【コラム】Kanye Westの大統領立候補発言を検証する

Kanye Westが7/5に今年投開票されるアメリカ大統領選挙に立候補するとツイートし、アメリカだけではなく普段はKanyeの動向には無関心の日本でもマスメディアが報じるなど、世界的に大きな話題となっている。

FNMNLでも、もちろん取り扱うべきトピックではあるが、しかしKanyeの立候補発言はツイート以上の情報があるわけでもなく検証の必要性を感じた。果たしてKanyeは正式に立候補するのだろうか、そしてもし立候補した場合彼の立候補は、選挙にどう言った意味をもたらすのだろうか。はたまた近年の彼らしいパフォーマンスにすぎないのだろうか。ブログTwitterでアメリカの政治を解説しているExplainedさんに寄稿してもらった。

文: Explained

Kanye Westが大統領に立候補するとツイートしました。この発言をもって彼を大統領候補と扱ってよいのでしょうか?

アメリカ大統領選挙の仕組み

アメリカの大統領選挙の投票は、選挙機械のモニターで投票する候補を選択するか、紙の投票用紙のチェックボックスをチェックすることで行われます。そして、この投票用紙や投票機に候補として表示されるように候補登録をすることをバロット・アクセスと呼びます。

アメリカの大統領選挙は、それぞれの州の下院議員と上院議員の合計になるように割り振られた538人の「選挙人」の過半数である270人を獲得した候補が勝つというシステムです。大統領選挙は、アメリカ全国で選挙が一回あるというより、同日に50州とワシントンDCで別々の選挙があると考える方がわかりやすいです。

州での大統領選挙は勝者総取り方式で行われます。例えば、人口が一番多いカリフォルニア州には55人の選挙人が割り振られています(下院議員が53人、上院議員が2人いるため)。2人の候補がいるとして、候補Aが候補Bよりも一票でも多く獲得したら候補Aはカリフォルニアの選挙人55人を全員獲得します。そして、これらの州での選挙の獲得した選挙人が270人以上の候補が大統領選挙に勝利します。

上でアメリカの大統領選挙は州ごとに別々の選挙と考える方が良いと書きました。その理由は、州での選挙ごとに選挙人が割り振られることに加え、州ごとに制度上の様々な違いがあるからです。例えば、ほぼすべての州では州での選挙の勝者にその州に割り振られている選挙人全員を与えますが、ネブラスカ州とメーン州は例外として自州に割り振られている選挙人の一部を下院選挙区に割り振っています。2008年の大統領選挙で当時のバラク・オバマ上院議員はネブラスカ州全体では共和党大統領候補のジョン・マケインに敗北したものの、ネブラスカ州第二下院選挙区では勝利したため、ここに割り振られていた選挙人を一人獲得しました。

他にも、有権者登録も州によっては日本のように自動で有権者登録をしたり、有権者登録を希望する人が市役所などで事前に登録をする必要があったりします。

大統領選挙登録手続き

大統領選挙に候補として登録する(バロット・アクセスを得る)には大きく二つの方法があります。一つは、二大政党(民主党もしくは共和党)の指名候補になること。もう一つは、無所属として立候補することです。

無所属として大統領候補になってバロット・アクセスを得るには、50州とワシントンDCに個別に候補登録手続きを行わなくてはなりません。大統領選挙への候補登録手続きは大体、州ごとに定められている数の署名を集めることを必要とします。一定数の署名を必要とする州もあれば、その州での登録有権者の1%というように一定の比率の署名を必要とする州もあります。例えばアラバマ州では8月20日までに5000個の署名を集める必要がありますが、フロリダ州では7月15日までに州での登録有権者の1%にあたる132,781個の署名を集めなくてはなりません。

それでは、Kanyeはこの基準を満たすことができるのでしょうか?すでにいくつかの州では登録期限は過ぎています。まだ登録可能な州もほとんどは7月と8月で締め切ります。登録締め切りがまだな州で候補登録をするには、組織だった選挙活動を必要とします。この記事執筆時、Kanyeがそのような活動を行っているという情報はありません。本日公開されたForbesでのインタビューでKanyeはBirthday Party(=誕生日党)から出馬すると発言していますが、これは無所属扱いになります。

それどころか、彼がいかなる選挙スタッフを雇ったという情報も入っていません。大統領候補は連邦選挙管理委員会(FEC)に選挙資金の使途などを報告する必要がありますが、記事執筆時点(7月7日)ではFECのデータベースにKanyeの名前はないようです(Kanye Deez Nutz Westという人が緑の党の大統領候補として登録していますが、 名前からもわかるようにこれは誰かがジョークとして行ったものでしょう)。大統領選挙を行うということは大がかりな組織や選挙のプロを必要とするため、仮に彼が本気でそのような活動をしていたらすでに報道されているでしょう。

そもそも、選挙年の7月に立候補するなどということは本気で候補になるつもりだったら考えられないことです。過去に無所属の大統領候補として最も多くの票を獲得したのはロス・ペロー(1992年の大統領選と1996年の大統領選に立候補)という実業家ですが、彼は1992年の選挙で同年の2月に立候補を表明し、その巨万の富を使ってスタッフを雇って選挙対策部を設立して署名などを集めることで、全州とDCでバロットアクセスを得ました(ペローは全体の18.9%の票を獲得しましたが、勝利した州はないので獲得した選挙人はゼロです)。

これらを考慮するとKanyeが本気で大統領選挙に立候補したとは考えづらいです。本当の理由は彼しか知らないでしょうが、自身の事業や音楽のための何らかのプロモーション活動であるということも考えらられます。

もし本当に選挙活動をした場合

アメリカの大統領選挙は勝者総どり方式のため、特定の政党に非常に有利な州ではあまり選挙戦は行われず、二大政党の指名候補は接戦州で選挙活動を行います。そのため、仮にKanyeがどちらかの政党候補の勝利が確実な州で候補登録をしたところで影響はないでしょう。

一方で、今から候補登録が間に合いそうな接戦州もいくつかあります。コロラドやミネソタ、ペンシルベニア州は候補登録に必要な署名数が少なく、まだ一ヶ月程度あるため今から活動をすれば候補登録ができるかもしれません。

しかし、仮にKanyeがいくつかの州で候補登録をしたところでの指名候補に投票する、どちらかの政党に投票するつもりだった有権者が十分な数彼に投票しない限り選挙への影響はありません。彼は黒人ラッパーであるため民主党に投票する傾向が強い黒人有権者を民主党の大統領候補バイデンから奪うと考える人もいるでしょうが、2018年にイギリスの世論調査会社YouGovが行った世論調査によると、彼について「とても好印象を持っている」と答えた人は全体の5%、「やや好印象をもっている」と答えた人は全体の13%でこの二つの合計は「やや悪印象をもっている」「とても悪印象をもっている」の合計の3分の1でした。とくに黒人からの印象が悪く、彼に「とても好印象を持っている」と答えた黒人は2%、「やや好印象を持っている」と答えた黒人は7%でした。政党では彼に好印象を持っている人は共和党支持者が多いという結果です。ただ共和党支持者からの好感度が高いのもKanyeがトランプと親しいからで、トランプを捨ててKanyeに投票する人は少ないでしょう。

Kanyeはドナルド・トランプと親しく、ホワイトハウスで会談したり、トランプ支持に批判を受けたことについて「人種によりプロファイルされている」などと発言してきました。2016年の大統領選挙ではドナルド・トランプに投票した黒人はたった8%な上、ワシントン・ポスト/Ipsos世論調査によると黒人の83%がドナルド・トランプは「人種差別主義者だ」と考えています。この世論調査は今年の1月に発表されたもので、ジョージ・フロイドの死に対して起こった抗議活動の前です。この抗議活動に対し、トランプは度々抗議者に否定的な発言をし、警察をたたえていました。前述のForbesのインタビューでKanyeは「今後トランプを支持することはない」と発言し、「ひどいヘマをやった」と悔いているようですが、選挙までに有権者の心象を劇的に変えるのは困難でしょう。

以上を考慮すると、彼に彼がいくつかの州で候補登録をしたとして、彼に投票する有権者は多くはないでしょう。もちろん、二大政党の指名候補であるバイデンとトランプが大接戦であれば例えわずかでも影響を与える可能性はあります。ただ、「大統領に立候補する」とツイートしてからもなんの行動もとっていないことを見るとこれはやはり何らかのパフォーマンスでしょう。

このようなパフォーマンスををのまま受け止めて報道することの問題は、仮にこれが十分な注目を集め、何かの宣伝として効果があれば他の有名人も真似をしてしまうかもしれません。そして、このようなパフォーマンスに注目が集まれば、実際に選挙活動をしている候補の政策などに十分に注目が集まらないことにつながります。

Info

Explained
ブログ:https://explainednews.org/
Twitter:@America_seiji

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