【インタビュー】Yerin Baek & Cloud | 自分たちにとっての変化を探す

韓国では2曲がチャート1位を記録するなど若者を中心に熱い支持を得ているYerin Baek(ペク・イェリン)。ここ日本でも昨年大ヒットしたドラマ『愛の不時着』の挿入歌で彼女の歌声を耳にした人も多いだろう。そんな彼女が昨年12月、2作目のフルアルバム『tellusboutyourself』を発表した。バンドサウンドが軸であった前作『Every letter I sent you.』とは違い収録曲全般でMIDIプログラミングを導入することでサウンドの変化を試み、シンセポップ、ハウス、ガラージなどジャンルの多様性も深い印象を残す作品だ。

こうした音楽的な変化の背景にはプロデューサーのCloudがいる。Yerin BaekとCloud、2人の音楽への純粋な拘りをもって完成した本作は1つのジャンルには留まらない新鮮さを持った内容になっている。

アルバム発表から約二ヶ月が経った2月には『tellusboutyourself』を再解釈したリミックスアルバムも発売された。Yerin Baekの音楽性を共に構築してきたCloud、前衛的なヒップホップを追求するグループ、XXXのFRNKを筆頭に、sogumm&オヒョクの”yayou hoi”などのトラックに参加し、注目されているプロデューサーglowingdog、韓国エレクトロニックシーンを代表するKIRARA、サイケデリックロックバンド、Silica Gelのキム・ハンジュ、”The BLANK Shop”プロジェクトを通じてすでにコラボ経験のあるユン・ソクチョルまで、多様な領域で活発に活動するプロデューサーたちがYerin Baekのために一堂に会した。

多様な試みの末に音楽的なアップデートを遂げたYerin Baek、そして彼のパートナーのCloudとともに今回のアルバムの音楽性、リミックスアルバムからビジュアル面に至るまで様々なテーマについて話を交わした。(本インタビューは韓国の音源流通社、PoclanosのWebに2月12日に掲載されたものをベースに日本語訳・再編集を行っている)

インタビュー:山本大地

- インディで活動を始めてから約1年が経ちましたね。音楽やアーティスト活動についての考え方にどのような変化が生まれましたか?。

Yerin Baek(以下Yerin ) - 大きな事務所に所属することと、インディで活動することの間に大きな違いはまだ感じられていません。新型コロナウイルスが流行していなかったら感じていたかもしれないけれど、新型コロナウイルスの影響でいまは皆が苦労していて、大きな事務所も公演やショーケースも出来ていない状況なので。

- 特にこの時期に感じたとこはありますか。

Yerin - 私はフェスティバルやライブのような対外的な活動が出来ないので、他のアーティストの皆さんもアルバムを出さないものかと思っていたんです。けれど、思ったよりも多くのアーティストが音源を出して、オンラインライブなども敢行するなど、努力をなさっていて。私も最初は「いまアルバムを出してうまくいくか?皆さん大変な時期なのにアルバムを出すといって聴いてくれるか?」とも思ったんですが、リスナーの皆さんも新型コロナウイルスの流行による辛いことを音楽で解消して、癒されたりしているようです。

Cloud - 私は昔ながらのやり方が好きなんですが、音楽産業の姿は何らかのきっかけで変わるものだと思っていたんです。いま音楽産業が変化しているのは、コロナの流行のために元のように出来ないからじゃないですか。流行が終息したとしてもいまやっていることが無くなって、以前のやり方にだけ戻るとは思わないです。例えば電気自動車が誕生して広まっていることのように、これを基準に多くのパラダイムが変わっていくだろうし、私もこういう状況を見て、音楽産業についての未来的な認識を持たなきゃいけないなと思いました。

- 音楽産業の変化という点では最近の状況は肯定的な側面もあると思いますか。

Cloud - コロナの流行が終息してから考えた時には肯定的な部分もあると思います。

- 今作『tellusboutyourself』のお話を聞かせてください。バンド演奏の要素が強かった前作『Every letter I sent you.』と比べると、全曲打ち込みのビートで作られた点は大きな変化を感じさせると思います。どんな経緯でこのような音楽性になったのでしょうか。

Yerin - 2019年の初め頃にCloudお兄さんからMIDIのレッスンを軽く受けました。私はプロのようにうまく使いこなせるわけじゃないけれど、曲のスケッチを伝えれば、編曲する人からしても私が何をしたいのか、どういうスタイルの音楽をしたいのか、私の意図を把握出来るじゃないですか。それで、14曲中13曲のスケッチを全部作ってCloudお兄さんにまず送りました。その中で私のビートをそのまま使った曲もあれば、Cloudお兄さんが手を加えた曲もあるし、私が鍵盤で書いた曲もあります。なので、これまでの作品と異なる作品になったと思います。

- リスナーに新しい音楽性を見せようという意図があったのでしょうか。制作された時に特に意識した部分がありますか。

Yerin - 前作『Every letter I sent you.』より変化した自分の姿を見せたかったです。人々が「Yerinがやりそうだ」と思っている音楽ってある程度決まってしまっていると思ったので、今まで私がしてきた音楽から少し離れて、聴く人が予想できない音楽を聴かせたかったです。欲張りになって、とてもたくさんのことを全て盛り込んで新しい姿だけ見せようとするよりは、注意深く前作と繋がっているけれど新しい魅力のある「私はこういうことも出来ます」って言えるような部分を見せようとしました。

Cloud - とにかく変化をしなきゃいけないと思っていました。Yerinのジャンルのイメージが固まっているのではないかとも考えましたし。また、変化しなきゃいけないことだけを理由に変化するのはやめよう」という考えが大きかったです。誰かが聴いた時に「他のことをしようとしたんだな」と思わせること自体が目的になることだけは避けたかった。変化には変化しなきゃいけない理由があるべきで、その理由を探すのに少し時間がかかったと思います。

- 具体的に変わることの理由を見つけたのでしょうか。

Cloud - 私の個人的な考えですが、以前のアルバムの場合は昔のやり方で作業をしました。(以前の作品は)こういう音楽を大衆的な歌手が作って届けたら、今の歌謡音楽を聴く人たちがどう理解して消費してくれるか、という考えから始まったんです。今作の場合はそれに対して現代的な作業をしましたが、私はそれでも70,80年代に初めて電子音楽が生まれたときの古典的で、当時の産業の激変の時期に作られた、曲は楽しくてパーティミュージックのようだけど、中身は暗い、そういう感じを表現したかったです。今は憂鬱な時期でもあるので、デトロイト・テクノが生まれた時期や、それと似た感じがしました。 

- 当時の楽しいけれど暗くもあったデトロイト・テクノ、シカゴ・ハウスのような音楽に魅力を感じるとしたら具体的にどんな部分でしょうか。

Cloud - 実際に今って「何かを探そう」とか「何かを習得しよう」とか思ったら早く楽に見つけて学べるじゃないですか。昔のシカゴ・ハウスのような音楽を聴くと、今よく使う機材も使われていて現代的なサウンドですが、当時の人たちが誰か友達が使っていた機材や、飛行機に乗ってどこかで購入してきたLPからサンプリングして作ったという状況に魅力を感じたようです。すごく貧しくて何もなかったような状況なのに、楽しく遊んでみよう、音楽をプレイしてみようと、熱心に作ろうとしている。今オンライン公演をしていることのように、何も出来ない状態から、どうにかして何かをしてみよう、最善を尽くそうというムードが良いなと思いました。

- 今作の音源を聴いても80年代や90年代の音楽の雰囲気を感じますが、シンセサイザーなどの楽器を選ぶ時にも、「新しいものよりはビンテージな楽器を使ってみよう」という考えや試みをしたのでしょうか。

Cloud - Yerinは歌う時も、歌詞の書き方も最近の歌手の感じよりは昔の感じがあると思います。そういった80年代や90年代の音楽の雰囲気が似合うので、自然とそういう方向に流れていったんだと思います。

- ピアノやギターを使って作曲したことが多かった前作『Every letter I sent you.』とは違い、MIDIで全曲を作曲した本作は、ビートを先に作ってそこに歌のメロディを乗せた曲が多いと思います。こうして作曲の仕方が変わったことで苦労した点は無かったですか。

Yerin - 前作はピアノやギターを演奏しながら同時にメロディや歌詞を書いて作業をしたけれど、今作では自分で作ったものの中から気に入ったビートを探して、BPMを合わせた後に、鍵盤を弾いてメロディや歌詞を付け加えたんです。既存のやり方とは逆方向で作業をしたのですが、すごく遊ぶように作業をしたんですよ。私がガイドのような物を作って、Cloudお兄さんに聞かせて、良ければ使って。そういう作業だったのですが、思ったより皆さん気に入ってくれたし、素材は全部使われたと思います。苦労したというよりは、とても気楽な作業でした。

- 新しいことに挑戦するのが楽しかったんですね。MIDIで作られたビートとシンセサイザーのサウンドがもたらす心地よさがアルバム全体的に印象的でした。またダンストラックもビートが派手過ぎたりしないことでアルバムの雰囲気に合っていますよね。普段からある程度抑制的な音楽を好むのでしょうか?

Yerin - 私はバランスがある音楽が好きです。特定の誰かを卑下しようという意図はないですが、歌詞もそうだし、私は最近の音楽よりは昔の音楽が好きです。ユ・ジェハさんやピックァソグム(Light and Salt)みたいに敢えて何かを強調したりしなくても、輝いている人たちが好きなんだと思います。

- 今作はほとんどの曲で新しいプロデューサー、パン・ミンヒョクが参加しましたね。彼とはどんな経緯で作業するようになったのでしょうか。ジャズから始まり、最近は穏やかなエレクトロニックミュージックをソロ作品で披露しているパン・ミンヒョクは、確かにYerinさんの音楽スタイルとも合っていると感じました。

Cloud - いつもYerinが私とだけ制作をしてきて、それは良し悪しあると思いますが、私以外との制作活動をやってみないのは間違っていると思ったんです。音楽性を変化させようとしているから、私が出来ないことを出来る人やマーケットへの理解がある人と一緒にやりたかったです。元々パン・ミンヒョクさんとは付き合いの長い友人なんです。大学も一緒に通ったし、よく知っているので、最初はただ一緒にやってみたんです。そしたらうまくいったので、全部一緒にやってみることになりました。

Yerin - 私たちは内向的で、普段は家やスタジオを往復するだけなので、制作の方法にもそういう日常的な性格が出てしまうんです。パン・ミンヒョクお兄さんは、社交的だし、テクノのクラブとかにも行ってたり、私たちとは対照的な性格をもっているので、私のアルバムの変化に大きな影響を与えてくれました。中間にブレイクが入っている曲も実はパン・ミンヒョクお兄さんが好きなものを反映したんですが、思ったより私も気に入ったんです。性格的にも助けになったし、私もたくさんの経験を積まなきゃって思うようになったので、そういう部分で、私はパン・ミンヒョクお兄さんとコラボできてよかったと思います。

- 特にパン・ミンヒョクさんの影響を受けた部分はダンストラックということでしょうか。

Cloud - 主にそういう感じですね。

- 今作でダンス曲についてはお二人とも「今度のアルバムではこういうのもやってみよう」という考えだったわけではなく、パン・ミンヒョクさんがアイデアを出されたということですか?

Yerin - そういう部分もあるけれど、私は自分がもともとやっていた音楽が、暗めな歌やバラード曲が多いので、ライブの時とかも歌いながら「私が好きなのってこれで合ってるかな?私が舞台で今したい音楽ってこういう曲かな?」と考えると、違うなと思ったんですよ。私は楽しくて、リズミカルな音楽をよく聴いているので、ステージで楽しめる音楽をしたかったんですが、その気持ちを今になって昇華できた。私が最初にビートを作った時も、ある程度は楽しい感じにしようと念頭に置いていて、そこにパン・ミンヒョクお兄さんが入って来たので、より多くの変化が生まれました。

Cloud - もともと速いテンポのビートをYerinが持ってて、それを一緒に制作しました。パン・ミンヒョク兄さんでなく、他の人だったらこれが全て、例えばビッグルームハウスや、ダブステップになったかもしれなかったけれど、パン・ミンヒョクさんだったから、ディープハウスやデトロイト・テクノなどのダンスミュージックの要素のあるものになったのだと思います。

- お二人が普段好きなダンスミュージックってどんなものですか?

Yerin - 私はSt. Vincentがすごく好きです。最初は彼女がモダンロックくらいまでやるものと思っていたんですが、アルバム『Masseduction』を聴いて考えが変わりました。官能的で感覚的だと言えばいいかな?そういう姿を見て、私も今度のアルバムでは素直な音楽をしたいと思いました。私にとってはすごく盛り上がる感じの音楽だけがダンスミュージックではなく、少しBPMが遅くても楽しい要素が楽器から感じられるものが惹かれるようです。

Cloud - 私も似ていますね。制作中にはむしろダンスミュージックよりAndy Shaufとかのバンドミュージックをよく聴きました。彼の音楽はゆったりした静かなフォークですが、それも楽しく聴こうとすれば聴けますよね。

- ダンス・ミュージックでなくとも、お2人とも楽しい要素のある音楽から影響を受けたようですね。今作の制作活動をしながらより多様な音楽に触れるようになったようですが、Apple MusicやFLO(注:韓国のストリーミングサービス。Spotifyにある、そのプレイリストと同じ楽曲リストはこちら )に公開しているプレイリストを見てもそう感じます。中でも特に制作期間中によく聴いたり、好きになったアーティストを1組ずつ挙げていただき、そのアーティストが今作にどんな影響を与えたか教えてください。

Yerin - 私はその時期にちょうど聴いていたのは、Your Smithというアーティストです。ダンスミュージックではないですが、Your Smithの音楽を聴いて、「私もこういうのやってみたい」と思ったんです。「MIDIで作られたシンプルだけど、大衆的でとても良いメロディを持った音楽」と言えばいいかな?それを聴いて、私もMIDIを一度やってみたいと思うようになりました。

Cloud - 影響をたくさん受けたアーティストを挙げるのは難しいですが、私が今作を制作していた2019年に一番たくさん聴いたアルバムがKaytranadaの『BUBBA』でした。彼の制作の仕方はR&B、ヒップホップとダンスミュージックの境界線をよく守っていると思います。パーティミュージックのようであり、ヒップホップのようであり、そのバランスがとても良いです。音楽をとてもクールにしている感じがするんです。あるものをただ気軽に使っている感じなのですが、とても繊細で、そういうムードを作ることによく集中しているタイプ、と言えばいいかな。キャッチーでフックがあるメロディのものよりは、聴いた時にかっこよく聴こえるムードがうまく作られていて、制作中によく聴きました。

- 今作の両極に置くとよく似合うと思う、他のアーティストのアルバムを2枚ずつ教えて欲しいです。

Cloud - 私はVideo Ageというグループの『Pop Therapy』というアルバムもよく聴きました。とても幸福感のあるシンセポップ、ディスコです。もう一方にはSt. Vincentの『Masseducation』が良いと思います。

- 『Masseducation』はどういう部分が『tellusboutyourself』と合っているとか、共通する部分があると思いますか? 

Cloud - 実際、『tellusboutyourself』にもロック的な要素がある程度はあると思うんです。(ロックミュージシャンであるSt. Vincentの)『Masseducation』もある程度は電子音楽の要素があって、お互い制作の仕方は異なる音楽ですが、混ぜて聴いても変じゃない感じがすると思います。『tellusboutyourself』が終わって『Masseducation』の1曲目を続けて聴くと、2作が似合っている感じがすると思います。

- 今作はボーカリストとしてのYerinさんのイメージや個性がより伝わったアルバムだと思います。マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンのようにバラードを歌い上げたり、”Ms. Delicate”, “Loveless”などソウルフルに歌う部分が印象的でした。ボーカルに関してはどんな点に意識して制作しましたか。そうしたボーカルに関して特に参考にしたアーティストがいたら教えてください。

Yerin - 実は私はもともとボーカルの録音をラフにする方でした。『Every letter I sent you.』の時も気に入らない部分もあったんですが、私はライブをうまくやれば良いと思っていました。けれど、今作の制作期間中にチョンハさんとか他のアーティストたちとも制作をすることがあった(Yerin Baek、Cloudが楽曲提供したチョンハの”Young In Love” )のですが、彼女たちはボーカルの録音をとても熱心に取り組んでいたんです。

テイクもたくさん録るし、より良いものを使おうと、複数のテイクから良い部分を組み合わせていくのも何度もやってみたりとか...。私の録音の時とはだいぶ違っていたので、最初は「そこまでする必要あるのかな?」とも考えたんですが、他のアーティストの話も聞いてみたりしたら、「私もそういう部分を学ぶ必要があるな」と思うようになりました。今作では例えば”Hate you”の場合は3回ボーカルを録音したし、一生懸命、より力を入れて取り組みました。今作は確かに前作までとは違うようにやってみようと考えながら、録音をたくさんして、より努力をしたと思います。

“Ms. Delicate”では中間でボーカル・スタイルが少し変わりますが、そこではAlina BarazやJhene  Aikoのように声を出してみようとしてみました。それから”Hall&Oates”はHall & Oatesのようなブリッジのメロディを作りたくて、テクニックのような面でも当時のHall & Oatesの感じを出そうと作りました。

- 歌詞は愛や恋愛をテーマにしたパーソナルな話が多いですが、リスナーに共感や肯定的な影響を与える部分でもあると思いました。例えば、自分が経験したことを記録するだけでなく、孤独感や不安感を感じて葛藤しながらも、時には”Lovegame”や”Hate you”など恋愛や恋愛対象に依存し過ぎず、より強く独立した人間になろうとする姿も感じました。前作までも愛や恋愛をテーマにした曲は多かったですが、より多くのことを経験しながら恋愛に関する考えや価値観が変わってきたとすると、どんな部分だと思いますか?

Yerin - 事務所も変わったし、歌詞を書いていた当時の2019年は変化の時期だったようです。良くない人たちに出会ったり、人間関係についての懐疑的な部分が多かったりしたので、こういう歌詞を書きました。もともとは人と会って何かをすることがとても好きだし、新しい人との出会いがとても好きだったんですが、「私が純粋過ぎたんだな」と思うようになったので、悪い人を分別することも学ぶようになりました。まだ十分ではないですが...。あと、自分の周りの人たちを大事にすることについてもたくさん学んだと思います。前作のタイトル曲”Square (2017)”や”Popo”は愛の慰めに関する歌でしたが、今回のタイトル曲の歌詞は暗い部分を通して、少し強くなる私の姿を表現したかったです。あと、最近メンタルも少し強くなった気がします。

- “Hate you”の後半のブリッジ部分の歌詞がかっこよくて印象的ですが、この部分はどんなことを考えて書かれたのでしょうか。

Yerin - 私は誰かを憎むのはとてもエネルギーを使うと思うんです。私は気遣うこととか、過剰に誰かのことを考えたりし過ぎないように普段から努めています。誰に対しても純粋にし過ぎていたようなので。自分にも同じように良くしてくれるように期待して、誰かに優しくしたりするわけではないですが、いつも私だけ傷ついて終わってしまうことがあって。”Hate you”ではそういう部分を「私も嫌」と言うけれど、歌詞の終わりで「けれど、あなたをこうして本気で思いやって好きでいてくれる人は私だけだっていうことをわかってくれればいいな」って歌ってるじゃないですか。そういう感じで、歌詞では強い言葉を使うけれど、その中でもその人をケア、思いやって愛する気持ちを込めた曲です。誰かを憎むよりは、とても大切で思いやってる人が、とても悪い行動をする時とかしっかりしてほしい時にしたい話を込めたと言えばいいかなと思います。

- CDバージョンでは”Hate you”の後に”tell him”という曲が収録されていますが、”Hate you / tell him”と一曲の扱いになっていますね。”tell him”は第三者に自分の前の恋人の現況を聞いている歌詞ですが、”Hate you”と一つの曲になっている理由が知りたいです。

Yerin - エピソードがあるんですが、もともとこの曲はKing Kruleにフィーチャリングをお願いしようとして、連絡もしていたんです。けれど、発売を早くしなきゃいけないのに、お互い時差もあることもあってやり取りがうまく行かなくて、フィーチャリングの話は無くなってしまったんです。そのパートは彼の為に作ったし、彼のスタイルを私たちが参考にして作った部分もあったんですが、トラックがとても良くて勿体ないので、私がメロディをつけてみて、”Hate you”という話が終わった後に「それで、彼は元気にしてるの?」と聞いてみる曲なんです。そういうエピソードがあります。

- “I’m in love”の歌詞はベルリンにいた時に書かれたと聞きました。前作でも”Berlin”、”London”という曲があったように、Yelinさんには滞在した海外の都市一つ一つが大きな影響をもたらしているように思えました。ベルリンとロンドンはそれぞれどんな場所ですか?韓国を離れて気分が変わったりすることもあるんでしょうか。

Yerin - ベルリンは私が初めて行ったヨーロッパの都市の匂いがあります。”Berlin”はMVと写真の撮影をベルリンでしたので、そこに滞在しながら体感したことを込めて書いた曲でした。ロンドンは実は行ったことがないんですが、私にとってはクリシェのようです。ロックスターのドキュメンタリーを見て「こういう感じの都市なんだなあ」くらいのイメージがあったのですが、事前に出来ていた曲からそういうイメージを感じたので、そう曲名をつけました。

韓国を離れて活動をすることは、私にとっては楽ではないですね。もともと外にあまり出ないタイプだし、(韓国の)家がとても遠くなった感じがして、幸せというより、寂しい感じもするし、憂鬱な時も多いです。

- リミックスアルバムも作られましたが、そのアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。

Yerin - 今作は多様で新たなジャンルに挑戦したので、編曲の方向もより多様になるアルバムだと感じました。普段から好きだった人たちと他の制作もしてみたかったんですが、その時に他のプロデューサーがどういう風に解釈するかな、という好奇心から始まってリミックスをお願いしてみました。

Cloud - Yerinのアルバムは、ほとんどの作業を私と行ってきたので、新しい人と制作をしたらどんな感じの結果が生まれるか気になっていました。なので、リミックスアルバムを作りたいという考えはアルバム制作が行われているときに元から持っていたんです。

- コラボレーションしたミュージシャンのリストを見ると、ヒップホップやエレクトロニック、ロックなどジャンルが多様なことが印象的で、Yerinさんの多様なジャンルを取り入れた音楽性ともマッチすると思いました。コラボレーションしたミュージシャンをどうやって選んだのか教えてください。 

Yerin - 普段から好きだった方たちにお願いしました。私も違うジャンルとシーンにいらっしゃる方達がどうやって作業をされるのか、気になったし、その人たちのアルバムを聴いて感銘を受けていたので。

Cloud - 普段から良いなと思っていた方や任せてみたいと思った方達を考えてみて、Yerinとも相談した上で、決まりました。

- Cloudさんはどんな部分を意識してリミックス作業をしましたか。

Cloud - ボーカルがある曲は主人公がボーカルなので、ボーカルのために多くの部分を空かせておきますが、リミックスの時はそういう制約から楽になってアプローチ出来るので良かったです。同じ状況や感情も人によって表現の仕方が違うので、Yelinの歌詞を読んで、感じた気持ちを私なりに整理してみようという気持ちでアプローチしました。

- Yerinさんはリミックスされた音源を聴いて、自分の曲の新たな解釈についてどう思いましたか。

Yerin - とてもとても面白い作業でした。プロデューサーの方達が「何の制約なしに自由に作業したのでより面白かった」と言ってくれて私もとても嬉しかったです。こうして素敵な方達が自分だけのやり方で私が書いた曲を編曲してくださって感動したし、機会があれば参加してくれた方達と一緒にもっとたくさんの作業をしてみたいです。

- ビジュアル面もアーティストとしてのイェリンさんの個性の一つを形成していると思います。今作でも145officeのホン・ヨンスさんと一緒に作業したようですが、どんな部分で彼女に信頼を抱いていますか。

Yerin - 私とヨンスお姉さんは最初は友達として会っていて、ただ互いを応援していたような関係だったんですが、お姉さんも周りで私が衣装やビジュアル面をいつも全部一人でやったり、大荷物を持って移動したりしているのが気の毒に見えて、心配してくれたようです。それでずっと「何か必要だったら私がしてあげるから教えてね」と言ってくれていたんです。今回のMVやスタイリングも、音楽も変化が激しいじゃないですか。その変化を直接的に表現出来るのは写真だと思いました。写真を通して私がビジュアル面を見せる時、皆さんが少し驚くくらいのものであるべきと思いました。ヨンスお姉さんがそういう仕事をたくさんしてきたので、一緒に作業して私の変わった面をアピールしようとしました。うまくいったと思うし、ヨンスお姉さんとは仲良くしています。

- 今作のビジュアル面のアイデアはどのように生まれたのか教えてください。

Yerin - 普段私はアルバムを企画する時曲が既に全部ある状態から曲別に写真を撮りたい雰囲気や場所のようなものをパワーポイントのようなもので表現して、事務所の人たちに見せます。そして、それに合ったフォトグラファーと場所を探して、ポーズのアイデアとかもフォトグラファーと話し合います。今回は、人が酔った時の感情とかを表現したくて、おしゃれなトイレをたくさん探したんですが、そういう部分で私の意見を反映出来たので、良かったです。

- 長く活動するアーティストとしてキャリアの積み方を考えた時、特に尊敬できるアーティストはいますか。

Yerin - 私はCloudお兄さんが東京事変の曲をたくさん聴かせてくれたので、椎名林檎の動画をたくさん見ました。だからか、彼女が本当に長い間活動しているのもあるし、アルバムによって一つずつコンセプトや世界観もあって、私はそういう歌手ってありふれた存在ではないと思うんです。とても大きな計画で、お金も必要な作業だろうし。私は彼女の動画を見ながら、「私もこうして何かを代表する人になってみたいな」と思ったし、日本の女性歌手というと、彼女が一番最初に思い浮かんです。だから、彼女みたいに長い間活動したいです。コンセプトもずっと変えながら、多様なジャンルに挑戦しながら。

- Cloudさんは以前私がインタビューした時にも東京事変から影響を受けたと話していましたが、彼女の音楽やキャリアのどんな部分に魅力があると思いますか。

Cloud - 私はプロデューサーとして椎名林檎がすごく手本になったと思います。私はアーティストは変化し続けなきゃいけないし、同じ枠の中で活動したとしても変化はするし、その変化を納得させる理由もあるべきだと思うんです。

実際、彼女って元々ちょっとロックスターじゃないですか。デビュー作はロックで、バンドもしながら、最近のアルバムを聴いてみると、オーケストレーションの感じが強くなって、ビッグバンドの形態もそうだし彼女だけの変化がありながら、一つ一つのアルバムを出して来たことが私も重要だと思うんです。あと、自分が他の人とやった曲を再解釈したアルバムもありますし。そして、彼女が他のプロジェクトをする時には、椎名林檎として活動するときとは全然違うキャラクターとして活動している姿もかっこいいと思います。そういうのも聴いてみると、椎名林檎として活動をしている自分、他の活動をしている時の自分とかのバランスもうまく取れているようです。それを実現することって難しいことだと思うので、リスペクトしています。

- 今作の作業を通してアーティストとして、そして人間としてどんな部分が成長したと思いますか。

Yerin - 私は2作目のアルバムには常にソフォモア・ジンクスがあると思うんです。けれど、今作はそれをうまく破ったと思います。前作の歌詞に込めた話を素直な話だと言ってくれる人もいるけれど、私は少し隠喩的で不透明な歌詞を書いたとも思います。今作の歌詞はより私の最近の考え、悩み、それに私の中にある葛藤について本当に素直に書いたと思います。作り話なしに、私が感じて来た感情をメモしおいて、それをそのまま書いたので、皆さんに私の一部を見せることについての怖れが少し無くなった、それが最も大きな変化だと思います。

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