『Why Not Listen To ?』 Vol.1 feat. Deb Never、Lil Tecca、Kiana Ledé、Snoh Aalegra、Marco McKinnis、AYLØ
新連載『Why Not Listen To ?』がスタート。今や世界の音楽シーンではジャンルの垣根を越えて、数え切れないほど多くのアーティストが活動しているが、音楽フリークにとってそれを全部追うのは少々無理がある。そこで、FNMNLでは編集部が各月毎にオススメのアーティストをピックアップ。彼らの簡単なプロフィールをはじめ、音楽性、オススメの楽曲などを紹介していく。アーティストをディグするときの参考にしてもらえると幸いだ。
Deb Never
先日、ついにデビューEP『House on Wheels』をリリースしたDeb Never。現在、アメリカはロサンゼルスを拠点に活動する彼女は、そのロサンゼルスを拠点に活動する名門レーベルWEDIDITに所属するアーティストだ。WEDIDITはShlohmoやRL Grimeを擁するクリエイティヴ集団で、いわばトラップの生みの親とも言われるコレクティヴである。そう聞くと、Deb Neverもトラップアーティストだと思う人もいるかもしれないが、それは少し異なる。正直彼女の音楽は1つのジャンルで括ることが難しい。もちろんトラップの要素もあるが、オルタナティヴっぽさもあればインディーっぽさもあり、エモ、グランジっぽさもある。音楽ジャンルの垣根が無くなってきた現代らしいアーティストだが、『House on Wheels』の1曲目に収録されている楽曲“Ugly”はまさにそれだ。BONESやNight Lovell、Lil Aaronらに楽曲提供をしてきたDylan Bradyが作ったビートはピアノの音が哀愁漂うトラップビートだが、その上に乗るのはDeb Neverの美しい歌声だ。彼女の歌声と上手くいかない人間関係について歌ったリリックも相まってより儚さをたたえた楽曲となっている。そんな彼女はPigeons & Planesのインタビューにてグランジやエモの影響を明言しており、「今は自分の音楽を通して、私がNirvana、Radiohead、Brand Newを聴いて育ったのと同じ気持ちを伝えようとしている」と語っている。
彼女が最初に注目を集めたのは、2018年にリリースされたWEDIDITに所属するD33Jの楽曲“Nothing Left”だ。
Lil Tecca
彼に関しては本来取り上げるべきだったかもしれないが、なかなかタイミングが合わず取り上げて来られなかったので、この企画で扱うこととする。Lil TeccaことTyler-Justin Anthony Sharpeは2002年生まれ、ニューヨーク出身の現在16歳のラッパーだ。彼といえば今年の5月にYoutubeで公開された“Ransom”のMVが大バズりしたことが記憶に新しい。再生回数はなんと現在、1億1千万回を超えている。
まるで周りのことに興味など無いかのような気の抜けた顔、気の抜けたラップと癖になるフロウが謎の中毒性を生み、最終的に全米シングルチャートでも最高5位まで登りつめた。Geniusのインタビューにて、彼は“Ransom”について「全部フリースタイルでやった。Juice WRLDがやっていたのを見て、俺も自分の曲をフリースタイルで作ることにした」と語っているが、先日“Ransom”のJuice WRLDが参加したリミックスヴァージョンが公開されている。
そんな彼はついに先日、デビューアルバム『We Love You Tecca』をリリース。17曲と最近の流行りに対して、ボリューミーな作品となっているが先述したとおり、彼のどこか気の抜けたような軽いラップのおかげでサラッと聴ける良作だ。同アルバムには、SoundCloud時代に発表していた楽曲“Did It Again”や“Molly Girl”なども収録されているが、プロデューサーにはJuice WRLDやXXXTentacionらとヒット曲を連発してきたNick MiraやLil Skiesの盟友Menoh Beatsを迎えていることもあり曲の完成度は高い。わずか16歳であることに加え、1曲の大バズりで一気にサクセスを掴むという極めて現代的なラッパーである彼だが、そのラップスキル、声質は唯一無二の物がある。Lil Teccaのサクセスストーリーはこれからも続いていくだろう。
Kiana Ledé
Kiana Ledéは1997年生まれの22歳、ロサンゼルス出身のシンガーだ。そんな彼女の名を一躍広めたのが、2018年にリリースしたシングル“Ex”。メロウなトラックに乗せて、‘Ex(元カノ)’になりたくないという恋心を歌ったこの曲は自身初の全米R&Bチャートトップ10を記録し、彼女の代表曲となった。
上記の動画はKianaがVevoのライヴ企画『Vevo DSCVR』に登場したときのもの。彼女の確かな歌唱力が分かるはずだ。ちなみに彼女はキャリアの最初にカヴァーを集めたEP『Soulfood Session』をリリースしているのだが、Post Maloneの“White Iverson”のピアノアレンジなど、彼女のハスキーかつエモーショナルな美声を存分に味わえる作品になっているので是非聞いてみてほしい。
その後Kianaは自身の楽曲をリリースしはじめるわけだが基本的に彼女の楽曲は“Ex”も含め、自身にまつわる出来事を等身大で表現している曲が多い。最新EP『Myself』のリリースの際に行われた、Billboardのインタビューで彼女は「私は私のことにしか集中していないし、自分の人生で何を得るかっていうことにしか集中しない」と語っており、そこからも曲作りに対する姿勢がうかがえる。代表曲の“Ex”が収録されたデビューアルバムの『Selfless』では持ち前の歌唱力とメロウでキャッチーなビートが合わさり、往年のR&Bを上手く現代風に昇華していたが、最新EPの『Myself』ではOffsetをフィーチャーしたアップテンポでバウンシーな楽曲にも挑戦しており、今後さらに音楽の幅を広げていきそうだ。
Snoh Aalegra
スウェーデン出身のシンガー、Snoh Aalegra。先日、No I.D.をエグゼクティヴプロデューサーに迎えた2枚目のアルバム『-Ugh, those feels again』をリリースした彼女のキャリアは今回紹介する6人の中でも長く、約20年に及ぶ。これまでCommonやVince Staples、Logicなど多くの著名ラッパーとコラボしてきた彼女だが、ここ日本での知名度はそれほど高くないと感じる。現在、32歳の彼女はロサンゼルスを拠点として活動。そんな彼女の楽曲はKianaが現代のR&Bなのに対して、90年代から00年代の往年のR&Bを想起させるものが多い。実際、彼女は過去のインタビューでJames Brownや、Michael Jackson、Whitney Houston、Princeから影響を受けていると語っている。そのセクシーでソウルフルな歌声からAmy Winehouseとも比較されるSnohだが、題名からも分かるようにニューアルバムの『-Ugh, those feels again』は、デビューアルバム『Feels』の続編的立ち位置だ。個人的には7曲目に収録されている“Love Like That”が今作のハイライトだが、このアルバムについて彼女はBillboardのインタビューで「(今作には)『Feels』よりも、よりポジティヴで魂を感じるような曲が多い。なぜなら、私は(『Feels』をリリースした)2年前とは違う場所にいて、違う感情を抱いているから」と語っている。というのも『Feels』の時、彼女は1人の男性と恋愛関係にあり、それをアルバムに落とし込んだそうなのだが、その後破局。約1年間をシングルとして過ごしたSnohは、その時の経験が今回のニューアルバムに反映されているとのこと。先述したように、No I.D.をエグゼクティヴプロデューサーに迎えているだけあって、彼女の1曲1曲の完成度は非常に高く、一聴の価値ありだ。残念ながら、来月予定されていた来日公演はキャンセルとなってしまったが、また次の機会に期待したい。
Marco McKinnis
Marco McKinnisはヴァージニア出身、現在はロサンゼルスを拠点に活動する新鋭R&Bシンガーだ。先日、ニューEP『E'Merse』をリリースした彼がキャリアをスタートしたのは今から4年前の2015年。当初はSoundCloudに自身の音源をアップロードしていたようで、今も聴くことが出来る。どの楽曲も非常に完成度が高く、“beautiful demo”という楽曲に関しては約45万回も再生されており、当時から才能の片鱗を見せつけていた。そして、ついに昨年デビューEP『Underground』をリリースしたというわけだ。そんな彼の楽曲は、まさに00年代のR&Bを思い起こさせる。彼自身も00年代の楽曲から影響を受けているとインタビューで明言しており、Ne-YoやLloyd、Lil Wayneをよく聴いていたとのこと。その他にもゴスペル、Chris Brown、Anthony Hamiltonなどからも多大な影響を受けているそうで、Marco曰く、実際彼の音楽を聴いた人からは「R&Bを取り戻してくれた」というような反応が多いらしい。そんな中、リリースされたニューEP『E'Merse』は『Underground』からさらにパーソナルな内容になっており、1曲目の“Energy”はサックスの音がほどよいアクセントの良曲だ。
AYLØ
近年大きな注目を集めているアフロビーツのシーン。Burna BoyやMr. Eazi、Wizkid、Tiwa Savageなど多くのスターを生んでいるが、彼らに続きグローバルなマーケットに打って出ようとしている新世代が頭角を現してきている。今年リリースしたアルバム『Mandy & The Jungle』でのハイブリッドなサウンドで高い評価を得たSanti、自身のサウンドをAfro-fusionと呼び浮遊感のあるメロウなサウンドが心地よいOdunsi (The Engine)。そして彼らと共に新たなシーンの代表格の1人と称されているのが、AYLØだ。Santi、Odunsi (The Engine)と共にナイジェリア出身のAYLØは、ナイジェリアや西アフリカに存在する様々なジャンルから影響を受け、昇華した「Alté」と呼ばれるムーブメントの担い手だ。
彼は2010年代以降のオルタナティブなR&B、ネオソウル、ヒップホップ、アフロビーツなどに影響を受け、ウォーミングでソウルフルなサウンドを作り上げている。前述したBurna BoyやMr. Eaziなどのサウンドにも、もちろんR&Bやヒップホップの影響は見てとれるが、メインとなるサウンドはもちろんアフロビーツだった。しかし「Alté」のアーティストにとってはR&Bやヒップホップなどが、インスピレーション源としてアフロビーツと並列的なポジションになっており、曲を聴いていると、「はて、自分はどの国のアーティストの楽曲を聴いているのだろうか」という気分になることがある。
AYLØの楽曲にも、まずアフリカのアーティストというカテゴライズよりも、彼が個人的に影響を受けてきた音楽の香りが漂っている。「Alté」のアーティストにはメロウなサウンドなどの共通点はあるものの、それぞれ異なる音楽のフィードバックが自由に出ているのが特長であり、1つの具体的な音楽ジャンルというよりもAYLØ自身が言うように「規範を粉砕するための思想的なプラットフォーム」というのが正しいだろう。AYLØやSantiなど「Alté」のアーティストたちが、これまでの規範を越えたどのようなアウトプットを続けていくのか、本当に楽しみだ。