【レビュー】Calvin Harrisは場所を示す | 『FUNK WAV BOUNCES VOL. 1』について

もう2017年、誰しもがいわゆるEDMという名前で括られるサウンドのバリエーションが限界にきていると考え始めるアーティストがいてもおかしくない。

そもそもは一昨年「トロピカル・ハウス」と言われるサウンドが流行の兆しを見せていた頃から、何かが変わり始めていった。KygoやMatomaなどが代表的なアーティストにあげられる「トロピカル・ハウス」は、それまでのEDMの一般的なBPMから、だいぶピッチを遅くし、ラウドなベースサウンドは控えめになり、なメロディーが優しくもほどほどな高揚感をリスナーにもたらすことに成功した。

しかしCalvin Harrisの新作『FUNK WAV BOUNCES VOL. 1』を聴いてからだと、「トロピカル・ハウス」は若干居心地の悪いものだったと後出しで言える。その居心地の悪さが何に起因するかというと「トロピカル・ハウス」は、聴かれるべきベストな場所を作り出せなかったということだ。もしくは指し示すことができなかったと言ってもいいだろう。そのサウンドは明らかにEDMよりテンションが低めだったにもかかわらず、次のEDMと呼ばれてしまった「トロピカル・ハウス」のアーティストたちは、もちろんUltraなどのビッグフェスに出演していった。

アーティストの個人的な選択を云々するつもりは全くないが、ビッグフェスとの食い合わせは微妙だろう。なんせああいったフェスは高揚感を味わうための場所だからだ。

EDMというジャンルはアーティスト名と同じくらいフェスティバルの名前と共に大きくなっていったジャンルだ。日本でのEDMの普及にはUltra Japanの存在がとてつもなく大きいのは間違いない。そしてその場所では圧倒的な高揚感と非日常感が約束されている。もちろん今でもそうしたビッグフェスに供される曲は山のようにリリースされており、その勢いはまだまだある。

では一時期はそういった場に身を置きつつも、そのサウンドから転換するためには何が必要なのだろうか。Calvin Harrisのニューアルバム『FUNK WAV BOUNCES VOL. 1』は、そのパーフェクトな回答を示してくれた。

今年1月アルバムリリースのきっかけとなった"Slide feat. Frank Ocean & Migos"をCalvin Harrisが始めて世界にプレビューした場所はどこだっただろうか?

それは自分の車の中だ。例えばDJであれば、自分の未発表曲をかけるのはパーティーや、SoundCloudにあげるDJミックスというのがごくごく一般的だろう。しかし意識的にやっているかはわからないが、Calvinは"Slide"を車というプライベートな空間ののサウンドトラックという用途でプレビューしてみせた。

実際にリリースされた"Slide"を聴けば、フラットなバックトラックに、テンションを極端に上げることもないFrank OceanとMigosの歌とラップ、そしてトロピカルなムード感は車のサウンドトラックにピッタリなのは否めない。

そしてリリースの一ヶ月前に公開されたアルバムのプレビュームービーも巧みな場所と用途の設定がなされている。

このムービーではアルバムに収録されている楽曲が、温室のような場所に置かれているレコードプレイヤーから流れており(自然に見えつつも、あくまでも人工的な場所設定というのも執拗に表現されている)、オウムのような鳥が1曲ずつ針をあげたりしてプレビューが進んでいく。これまでのCalvin Harrisの楽曲だとしたら、レコードから音が流れていたら、少し不自然だったかもしれない。

しかしプレビューされているサウンドはレコードから流されていても全く問題ないアナログライクなサウンドだ。実際今回の作品ではアナログも販売されており、本編にもカセットデッキを止めるような音が挿入されていることも、とても示唆的だ。

そして人間が住む場所ではないので、一見エキゾチックな場所として温室は映るが、ここに映っている鳥にしてみれば、家みたいなものだろう。このそれなりに大きそうな温室には、この鳥以外は生物がいる気配がなく、プライベートな空間だというのがこの映像から伝わってくる。

これもどこまで意識的はわからないが、Calvin Harrisはプライベートかつエキゾチックな場所、そしてアナログなものという方向性を視覚化しているのだ。

そしてこれまで発表されたこの作品のビジュアルには、人の存在感が希薄なのだ。Youtubeにアップされているオフィシャルオーディオのビデオにはバカンスなどの雰囲気は漂わせつつも、決してパーティーシーンなどは顕在化しない。走る車が登場する"Rollin"ですら、車に乗っている人の姿は写しだされることはない。

 

また唯一公開されている"Feels"のミュージックビデオにしても、フィーチャーされているPharrell Williams、Katy Perry、Big Sean、そしてCalvin本人以外はビデオには登場せず、まるで地球の滅亡を生き抜いた4人が他には誰もいない島で音楽をやっているというようにも捉えられるほどの徹底っぷりだ。

まあ今後のミュージックビデオでパーティーシーンが登場する可能性もあるため一概には言えないが、新作でCalvin Harrisはこの作品が聴かれる場所を掲示することを徹底している。

それは自身についてしまったEDMシーンのトップDJというポジションを、鮮やかに翻す身振りと同期している。

数万人が集まるフェスのメインステージではなく、自身のスタジオで丹念に"Slide"を1人きりで作り上げるCalvin Harrisの姿こそが、自分だと言うことだろう。Calvin Harrisは明快だ、そしてその一貫性こそが『FUNK WAV BOUNCES VOL. 1』をこの夏のサウンドトラックにふさわしいものとしている。(和田哲郎)

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