【レビュー】Yaeji 『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』|DIYな共同体による、温かいセラピー

タイトル曲”WHAT WE DREW우리가 그려왔던”のMVは6分間でこのミックステープ『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』全体のムードを効果的に表現している。おまじないをしながら巨大な玉ねぎを成長させるミステリアスなストーリーは、Yaejiのアーティスト写真も担当する写真家のダソム・ハンと、彼女の所属するアート・コレクティブ、Dadaism Clubのメンバーである監督、ジョン・ダウンによるもの。制作スタッフに加え、yaejiの祖父やソウル在住時代の友人たちなど出演者までMVに関わった面々はほとんどがyaejiの普段から親しくする友人だ。さらに、MV中でyaejiや彼女の友人たちが着ているスウェットシャツとダボダボのパンツもyaejiのオリジナル・ブランド、YAEJI-MARTのものだし、全体的にDIY要素の強いビデオだ。

また、そのダボダボのパンツは韓国の農作業をするアジュンマ(韓国語で”おばさん”を意味する)たちがよく履くズボンに影響を受けて制作されたというし、ゴム跳びをしたり韓国式スーパー銭湯、チムジルバンで羊巻きのタオルを被るシーンまで韓国カルチャーも満載。yaejiが10代の多くの時間を過ごしたソウルの近郊で撮影され、祖父との会話、友人と手を繋いで散歩をするシーン、友人がお茶目にyaejiの曲を歌うシーンまで、とても親密な雰囲気なこのビデオは、友人、家族、育ててくれた韓国の地へのトリビュートといえる作品なのだ。YaejiはApple Musicに寄せた楽曲解説で「家族や無条件の愛という概念は、私にとってとても韓国的なものだと思います。韓国のことを考えると、とても感情的になります」と語る。

この『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』は、ボーカルは多重に加工され、インダストリアル・テクノのようなゴツゴツなビートも入っているのに、どこか家族や親しい友人たちで営まれた食堂で故郷の家庭的な料理を振る舞われているような温かさを感じさせるレコードだ。

ニューヨーク生まれの韓国系アメリカ人DJ、プロデューサー、シンガーであるYaejiは、アトランタ、ソウル近郊、東京と移住を繰り返したのち、ピッツバーグの名門カーネギーメロン大学に進学。大学のラジオ局に参加したことをきっかけに音楽活動を始め、現在は再び生まれた地、ニューヨークを拠点とする。2016年にシングル”New York 93”でGODMODEからデビューを果たすと、翌年の『EP2』が世界的に批評メディアで絶賛を浴び、ブレイクを果たした。

特徴的なのはボーカルスタイルで、”drink I’m sipping on”の「クゲアニヤ (그게아니야 そうじゃない)」、”raingurl”の「Make it rain girl, make it rain」など決まったフレーズの繰り返しが中毒性を生んだり、囁くような歌い方、声の加工処理など、一聴しただけでも強烈な個性を感じさせた。また、多様なジャンルを取り入れたトラック、DJとシンガーを同時にこなすライブ、英語と韓国語の混ざった歌詞など、柔軟な表現スタイルもジャンルを超えてファンを増やした理由の一つだろう。今年3月にと契約した後に発表されたこの『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』では、そうしたYaejiならではのボーカル表現は彼女の武器として強化され、聴く者に対して瞑想やセラピーのような新たな効果を生んでいる。

Yaejiがミュージシャン活動をしながら、ニューヨークのシーンで多文化なコミュニティを育んで来たことは、このミックステープについて知る上で重要な意味を持つ。本作の楽曲や音楽的な表現に言及する前に、ここで彼女が主催したパーティを2つ例に挙げてみよう。

まず、母親が送ってくれた日本のカレーキューブを使ってクラブ通の仲間を夕食に誘ったのが始まりだという『Curry in No Hurry』は、地元ブルックリンの韓国料理店とも提携し、彼女の仲間がプレイする音楽の熱気とともに、家庭料理の温もりも提供した。また昨年9月に彼女の”ニューヨークでのレイブ体験へのラブレター”として開催した『ELANCIA PARTY』も彼女自身の創作活動に影響を与えたニューヨークのDJ7組が出演し、『Curry in No Hurry』と同じスタッフが軽食や小物を販売した。yaeji自身「一つの鍋で料理を共有することで生まれる共同体の感覚は、私には理にかなっているものがあります」とPitchforkのインタビューで語っているが、2つのパーティに共通するのは地元の信頼を置く仲間だけが出演し、自分の家に友人を招いて食事会をするような親密な雰囲気を持っている点だ。こうした彼女の活動から感じられるのは、家族や親友のような自分のコミュニティ、彼ら彼女らと食事を共にするような日常的な営みこそが大切であるというような信念だ。そして、それはこの『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』にも通じている。
まず参加しているアーティストを確認しても、ミキシングエンジニアである友人の紹介で出会ったラッパーのNappy Nina、2年前から友人関係だというロンドンのドラァグアーティストのVictoria SinとそのガールフレンドでもあるDJのShy One、Yaejiが東京で学校に通っていた時からの友人であるYonYon、公開済みの2つのMV(先述の”WHAT WE DREW 우리가 그려왔던”、キュートなアニメMV”WAKING UP DOWN”)のスタッフまで、名門レーベルからのデビュー作でありながら、本作のコラボレーターは自らのコミュニティの中にいる”新鋭”と言えるようなアーティストたちばかりなのだ。

そしてYaejiはその信念を歌の中でも実行する。

まず、起伏なく心地よいトラックのオープニングの”MY IMAGINATION 상상”から、ボーカルを変調させ続けながら「내가 상상했던 (私が想像していた) 」というフレーズがループされる。続く”WHAT WE DREW 우리가 그려왔던”でも「ネガクリョウォットン (내가 그려웠던 (私が描いた)」というフレーズがお経を唱えるかのように繰り返され、何度も強く歌われる「ウリガ(우리가)=私たちが」は”友人、家族、感謝と支え”という本作のテーマを強調している。このように曲のタイトルやテーマに当たるような意味を強調したい部分の歌詞を繰り返すことは本作の多くの曲で効果的に耳に響いてくる。

歌詞のテーマにも注目してみよう。物事が変わって欲しくないという気持ちがこもった”IN PLACE 그 자리 그대로”、スープにご飯を入れて食べること、友情などお金で買えないことを大切にする”MONEY CAN’T BUY”、「起きて、料理をして、その日のやることリストをチェックして…」と朝の日課を歌う”WAKING UP DOWN”などは何気ない日常の行為に喜びを感じているかのようだ。そして、「注文を覚えるように日記を読んでみた / 人前で こうやってたくさんの人の前で」とyaejiが歌う”SPELL 주문”はまさに彼女がライブで繰り返しのフレーズが多い自分の歌を歌っている時をイメージさせ、音楽活動をしている時と、日常を繋げてみせる。

yaejiが製作期間中にSolangeをよく聴き「公演を初めて観る機会があって、衝撃を受けた」と語っている(*オフィシャル・インタビュー)ことは決定的な意味を持つだろう。Solangeもまた昨年の『When I Get Home』でボーカルを加工させながら同じ歌詞のフレーズの繰り返しを多用し、中でも「Things I Imagined」に関しては「私たちが与えられたマントラを強化するには、繰り返しがとても効果的だと思いますが、実際に声に出して繰り返し、行動に移し、生活に呼びかけるのです」と語っていた。Yaejiの場合は『When I Get Home』以前からこうした表現をしていたわけだが、Solangeに触発されて以降はその表現が持つ意味の深みが増したはずだ。

朝起きて、外の景色を見て、ゆっくり呼吸をして、ご飯を食べ、家事をする。家族や近しい友達となんてことのない会話をする…。『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』におけるYaejiは多様な声色でそうした行為を繰り返し言葉にしながら、日常のなんてことのない営みの中に喜びや温もりを見つけ、優しく祝福する。タイトルの「WE 우리」はこの作品を一緒に製作した友人であり、普段彼女のコミュニティにいる仲間全体であり、韓国にいる家族たちのことだろう。yaeji自らの多様性に富む理想的な共同体によって作られた本作は、私たちにも実践できる愛や連帯を強く体現している。(山本大地)

Info

label: XL Recordings / Beat Records
artist: Yaeji
title: WHAT WE DREW 우리가 그려왔던

release date: 2020.04.02 THUI ON SALE

国内盤CD XL1061CDJP ¥2,200+税
国内盤特典:歌詞対訳・解説/ボーナストラック追加収録

BEATINK.COM
http://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10921
AMAZON: https://www.amazon.co.jp/dp/B08566V61G

Apple Music: https://apple.co/2IE3LrA
Spofity: https://spoti.fi/2IAurtc

TRACKLISTING
01. MY IMAGINATION 상상
02. WHAT WE DREW 우리가 그려왔던
03. IN PLACE 그 자리 그대로
04. WHEN I GROW UP
05. MONEY CAN'T BUY (ft. Nappy Nina)
06. FREE INTERLUDE (ft. Lil Fayo, trenchcoat, Sweet Pea)
07. SPELL 주문 (ft. YonYon, G.L.A.M.)
08. WAKING UP DOWN
09. IN THE MIRROR 거울
10. THE TH1NG (ft. Victoria Sin, Shy One)
11. THESE DAYS 요즘
12. NEVER SETTLING DOWN
13. When In Summer, I Forget About The Winter *Bonus Track for Japan and South Korea

related

【レビュー】KOHH 『worst』| 名前を置いていくアルバム

KOHHの軌跡 自分がKOHHという存在を初めて知ったのは、2012年にリリースされたデビューミックステープ『YELLOW T△PE』の冒頭を飾る"WE GOOD"のミュージックビデオだった。確か知ったきっかけはビートメイカーのLil'Yukichi氏(当時はCherry Brownとしても活動)...

【コラム】リバイバルを果たしたUKガラージ/2ステップの現在と歴史

ここ数年、UKガラージ/2ステップの何度目かのリバイバルが来ている。そしてUKイギリスではPrince Of UK Garageことブリストル出身で西ロンドンを拠点とする新鋭DJ/プロデューサーConductaがプロデュースしたAJ Traceyの”Ladbroke Grove”が新世代のUKガラージ/2ステップサウンドで2019年10月UKシングルチャートの3位を記録、いよいよUKガラージ/2ステップの復活は本物になってきたと言えそうだ。

【レビュー】Childish Gambino『3.15.20』| 世界はまだまだChildish Gambinoが必要だ

2018年、“This is America ”でヒップホップアーティストとして初のグラミー最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の主要2部門(最優秀ラップサングパフォーマンス賞と最優秀ミュージックビデオ賞を含むと4部門)を制して歴史を書き換えたChildish Gambinoが、3/20に自分のサイトにストリーミング形式で4作目『3.15.20』を発表した。

most popular

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。