【コラム】Denzel Curry 『King of The Mischievous South』| サウスシーンへの初期衝動
「自分でも『King of The Mischievous South Vol. 2』を作っているという自覚はなかった」と語るのは、何を隠そうDenzel Curry本人だ。フロリダはキャロルシティ出身のラッパー、Denzel Curryは、先日7月19日に最新ミックステープ『King of The Mischievous South Vol. 2』をリリースした。長年の自己分析と学習を経て緻密に組み上げた前作『Melt My Eyez See Your Future』(2022年)とは異なり、彼の内に潜んでいたヒップホップへの初期衝動に突き動かされ、自然と誕生したのがこの新作である。というのも、同作の原点となるミックステープ『King of The Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)』がリリースされたのはなんと今から約12年前の2012年。高校生だったDenzelが、思春期特有の鋭い感受性の中で育んだ作品の続編を、無意識のうちに作ってしまっていたというのが、この新作の誕生の経緯なのだ。実際、彼も『King of The Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)』について、当時憧れていた南部ラッパーたちを模倣しながら、地元フロリダの文化を取り入れて制作したと振り返っている。『King of The Mischievous South』シリーズは間違いなく、Denzelの純粋な音楽に対する愛情と情熱、そして彼と音楽の歴史が詰まった作品だ。彼の人間性やアーティストとしての底力が発揮されていたのが『Melt My Eyez See Your Future』だとするならば、そんな彼の体の中を脈々と流れる音楽的な水脈に触れることができるのが同シリーズだと言えるだろう。
『King of The Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)』をリリースした当時、DenzelはRaider Klanというクルーに所属していた。同クルーはSpaceGhostPurrpによってマイアミで結成され、ホラーコアな雰囲気と、荒くローファイな質感にチョップド&スクリュードを取り入れたサウンドが特徴だ。これは正に90年代のメンフィスやテキサスを象徴するものであり、発起人のSpaceGhostPurrpが2011年にリリースしたミックステープ『BLVCKLVND Rvdix 66.6』にて示していた音楽性とヴィジョンでもある。
そしてこの動きが、後にPhonkというサブジャンルへと本格的に派生していくこととなる。さらに、Raider Klanには、Three 6 Mafia直径の悪魔崇拝的な世界観や、黒い服とゴールドのアクセサリーを組み合わせたビジュアル、VHSスタイルのビデオ、独自の文字使い(クルー名を「Rvidxr Klvn」と表記する)などの特徴もあった。また、彼らはSoundCloudやTumblrを駆使し、ネットラッパーの先駆けとしても存在感を示していた。90年代のニューヨークで言うところのWu-Tang Clanのようなミステリアスさにインターネットを用いた波及力が相まって、彼らの知名度は一気に拡大し、Odd FutureやA$AP Mobと並んで2010年代の重要なヒップホップクルーの1つとされることも多い。特に、A$AP Mobに関しては、今やカリスマ的存在であるA$AP Rockyなども元Raider Klanメンバーだと言われており、この2つのクルーは、ラップスタイルからビート、ヴィジュアルまで、様々な特徴を共有している(後にSpaceGhostPurrpとRockyがビーフ状態となり、Raider KlanとA$AP Mobは事実上対立してしまう)。
DenzelがRaider Klanに加入して初めて発表したミックステープが『King of The Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)』だ。つまり、この作品は完全にRaider Klan印であり、サウスのヒップホップへの深い敬意が込められている。まずイントロのビートには、アトランタのGoodie Mobから名曲"Cell Therapy"の不気味なループがサンプリングされており、7曲目"Demonz On My Mind"の歌詞の中では、Denzelにとってアイドル的存在のラッパーである、Three 6 Mafiaの故Lord Infamousの影響が垣間見える。Denzelは同曲にてLord Infamousの名前に言及するだけでなく、Three 6 Mafiaの楽曲"Now I’m High, Really High"に収録されている彼の「I need the B, the L, the U-N-T(BとL、そしてUとNとTが必要なんだ)」というフレーズを拝借し、そのまま低く引きずるようなイントネーションで忠実に再現している。また、ミックステープ中盤に差し掛かるとThree 6 Mafiaと同じくメンフィス出身のラッパー、Kingpin Skinny Pimpへの羨望の眼差しも"One Life To Live"で、Kingpin Skinny Pimpの"One Life 2 Live"をビートジャックしていることで見えてくる。このミックステープは全体を通して、音質などの部分で荒削りな点も多いものの、少年たちが自分たちの持ちうるソースを最大限に駆使して自分たちなりの格好良さを追求していこうとするひたむきな姿勢が見て取れ、非常に大胆かつ自由なクリエイションだと言える。特に、歪んだ音像や逆回転のサンプル、不気味な声が織り交ぜられた世界観は、キャリア初期のアーティストとは思えないほどしっかりと確立されている。何倍に希釈しても決してその色が消えることのないような、特別濃厚な可能性を秘めた1枚だ。
Denzelの言葉を借りるとするならば、昔私たちが観ていた短編映画が、多額の予算を投じて長編映画化されたような作品が『King of The Mischievous South Vol. 2』だ。その経済的成長がわかりやすく見て取れるのが、"Hot One"のDenzelのヴァースである。同曲で彼は、冒頭から「I can make money from the comfort of my sofa/So much drive, now I gotta get a chauffeur(ソファに座ったままお金が稼げる/移動が多すぎて運転手を雇わないといけないな)」というフレーズを何度も言い聞かせるように繰り返す。また、作品のスケール感に関して、客演も無視できないポイントだ。客演の人数は増やせば増やすほど、金銭的負担が大きくなっていくわけだが、Denzelは今回、総勢16人ものアーティストを招いている。その中でも、本作で全編ナレーションを担当しているKingpin Skinny Pimpや"SKED"のProject Pat、"COLE PIMP"のJuicy Jといったサウスのレジェンドたちとの共演は、Denzelが10年以上のキャリアを積んだ今だからこそ実現できたことだろう。特に、前作『King of The Mischievous South Vol. 1 (Underground Tape 1996)』では楽曲のビートジャックにとどまっていたKingpin Skinny Pimpとの直接の共演が実現したことについては、非常に感慨深い。"LUNATIC INTERLUDE"では、本人承諾の元、Kingpin Skinny Pimpの"Psychopathic Lunatic"がサンプリングされており、Denzelが築き上げてきた功績と信頼を改めて実感することができる。
そして、功績という話で言えば、このミックステープが高く評価される理由の1つとして、A$AP RockyとA$AP Fergの参加が挙げられるだろう。先述したように、SpaceGhostPurrpとRockyの間に確執が生まれ、そのまま関係が修復されることはなかった。つまり、Fergとの"Hot One"、Rockyとの"HOODLUMZ"は、もしあの時の関係悪化がなければという、理想のシナリオに想いを馳せた夢のコラボレーションと言っても良いだろう。これらは音楽的なクオリティ以上に文化的な意味合いを持つ楽曲であるはずだ。
しかし、もちろんDenzel Curryは過去にばかり固執しているわけではない。TiaCorineや、That Mexican OT、Mike Dimes、Armani Whiteなど、今をときめく注目新人アーティストも積極的に取り入れている。その中でも、今年のXXL Freshmanであるテキサスのラッパー、That Mexican OTとの相性は抜群だ。メンフィスらしい怪しげなシンセが鳴り響く楽曲"BLACK FLAG FREESTYLE"にて2人は、圧巻のマイクパフォーマンスを見せている。That Mexican OTはお得意の早口ラップでダイナミックにフローし、Denzelは先輩としての威厳を持って、「I am not an emo rapper and I ain't no fuckin' herd ni**a/I was whoopin' ass since the first, second, and third, ni**a(俺はエモラッパーでもないし、クソみたいに群れたりしない/俺は1枚目、2枚目、3枚目の時からかまし続けてきたんだ)」とラップする。そして同曲の後、インタールードを挟みつつ、本作切っての熱狂的なバンガー"G'Z UP"、荒々しく歪んだベースラインが内臓を揺らす"SKED"と繋がる中盤の流れは、間違いなくこのミックステープのハイライトの1つだ。
先日、Denzel Curryは11月15日(金)に『King of The Mischievous South Vol. 2』のアルバムバージョンをリリースすると発表し、これには新曲5曲が追加される予定だ。既にシングルカットとして、LAZER DIM 700とBktherulaというサウスシーンのニューカマーを迎え"STILL IN THE PAINT"が公開されている。
そして、リリースから約1週間後の11月21日(木)には、東京都目黒区の「恵比寿ザ・ガーデン・ホール」にて来日公演が控えている。Denzel自身も「みんなにただ楽しんで欲しくて作ったんだ」と話す『King of The Mischievous South Vol. 2』であるが、そのコンプリート版が世に解き放たれた直後のライブが盛り上がらないはずがない。ぜひ、『King of The Mischievous South』シリーズを聴き込んで、会場でDenzelのエネルギーを全身で感じて欲しい。(文・Renya John Abe (ゲツマニぱん工場))
Info
2024年11月21日(木)開場18:00 / 開演19:00
恵比寿ザ・ガーデンホール
チケット:スタンディング9,500円
※入場時ドリンク別途必要 ※入場整理番号付 ※未就学児(6歳未満)入場不可
主催・招聘・企画制作:KYODO TOKYO / EVENTIM LIVE ASIA
公演詳細: https://kyodotokyo.com/pr/denzelcurry2024.html