札幌出身、現在那覇在住のシンガーソングライター、TOCCHIのセカンド・アルバム『東京時代』が素晴らしい。Louis Futon、Rascal、hokuto、CraftBeatzがビートを制作、CraftBeatzがすべてのアレンジをこなした全10曲は、R&B、ソウル、ヒップホップ、ビート・ミュージック、あるいは日本語ラップの合流
地点で鳴る華やかかつメランコリックなサウンドだ。
同時にTOCCHIの歌詞はときに辛辣で、タイトルが暗示するように、いまの「日本/社会」への実直な問題提起をふくんでいる。そのサウンドと歌詞の組み合わせがこの作品の最大の魅力だ。本作は、2020年以降の島国で、遊びと独立と創作と自由とは何か?という問いにとことん向き合ったコンセプト・アルバムと言えよう。
TOCCHIに東京でインタビューしてからパンデミックも経験して約4年が経った。ときははやい。この4年は彼を大きく変えたようだ。沖縄・那覇にあるHITO BASHIRA (人塵)のスタジオをたずね、TOCCHIとA&Rを務めたビートメイカーのhokutoに話をきいた。
取材・構成 : 二木信
写真 : Camellia_hito
- この作品をどのように作り上げたか両者の視点から語ってもらえますか?
TOCCHI - 俺、2020年1月に『Swings』のリリース・ツアーが終わって以降、ぜんぜん曲が書けなくなってしまって。それで最初はゲストをたくさん呼んだアルバムにしようとも考えたんです。でも結果的にはゲストはHANGさんと唾奇のglitsmotelだけになりました。ファースト『Life Record』(2018)でシンガーソングライターとしての自分を提示して、EP『Swings』(2019)はもっと音楽的に自然にできた。『CYCLE』(2021)という未発表曲を中心にした作品をはさんで、今回の『東京時代』でやっと自分の言いたいことを言えることができたんです。俺がやりたいことが明確になりました。
hokuto - 『Swings』のツアーの最中からTOCCHIくんの好きなビートメイカーのビートで作ろうという話をしていて。で、TOCCHIくんに「誰がいちばん好き?」って訊いたら、Louis Futonとやりたいって言われて。ツアー中に俺からFutonに「ビート聴かせて欲しい」って連絡しました。最初なかなか返事がこなかったけど少し期間空いたあとにFutonから、「歌詞はわからないけど、TOCCHIの歌は素晴らしい」って返事がきたんです。それで4曲ぐらい送られてきたビートをTOCCHIくんに聴いてもらって。そのなかの1曲がこのアルバムで最初に完成した“遊芸人”です。
- LAを拠点とするLouis Futonは2人にとってどういうプロデューサーですか?
TOCCHI - たまたまネットで知ったんですけど、めちゃ憧れですね。特に“Restless Sea”っていう曲が大好きです。
hokuto - BandcampやSoundCloudのシーンで知られているプロデューサーなんです。フォロワーが100万人ぐらいいるプロデューサーをまとめたインスタのアカウントがあって、そこで取り上げられて有名になるプロデューサーがいて。最近来日したAnomalieもそうです。
- “遊芸人”がきっかけで制作が軌道に乗りました?
TOCCHI - いや、この曲ができたときはまだ全体のテーマは降りてきていなくて。ただこの曲ができたときに、アルバムもソロで作り上げたほうがいいと感じて、それから常にアルバムのことを考える日々が始まるんです。
- その時期、TOCCHIくんは何してたんですか?
TOCCHI - ウイイレです(笑)。
hokuto - 常にPS4オンラインになってましたよね(笑)。でも曲が出来なくて苦しんでいたのはわかっていたので、A&Rの俺ができるのはTOCCHIくんのやりたいビートメイカーのビートを集めてやらせてあげることじゃないですか。だから2020年からの2年ぐらいずっとビートを集めていました。
- 例えば、どんなビートメイカーに声をかけました?
hokuto - 名前を出すとキリがないので伏せますが、俺とTOCCHIくんが好きな海外のビートメイカーに片っ端から連絡してかなりの数のビートをもらっていました。たぶん1000曲くらい聴いてると思います。その中から厳選して、TOCCHIくんにビートを渡していきました。俺は、TOCCHIくんの歌も、唾奇くんやHANGさんのラップも、日本語がわからない外国人が聴いても絶対に「ヤバい」って感じるって信じているんで。だから、曲をまず送ってから交渉していきました。
TOCCHI - 今回は結果的にFutonとRascalのビートだけ使いましたけど、他の人のビートも素晴らしかったんですよ。それは言っておきたいです。
hokuto - で、Rascalから最初に送られてきたストックのなかに“噂商売”のビートがあって。“遊芸人”、“噂商売”ができた段階で、TOCCHIくんがFutonのビートをまた聴きたいと言うので、さらにFutonからもらったビートが“東京時代”です。
- めちゃ縁の下の力持ちだ。
hokuto - あんまりラッパーやシンガーの人に「あれしろ!これしろ!」って言いたくないんです。それ言いだしたら、事務所に入っている人と同じになるし。そういうのが嫌だから、インディペンデントでやっているわけで。曲を作る、作らないの話とは別で、やりたいならやる、やりたくないならやらない、それがベストだと思うので。
- TOCCHIくんは何が転機になって、アルバムの制作が軌道に乗り始めたんですか?
TOCCHI - “東京時代”ができたのが大きいです。コロナ真っただなかに曲が書けないながらも、唾奇とVIGORMAN との“Lycoris Sprengeri -紫狐の剃刀-”(2020年8月に唾奇のアルバム『道-TAO-』の配信解禁に際して追加収録された新曲)だけは出来たんです。で、その曲のなかに「当たり前は儚い」っていう歌詞があって。俺はコロナになるまで社会や国について真剣に考えることを一切してこなかったような人間なんです。だけど、コロナに直面して社会の当たり前なんて簡単に壊れることを痛感していろいろ考え始めて。
- それは興味深い。
TOCCHI - だから、考えるというスイッチが入って自問自答をくり返しているうちに、 “東京時代”のアイディアや歌詞が降ってきたんです。アーティストやミュージシャンが「降りてきた」とか言うのを「嘘だろ」と思っていた人間ですけど、この曲ができて、アルバムの全体のコンセプトも見えて。そんな経験はこれまでなかったから興奮し過ぎて、それ以降の丸2年間、何をしていても絶対にアルバムのことを考えてしまう状態になってしまった。それで友達とも会わず、毎日作品の完成のために没頭していました。
hokuto - “東京時代”ができてからの制作スピードは速かったですね。Just BlazeっぽいビートをFutonが作ったらどうなるんだろうって俺らで話していて、本人にそういうビートをもらえないかってリクエストしたんです。しかも、いまそういうビートでラップしたり歌ったりする人はいないから面白いんじゃないかって。そうしたら見事にハマった。
TOCCHI - マジでそうだね。
- このアルバムのコンセプトやテーマは一言でいえば、「コロナ以降の日本」で、“東京時代”の歌詞は、「東京」を日本のシステムの象徴として捉えて、東京中心主義や東京の凋落を表現しているとも聴けるんですけど、本人としてはどうですか?
TOCCHI - “東京時代”の歌詞はいまの人がかつての江戸時代を江戸時代と呼ぶように、未来の人がいまのことを東京時代と呼ぶ想定で書いているんです。
- SF的な視点があると。だから、「明らかグラグラ揺れるシステムと地盤/いつかの日本人へ存分に愉しめ東京時代篇」という歌詞があるんですね。
TOCCHI - そうなんです。例えば、ある事務所や会社に属している人が人権や自由を侵害されていたりしても、権力や力を持った偉い人の言うことを聞かなきゃいけなかったり、そういうシステムに従わないといけないって当たり前に間違っているじゃないですか。もしそういう環境にいたら、そこを離れればいいし、実際コロナ以降、そういう動きが日本の社会で起きていると感じていて。そんな時代の変化が今回の作品のインスピレーションになりました。
- 2019年の『Swings』のインタビューでTOCCHIくんは、「やっぱり日本では人と競い合ってなんとかしようとする人がマジョリティで、俺らみたいなのはマイノリティだとは思うんです。もちろん人と競争してパワーを出して頑張ることで良いこともあるのはわかるんですけど、沖縄に来て、今日話したように、違うやり方やマインドもあるなって気づいたし、そういうマインドで作れたのが今回の『Swings』なんですよ」と語っているから、そうした考え方をより突き詰めて行って今回のアルバムに結実させたとも言えますよね。
TOCCHI - ただ、当時はそうした考え方が自分のなかだけで完結していたと思うんです。いまは時代がそういう方向に向いていると感じて。時代がどうであれ、俺はそういう考え方で音楽を作り続けたと思いますけど、いまは俺らの考え方が広く伝わる自信が掴めたんです。
- 時代の追い風も感じて、今回のようなコンセプト・アルバムを自信を持って提示できたと?
TOCCHI - それはあります。
- 自分は、音楽性はまったく違うけど、5lackが「311以降の日本」を主題にした『この島の上で』に連なるコロナ以降のコンセプト・アルバムだと感じました。
hokuto - 間違いないですね。
- ただ、特にヒップホップやラップの表現者が政治や社会ついて歌うと、途端に陰謀論めいた内容になる危険性ってあるじゃないですか。今回の作品にはそういう危うさがないと感じて。それは、メディアやネットの受け売りじゃない、自分の生活から出てきた実感をいかに普遍的な言葉に持って行くかという思考錯誤を重ねたからだろうなと。
TOCCHI - だから、僕はこの作品がコアでマニアックだとは思っていなくて、率直にJポップを作ったつもりで。JポップってなんでJポップかというと、みんなに関係しているテーマについて歌うから。それが、恋愛だったり友情だったりするのが一般的なJポップじゃないですか。でも、俺はそうじゃないみんなに関係しているテーマについて歌っている。だから、言葉にちょっと難しい部分はあるかもしれないけど、知らない言葉や意味のわからない言葉はそこまでないと思う。まずは同世代で同じことを感じているヤツらに聴いてほしいけれど、子供が文章で読んでもわかるのを意識して書きました。人が聴いてようやく成立するのが音楽だから、そこのクオリティを上げるために思考錯誤したんです。俺はラッパーもヒップホップも大好きで、『Swings』でもメロディのないラップをこれまでやってきた。だけど、今回はそんなことを言っている余裕はなくて、メロディは聴きやすく、尖る部分はラップをするとかじゃなくて、歌詞に全集中しました。
hokuto - そこが大事ですよね。TOCCHIくんが聴く人に伝えるためにすごくかみ砕いて歌詞にしていますよね。ただ、“これだけで十分なのに”や『Swings』が好きだったTOCCHIくんのファンは、『東京時代』は作風が違いすぎて最初聴いたときびっくりするかも。ビートと歌詞、言っている内容のアンバランスさは、TOCCHIくんの音楽にかぎらず、俺らの仲間の音楽の特徴かもしれないですけど。
- サウンドと歌詞のギャップやアンバランスさは、ポップ・ミュージックの重要なエッセンスですよね。そこが音楽の面白さだし。「All Arrangement by CraftBeatz」とクレジットがあるけれど、Louis FutonやRascalの元のビートの良さも然ることながら、いろんな要素を有機的に構成したアレンジも聴き応えがありました。曲によって歌詞は辛辣だけど、音は華やかで、そのギャップが良かったです。
hokuto - 音楽って最初は絶対にサウンドで入るし、いきなり歌詞を読んで聴いてくださいとは言いたくはなくて。でも、今回の作品はちゃんと歌詞を知って聴いてほしいと言っちゃいますね。
TOCCHI - 音を聴いて好きだなと感じてくれた人が何回か聴いていくうちに歌詞も読んでみようと思ってくれるのが理想です。
hokuto - TOCCHIくんはたしかに今回ラップをしていないけど、俺のビートで作った“自画自賛家”だけはフック/サビがなくて。俺がこのビートを送ったら、TOCCHIくんが「このビートでヴァースだけの曲書きたい!」って急に言い出して(笑)。で、送った1週間後ぐらいにはもうデモが完成してました。
TOCCHI - 俺、最初はこの曲でラッパーという存在について書こうと思ったんです。いまってもちろん言いたいことを言える場や環境も増えましたけど、一方でコンプラも厳しくて、言いたいことが言えないプレッシャーもあるじゃないですか。そういう社会で、ラッパーはヒップホップ、ラップっていう音楽をとおして周りの目を気にせず世の中に言いたいことを発信している人種の代表だと思う。だから、このアルバムは俺なりに現代の日本のことを歌っているから、日本を担う希望としてラッパーについて書いて歌おうと。で、ラッパーってセルフ・ボースティングをするから、“自画自賛家”という曲名にした。そうやって作り始めたけど、けっきょくラッパーっていうテーマで書くと、俺の周りにいる604のヤツらについて書くことになりました(笑)。
hokuto - この曲が唯一身の回りについて歌っていて、周りの仲間がアガる曲だと思う。俺らは基本的に自分たちのこと以外興味がないんです。
- アルバムの最後を締める“Independent Era”は「独立の時代」という曲名どおり、まさにそういう曲ですよね。
TOCCHI - そうです。“遊芸人”と“Independent Era”がマッチしてアルバムの出口が見えた!ってなりましたね。
- 遊びと独立だ。
TOCCHI - で、このテーマだったらHANGさんと唾奇しかいないだろうと。俺が仮に2人の仲間じゃなかったとしても、俺は彼らに声をかけますね。それぐらいこのテーマだったらこの2人しかいないだろうと。
- 舐達麻のBADSAIKUSHもヒップホップは「身内は身内で他所は他所」が基本という主旨の話を最近あるインタビューで語っていましたけど、スタイルや作風は違っても、根底で通じるものを感じました。
- いまコンプラの話も出たけど、“噂商売”は現代のSNSやキャンセルカルチャーについての問題意識を前提に書かれた曲ですね。2人ともそんなにSNSやらない?
TOCCHI - 特に俺はやらないですね。
hokuto - TOCCHIくんの場合はやらないじゃなくて、やれない(笑)。コロナになって逆に俺らはやらなくなりましたけど。
TOCCHI - ただ勘違いしてほしくないのは、“噂商売”で俺はすべてのゴシップを否定しているわけではないんです。例えば、政治家が国民の権利や自由を侵害するスキャンダルを起こしたら、それを告発することは重要だと思います。そういうゴシップと、俺が批判しているゴシップの違いは、悪意にもとづいて人を貶めようとしているかどうか。そこです。
hokuto - ただ、SNSについていえば、俺らは恩恵も受けている。コロナになってから在宅で音楽を聴く人が増えて、それこそTORAUMAの“椿”がバズッたりもしたし、周りの仲間が見ないから自分はSNSはめっちゃチェックしてますね。
- それもA&Rの仕事ですね。
hokuto - だから、SNSが一概には悪いとは言い切れない。ただ、それはそれでTOCCHIくんが言う意見は大事だと思いますし、言うべきだとも思います。あと、TOCCHIくんは、コロナの時期がでかかったと思う。コロナ以前と以後で、唾奇くんもHANGさんも俺もそんなに考えていることは変わっていないんですけどTOCCHIくんは良い意味で変わった。
- でも、ってわけじゃないけれど、それこそそういう人間的変化や成長、時代への違和感とか不満とか希望とかをSNSで吐き出して終わりにするんじゃなくて、こうして1枚の作品にしたのがやっぱり素晴らしいじゃないですか。
TOCCHI - しかも、今回のアルバムのために作った他の曲はないですから。自分のなかのテーマをひとつひとつ突き詰めて、膨大な紆余曲折を1曲1曲でやった全10曲です。
hokuto - TOCCHIくんはどう思っているかはわかりませんけど、俺は自分のアルバムぐらい思い入れがあります。Louis Futonからビートをもらうことをふくめて、できたらいいなって思うことがすべて叶えることができたので良かったです。この作品を聴いた人の感想を知りたいです。
- 『東京時代』を聴いて意見がないという人はいないんじゃないかな。そういう明確な問題提起がある音楽作品だと思う。
TOCCHI - それだったらめちゃ嬉しいですね。俺が歌っている内容に関して、「いやいや、それは違うでしょ」っていう人がいてもいいと思うんです。そもそも今回の作品は、聴く人をまったく突き放しているわけではないですけど、始まりは現代で売れようとかではなく、ロマンから始まっている。例えば、俺が死んだあとに、未来の少年や少女が奇跡的にじいちゃんの押し入れから俺のCDを「何だこれ?」と発掘する。それぐらい未来だとCDを聴く機械はないかもしれないけど、そういう風に俺の音楽と出会ってくれたら嬉しい。そんなアイディアが浮かんだ瞬間に、「これはできるぞ!」と確信が持てて。自分が死んだあとのことを考えて、死んだあとに夢を残せば気持ち良く死ねるなと。まだ死なないですけどね(笑)。
Info
▼LIVE: TOCCHI ワンマンライブツアー「東京時代」▼
①東京公演
■日程:10月11日(水)
■会場:SHIBUYA WWW
■開場/開演:18:00/19:00
■チケット:¥3,500(税込、1D別)
■出演:TOCCHI (with hokuto)
■ゲスト:唾奇、HANG
■お問い合わせ:
②大阪公演
■日程:10月20日(金)
■会場:梅田Shangri-La
■開場/開演:18:00/19:00
■チケット:¥3,500(税込、1D別)
■出演:TOCCHI (with hokuto)
■ゲスト:唾奇、HANG
■お問い合わせ:
https://www.shan-gri-la.jp/▼TOCCHI「東京時代」▼
Artist : TOCCHI(トッチ)
Title : 東京時代(トウキョウジダイ)
Release Date : 2023年9月13日(水)
Label : Final Weapon Company
Format : Digital(DL/Streaming)
URLs : https://linkco.re/uBdMGtxU
収録曲
1. 2023 [Track Produced by CraftBeatz]
2. 東京時代 [Track Produced by Louis Futon]
3. 噂商売 [Track Produced by Rascal]
4. 掌の大衆 [Track Produced by Rascal]
5. 一線 [Track Produced by Louis Futon]
6. 満足気な落ちこぼれ [Track Produced by Louis Futon]
7. 遊芸人 [Track Produced by Louis Futon]
8. 襷 [Track Produced by Rascal]
9. 自画自賛家 [Track Produced by hokuto]
10. Independent Era feat. HANG & 唾奇 [Track Produced by CraftBeatz]
Arranged, Mixed & Mastered by CraftBeatz
Recorded by 人塵製作所
Artwork by HANG
A&R by hokuto