【ライヴレポート】宇多田ヒカル 『Laughter in the Dark Tour 2018』 | 「今までで一番ライヴを楽しんでいるんだ」

スマホでの写真や動画撮影が解禁

宇多田ヒカルのコンサートツアー『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』の埼玉公演が、12月5日にさいたまスーパーアリーナで開催された。この日のライヴは同会場での2DAYS公演の2日目。ツアー全体では12月8、9日に幕張メッセ国際展示場で行われたファイナルを前にした終盤戦だった。

宇多田ヒカルとしてのツアーは2006年に行われた『UTADA UNITED 2006』以来12年ぶり。SNSの普及に合わせて、今回のツアーではスマホでの写真や動画撮影が解禁された。Twitterやinstagramなどで「#LaughterintheDark2018」を検索すると、今回のツアーの様々な写真や動画を見ることができる。

バンドメンバーはアルバム『初恋』のレコーディングにも参加したジョディ・ミリナー(B)、ベン・バーカー(G)、アール・ハーヴィン(D)、ヴィンセント・タレル(Piano, Key)に加え、ヘンリー・バウアーズ= ブロードベント(Syn, Per, etc)、四家卯大ストリングスという大所帯編成。ステージセットの最大の特徴は、天井のライトパネルが可変式になっていること。楽曲に合わせて、高さや形状が変化し、柔らかい光を放つ無数のライトとともにさまざまな演出をさりげなく表現した。

12年ぶりのさいたまスーパーアリーナに「ただいま」

そんなステージの中央に宇多田が登場した。ヘアスタイルはショート。黒いノースリーブのドレスを纏っていた。1曲目は"あなた"。ライヴは宇多田のボーカルからスタートした。まず驚かされたのはPAによる出音のコントロール。まるでCDを聴いているかのように、宇多田のヴォーカルはもちろん、バンドメンバーたちが演奏に込めた感情すらも感じられると同時にライヴならではのダイナミズムに心を躍らせることもできた。

最初のパートでは"道"(『Fantôme』)、"traveling"(『DEEP RIVER』)"COLORS"(『ULTRA BLUE』)と新旧のクラシックを連発する。途中声が掠れる場面もあったが、そんな状況すらも楽しんでいるように見えた。「ちょっと(会場が)乾燥してるよね」と水を飲んでからMCを続ける。

「昨日のMCで『初めてのツアーのファイナルがここ(さいたまスーパーアリーナ)で、それ以降はやったかわからないから、もしかしたら18年ぶりとかかも』みたいなことを言ったんですよ。でも調べてみたら、17歳の時のツアーファイナルは千葉マリンスタジアムで、2006年のツアーではここでライヴしてたみたい。(昨日のMCは)全部間違ってた」と話して観客を笑わせた。一息ついてから「と、しても12年ぶりのさいたまスーパーアリーナです。会場にも『ただいま』って」と改めて挨拶した。

最初ステージに登場した時は小柄な少女のように見えた彼女だったが、2曲目、3曲目と歌うごとにその存在感が大きくなっていく。それはロックスターの放つ艶やかさではなく、もっとごく自然なもの。音楽によって彼女の感性が、「社会」「常識」といった世の中の枠組みから解き放たれて、自由になっていくような感覚だった。"Prisoner Of Love"、"Kiss & Cry"を歌う頃には声の調子も戻り、低音から高音まで複雑なメロディを歌い分けた。さらに"SAKURAドロップス"後半には、自らシンセを弾いて大ヒット曲に奇怪ながらポップなアレンジを加えた。

「最後のちゃんとしたライヴ(2010年12月8、9日に横浜アリーナで行われた『WILD LIFE』)から8年経ってるから、私が休んでる間、皆さんにもいろいろあったと思います。でもなんにせよ、無事(みんなと)ここで一緒にライヴをできて良かったな」と話し、「今この瞬間の素晴らしさ」について綴られた"光"を歌う。次の"ともだち"ではダンサーの高瀬譜希子が登場する。彼女は宇多田の歌詞をフィジカルで表現し、ステージに新しいアクセントを加える。宇多田は「"Forevermore"のMVで振り付けを担当してもらって以来の仲」と紹介する。MCの間、2人がずっと手を繋いでいたのが印象的だった。続く"Too Proud"では2人のみでパフォーマンス。高瀬の野生的でしなやかな動きに宇多田の声も弾む。さらに宇多田はこの曲で、ラップも聴かせてくれた。

ツアーを始める瞬間まで「もうライヴはできかもしれない」と不安だった

幕間にはお笑い芸人の又吉直樹が脚本を手がけたショートフィルムが上映。映像では、又吉が宇多田にインタビュー。ツアータイトル『Laughter in the Dark』はロシアの作家・ナボコフの詩から引用したことや、アメリカの女性コメディアン、ティグ・ノタロが自身の悲劇的な体験をネタにしたトークで笑いをとったことを引き合いに出して、「希望と絶望」がツアーのテーマであると話した。ちなみに、ショートフィルムはこの対談内容を伏線にしてコントに突入する。

映像が終わると宇多田はアリーナの後方に設置されたミニステージに登場する。衣装は白と黒のワンピースで、スカートはアシンメトリーで角度によってミニにもロングにも見えるデザインだった。後半戦の最初は"誓い"だ。美しいメロディのバラードだが、ライヴで際立ったのはその複雑なリズム。歌い手がどこでリズムを感じているのか、正直わからなかった。さらに楽曲の後半からは、ラップのようなフロウを歌に織り交ぜる。繊細なバラードであるにも関わらず、凄まじい推進力を持ったこの曲の生演奏は圧巻だった。

さらに前作「Fantôme」から、"真夏の通り雨"と"花束を君に"という、別れをテーマにした対照的な2曲を歌う。そしてメインステージに戻って、この日のハイライトとも言える"Forevermore"になだれ込む。繊細な感情の動きを表現したストリングスの響きに、バンドの力強い演奏が絡み合う。そこにローズのメロウなリフレインがエモーションを加える。全体を牽引するのは宇多田のハードボイルドなヴォーカルだ。それらすべてが一体になった時に生まれるグルーヴのうねりは至福そのもの。仕上げは、パンチライン「愛してる、愛してる /  それ以外は余談の域よ」だ。これこそ宇多田ヒカルの真骨頂。おそらく会場にいたすべての人は、この音楽に包まれている幸福がいつまでも続けと感じていた。

"Forevermore"を歌い終えても宇多田はまだグルーヴの余韻の中にいるような雰囲気だった。しかしなんとか言葉を探しながらMCを始める。「えーっと、なんだろうな。何を言おうと思っていたんだろうな。そうだ。今回は一応デビューから20周年を記念したツアーで。20年というのはすごく大きな節目だし、本当にいろんなことに感謝しなくちゃいけないと思っているんです。(歌手を)20年やれると思ってなかったし」と語り出した。

「私が活動休止を発表した時『もうライヴ見れないのかな?』と思った人もいっぱいいたと思う。(発表した時点では)またいつか絶対に音楽をやるつもりだったし、当然ライヴもやると思ってた。けどそのあとにいろいろあって。一時期は人前に出るのはもう、嫌というか、無理だなって。明るいライトとかチカチカするのがすごい苦手になっちゃって。撮影でもフラッシュを使わないでくださいとお願いしてた時期もあったんですよ。そんなある時、ふと『仕事を開始したほうがいいけど、どうやってライヴやったらいいのか? ライヴできるのかな? 体質的にもう無理かも』と心配になって。というか、その不安はこのツアーが始まるまで続いていました。でも始めてみたら、(私は今回が)今までで一番ライヴを楽しんでいるんだ。それはお客さんのおかげなのかな」と話して、大きな拍手が起きた。

そして「今日は、私の20年を知ってるファンはもちろん、最近知ってくれた人や、気まぐれで応募したらなんとなく当たったから来た人も、みんなひっくるめてありがとうと言う場所なんだけど、それよりも、私は今ここでライヴできてることがすごく嬉しい。すごいと思う。とにかく(みんなと自分が)いまここにいることをありがとうございます」と話した。

「好きなように動いて、好きなように聴いてくださいな」

宇多田ヒカルは1999年に発表した1stアルバムのタイトル曲"First Love"と、今年リリースした最新作のタイトル曲"初恋"を歌い、自身の20年を表現する。彼女の歌における「恋愛」とは生きることを描くためのメタファー。そして「あなた」とは自分と関係を構築する他者で、決まった誰かではない。デビュー当時の彼女は、あやふやな自分を他者との関係性との間に規定しようしたが、それができず、喪失感を"First Love"という歌にした。そして20年後、さまざまな経験をした彼女は、「初恋」で「言葉一つで傷つくようなヤワな私を捧げたい今 / 二度と訪れない季節が終わりを告げようとしていた」と当時を振り返る。そして迷いながらも不確かな自分を認めて、前に歩んでいくと歌ったのだ。

宇多田は今この瞬間を最高に楽しんでいるように見えた。2曲を歌い終えた彼女は、複雑な感情が交差したのか、涙ぐんでいた。そして泣き笑いの声で「みんなが気持ちよくなってくれたらいいな、と思う曲なんで、好きなように動いて、好きなように聴いてくださいな。じゃあいきましょう」と"Play A Love Song"を歌って本編を締めた。しかし宇多田がステージを降りると、すぐさま観客たちはそれぞれスマホのライトで会場を照らしてアンコールを求める。

晴れやかな表情でTシャツに着替え再びステージに現れた宇多田は、"俺の彼女"、"Automatic"、"Goodbye Happiness"を歌った。彼女は人生において難しい時間を過ごしたが、前述のコメディアン、ティグ・ノタロのようにそれを作品として昇華することで会場にいたすべての人に感動を与えた。MCで繰り返し話していたように、宇多田は過去でも未来でもなく、今この瞬間を生きると決めたように見えた。おそらくライヴにおける「あなた」はあの時、あの会場にいたすべての観客だろう。彼女が歌にして紡いだ物語は会場の1人、1人に深く刺さっていったにちがいない、そう思わせるライヴだった。(取材・校正 : 宮崎敬太 撮影 : 岸田哲平)

「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」

12月5日(水)さいたまスーパーアリーナ

01. あなた

02. 道

03. traveling

04. COLORS

05. Prisoner Of Love

06. Kiss & Cry

07. SAKURAドロップス

08. 光

09. ともだち

10. Too Proud

11. 誓い

12. 真夏の通り雨

13. 花束を君に

14. Forevermore

15. First Love

16. 初恋

17. Play A Love Song

<アンコール>

18. 俺の彼女

19. Automatic

20. Goodbye Happiness

Info

●シングルCD ※同日配信もリリース
「Face My Fears」
2019年1月18日(金)発売
通常盤(初回仕様) ESCL 5150
価格 \1,400(税込) \1,296(税抜)
※初回仕様:「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろしピクチャーレーベル、PlayPASS対応

収録曲
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Don’t Think Twice(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

◆CDの予約はこちらから
https://erj.lnk.to/Tb3UTWN

◆iTunesの予約はこちらから
https://erj.lnk.to/x3T5NWN

◆『誓い』配信はこちらから
https://erj.lnk.to/Y_LqyWN

◆『Don’t Think Twice』配信はこちらから
https://erj.lnk.to/IWTgNWN

●アナログ
「Face My Fears」(生産限定アナログ盤)
2019年3月6日(水)発売
生産限定アナログ盤 ESJL 3114
※「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろし絵ポスター封入
価格 \2,500(税込) \2,315(税抜)

収録曲
[Side A]
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

[Side B]
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Don’t Think Twice(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

◆生産限定アナログ盤の予約はこちらから
https://erj.lnk.to/zdxOJWN

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