【コラム】『WAVES/ウェイブス』|Frank Ocean、Animal Collective、Kendrick Lamarらの楽曲が紡ぎ出すプレイリストムービー

『ムーンライト』や『レディバード』、『ミッドサマー』などの作品群を発表し高い評価を受ける映画プロダクションA24が新たに世に放つ新作『WAVES/ウェイブス』。Frank OceanやKanye West、Kendrick Lamarなどの楽曲をふんだんに用いた同作は、映画ファンはもちろん音楽ファンにとっても必見の作品だ。

本作はフロリダ州マイアミに暮らす兄妹、タイラーとエミリーの物語を二部構成で描く。タイラーはレスリングの選手として将来を嘱望され、恋人のアレクシスと共に幸せな毎日を送っている。厳格な父親との間に微妙な緊張感を持ちつつも順調に生きていたタイラーだったが、怪我による故障を機に厳しい現実が次々と襲いかかる。自分を見失い暴走したタイラーは、自身だけでなく家族の運命をも狂わせるような悲劇を起こしてしまう。一方で妹のエミリーはタイラーが起こした悲劇によって孤独な日々を送る。そんな中心優しい青年ルークと出会い、徐々に心の傷を癒してゆく。自身と同じく家族との間に深いトラウマを抱えるルークと共に、エミリーは前に進むための旅に出る。

監督は新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。この映画を今までにない斬新な作品たらしめているのは、本作が大の音楽好きであるという監督自身の手によってセレクトされた楽曲によって物語が紡がれる、いわば「プレイリストムービー」であることだ。通常映画では場面に応じてオリジナルのサウンドトラックを使用し、既存の曲を用いる場合も多くて数曲、といった作品が多い。『WAVES/ウェイブス』はAnimal CollectiveやFuck Buttons、Frank Ocean、H.E.R.、Kendrick Lamar、Kanye West、A$AP Rockyなど様々なジャンルの31曲もの楽曲たちが作中の登場人物やシーンが帯びている感情を代弁する役割を果たし、それらの隙間をトレント・レズナーとアッティカス・ロスによるオリジナルスコアが埋めて補完する、という特徴的な構造となっている。通常のサウンドトラックとは異なり、楽曲が登場人物たちと共に物語を牽引するのだ。上映時間である135分の間、ここまで常に音楽が流れ続けている映画は珍しいのではないだろうか。加えて、劇中曲の歌詞と登場人物や場面が密接にリンクしているため、セリフだけでなく歌詞にまで字幕が付けられていることも音楽ファンにとって嬉しいところだ。

例えば、映画の冒頭で流れるAnimal Collectiveの“FloriDada”は主人公のタイラーが感じる高揚感を表すと同時に、「僕を連れ帰る橋は誰かが戦う橋」という歌詞が物語の舞台となるフロリダが持つ隠と陽の二面性を象徴している。

またタイラーがMRIの検査を受ける場面ではA$AP Rockyの”Lvl“のイントロが機械音とリンクするように奏でられ、数々の悲劇を経て彼が暴走する場面ではKanye Westの”I Am a God”やKendrick lamarの“Backseat Freestyle”によって彼が持つ危うい闘争心が代弁される。

タイラーがオピオイドを服用し友人とのパーティに繰り出す場面で流れる“Backseat Freestyle”はドラッグを使用した状態を表現するため徐々にピッチが下げられスクリューされる編集がなされており、映像に合わせて既存の曲にエディットを加えていることも新鮮な味わいを持つ。物語に合わせてサウンドトラックのピッチが変更される、といえば同じくA24から送り出された傑作『ムーンライト』を連想する方も多いはずだ。同作ではテーマとなる楽曲を3部構成の物語に合わせて章を追うごとにスクリューさせ、舞台となるアトランタや主人公の内面とリンクさせる手法を取っていた。映像としてだけでなく音楽的にも先鋭的な表現を取り入れる辺りに、A24というプロダクションの特出した部分を垣間見ることも出来る。

本作の音楽を語る上で最も印象的な部分がFrank Oceanのフィーチャーのされ方だろう。ファンにとっては周知の通り、彼はメンタルヘルスの問題や誰もが持つ弱さに光を当て、それらを繊細に描き出すリリックを歌ってきた。Kanye WestやKendrick Lamarらの楽曲が、恋人や家族との不和、身体面の不能を受けて暴走するタイラーの心情を代弁するために用いられているのに対し、Frank Oceanの楽曲はどこか状況を俯瞰的に見た上で登場人物たちの問題の解決を促す役割を果たしている。ある種、男根主義的な一面を象徴するKanyeやKendrickのセルフボーストとFrank Oceanのリリックとの対比を、実際の物語の展開や映像表現とリンクさせて補助線とする手法が映画の表現として極めて優れている。

物語の後半は、主人公が兄のタイラーから妹のエミリーに移り変わって展開する。同じく人間関係の軋轢をテーマとしていながら、後半はトラウマを乗り越えること、そして自身にかつて苦しみを与えた人物といかに接するか、という部分に焦点が当てられる。エミリーと恋人のルークがマナティの住む川に出かけ、水中に飛び込むシークエンスではFrank Oceanの“Florida”が使われる。これまで悲嘆に暮れていたエミリーの人生が一気に輝き出したことを暗示するようなこの場面。水に飛び込むことを恐れる彼女に周囲からかけられる「信じて飛べ」という声も、彼女がその後見せる成長を後押ししているかのようだ。他にも登場人物たちが苦悩した果てに優しさや成長を勝ち取る場面の多くにFrank Oceanの楽曲が使用されており、監督が持つ彼の音楽への思い入れの強さが伝わる。

複数の「罪」と「許し」が重ね合わされたクライマックスに流れる楽曲はRadioheadの“True Love Waits”。監督自身にとっても大切なものであるというこの曲は恋人や家族といった共同体の苦しみと愛を共に表現したものであり、本作のテーマをまさしく象徴しているものだ。Thom Yorkeの「どうか行かないで」という歌声と共に、互いに傷つけ合った者同士が恐る恐る手を伸ばし合うラストシーンは涙なしに観ることが出来ない。

『WAVES/ウェイブス』の登場人物の多くは、監督であるトレイ・エドワード・シュルツ自身の体験をもとに造形がなされている。自身もレスリングの選手であった彼はタイラーと同様の挫折を経験し、また妹エミリーの心の支えとなる恋人ルークと同様に父親との関係にトラウマを抱えていた。男性であることによって社会から強くある、という「らしさ」を求められることや、あるいは子供との関係を上手く構築出来ない親の姿、薬物に依存してしまうことや望まない妊娠を迎えてしまうことなど、本作のキャラクターが抱える苦しみの多くはアメリカのみならず世界中の誰もが抱えうる普遍的なものだ。観客の誰もが共感し、身につまされ、彼らが行く先に思いを馳せるに違いない。

これまでに観たことのないような映画体験を与える『WAVES/ウェイブス』は4月10日(金)より日本公開。また、本作で使用される楽曲を集めたプレイリストもSpotifyにて公開されている。(山本輝洋)

Info

『WAVES/ウェイブス』

4月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ(『イット・カムズ・アット・ナイト』)

出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー

音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス (『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』)

原題:WAVES /2019 年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135 分/PG12

配給:ファントム・フィルム
https://www.phantom-film.com/waves-movie/

©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved

劇中曲トラックリスト

Animal Collective
♪FloriDada ♪Bluish ♪Loch Raven (Live)

Tame Impala
♪Be Above It ♪Be Above It (LIVE) ♪Be Above It (Erol Alkan Rework)

Frank Ocean
♪Mitsubishi Sony ♪Rushes ♪Sideways ♪Florida ♪Rushes (Bass Guitar Layer) ♪Seigfried

Dinah Washington
♪What a Difference a Day Makes

Kelvin Harrison Jr.
♪La Linda Luna

A$AP Rocky
♪Lvl

Kendrick Lamar
♪Backseat Freestyle

The Shoes
♪America

H.E.R.
♪Focus

Tyler, The Creator
♪IFHY (feat.Pharrell)

Fuck Buttons
♪Surf Solar

Amy Winehouse
♪Love is a Losing Game

Kanye West
♪I Am a God

THEY.
♪U-Rite ♪U-Rite (Louis Futon Remix)

Kid Cudi
♪Ghost!

Colin Stetson
♪The Stars In His Head (Dark Lights Remix)

Glenn Miller
♪Moonlight Serenade

Chance The Rapper
♪How Great (feat. Jay Electronica and My Cousin Nicole)

SZA
♪Pretty Little Birds (feat. Isaiah Rashad)

Radiohead
♪True Love Waits

Alabama Shakes
♪Sound & Color

RELATED

映画『RHEINGOLD ラインゴールド』の公開を記念してシネマート新宿で「青春ヒップホップ」映画特集上映が決定

ドイツの映画監督ファティ・アキン監督の最新作『RHEINGOLD ラインゴールド』が、3/29(金)に劇場公開される。

映画『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』の上映を記念してSpotify O-EASTで入場無料の試写イベントが開催 | KID FRESINO、澤部渡がDJで出演、髙城晶平と松永良平によるトークショーも

Talking Headsの伝説的なライブ映画『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』の劇場公開を記念して、1/20(土)にSpotify O-EASTでオールナイト・オールスタンディング・入場無料の試写イベントが開催される。

クエンティン・タランティーノのデビュー作『レザボア・ドッグス』が30年ぶりにデジタルリマスター版として劇場公開

クエンティン・タランティーノ監督のデビュー作で、斬新な構成と過激なバイオレンス描写で衝撃を与えた『レザボア・ドッグス』が、『レザボア・ドッグス デジタルリマスター版』として30年ぶりの正式公開が決定した。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。