。

【インタビュー】maya ongaku 『Electronic Phantoms』| 亡霊 / AI / シンクロニシティ

GURUGURU BRAIN/BAYON PRODUCTIONから共同リリースされたデビュー・アルバム『Approach to Anima』が幅広いリスナーの評価を受け、ヨーロッパ・ツアーを含む積極的なライブ活動で数多くの観客を魅了してきたバンド、maya ongaku

【インタビュー】Minchanbaby | 活動終了について

Minchanbabyがラッパー活動を終了した。突如SNSで発表されたその情報は驚きをもって迎えられたが、それもそのはず、近年も彼は精力的にリリースを続けていたからだ。詳細も分からないまま活動終了となってから数か月が経ったある日、突然「誰か最後に活動を振り返ってインタビューしてくれるライターさんや...

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。