2010年代ストリーミングサービスの隆盛と共に再び注目を集めているのがアナログレコードだ。欧米ではアナログとは反対に売り上げが落ち続けているCDの売り上げを抜いたというニュースも出ているように、この盛り上がりは一過性のものではなく定着したと考えても良さそうだ。日本でもアメリカやイギリスほどではないにせよ、メジャーレーベルや大手CDショップなどがレコード専門店をスタートさせるなど、変化を感じさせる出来事は起き始めている。
2017年に日本でスタートしたレコード製造サービスWolfpack Japanがこのたびサイトをリニューアルしたのを記念して、同サービスのディレクターで自身もDJとして活動する大原一太郎と、ココナッツディスクや現在はManhattan Recordsでも勤務し、レコードにまつわるイベントなども企画してきた横尾秀俊の対談を掲載。自身もアーティストとしてもレコード制作に携わり、ディガーでもある両者からみたリアルなレコードについての現在を訊いた。
取材・構成 : 和田哲郎
撮影 : 笹木晃
- アメリカとイギリスでレコードの売上がCDを抜いたというニュースが報じられていますが、今回はそういったマクロな部分よりも、まずもう少しリアルな目線で見ているお二人が、アナログの盛り上がりを感じた瞬間や出来事を教えて頂きたいです。
横尾 - 日本国内では若い購買層が増えたってことかな。あとは色んな場所でレコードプレーヤーも販売するようになってきたので、新品レコードも中古レコードも年齢問わず目を向ける人が増えてきたのかなっていう印象はあります。二年前とか、ちょうどコロナ禍に入る前が一番感じたかもしれないですね。実際にManhattan Recordsの店に立ってても、海外のお客さんも若い人も、僕らの同世代も上の人も、満遍なく来ていた印象があります。
大原 - 通販の売上も上がりましたか?
横尾 - 通販の売上は、コロナ禍に入って新しい生活様式に慣れてきた頃ぐらいにネットの売り上げが増えましたね。今までは、実店舗がある以上は店舗に行くっていう人も多かったと思うし、ネットで買うのが当たり前になったのは意外とその頃だと思う。
大原 - 実際、レコード屋に行くのは街に出る理由を作れるというか。あれは良かったのかもしれないですよね。ご飯行くとか、それ以外に何かしたい時に「そうだ、レコード屋行ってみよう」みたいな。でも逆に、ブームというか盛り上がる前はなかなかお客さんが来ないこともあっただろうし。
- ココナッツディスク時代はあまり感じられなかったですか?マンハッタンは新譜よりでお店の性質も違うと思いますが。
横尾 - もちろん徐々に感じてましたよ。水原佑果さんとか、若い層から支持されているアイコンにあたる様な方々がDJでレコードをかけるようになって、そこから若い人がまた増えてきたのかなっていう印象があります。
大原 - インフルエンサーみたいな人が目立ってきて、そこに影響されて。横尾さんはココナッツディスクは何年くらいまでやってました?
横尾 - 確か2018の年末ですね。
大原 - じゃあ、本当にコロナ前ですね。そうなると、レコードがメディアで取り上げられるようになってちょうど上がってきてる時ですね。
- 「レコードの売上が過去最高額」ってニュースをFNMNLでも掲載していました。どんどん更新されていって、日本でも2019年が過去10年で最も売上が上がっていて。2016年から17年が結構上がっていますね。
横尾 - Record Store Dayの影響は少なからずあると思う。ちなみに、Wolfpackはどの時点でスタート?
大原 - 2017年の春です。Qrates(クレイツ)という海外向けのレコード専門のクラウドファンディング・サービスを別会社で運営している経緯があって、そこから派生した会社で。Qratesのターゲットユーザーは基本的には海外のクラウドファンディングをやりたいアーティストなので、日本国内の普通にレコードを作りたいお客さんに向けてはサービスと会社を分けた方がわかりやすいってことでWolfpackが出来ました。
横尾 - レコードブームと言われている時期からスタートしたのは偶然という感じ?
大原 - ただ、やっぱり波はあるので、そういうこともあるかもしれないですね。逆にダウンロード販売もストリーミングが入って過渡期になってて。でもやっぱりストリーミングもなかなか日本で定着しづらい時期があって、今はもう安定してきていると思うんですけど。そのタイミングでアメリカからレコードが物としての価値を見直す波が世界的に来て、特に日本は昔から世界一のレコードカントリーという雰囲気もあって強いから、絶対にその波が来るだろうと。あと、その頃は国内での製造会社が東洋化成さんしか無かったから、注文するハードルが高いので、少しでも身近にもっと気軽にプレス出来るようなサービスがあったらいいんじゃないかなって。
横尾 - 確かにWolfpackのサイトを初めて見た時に、「結構手軽にいけるな」って思った。「裏があるんじゃないか」とも思ったけど(笑)。
大原 - 「怪しいな、海外のアレだしな」って(笑)。
横尾 - そうそう(笑)。でも、全然そんなことは無くて。
大原 - 特にインディーズのアーティストだと、これまでは国内ではレコードを作るのは厳しかったけど、やりたい人は多いだろうなというのは感じてましたね。やっぱり作った時は、「レコードを作りたい」っていう声は増えてきてる時でしたね。
横尾 - 年々レコードの売上が上がってるということなので、Wolfpackもプレスの数が増えてるんですか?
大原 - それは若干あると思いますね。ウチなんかは特にインディーズのお客さんが多いんですけど、「初めて作るんですけど」という方がかなり多くて。そういった意味では最初の狙いというか、そういう人たちも体験しつつレコードを作るってことをサポートするっていう目的は当たってるのかな。もちろんリピーターもそこから増えてますし。もう一つCDが売れなくなってるので、「あ、レコードがあるじゃん」っていうビジネス的な需要が一番多いかもしれないです。いつもウチに打ち合わせに来るレーベルさんとかはライブがあって、その時特典で売る物としてCDじゃなくてレコードをチョイスするっていうこともあるみたいですね。
横尾 - ランキングに入るメジャーアーティストのCDのセールス枚数みてみると、1500枚くらいで20位に入ってくるので「ちょっと待てよ!」と。MOUSOU PAGERのCDは800枚ぐらい売れたから(笑)。
- アメリカでもこれまでトラップ系のアーティストはレコードあまり出しててなかったですけど、今は普通にLPを出してますよね。
横尾 - ヒップホップ、クラブミュージックだけじゃなくてロックも12インチがメインだったところがあって。それが2007、8年で殆ど止まっちゃって。
大原 - これまでプロモ盤で流通してたレコードが、プロモがレコードじゃなくなって消えたっていうのがそれぐらいの年代かもしれないですね。
横尾 - 2010年代になると12インチは殆ど正規では出てない。そこからデータの時代に切り替わっていってレコードが忘れられた瞬間が2010年ぐらいにあったよね。
- そこからここまで回復するとはっていう感じですよね。当時は横尾さんはレコードの未来についてどう思ってましたか?
横尾 - 中古自体はまだ売れてたんですよ。コレクターも多くて、カルチャーとして歴史も長いから、中古はずっと売れてた。当時働いていたココナッツディスクでは中古レコード中心だったし、そんなにマイナスイメージは感じてなかったんだよね。
大原 - そのタイミングで新譜を扱っていたレコードショップは厳しくなってたと思う。
横尾 - それでもこの時代に出てたタイトルもあるはあるので。その中でも特にLPは高額になってる。
大原 - そういうのがプレス枚数が少なくてプレミアがついてる。
横尾 - そしてRecord Store Dayをきっかけに回復していった。
- Record Store Dayが本国では2008年スタートですね
横尾 - 2008年にはまだ日本に来ていなくて、アメリカのインディペンデントのレコード屋さんをバックアップするためのイベントだった。
大原 - お店でライブをやって、インディペンデントのお店を応援するってコンセプトでしたね。今もそうでしょうけど。
横尾 - まだココナッツディスクにいた時にですけど、今のRecord Store Day Japanの運営は東洋化成ですけどまだNPO法人ミュージックソムリエ協会が運営していた時代の担当者が自分が店長をしていた代々木店にふらっと来られて、「ココナッツさん一緒に何かやりませんか」って話をいただいたので快諾しました。それでRSDのプロモーションでラジオに出演したこともありました。その辺から「レコード文化を盛り上げようとしてる人たちっているんだな」ってことが分かった。
大原 - 確かに、きっかけとしては大きいのかもしれないですね。
横尾 - それまでレコードを丸ごと盛り上げようって役割を担ってる人がいなかった。お店は個々で盛り上げたいって気持ちが毎日あるだろうけど、それを企業単位、団体単位で盛り上げようと思ってた人は少ないですよね。
- 今レコード的に面白いジャンルとかってあるんですか?それこそ周りで2010年代以降のヒップホップのLPばかり集めてる人もいるし、結構新しい流れが出来つつあるのかなと。しかも、今はアーティストがBandcamp上で直販で売ったりしますよね。
大原 - それで言うと個人的には2000年代からのR&BのLPとか、ちょっと欲しいなと思えるようになってて。趣味としてちょっとずつ集めてます。
横尾 - 前はその辺のCD買ってるって言ってなかったっけ?
大原 - CDは買ってたんですよ。でもLPで欲しいなと。今まではDJだから12インチしか買ってなくて、LPの魅力がさっぱり分からなくて。音もやっぱり、ゲインが下がるしデータの方が良いと思ってたんだけど、LPの制限されている中で楽しむのが結構良く聴こえてきて。例えばSolangeとかもデータで聴いてたけど、レコードで聴くと味わい深い。データ世代の人でもこだわる人はカッティングにもこだわるから、聴き方も変わるし。個人的な主観ですけど、レコードはその時代の空気の音も入るっていう印象があって。ヒップホップだと「93年ってああいう音だよね」とかレコードが一時期勢いを失った時に薄れていったものが、実は残っていて、時代の音を後々感じるのかなっていう興味で2000年以降のメジャーのものを聴いてみたいなと。ヒップホップは中古でもLP高いですよね。
横尾 - めちゃくちゃ高い。
- あれっていつからですか?前はLPってそこまで高くなかった印象でしたが。
横尾 - それは2016、7年頃かな?全体的にレコードが高くなってきた時期っていうのもあって。これって日本だけの話じゃなく、実際はDiscogs上の相場がきっかけの話なんだけど。LPの値段を吊り上げて盛り上げようみたいな仕掛けがどこかであったのかも分からないけど。LPが高いっていう現象は今でも続いてる。
大原 - 自分がロンドンにいた時も、ロンドンのいわゆる中古屋さんではヒップホップのLPが高くて。それまでは12インチのプロモ盤しか出てなかったり、プレス枚数が少ないものが高かったんですけど、Ghost Face Killahの1stがやたら高かったり。日本で2010年ぐらいだったら1000円とか500円であったようなものが徐々に上がってて、「あれ?」みたいな(笑)。
横尾 - 多分、それって日本発信じゃないんですよね。渋谷が世界一のレコード村と言われてた時代に海外から仕入れたレコードが大量にあって、それが中古で安く出回った時に、こっちに来てた外国人のバイヤーが買い漁ってたのを覚えてます。その時に海外だと高値で売れるぞって教えてもらった。日本より海外の方が高くなるのが早かった。
- 海外のバイヤーが買いに来てたんですね。
横尾 - 例えばNasとかWu-Tang Clanの1st LPとかは日本では安い時期があって、ある時期から買い戻しされてるわけですよ。それで、海外で高くなると日本のレコード屋は相場を上げざるを得ない。
大原 - 『YOUは何しに日本へ』でもレコード買いに来た人がいたのが象徴的で。日本盤っていうマニア心をくすぐる盤も日本にはあるから、帰りにレコードいっぱい買って、「そんなに買ってどうするんだ」みたいな(笑)。レコードショップで働いていた時とかも観光客の人がすごい量買ってて、「お宝だ!」って。Discogsが中古の相場を決めていって、今はあれが基準になってますよね。
- 販売の状況も相当変わってますよね。
大原 - 最近タワーレコードさんも新宿だけでなく渋谷にも専門店を作ったみたいで。
横尾 - 新宿より規模は小さいけど、渋谷のTOWER VINYLは商品の回転も良さそうでよく通ってます。渋谷にレコード屋さんが増えるのは嬉しいです。
大原 - そう考えると、センター街のHMVが無くなったのが2010年で、2014年に渋谷にHMVレコードショップが出来るっていうのもありましたね。
横尾 - ユニオンさんも、渋谷にROCK in TOKYOっていうロック専門のフロアが新しく出来たしね。
大原 - 新宿ではインテリアコーナーも出来たりして。新宿の本館が、一応大きいディスクユニオンなんですけど、レコードボックスとかCDボックスとか。でも、それ結構良いなと思って。レコードにまつわるグッズとか家具とか置いてて、「この視点ちょっと楽しいかも」って思ったり。
横尾 - 確かにそれはあるよね。同世代のレコードコレクターもだんだんとこだわりが強くなってレコードにまつわるインテリアに凝り始めてるし。とてもいい傾向かと。
横尾 - 自分のこだわりと言うかマイブームですけど、最近は新譜をめちゃくちゃに買ってる。Saba、Smino、SZAやPlayboi Cart、Earl SweatshirtからAlchemistなどもうキリがないです(笑) 直近だと原宿のレコード屋BIG LOVEさんからリリースされたArmand Hammer & Alchemistのタイトルがアツかったですね。日本盤帯付きで150枚限定、これはかなり珍しいパターンだと思う。このThe Free Nationalsはオフィシャルマーチャン限定でボックスセットがリリースされてたり。後はNavy BlueとかMAVIはソウルフルでポエトリーなスタイルが気に入っててこの辺はレコードで買うのが楽しいですね。これはMadlib/Sound Ancestorsのジャケ違いでシルクスクリーンプリントになってる。これは送料が高かった(笑)。この辺をなんで血眼になって買ってるかって言うと即完売になって超高額になる傾向があるので、好きなアーティストは確実に抑えたい。それも海外から買うパターンが多いので1枚しか買わないわけじゃなくて3枚とかまとめて買う。1枚は開ける用、2枚はストック用。とりあえずレコード棚にビシッと揃えるのがマイブームになってます(笑)
- じゃあ、今が一番新譜買ってるぐらいの感じですか?
横尾 - そうだね。新譜買っても中古レコードのレア盤みたいな感じで値崩れしないものになってるから。よっぽど流通しててめちゃくちゃ売れてるアルバムでも今はそんなに崩れない。そこは新譜を買う価値があるところかなって。中古はずっとだけど新譜も最近はめちゃくちゃ買ってます。同じアルバムでもカラー盤があったりクリア盤があったり、ジャケ違いがあったりバリエーションも豊富になってるし。値段も違ったりするんだけど、そういうのは日本にはあまり無いから。それが今後、国内でも増えていったら面白いのかな。
大原 - そうですね。Wolfpackはカラー盤で言うと、この2年でカラー盤頼む人が凄く増えてて。2017年から始まって、「レコード作ってみたい」からちょっとレベルアップして「次色つけてみようか」みたいなところに広がったのかは分からないですけど、2020年とかにカラーとかピクチャーとか、ちょっと変わったことしたいって人はリピーターにも増えてきましたね。工場は元々そういうプランは用意してて。レコードは一応黒が基本で、カラー盤とかはコストも上がるんですけど、その経験はもうしたから次は何にしようっていうところで、カラーとかジャケにこだわるっていうのがお客さんの中での成長として見えた気がしますね。
横尾 - Commonの『A Beautiful Revolution (Pt 1)』のLPとか最初から5種類カラー違いバージョンがあったよ。
大原 - 凄い金かかってるな(笑)。結局物を作る人は人と違うことをやりたいっていう発想には絶対になると思うんで。通常のジャケ付けて黒盤でっていうところから増えてる気がしますね。Madlibのもシルクスクリーンで、作るのは凄く大変だと思うんですよ。
横尾 - さらに言うとプリントしてさらにシュリンクパックするこだわり凄いよね。
大原 - ボックスセットなんかは、結構憧れだったりするだろうし。ウチで作らせてもらったTHINK TANKのアルバムも、3枚組でひとつの理想ですよね。コストもそれなりにかかるけど、インパクトが凄いし価値っていうところがつけやすいのかな。ただ、コストでいうと売値が明らかに20年前と比べて上がってて。
- 値段が上がっちゃった原因はどういうところが大きいんですか?
大原 - これは気になるところだと思うんですけど、原材料費もそうだけど、一番デカいのは送料だと思います。海外盤、特にアメリカの盤が高い理由は一枚運ぶのに20ドルくらいかかるんです。とにかく飛行機の輸送費が年々上がってて。多分世界的なエコノミー対策的にもそういうのがあって、飛行機の便を減らすとか、ビニールなのでその辺のコストも凄くて。特にウチで言うと、実は夏に15%ぐらい原材料が上がったんですよ。需要はあるんだけど、供給とのバランスが崩れちゃって。そこは凄く頭を悩ませてるところですね。とにかく原材料と、オイルがすごく高騰してるってことだと思うんですけど。それでやっぱりどうしても上げざるを得ないから20年前の価格と比べると、本当に2倍ぐらいになってる。当時は1LPで1800円。12インチは980円とか。
横尾 - その頃は大量に輸入できたし、輸送費もまだ安かったのかもしれない。いっぺんに送れる量が多いというのは、それだけ売れてたってことなんだけど。だから輸送コストがかからない分単価は安くて。向こうの製造コストも安かったっていうのもあるんだけど。
大原 - 今は「3000枚作りました」で即売れ、っていうのはよっぽどメジャーじゃないと出来ないから。ウチは100枚から作れるんですけど、100枚だとどうしても単価が上がっちゃって。かと言って500はキツいって人も多いんで、どうしても1枚あたりの単価っていうのは少ないほど上がるし、そういう問題もあるかもしれないですね。
- 小ロットで作れるようになった分、単価はどうしても上がらざるを得ないと。
大原 - そうですね。あとはそれに関連して、昔はレコード屋とかディストリビューターが今よりあったし売れてたけど、今は減ってる中で新譜扱うお店も少なく、結局自分たちのプラットフォームで売るか、限られたお店でいくつか卸してっていうのが結構難しいと思うんですよね。相談として、「レコード屋に置いてもらうにはどうしたらいいんですかね」みたいな。「作りたい」の先で「売りたい」、じゃあどうすればいいっていう悩みもあって。。デジタル世代は特にデータで全部やっちゃって、「そういえばレコードってどうやって売ればいいんだろう」みたいな悩みもあるみたいです。自分たちでBandcampで売って自分たちで発送っていうのは出来るけど、他のレコード屋さんのネットワークで卸すっていうやり方が分からなくて。そうなると結局自分たちのコミュニティの中でしか売れないので、数も減るし。昔だったらレコード屋さんがコミュニティ外の人たちにもPR出来てて売れてたんで、そこの枚数をどうしても下げなきゃいけないし、卸し枚数もちょっと減ってるところはある。
- 個人店もどんどん減ってますよね。
大原 - そうですね。最近思い出すのが、渋谷にもマンションの3階の一室で、暗くて「ここはやってるのか」みたいなレコード屋がいっぱいあったなって(笑)。
横尾 - 昔と比べて渋谷、新宿は物価も家賃も高いので、個人店が新たにオープンすることは中々ないでしょうけど、私鉄沿線や下町とか、そういうところでは増えてますよね。自分の地元でやるとか、レコード屋だけじゃなくてカフェスペースをつけたり、お酒がちょっと飲めたり。そうやってみんな工夫しながらレコード屋を新規オープンしてますね。でも殆どは中古屋なので、新品を扱うかって言ったら、好きなものしか置かないっていうのはあると思いますけど。
大原 - 色んな事情が絡まってこうなってるっていうのはあると思うんで。昔を知ってる人からしたら信じられないような価格になっちゃってるけど、一応製造側としてはやっぱり元々の原材料が上がっちゃってるっていうのは言いたいですね。「中抜きしてるだろ」とか「どこが儲けてるんだ」とか言われるけど、誰も儲けてない(笑)。みんな必死で。
横尾 - 個人的に思うのは、今レコードがいくらだったら安いと思えるのかってところで。例えば1LPでいくらだと安いと思える?
- 自分はもう全然買ってないですけど、2、3年前に1LPで4000円とかのものが出てきたじゃないですか。それはやっぱり高いと思っちゃいましたね。でも、それよりさらに上がってますか?
横尾 - そうだね。4000円から6000円とか。限定盤だったら8000円とかっていうのはある。7インチは大体2000円で高いって言われてるのをよく見かけるかな。
大原 - 昔はレゲエのレコードとか550円だったのに。結局レーベルさんも、さっき「レコード屋さんに卸したいけど」って言ったけど、レコード屋に卸すとその分利益は減るので、じゃあ自分たちで想像出来るコミュニティ分の枚数だけ刷ろうっていうので限定化されていって、限定化されると単価が上がって、高くなっちゃうけどファンたちは買うっていう。今は1000枚とか作る人とかは結構凄いかなと思いますね。
横尾 - そうだよね。そう考えると海外のアーティスト、例えばAlchemistのレーベルのタイトルとかは人気が高いし、ワールドワイドだからかなりの量だと思う。Mach Hommyなんかは40ドルの1LPを6000枚ほど売り切っちゃう。それは日本と全然違うかなっていうのは感じてる。日本で4500円ほどのレコードを6000枚も売るのってかなり難しいよね。
大原 - メジャークラスの人たちは相当刷ってると思う。ウチでもたまにやりますけど。でも結構転売目的で売られてたりもしますよね。
横尾 - 不思議だなって思うところがあって。例えば、元値が6000円だったものを転売で15000円とかで売ってるものをメルカリでは買う人がいるんだよね。その層も多いのが不思議でならないというか。
大原 - メルカリでしか買わないレコードマニアみたいな人もいそうですよね。まだ定価で売ってるのにメルカリで値段高いものを買うっていう。でもなんとなく特殊な日本のレコード事情として、メルカリの存在は結構影響あるんじゃないかな。
横尾 - メルカリとヤフオクはありますね。そこで出たら買うって決めてる人もいるんじゃないですかね。
大原 - それで言うと、ヤフオクは日本のレコードカルチャーに結構デカい影響があると思いますね。海外の人には見れないけど、この中では物凄い数の取引が行われていて。実際にそこでしかお目にかかれないレアなものもあって、いまだにレコード好きな人は見ていて。一時期中古の価格がDiscogsの前にヤフオクが基準になってたっていうか。
横尾 - 未だにDiscogs相場を度外視してヤフオクのみで高くなってるものもあるし、独特だなと思いますね。何年経ってもそう思う。
大原 - ヤフオクは結構侮れない(笑)。
横尾 - 逆にめっちゃ安くなる時もあるし。今は海外のコレクター向けの入札の代行業者がいて。そういう会社がガンガン入札してくるから、海外人気アイテムは結構高額になるパターンが増えてますね。だからヤフオクでレコード売ってる人は結構儲かってる人多いですね。
大原 - それだけで食ってる人いますもんね。「レコード屋やってます」って言ってて、「どこにあるんですか?」って聞いたら「店舗は無いんですけど」とか。ヤフオクは 一時期レゲエとか「早口 ラガマフィン」ってだけのキャッチフレーズでも4000円で売れてたり(笑)。
横尾 - Daddy Freddyとかすげえ高かった。
大原 - とりあえず「早口」ってタイトルつけると売れる謎のシーンがある(笑)。イベントとかでもやっぱりそういう、例えば有名なレゲエサウンドが早口の曲をかけて盛り上がるので、そこから派生してそれだけに特化した「早口コーナー」みたいなものが出来て。2000年代後半ぐらいかな。僕がまだレコード屋にいた時は、とりあえず「早口」ってポップ書けば売れる。みんな気にしてて(笑)。
横尾 - 自分がその人気に気付いたのは2015年くらいだったな。
大原 - "Buddy Bye"とかも、日本人でも何言ってるか分かるし言葉に意味もないけど盛り上がれるっていうので、そこから凄く特化してそういう謎のジャンルになったり。
横尾 - 「G皿」みたいな。
大原 - それに近い。海外の人には全く分からない世界なんだけど、ドメスティックではジャンル。ヤフオクはそういうのを作った感じありますね。ある程度レコード業界にもそういうものが多少影響を与えていたと思いますね。
- 今もヤフオクは見ますか?
大原 - 見ますね。探してる中古とかがあったら取り敢えずヤフオクかメルカリかebayを見て。
横尾 - ヤフオクは販売の業者も凄く増えてる。レコードが売れるってことが分かってるから、リサイクル業者も今まで買ってなかったものを買い入れるようになって。それでヤフオクでバンバン捌くっていうのが今は当たり前になってるから、めちゃくちゃ増えたと思う。ただ単品で売ってる業者も増えたけど、セット売りっていうのが増えた。だからそういう面で言えば枚数的には凄く増えたと思う。「まだあるか」みたいな感じ。
大原 - やっぱり昔みたいに「この値段で買える」っていう穴を探すのが少なくなった気がしますね。データは世界中で検索出来るし、ある程度Discogsとかの基準もあるから、よっぽど安く欲しかったものが買えるってことがどんどん減ってるような気がする。人気があるやつは値崩れもしないし。
- そこはディガーとしてはちょっと面白味が少ないですか?
大原 - 自分は見るけど、反応は減ってる気がする。結局ユニオンとかで見た方が予期せぬ出会いも多い印象はありますね。100円祭りとか。
横尾 - 相場を気にせずに良いと思ったものをしっかり買えるのは実店舗の良さの一つ。
- 横尾さんは長くレコードビジネスに関わってきて、今はどういう時代だと思いますか?個人的に面白い、ワクワクするっていう感覚があるのか、「前の方がよかったな」っていう感じなのか。
横尾 - 単純にコレクター、買い手としての目線で言えば、最近は日本のレコード屋さんに行ってワクワクすることはあんまり無いです。みんな転売されないために値段を高くしてるので、大体Discogsの相場通りの値段にしかなってないから。ビジネス側からしても同じ感じ、そうせざるを得ないっていう。それよりちょっと安くしようかなって思うぐらいで、でも、相場は確実に見ていますね。もちろんその中で落ち度があるところを抜くっていうのが楽しみではあるんですけど、それも段々減ってきてる。穴が無くなってきてますね。そういう意味で言うと面白くはないけど、ただレア盤ばかり狙ってるわけじゃないし、自分が本当に欲しい物とか安くて良い物を見つけるチャンスはいくらでもあるから、そういう部分で言えば変わらず楽しいですね。
大原 - そうですね。やっぱり昔とは楽しみ方が変わったところと変わってないところがありますよね。
横尾 - 楽しいところはどういうところですか?
大原 - やっぱりネットで検索して、引っ掛かりは増えたじゃないですか。試聴も昔は現場に行かないと出来なかったけど、今は何ならレコ屋に行って試聴して物を見て「これか」っていう風にする人もいるぐらいで、情報は非常に取りやすくなって。物に会える確率は確実に上がってると思うんですよ。すぐ欲しかったものが手に入るっていう楽しさはあると思うんですけど、逆に現場に行かないと会えないものとか、BGMでかかってて「これカッコいいな、誰だろ」っていうサプライズの情報はやっぱり昔ながらのやり方じゃないと得られないし、それは行ってみないと分からなかったりするので、そういうのが残ってると思うし。価格の話は凄く同感で、均一化しちゃってるのはちょっと寂しいですよね。
横尾 - そうだね。個人店とか、そんなに大きくない店舗、例えば今残ってるココナッツディスクとかは面白いんじゃないかなと思う。これは裏技ですけど店主が好きじゃないジャンルは安かったりとか(笑)。
大原 - まさにそうなんですよね。抜け道を楽しめる。
横尾 - そうそう、これは話しときたかったんですけど、日本国民にとって今のレコードの値段が高いって話を深掘りしていくと、日本社会の賃金の低さとも繋がってくる件について。
大原 - それはありますよね。海外の人たちがバンバン買うのも、日本円のレートが安いっていうのもあるし。
- 日本円で6000円は海外の人にとって別に高くないっていう感覚なのかもしれないですね。
大原 - 向こうの人は7インチ10ドルとか「普通じゃん?」って感じなのかもしれないですね。
横尾 - 日本への輸入コストの問題もあって値段はより高くなる現状もありますが、日本の社会の中では賃金が安いから高いと感じてしまうというのは確実にあると思う。
大原 - バランスをちょっと変な風にしてる要因の一つですね。
- そんな中で、今回Wolfpackがリニューアルしたということで。
大原 - ちょっと時間かかったんですけどね。前に比べてより見やすくして、さっき言ったインディーズの人とか作ったことない人たちにも手軽に触ってもらえるようなウェブを目指しました。後はよりレコードならではの音質を求める人や、作っていく中でこだわる人も増えているので、そのニーズに応えるべくウチでもオリジナルのカッティングが出来るスタジオを今作っている最中ですね。完成は来年の春先で、まだウェブサイト上で詳細が出ていないんですが。よりレコードプレスっていうところで良い物を提供出来るように色々やってるところです。やっぱり基本的にインディーズとかデジタル世代の人たちにもう少しレコードの面白さとか楽しさを体験しながら作品を作って欲しいっていうのがあるので、ストリーミングしか聴いたことない人たちにも触れて欲しいっていう想いがありますね。
- 実際にそういう20代のアーティストとこれまでに会ったりしたんですか?
大原 - そうですね。面白いのが、VTuberとかYouTuberとか、ゲームの制作会社のサウンドトラックとか、現行のアニメのサントラとか、ただ音楽ってジャンルだけじゃないところで作るって人たちがちらほら出てきていて。それは20代だったりもしますし、思いがけないところで作りたいって言ってる人が出てきてるなと思います。今まではレコードに愛がある人とかコアなマニアのお客さんが多かったですけど、この2、3年は若い世代とかインフルエンサーとかが初めて歌に挑戦して、グッズ販売して、それをレコードにして、みたいな。昔はよくそういうのがありましたけど。プロ野球選手が演歌を歌うとか、そういうノリに近いんだろうけど。それの現代版みたいな。それまではCDだったのが、今はレコードもそういう視野に入ってるのは感じてますね。
- それはWolfpackが本来想定していた層とは違うところですよね。
大原 - 違いますね。
横尾 - グッズとかお土産感覚で。
大原 - 自分でBaseみたいなサイトでTシャツとか売ってて、その中の一環だと思うんですけど。そこにレコードも入るんだなっていう、そういう人はこの2、3年で増えた気がしますね。
- そういう体験をもとに、より広くリーチ出来るようなリニューアルとなっているんですか?
大原 - そうですね。あとは、デジタルで表現したい音とレコードで表現したい音って微妙に違う気がして。やっぱりデジタルでまとめたデータはレコードでまとめられなくて。レコードはカッティングの許容範囲があって、収録出来る音の制限があるので。針飛びとかの原因になるので範囲を下げなきゃいけないんですけど。ウチでもプリマスタリングはやってますけど、トラップとかドリルとか、低域が激しいと溝をだいぶ持っていかれちゃって。溝幅が増えると針飛びが増えちゃうんですよ。カッティング技師としてはギリギリ針飛びしないようにするんですけど、デジタルでは許されてた許容範囲からどうしても狭くなっちゃうので、レコードにした時に「なんか迫力足りなくね?」みたいなことになりうるのがあって。そういうところで合う合わないは若干あるんですけど、それでもなんとかレコード向けに作っていく意識が高い人も増えてきていますね。
- その中で横尾さんがMOUSOU PAGERでレコードを作る時にWolfpackを選んだのはなんでだったんですか?
横尾 - 自分たちがやりたい感じって意外かと思われるかもしれないけどUS寄りなんだよね。「MOUSOU PAGERだから日本語ラップじゃないの?」っていうのはあるんだけど、自分のヴィジョン的には割とB級なUSヒップホップのラインを狙ってて。もちろんMICROPHONE PAGERが好きだからMICROPHONE PAGERの感じをやってるんだけど、MICROPHONE PAGERの音ってUSの音なんだよ。だから自分がMOUSOU PAGERをやるにあたって、90年代のインディ・ラップ、KMDの2ndアルバムとか、内容最高だけど売れなかったアルバム、そういうサウンド感に憧れて音を作ってたっていうのがあって。すごくUSへの憧れが強いから、基本的には輸入盤の感じが出したいっていうのがあって、そこをチョイスするにあたって海外プレスのWolfpackが第一候補になったっていう。
大原 - 海外プレスが大事だったんですね。
横尾 - もちろんUSプレスもお願いできないことはなかったんだけど、ちょっと納期が不安定だったり、個人間のやりとりの中で色々と問題があったりするんで。あと、輸入も個人でやらなきゃいけないし、そうすると輸入コストが凄く高かったり、時間と労力がかなり取られるので。日本から仲介してもらって海外プレスで作れるWolfpackがピタッと来て、それでプレスをお願いした感じかな。
大原 - 確かに海外プレスを体験したいっていうユーザーは多いですね。東洋化成さんとかで作ったことはあるけど、かたや輸入盤で普段聴いてるようなところでプレスしたらどうなるかってことで頼んでくれるパターンもありますね。
横尾 - 空気感が違うんだよね。ジャケの感じもだし。海外で写真撮って見返すとなんかいいよね的な(笑)
大原 - 印刷も違いますよね。
横尾 - それが良いか悪いかは人それぞれだけど、これは表現の中の幅の話だよね。あと、最近の国内リリースの7インチはジャケットを別でフライヤーみたいに一枚だけ印刷して、それをスリーブに入れて販売するパターンが多かったんだけど、Wolfpackで頼むとちゃんとジャケットをアウタースリーブとして作れるのが良いですね。だから拘ってる人は結構詰めれるというか。細かく詰めてお願い出来るっていうのが本当にありがたいです。
大原 - ありがとうございます(笑)。
- 実際に出来上がってどうでしたか?
横尾 - 360°ってタイトルは結構ベースラインが激しい曲で、音源入稿の段階では音圧とかイントロのパンニングで気掛かりな点はありましたが、結果的に凄く良い仕上がりでした。
大原 - 音のデータでパンニングするイントロが針飛びの原因になっちゃうんで、ちょっと抑えてくださいみたいな。このままだと音量下がっちゃうんでってやりとりはした気がするんですけど。
横尾 - そうですね。インディペンデントだし自分たちだけで作ってる音楽とは言えミックス、マスタリングはプロのエンジニア8ronixくんにお願いしていて、ちゃんと作ってたっていうのはあるんで。そこはプロに任せたからうまく修正してもらいました。あと、デジタル版とはまた違うアナログ用にマスタリングしてもらってます。1st アルバムのLPに関しては、JETSETさんを介して制作したものなんだけど、これが結構感動したかな。メンバー全員が見開きの質感に感動して。やっぱLPは憧れを全て詰め込んだので興奮しましたね(笑)
大原 - 見開きは男のロマンが詰まってますよね。
横尾 - これは憧れだよね。だって、実際は見開きにしてもなんの意味も無いっていう。ただ豪華なだけで。
大原. -でも全然シングルと違いますよね。
横尾 - サイズ感最高ですよ。もう、レコード散々見てきてるけど凄く感動した。あと、前回の7インチよりも印刷が凄く綺麗になったような気がする。インサートも作ったんだけど、それも綺麗になってて。そういう意味でも信頼のおけるWolfpackさんですね。
大原 - 4ページで結構豪華ですね。
横尾 - 帯は自分のサイト限定特典で作ったやつで、これは販売分50枚しかないんだけど。これは国内のプリント屋さんに頼んで作りました。
- 例えばデジタルだけだと、ジャケットの表しか表現出来ないですよね。それが全然表現できるものの数も違うし、そこは面白いですね。
横尾 - CD出す前提で作ってるアーティストは裏もあったり、デジタルブックレットとかも作ってたりとかありますが、ほとんどのアーティストは作ってない。これはあるあるなんだけど、アーティストから「レコードも出したいんですけど」って頼まれて、「入稿すぐ出来るんで」って言われて、じゃあ入稿素材送ってくださいってなると「裏ジャケは無いです」っていう。
横尾 - そう。表はあるんですけど、「裏やラベルは?」って言われると無いパターン。
大原 - 慣れてないんですよね。
横尾 - まぁ、最初は当然ですけどね。アナログを出すのを見越して、これからプレスお願いする予定の方はレコード盤を一度見て何が必要かメモしておくと早いかも。
- その辺りのアドバイスは他にありますか?
大原 - A面とB面があるっていうのを忘れがち。単純な話なんだけど、ラベルもテンプレートが一枚あって「これに沿ってデザインしてください」って作ってもらうんですけど、それが一個しか来なかったり。「裏面どうします?」って聞いたら「裏面ってなんですか?」みたいな(笑)。「レコードってA面とB面があって.」と教えなきゃ行けない。あと、ここは重要なところなんですけど、収録時間。レコードって掘れる範囲が決まってるんで、アルバムでトータル80分をレコードにしたい場合4枚組になっちゃうって伝えたら「えー」みたいな。「一枚に収まらないんですか?」って驚かれたり、そういうのはありますね。
横尾 - MOUSOU PAGERのアルバムもCD収録時間いっぱい入れてて。だから2LPには収まらないぞとなってアナログ用に数曲削ったんですよ。でもそれが配信やCD版とは違う面白さに繋がった部分もあるから、レコードに入れるんだったらレコードに入る分数でレコード限定の曲順を考えてみても面白いのかなと。
大原 - 逆にデータでしか無い音源もあったり、幅が広がりますよね。よく「7インチエディット」っていうバージョンがあるんですけど、7インチは45回転だと5分以内に収めなきゃいけないんで、5分以上のシングルでも7インチ用にエディットしたりして、それが味わい深い音源になったりもするんですけど。イントロ削ったけどDJはこっちの方が使いやすいってこともあったりするし。
横尾 - 確かにそうですね。ちなみに、最初に作るんだったらシングルとLPどっちがおすすめですか?
大原 - 最初に作る人は7インチが多い。後は、日本はレコードにドーナツ盤のイメージが強いっていうのもあるらしく。
横尾 - 7インチは真ん中に穴が空いてるから、これがドーナツに見えるぞってことで昔の人がドーナツ盤って呼んでたってことですね。
大原 - それもよく問い合わせ来ますね。「なんで大きい穴と小さい穴があるんですか?」みたいな。それは昔ジュークボックスっていうものがありまして」ってところから説明して。「どっちが良いんですかね?」とか言われるから、「そこはちょっとお任せなんですけど」って。音質も変わらないし。でも初めて作るなら7インチは値段的にも手が出しやすくて。1曲片面に納めてって作業で曲間とか12インチに比べて考える要素が少ないので。
横尾 - そうだね。最初は考える要素が少ないものから作った方が良いと思う。LPとかって本当に要素が多いから、気にすることが多いんですよ。アートワークのデータ画像が小さかったら荒くなっちゃったり、単純にデカく出力されるんで。なので、7インチだと凄い気楽。
大原 - CD作るノリと近い感じで作れますよね。
- さらに特殊な仕様もいけるんですよね?ソノシートとか。
大原 - そうですね。変な話、形も変えられる。できるんですけど、今まで注文は無いですね。挑戦する人がまだいない(笑)。ピクチャー盤はいっぱいありますけど。あれの仕組みって、12インチのサイズの中で音源は7インチに収めて、その範囲の中で形を作れるんです。
横尾 - 羽根付き餃子みたいな感じ?
大原 - そう(笑)。具はここだけど羽根の部分はカットして、っていう仕組みではあって。結構やってみたいんですけど、そこに挑戦する人はまだいないですね。その分コストがエラいことになっちゃうんで。それで言うとソノシートっていう、素材がちょっと違うものがあって。昔は付録でついてたやつなんですけど、これも結構面白くて。音はどうしても劣化しちゃうのでオモチャみたいな感覚でいいと思うんですけど。
横尾 - コスト的にはどうなんですか?
大原 - コストは、250枚からなんですけど、7インチよりちょっと安い感じですね。サクッと作れる感じでは正直ないです。というのも、スタンパーを作る作業はレコードと一緒なので。素材はこっちの方が安くなるんですけど。両面いけますけど劣化がすごいので、どちらかというと片面を推奨してますね。でも、これなんかも色んな形に出来ます。これはゲーセンの付録なんですけど、ノベルティで人気があって。例えばメジャーの人気があるアーティストでも、限定でデモバージョンのソノシートがついてくるっていうのもあったり。一つのグッズとして面白いジャンルなのでプッシュしてますね。
横尾 - 予算がある方は是非やってみたらいいんじゃないでしょうか。あと、テスト盤っていうのも必要な場合と必要じゃ無い場合を選択出来るよね。
大原 - よっぽど音質にこだわったりしたい人はその工程は挟みますけど、納期優先って場合もあるので、そうなると結局この工程は省いて、そっちを優先する人もいますね。そこは選べるようになってます。
横尾 - コレクター的には欲しいんだよね、テスト盤(笑)
- MOUSOU PAGERの時は作りましたか?
横尾 - あります。7インチは作らなかったんだけどLPは5セット作ってもらってます。
大原 - テスト盤は作る人にとってはドキドキしますよね。本番よりドキドキすると思う。
横尾 - テスト盤コレクターってのもいてさ。そう言う人からしたらたまらないでしょうね。
大原 - 世に5枚しかないとか。一説によると工程は同じなんですけど、こっちは一発目にプレスするものだから音が良いとか、そういう説もありますね。
横尾 - 寺尾聰の『Reflections』ってどこにでも100円で売ってるレコードがあって、これものすごい枚数売れてて、それを何枚も買ってきて聴き比べて検証してる人がいて、やっぱ最初のプレスが音が良いらしくて。同じスタンパーで作り続けてるから後期の製造品は劣化して微妙に音が悪くなると言うことらしいです。マトリックスっていう、レコードとラベルの間の無音部分があるんだけど、そこに製造番号を刻印する場合が多いいんですよ。その製造番号を見て「こっちの方が早いぞ」って言うのを喜ぶコレクターがいて(笑)
大原 - ビートルズなんかはそれで価値が全然違いますからね。
横尾 - 山下達郎の『FOR YOU』なんかも今ではそういう現象があるらしい。和モノでもそういうところに付加価値をつけてきてる。だから、テスト盤なんかはそれの最高峰。
大原 - 究極のコレクターアイテムになる。レコードって価値の見方が色々ありますよね。
- しかも、CDって寿命が短いと言われてますよね。レコードはCDより耐久性があるというか。
横尾 - ほっといても経年劣化で聴けなくなることはないですよね。ふと考えると、「これ60年前のレコードだな」って思ったりして。そう考えると驚くっていうか。Tシャツだったらボロボロでもう存在しない。
大原 - タフなメディアですよね。
横尾 - MOUSOU PAGERのメンバーのshowgunnはCDコレクターですけど、30年位前のCDはデータ抜けして聴けなくなってる物も出てきてるらしい。
大原 - 価値が持続しやすいのはレコードの魅力の一つですね。その分色んな人の手に渡る可能性もあって広まっていくし。
- 最後に、レコードをめぐるこの状況はどうなっていくと思いますか?
横尾 - さっき話してたことじゃないけど、とにかくタフなメディアってことで100年以上持つものなので、それを考えると今まで残ってきたように続く気がしますね。
大原 - その価値っていうのはそうそう下がらないというか。
横尾 - またこの時代に盛り上がれたってことも一つあるかもしれない。
- 不死鳥のごとくというか(笑)。
横尾 - そうだよね。
大原 - 10年前には考えられないよね。
横尾 - あとは、MUROさんやDLさんやECDさんのようなディガーと言われるような人たちが歴史をつないでくれたから今があるっていうのは確実にある。他の海外のDJもそうだし、レゲエのセレクターもそうです。
- そういう意味だと、その世代以降の、20代でコレクターみたいな人は少ないと思いますし、レコードだけでDJやってるって人はいるけどそれ以上にはなっていないというか。
大原 - 独特なコレクションというか。
横尾 - 僕らの世代でようやく後に続くような人が出てくる兆しがあるくらいで(笑)。
- でも横尾さん以上のコレクターはいるんですか?
横尾 - いますよ、俺なんて大したことないよ。自分が凄いコレクターだと思ったことがない。
大原 - ジャンルを変えると凄い人がいますよね。アセテートマニアもいますし、SPレコードのマニアもいるし。そこは歴史の中で紡がれてきた重みがあるのかな。
- その多様化みたいな流れが続くといいですよね。このままDiscogsが決めた値段に左右されるんじゃなくて、それぞれの世界が作られるようなものであればカルチャーとして面白い気がします。
横尾 - 新譜と中古を上手く買ってくのが一番いいと思う。
大原 - 中古っていうのがまたいいですよね。
横尾 - 中古を買っていくと色んなものに出会える可能性が多くて。その点を考えると中古は買ってみてもらいたいですね。
大原 - レコードの時代の空気感が収録される感覚って、データはリマスターとかもありますけど、真空パックされて何年に作られた音源かわかりづらいっていうのがあって。レコードだとなんとなく「これ古い音源だな」とかすぐ分かるっていうか。そういうのがあるので、そこは中古屋さんって言うのがまだ人気がある理由の一つだろうし。その楽しさというか、全然飽きないというか。その深さに若い世代も触れてもらって、楽しんで欲しいっていうのがありますね。
横尾 - そうだね。この時代になってInstagramとかTwitchとかで自宅からDJを発信出来るようになったから、持ち運ばずにコレクションの中からDJが出来るようになったのはレコードを使う最大のチャンスで面白いと思う。持ち運びが原因で現場でのレコードプレイが減っていった中で、現場でも7inchでガシガシにプレイするKOCOくんがInstagramでも最前線にいるのは凄い。そう言う意味で配信のDJが流行ってるのはレコードにとっていいことかもしれない。新しい時代のカルチャーの一つになるのかなと思います。だから、単に買ったレコード自慢でも、どんなきっかけでもいいからレコードに触れてみてもらえれば末長く続くんじゃないかと思いますね。
大原 - あと、音だけじゃなくてジャケットもこのサイズが良くて、飾れるっていう。さっきいったことだけど(笑)。でも、これも単純だけど魅力の一つかなと。念願の、みたいなイメージとかもあるし。
- 雑誌とかでDJの部屋が写されてて、そこで何が飾られてるかをみたりしましたもんね。それも楽しかった。
大原 - アーティストの趣味を覗けたり。
横尾 - スニーカー収集みたいな感じというか。そういうノリ。結局、いいところしかないね(笑)。
大原 - 人生これしかない的なところは若干ありますよね。引っ越しするたびに二度と集めたくないと思うんだけど、結局集めちゃう。あとは、売れるっていう魅力もある(笑)。資産になるっていう。まさか眠っていたものが10000円以上の価値があった、とか、データではなかなか無いこともありますよね。
横尾 - 新譜に関しては値段下がりにくいから、よっぽどのもんじゃなければすぐ売ったら大損はしないですね。
- そうですね。思いがけず自分が持ってるものが値段高かったり、そういう楽しさもありますね。 最後にWOLFPACKから最新のニュースやお知らせなどあれば!
大原 - はい、実は自社カッティングができるスタジオを都内で開設しようと、ビンテージのノイマン社のカッティングマシンをイギリスから購入し、3年ほどかけてコツコツ修理と調整をしてたのがついに目処が立ちまして、、、。カッティングにあたるエンジニア陣の技術力も素晴らしく向上し、ようやく理想の音で切れるようになってきました。順調に行けば来春にはカッティングスタジオの操業を始める予定です。
- おお、それは素晴らしい。
大原 - この「理想の音で切る」というのが重要で、そこを目指して頑張ってきたので本当にようやくという感じです。日本だけでなく世界に対しても自分たちのカッティングと音を広げて行きたいと思ってます。
- 今日はありがとうございました。
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