【Review】ゆるふわギャング 『Mars Ice House』| 2人が出会って物語は走る

「ある夜、若い男が若い女に出会う。2人は深い恋に落ち、翌日には結婚する」これは映画『トゥルー・ロマンス』のWikipediaに掲載されている、あらすじの一節だ。トニー・スコットがメガホンをとり、クエンティン・タランティーノが脚本を書いた『トゥルー・ロマンス』は、突然出会った男女が、マフィアの宝物であるコカインを盗んだことをきっかけに事件に巻き込まれていくロード・ムービーだ。

ゆるふわギャングのアルバム『Mars Ice House』に収録されている”Sunset”の中で、同作は「まるで2人の世界さ トゥルーロマンスだった」と言及されており、”Fuckin’ Car”のミュージックビデオでも、オマージュを捧げていることは磯部涼も指摘している。

他にも、ゆるふわギャングのミュージックビデオの参照元として『レオン』や『パルプ・フィクション』をあげることはできるし、さらに彼らが歌詞で言及しているようにボニー&クライドのような伝説的なカップルに見立てることも既にSNSではされている。そうした見立てがこの原稿の目的ではない。そうではなく『トゥルー・ロマンス』の2人のように、Ryugo IshidaとSophiee(実際にはゆるふわギャングはディレクター・プロデューサーのAutomaticを含めた3人だが)が突然出会ったこと、その2人が様々な場所へロードムービーのように移動することで、ゆるふわギャングのアルバム『Mars Ice House』が出来上がっていることを指摘したいのだ。

文:和田哲郎

Ryugo IshidaとSophieeの出会いは昨夏クラブで遊んでいる時にだったという。2人はお互いのタトゥーの入り方や楽曲の方向性に相似点を感じ、遊ぶようになった。その後、”Fuckin Car”をレコーディング、Youtubeにビデオをアップする際に、ゆるふわギャングという名前をつけたという。

 

”Fuckin Car”には、既にゆるふわギャングのエッセンスが詰まっている。まずは車。ゆるふわギャングのミュージックビデオに欠かせないものといえば車=トヨタ・プリウスであるし、彼らのリリックの多くはどこかへの道中の車内や、帰りの車の中で書かれていると2人も言う通り、車はとても大切な場所だ。彼らはその日にあった出来事を、その場でではなく車というプライベートな空間でリリックに落とし込み、曲に仕上げる。そして、車はゆるふわギャングにとっての移動というさらに重要なモチーフも呼び込むが、それは後述する。

“I got a fuckin’ car We got a fuckin car, We got a fuckin car”、このシンプルな"Fuckin' Car"のフックに、ゆるふわギャングのもう一つの特長が浮かび上がる。最初にRyugoが「I got a fuckin’ car」というのに対して、その後それを打ち消すかのようにSophieeが「We got a fuckin car, We got a fuckin car」と2回強調する。そう、I=1人というだけではなくWe=2人が車を持ち、2人が車に乗っていることが重要なのだ。「暗い道でも君が俺の太陽」(”Fuckin Car”)でなければ、車という2人にとって物語を生む装置も、味気ないただの移動手段になってしまうだろう。蛇足だが、Ryugo Ishidaのアンセム”YRB”のミュージックビデオでは、Ryugoの乗っている車は走り出さず、ずっと止まっているままだ。

2人が出会い、2人をめぐる世界は、映画のように一変する。例えば『Mars Ice House』の冒頭を飾る”Go! Outside”は、「おんなじドアから外に出る ショッピング 食べにいくice cream 外に出よう 乗り込むプリウス」と始まる。とても日常的な情景ではあるが、これが2人によって歌われることで、ゆるふわギャングの物語になる。また同曲では「ノリノリでするドライブ 行く先はまだたくさんある」ということも歌われている。「今までずっと光はあたらない」(“Bleach The World”)世界から、「うちらはフェードアウト、自らコースアウト」(“Fuckin’ Car”)し、2人は新しい物語を連ね始めたのだ。そして2人は様々な場所に移動し始める。

2人とも、実際ゆるふわギャングになってから歌詞の書き方が変わったと話しているのも興味深い。Sophieeは、それまでは「考えながら作っていた」と話しているが、「今だと、その日の出来事が簡単に曲に出来たり」するとSpace Shower Newsのインタビューで話している。Ryugoは「土浦から東京に移ったことで、車の中から見る景色が街ごとに違うから、車でどこか出かけるたびに、パーキングに停めてリリックを書いている」と同じインタビューの中で話している。

 

なぜこの2人でなければなかったのかはわからない。それは2人とも説明もできないだろう。初期曲”Dippin’ Shake”では「両手にバニラシェイクとポテト、この2つは最高にポルノ、この2つがあれば落ち着くの」と歌われており、2という数字がエロティックな関係性であると同時に、精神安定剤的な役割を果たすものとして歌われている。さらにその後には「君達にはわからないでしょ」とこの組み合わせが2人っきりの、パーソナルなものであるとリスナーは釘を刺されているのだ。

ゆるふわギャングの2人の関係性は、様々なパターンで登場する。例えば「ボニー&クライドみたいなチーム」(“YRFW Shit”から)や、「PRINCESS PEACH、隣にはワルイージ」(“Fuckin’ Car”より)、「俺 ジョーカー そひがハーレイ・クイン、Automaticがスティーブ・マックイーン」の場合もある。2人にとっては「まじおんなじルーティーン味気ない」(Escape To The Paradise”)のだ。

ここに先ほど指摘した移動のモチーフが現れている。彼らは、実際の世界だけではなくゲームや映画といったフィクションの世界の中も自在に入り込み、移動してしまう。『トゥルー・ロマンス』の主人公たちが事件に巻き込まれていくように、2人はあらゆる物語に巻き込まれていく。

例えば”グラセフ”ではおなじみのゲームの世界の住人となって、無法者になりきるし、”Hunny Hunt”では自分たちだけのディズニーランドや甘いハチミツを探す、探検者のようだ。さらに”パイレーツ”では財宝を狙う海賊になっている。

重要なことは、彼らにとってハチミツや財宝といった宝物自体が重要なわけじゃない。”Bleach The World”で「フル札束 Bitch shake that ass 別にいらない明日 全部撒き散らす」と歌われているように、その冒険=移動の過程を2人で経験することが重要なのだ。そしてその過程が曲になっていく。

例えば、友達や恋人との旅行で、一番楽しいのは帰りの車中で、その旅のことを振り返る、そんな時間だったりしないだろうか。その経験を共有しているものにしかわからない、些細でパーソナルな出来事、何年後でも「あの時あんなことがあったよね」と振り返ることができる、そんな淡い時間がゆるふわギャングの曲では、パーソナルでカラフルなリリックを通して再現されているのかもしれない。

2人にとって移動は、ただ享楽的な宝探しとしてではなく、ヒーリングとしても機能する。重要な曲であると2人が語っている”大丈夫”では「なんどもあきらめたくなる ホロ苦い経験」が、田舎の街の車の中で響く「大丈夫」という声によって打ち消されるし、”Sad But Good”でも「慣れてきた世間の冷たい風」を振り払うものとして、待ってくれる人がいる世界に向かうためのものとして移動のモチーフが現れている。

初期の”Fuckin’ Car”や”Dippin Shake”では2人きりの世界を作るための、プライベートな移動だったのが、この2曲では2人以外の誰かに出会うための移動に意味が変わってきている。2人と世界という視点から、その周辺で2人を支える人々も浮き上がってくる。この変化は2人がインタビューなどで指摘しているKANE氏や所属レーベルMaryjoyの肥後氏との出会いがきっかけになっているだろう。さらに”Sunset”では終始移動を繰り返していた2人は、移動せずに「今日はお家でまったりしてたい Babyと2人家で落ち着き」という新しい安定した時間の過ごし方も掲示する。

ロードムービーにとって、移動が終わるのはハッピーエンドにせよバッドエンドにせよ映画が終わる時だ。家で2人きりの時間を過ごしている、この情景はゆるふわギャングの第一幕の冒険が無事に終わったことを意味する。でも2人はもちろん立ち止まるつもりはないだろう。「まだNO WAYだって思ってるの?間違いだよ 世界はあなたのもの」(”Yes Way≠No Way”)なのだから。

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