【レビュー】『ài qíng』| KID FRESINOはスペースを作る

以前、KID FRESINOとBAD HOPの楽曲”2018”について話す機会があった。同曲のBenjazzyのヴァースが好みだという彼は、そのヴァースでのBenjazzyがいかにラッパーとしてかっこいいかを精緻に分析してくれた。それは韻の堅さなどではなく、「普通のラッパーは言いたいことの間に、余計なことを言わないとラップが成立しないのに、Benjazzyはラップの中で余すことなく自分の言いたいことが言えるからすごい」のだとFRESINOは話す。自分でラップをすることのない筆者は、そんなことは考えついたことがないし、ラッパーからそうした分析的な批評を聞いたこともあまりなかったので、KID FRESINOというアーティストの曲の魅力を解析する力にとても新鮮な気分を覚えた。

11月にリリースされたFRESINOの新作『ài qíng』について本人は、小野田雄氏のインタビューにおいて「オリジナルが生まれ得ない時代であるならば、新しい引用の仕方であったり、その組み合わせを土台に曲作りをすることで、オリジナルであると言い張ろう」(Masterdより )という作品であると語る。確かに『ài qíng』には引用がなされているが、それがこれまでのサンプリング的な意味合いか、それに近いものかというと全く違っている。『ài qíng』にはKID FRESINOの楽曲の分析力、しかもそれは流行っている楽曲のコードを解析するというようなマーケティングの視点ではなく、楽曲そのものが秘めている魅力を見出す批評的な技術が必要になってくるのだ。

FRESINOは同じく小野田氏によるCDJournalのインタビューで最新作の全曲解説も行っていて、そこであっさりと新作の引用元を明かしている。ここまで堂々と明かすのはたとえネタがわかったところで、そのネタと出来上がったものは全く似ていないものであるという確信があるのだろう。ではFRESINOはどのような引用の作法をとっているのだろうか。

ゆるふわギャングのNENEをフィーチャーした先行シングルの”Arcades”では、「現行のUSヒップホップのビートをイメージ」して自分で作ったトラックが採用されているが、この曲を聴いて具体的なネタ元に辿りつくことは不可能だろう。”Arcades”のビートはFRESINOの貪欲なインプットと先述した精緻な分析能力を元に、アメリカのモダンなラップトラックをアブストラクトに解釈したものだと言える。

昨今猛威を奮っているタイプビートが、ある曲をモデルに、その曲に似せていくことで最先端のムードを担保しようとするものであるのに対し、”Arcades”はモダンなラップトラックが持つ構造を引用しつつも、具体的には何にも似せないというものだ。音数が少ない中で印象的なドラムも定型のようで聴いたことのない鳴りをしているし、ビートのパターンもそこからはズレている。同じ方向性といえるのが水曜日のカンパネラなどで知られるケンモチヒデフミをプロデューサーに迎えた“Way too nice feat. JJJ”だろう。この楽曲はパーカッシブな鳴りをしたボトムが特徴的だが、こういった鳴りは現行のUKのトレンドであるアフロスイングの構造からインスピレーションを受けたものだと推察できる。しかし、ここでもトラックやJJJとFRESINOのラップから元ネタにたどり着くことは不可能だ。

もしくは同じく先行シングルで、具体的に引用元がWill Joseph Cookの”Plastic”であると示されている”Coincidence”は、本人が語っているように「BPMが速くて、スティールパンを用いている」という点は確かに一致するが、FRESINOの信頼するテクニシャン揃いのバンドメンバーたちによってより複雑かつグルーヴィーに機能的なものになっているし、FRESINOの正確かつ自由なフロウによって、これが引用元なのかと思わざるを得ないことになってしまっている。FRESINOは、こうしたトレンドに近い音楽を作りつつも、内容ではなくその音楽が持つ構造を引用することで二番煎じとなることから逃れ、新たなスペースを見出している。

また”Coincidence”に続くSeihoがトラックを手がけた”Cherry pie for ài qíng”は、前述のインタビューでは友人から「Jersey Clubみたいだね」と言われたと話しているが、個人的にはダブステップが可能性に満ちていた音楽だった時を思い出す。人によってはすでにダブステップは終わっていたと言うかもしれないが、Skream、BengaそしてArtworkによるMagnetic Manのアンセム"I Need Air”がリリースされた当時のような「この音楽は今後どうなっていくのだろうか」というジャンルとして定まりきらない音楽が鳴っているように聴こえるのだ。それはSeihoがライヴで使用していたというトラックを用いた“Fool me twice”にも言えることで、4つ打ちとハーフなビートを行き来するこの楽曲も不定形なスリリングさがある楽曲だ。

バンドで作られた”CNW”や”Winston”などの楽曲にしても、いわゆるヒップホップとバンドといったときに想像しがちなジャズやネオソウル的な方向性とも、いわゆるロックとも違い、フラットでジャンルレスなグルーヴを叩き出している。これらの楽曲は様々な文脈から逃れバンドミュージックとしての既成概念から逃れていることで、ある人には物足りなく聴こえるかもしれない。しかしここにはあらゆるジャンルの歴史から逃れようとしているラップと新しいバンドサウンドの関係性の萌芽がある。FRESINOの引用とは完成しきった音楽を不定形の可能性に満ちたものに戻すものと言ってもいいだろうか、新しい音楽が生みでるためのスペースを構造化された音楽の中から取り出すという操作だと考えられる。

定型からFRESINOのトラックはラップがしづらいものだが、こうしたサウンドを可能にしているのは、驚異的なリズム感により、どんなトラックの、どんな場所からでも彼がフロウを生み出すことができる故だ。ライヴでのFRESINOを見たことがある人ならわかると思うが、彼がライヴでミスをすることはほとんどないし、楽曲によっては原曲よりもピッチを速くしてパフォーマンスをしているのだ。その驚異的なラップ力は、ゲストアーティストを迎えた楽曲でも活かされている。前述の”Winston”には鎮座DOPENESSを迎えているが、FRESINOはあえてなのかあまり抑揚を感じさせないようにフロウすることで、彼のファンクネスの塊のようなラップを引き立てているし、ISSUGIとの”not nightmare”でもISSUGIのフロウを生かすためのスペースを作っている。そしてFRESINO自身はヴァースを作っていないCampanellaの”Attention”では、「最後に(Campanellaが)入れたラップがあまりにすごかったので」自身は楽曲のために引き下がったと話している。このFRESINOの動きはまるで卓越したサッカーのゲームメイカーがボールを持たずにスペースに逃げることで、新たなスペースを味方のために作るもののようだ。プレイヤーとしてではなく全体を見通すFRESINOのポジションが浮かぶ。

Kanye WestやTravis Scott、A$AP Rockyなど、ここ数年ヒップホップの大作と言える作品には多くのプロデューサーやゲストアーティストが参加し作品の構成要素を担っていることが多い。その多くのアーティストを強力な個人が束ね、プロデューサーとして振る舞うことで作品が出来上がる。しかし例えばKanyeに顕著なように、どのようなアーティストが参加しても出来上がった作品はKanyeの色になってしまい、それが歪な魅力を放つパターンということにどうしてもなってしまう。

『ài qíng』も楽曲のバラエティや参加アーティストの幅でいえば、そうした歪なものになってしまう可能性はあったかもしれないが、それを拒否して統一感のあるものになっているのは、ミックス・マスタリングの素晴らしい仕事がありつつも、時にはゲストアーティストのために場所を譲り、楽曲の完成度を優先させるFRESINOの線引きが明確に作用していたからだろう。これはKID FRESINOという個人の色よりもKID FRESINOという名義における出来上がった音楽が引き立つような動きだ。

リリックにおいても個としての自分を上手く消す試みが行われている。”Coincidence”の冒頭の「例えば」というワードは、映画『NANA』の劇中歌で伊藤由奈が歌う”ENDLESS STORY”のサビから持ってきていると本人は語っているし、他には思い出野郎Aチームの”ダンスに間に合う”などからの引用も行われており、他にも日本語ラップフリークでもあるという彼は様々なアーティストからの引用を試みている可能性もあるが、筆者は気づくことができていない。さらに格言やことわざといった元々ある言葉を使用することで、いわゆる自己主張=ラッパーというポジションからは距離をとり、あくまで音楽の隣で上手く鳴るための言葉をFRESINOは歌っている。ここでも自己主張=ラッパーのクリシェから逃れ、『ài qíng』という作品のために、よく聴こえるための言葉を探していくという立場を取っているのだ。

しかし、歌詞についてはAru-2のインタールードを境目に雰囲気が変わる。盟友であるC.O.S.A.との”Nothing Is Still”、JJJとの”Way Too Nice”、そしてVaVaのエモーショナルなビートが響く”Retarded”の3曲は、明確に「失くした誰かの事を歌ってる」曲だといえるだろう。この失くした誰かとはもちろん、故febbのことでもあり、他には同じく今年亡くなったXXXTentacionを想起させる箇所もある。以前から厭世的な考えを持っていたというFRESINOはこれまでも死について歌うことがあり、実際に2013年の『HORSEMAN’S SCHEME』をリリース後は「全て終わってもいい」と思っていたというのだ。

今作では彼を誘惑してきた死とも明確に距離を取っている。FRESINOは他者の死、そしてその喪失からくる痛みや変わることのない日常を歌ってはいるが、その大きすぎるカタルシスを自分のものとして引き受けることからは距離をとっている。盟友を失った痛みを歌う後半の楽曲は他者の追悼の場所であるが、自身は”livin to suffer way too nice”という方を選ぶ、というFRESINOの新たな決意のためのものでもあるようだ。新たなFRESINOのスタートを飾る1作目である傑作『ài qíng』で、FRESINOは彼なりの引用の果てに彼自身の前にも、そして2018年の日本の混沌としたシーンの前にも大きな新しさの可能性というスペースを作ったのはまぎれもない事実だろう(和田哲郎)

Info

KID FRESINO『ài qíng』
2018.11.21 On Sale
DDCB-12103 / 2,700yen+tax
Released by Dogear Records / AWDR/LR2

[TRACKLIST]
1. Coincidence
2. Cherry pie for  ài qíng
3. Arcades ft. NENE
4. Ryugo Ishida interlude
5. Winston ft. 鎮座DOPENESS
6. CNW
7. Fool me twice ft. 5lack
8. Attention ft. Campanella
9. not nightmare ft. ISSUGI
10. Aru-2 interlude
11.  Nothing is still ft. C.O.S.A.
12. Way too nice ft. JJJ
13. Retarded

1/14 (月*祝日) 名古屋クラブクアトロ
Open18:00 / Start 19:00 ¥3,500(前売/1ドリンク別)
W/ CH.0 (DJ)
GUEST : Campanella / C.O.S.A. / JJJ
#052-264-8211(名古屋クラブクアトロ)

1/18 (金) 梅田TRAD
Open18:30/ Start 19:30 ¥3,500(前売/1ドリンク別)
W/ 三浦淳悟 (bass) / 佐藤優介 (keyboard) / 斎藤拓郎 (guitar) / 石若駿 (drum) / 小林うてな (steelpan) / CH.0 (DJ)
GUEST : Campanella / C.O.S.A. / JJJ
#06-6535-5569 (SMASH WEST)

1/25 (金) 渋谷TSUTAYA O-EAST
Open18:30/ Start 19:30  ¥3,500(前売/1ドリンク別)
W/ 三浦淳悟 (bass) / 佐藤優介 (keyboard) / 斎藤拓郎 (guitar) / 石若駿(drum) / 小林うてな(steelpan) / CH.0 (DJ)
GUEST : Campanella / C.O.S.A. / ISSUGI / JJJ / NENE / Ryugo Ishida / 鎮座DOPENESS
#03-3444-6751(SMASH)

2/1 (金) 福岡DRUM Be-1
Open18:30/ Start 19:30 ¥3,500(前売/1ドリンク別)
W/ CH.0 (DJ)
GUEST : Campanella × C.O.S.A. × RAMZA
#092-762-7733 information@kiethflack.net (KEITH FLACK)

AFTER PARTY
『Off-Cent』 2/1(金) 福岡KEITH FLACK
Open / Start : 21:30 ¥2,000(前売 / 1D別)¥2,500(当日 / 1D別)
DJ : KID FRESINO / CH.0 and more

チケット発売
オフィシャルHP先行予約 (抽選制) *1申込み4枚まで
受付期間:11/23(金)10:00 – 12/3(月)23:00
受付:http://eplus.jp/kidfresino-hp/ (PC・携帯・スマホ)

一般発売:12/15 (土) 10:00〜
名古屋: e+(pre:12/11 12:00-12 23:59)・ローソン(L: 43485)・ぴあ(P:135-322)・会場
大阪: e+(pre:12/11 12:00-12 23:59)・ローソン(L: 52001)・ぴあ(P:135-753)
東京: e+(pre: 12/11 12:00 – 12 23:59) ・ ローソン(L: 75144)・ぴあ(P: 135-510)・岩盤 http://ganban.net
福岡: Livepoket http://t.livepocket.jp/・ローソン(L: 82937)・取扱店舗

クレジット
主催・企画 :  Dogear Records / AWDR/LR2 / SPACE SHOWER MUSIC / Kieth Flack(福岡)

制作:SMASH
総合問合わせ:SMASH 03-3444-6751 smash-jpn.com ,smash-mobile.com

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