ラッパーKendrick Lamarの新たなアルターエゴが今、世間を賑わせている。そのきっかけとなったのが、新作アルバム『DAMN.』に数多く登場し、先日行われたCoachellaでのライブでの初お披露目となったKendrickの新たなニックネーム、Kung Fu Kennyだ。そのビジュアルは『DAMN.』に収録されている"DNA"のミュージックビデオで確認できる。
実は、このKung Fu Kennyは2001年に公開されたジャッキー・チェンが出演するアメリカ映画『Rush Hour 2』に出てくるキャラクターKung Fu Kennyにインスパイアされたもの。『Rush Hour 2』でKung Fu Kennyを演じた俳優Don Cheadleは"DNA"のビデオにも出演、KendrickのCoachellaのライブに招待されたことでも話題を呼んだ。
KendrickはKung Fu Kennyだけでなく、Coachellaでのライブではカンフームービーにインスパイアされた演出を施していたのだが、ご存知の通りヒップホップとカンフーの組み合わせは今に始まったことではない。Kendrick以前に、70年代、80年代のカンフームービーに出てくる様な殺陣はヒップホップシーンに影響を与え、脈々と受け継がれてきたものなのだとComplexが報じている。
『Foundation:B-boys,B-girls and Hip-Hop Culture in New York』の著者であるJoseph SchlossはComplexの取材に対し、ヒップホップとカンフーの歴史をこう振り返る。「ヒップホップシーンの人々は金銭的に裕福ではなかった。だから、安いカンフー映画をジャケット買いして、一日中見ていたんだ。あと、ポルノ映画もね」。カンフー映画は1981年にアメリカで活発にテレビ放映され始めた。毎週土曜日に放映されるカンフー映画は蹴りや叩きなど武道の作法を映し出し、視聴者の間で多くのファンを生み出した。さらにSchlossは「今まで会った、あの時代を生きたラッパーたちは熱心にその放送を見ていたよ」と語る。
しかし、なぜその時代のキッズの間でSchlossが言うようにカンフーは「独自のカルチャー」として発展していったのか。
その問いに対して、Hip-Hop Chess Federationの発起人であるAdisa Banjokoはヒップホップとカンフーが同じ人生の教訓を与えてくれると答える。「みんなはヒップホップが公民権運動の残り香から生まれたものだということを忘れがちだ。そして、黒人男性の尊厳に縛られ過ぎている」ブルース・リー主演の映画や香港のシャオ兄弟の監督作品、過去のカンフー作品は、1人で大勢の軍勢と戦っている。しかも、主に武器は自身の手だけ。それは特別に裕福であったとしても意味はない。訓練し、働けば、みんなが成し遂げられるというカンフー固有の考えがヒップホップ・カルチャーと親和性が高かったのだと指摘している。
さらに、Banjokoは続けて「それがカンフーとかつて奴隷で小作制やジム・クロウ法と戦ってきたアフリカアメリカンが共鳴する大きな理由の1つだ。カンフー映画は大勢の黒人男性に眠る闘争精神や哲学的視点に響くんだ。彼らには戦うスキルを持つ責任があるから」と説明した。
安いカンフー映画はテレビ放映からスタートし、ついには黒人の子供達の間でヒーロー的存在となった。当時、キッズのほとんどは学校が嫌いで、カンフー映画が学校代わりの一部の役割を担っていた。カンフー映画に登場するキャラクターはメンターからカンフーのスキルを学び、新たなスタイルを構築していく。そのすべての訓練が、後にヒップホップを生み出すキッズ達に受け継がれていった。
カンフーがヒップホップに与えたことは「先生やメンターを尊敬する奉公的スタイルのモデルを作ったこと」だとSchlossは分析する。「カンフーは謙虚や規律を学ばせ、どうアクションを起こすべきか教えてくれる。だけど、それは自分を格下にするという意味じゃない。人はあるシチュエーションに陥った時、今まで学んだことから実践できる。カンフーはそれを発展させるアートフォームとして大きな役割を果たすことができた」。
そのSchlossの意見にBanjokoも賛同する。「すべてのメンターに背いたアーティストはメンターの青写真である。なぜなら、そのアーティストは進化し、メンターに新しく習得した技を試そうとしているからだ」と語り「また、『36 Chambers』というカンフー映画では1つの蹴りやパンチを延々と練習しているシーンが映し出されている。そこにはDJがスクラッチを練習している姿やダンサーがヘッドスピン、フリーズを練習する姿と同じ情熱がある」と考察する。
Schlossによると、ルーツには「カンフーはヒップホップを作りだした世代の生活に深く浸透したことにより、ヒップホップとの関係がより深くなった」と結論付けられる。「ヒップホップは70年代ニューヨークに住む有色人種で労働者階級の10代のすべてが重なって生まれたもの。だから、カンフーも自然とその一部になった」と締めくくる。
CoachellaでのKendrickのライブにおいて、カンフーはどこか誤解されているようにも思える。同ライブでは演出で忍者が登場した。その忍者はKumg Fu kennyであるKendrickが”DNA.”を披露している最中に登場する。それまでカンフーをコンセプトにした演出ではあったが、突然の忍者の登場に違和感を覚えた視聴者も多いのではないか。これはファッションシーンでも見られる現象なのだが、日本や中国といったアジア圏のものはいっしょくたにされがちだ。そこにはオリエンタリズムが働いており、アジア圏の人が見ると違和感を覚えるかもしれないが、逆にこの典型的なアジアのイメージを武器として用いているクルーがある。
このアジアへの典型的なイメージを使い、アメリカのヒップホップシーンで新たな存在感を見せているのが88risingだ。過去には、Rich Chigga、Higher Brothers、Kirth Apeなど88risingが送り出すアーティストには、どこかファニーでストレンジなアジア人のイメージが共通している。
Rich Chiggaのピンクのポロシャツにウェストポーチ、Keith Apeのマスク、Higher Brothersのまるで『ズッコケ3人組』のようないでたち。それは一見すると、嘲笑の対照になってしまうが、彼らはそれをオリジナリティーとして用い鮮烈な印象を残している。「ディテールがとても大事なんだ。ヴィジュアルやスワッグ、そして彼らの行動まで重要だ」と88risingのボス、Sean Miyashiroは語る。
その言葉通り88risingのアーティストは徹底的にディテールにこだわることで、アジア圏のアーティストが、アメリカのヒップホップシーンで存在感をみせる道の1つを掲示する。
さらにMiyashiroは英語も重要だと語っており、確かに88Risingのアーティストたちはオリエンタルな風貌ながら、みんな英語でリリックを書いている。"It G Ma"では韓国語のリリックを吠えているKeith Apeは、渡米後はほぼ英語を喋ることができなかったにも関わらず、その後の曲ではほぼ英語だけでリリックを書いている。
中国人ユニットHigher Brothersは新曲”Made In China”で自分たちの身に着けているものが中国製であることを誇らしげに掲示し、現在の世界に対しての中国の影響力をみせつける。中国製といえば低いクオリティーのものというレッテルを見事に覆すユーモアあふれるトラックだ。
これまでヒップホップの中でアジアはアメリカのアーティストによって少し間違って演じられる対象だった、しかし新しい時代が確実に到来しつつある。その波に乗る日本人ラッパーは誰だろうか?(野口耕一・和田哲郎)