Pen & Pixelという名前は少しでもギャングスタラップに思い入れのある人なら聞いたことがある名前だろう。名前を聞いたことがなくても、フォトショップでレイヤーが幾重にも積み上げられ、ギラギラとしたフォントの文字がそこに乗ったPen & Pixelが手がけたCDのカバーアートは必ず見たことがあるはず。
1992年に当時のサウスのヒップホップシーンの人気レーベルRap-A-Lot Recordsで働いていた実の兄弟Aaron BrauchとShawn Brauchによって設立されたPen & Pixelは、Master-P率いるNo LimitやLil WayneやMystikal擁するCash Moneyなどのレーベルをクライアントに持ち、19000枚以上のアルバムのアートワークを手がけてギャングスタラップのビジュアルイメージを形作った。
今回FNMNLではビジュアルを担当していたShawn Brauchのメールインタビューが実現。インタビューはギャングスタラップに詳しいアーティストやデザイナー、ラップフリークなどの質問で構成されている。
翻訳 : akkee(YAPPARI HIPHOP)
- 元ネタの画像データのストックはどのくらいあるんですか? (質問者 DMB PRODUCTION)
Shawn Brauch(以下、Shawn) - Pen & Pixelで働いていたとき、6,000人のクライアントと19,180件以上のプロジェクトを実施して、10年間で2.4億ドルのCD/DVDセールスを達成した。2021年4月10日の時点で、Pen & Pixel Graphics社がアートワークを担当したレコードのセールスは6.8億ドルの見込みだ。現在は、19,000枚のカバーと26,400点以上のデジタルアートワークがアーカイブ保存されている。Pen & Pixelで印刷されたオリジナル・ポスターもあるけど、それは美術館用に予約されている。Pen & Pixel Graphics社のマスターファイルから高品質プリントしたもので、認定証とナンバリング入りだ。
- 一番お気に入りの作品、やっていて楽しかった作品はありますか?(質問者 Da Mask Family)
Shawn - Big Bear『Doin' Thangs』、Cher『Live In Las Vegas』、Eightball & MJG『On Top of the World』といった作品、今回のII TIGHT MUSICのカスタム・アルバムカバーはやっていて楽しかったよ。映画ポスター作品を作るのが一番楽しいね。ヴィジュアルの中でいろんなことが起こっていて、セレブと仕事をするのも楽しかった!僕は日本の漫画やウルトラマン、ウルトラマン・セブン、ゴジラといったキャラクターに一番影響を受けている。子供の頃に、それらの映画を1日中観ていたし、日本の漫画もたくさん読んだ。10代の頃はテレビのチャンネルが2つしかなかったから、兄と一緒にたくさんのレコードも聴いた。歌詞を読んだり、アルバムカバーの細部まで見たりね。アルバムのアートと音楽が1つの精神的な集合体となって溶け込んでいて…その記憶が永遠に残っていますね。
- 担当されたGANGSTA RAPのCDで一番古い作品は何ですか?(同上)
Shawn - 兄のアーロンと僕はヒューストンのRap-A-Lot Recordsで働いていた。Rap-A-Lot以前は、2 Live Crewの例外を除いて、南部のギャングスタ・ラップはアメリカで全く知られていなかったことを忘れてはいけない。兄のアーロンはレーベルのゼネラルマネージャーで、僕は1991年に映像制作アシスタントとして雇われた。兄はビジネス面を担当し、僕はグラフィック担当だった。僕の仕事はミュージックビデオの絵コンテを作ることだった。シカゴ美術館附属美術大学を卒業して、パーソンズ・スクール・オブ・デザインでグラフィック・コミュニケーションの学位を取得していたんだ。最初の作品はPrince Johnny C、それとGeto Boysのアルバムのほとんどだった。
- デザイン制作の過程でラッパーなどから危険な目にあわされたことはありますか。逆に仕事をきっかけに仲良くなったラッパーはいますか?(同上)
Shawn - Pen & Pixelでは、特にトラブルはなかったよ。Pen & Pixel Graphics社は対立するギャングの間で、中立の立場だと思われていた。オフィスでは誰もが礼儀正しく振舞っていたし、営業スタッフのほとんどが女性で親しみやすい雰囲気だった。唯一心配したのは、Master Pと仲間がオフィスに訪ねてきた時だったけど、Pen & Pixelにとって非常に良い結果となった!僕たちはクライアント全員と友達だったね。彼らの音楽や進みたい方向性を深く理解することが必要不可欠だったから。お気に入りのアーティストはMystikal、Lil Wayne、Master P、Big Bear、Lil' Troy、故DJ Screwと彼のチームだ。
- ライバルだった会社はありますか。The Sketchbookという会社の作品が少し似たイメージでしたがどういった関係だったのでしょうか?(同上)
Shawn - The Sketchbookという会社は聞いたことがないな。初期の頃に小規模な競合他社はいた。カリフォルニアのPhunky Phat Graph-Xがそのひとつだ。その会社はNo Limit RecordsやベイエリアのE-40が使っていて、Master PがPen & Pixelに業務を移す前まで、かなりの数のアルバム・カバーを手がけていた。ヒューストンには小さなワンマン・ショップがいくつかあって、クライアントを装ってPen & Pixel本社に忍び込まれたり、写真を撮られたり、時にはクライアントを奪おうとするやつもいた。彼ら全員を裁判で訴えました。みんな失敗して、もうビジネスをしていないし、彼らには名誉もリスペクトもないですね!
- ジャケの紙質、CDの盤質など、担当されたものはみんな統一されていたような気がします。印刷・CDのプレスなども自社でやられていたのでしょうか?(同上)
Shawn - 2003年に閉業するまで、27人の従業員を雇っていた。Pen & Pixel Graphics社は親会社で、その傘下に4つの子会社があり、エンターテインメントのプロモーション・マーケティング事業を全国規模で展開していた。僕たちのサービスは、戦略コンサルティング、イメージコンサルティング、マーケティングプラン、広告、メディアバイイングとプレースメント、CDとDVD複製サービス、オーディオマスタリング、デザインサービス、写真、印刷、ビデオ、販促グッズ制作まで含まれていた。工場を運営して、顧客用にCD、カセット、LP、DVD、ビデオを製造していたんだ。年間100万ユニットを超えていたよ。
- 作品集を作られる予定はありますか?(同上)
Shawn - はい。すでにプロジェクトをスタートしていて、編集者やライターに連絡を取りました。良い条件の契約話が出てこない限り、自費出版するつもりです。200ページのコーヒーテーブルブックを考えていて、作品をクローズアップで見られるように拡大鏡も付ける予定です。
- いままでにデザインしたラップのアルバム・ジャケには、家、シャンパン、女性から動物まで様々なアイテム要素が登場しています。クライアントから提案されたアイテムの中で、一番奇抜なものは、誰から依頼された何のアイテムでしたか?そのアルバムジャケ制作過程で印象的なエピソードがあれば教えてください。(質問者 akkee)
Shawn - 最も奇抜なアートワークを挙げるのは難しいですね。たくさんの奇抜な作品を手がけてきたので!パッと思いつくのは、Criminal Elamentの『Hit 'em Where It Hurt』かな。この作品には狂気じみた裏話があるんだけど、とりあえず凶暴な闘犬ピットブル1匹、ピットブルを制御するための木製バット、自分たちの安全確保用にグロック銃とだけ言っておきましょう!犬の写真を撮るのがこんなに怖いとは思わなかったよ!恐ろしい動物だ!
- Pen & Pixelのデザインの特徴のひとつである「ギラギラ感」について、最初にそれをデザインしたとき「ギラギラ」演出アイデアは何からインスピレーションを得たのでしょうか?(同上)
Shawn - 実は、ギラギラな光り物アイテムを注文してきた最初の人物はMaster Pだ。彼はNo Limitの戦車ロゴ、ロレックス時計やダイアモンドなどすべてに統一感を出したかったんだ。これをきっかけに、文字デザインやカバー・コンポジションの要素にギラギラ感やツヤ感のあるエフェクト・レイヤーを使い始めた。Pen & Pixelのギラギラした文字デザインは、フィルターを使わず、すべて手作業で作られていた。すべてをPhotoshopで加工していたから、CDタイトルの文字デザインを形成するのに3日かかったこともあった。とても複雑なので、今でさえ誰にも真似できないものだ。Pen & Pixelの文字デザイン処理は素晴らしいんだよ。
- 21 Savage & Metro Boomin『Savage Mode II』のカバー・デザインは、Pen & Pixelがデザインを担当していましたが、最終的にオリジナル・デザインが使われていないことがニュースになりました。この件について、改めて経緯を教えてください。今までにもこういったことはあったんでしょうか?(同上)
Shawn - レーベルのSlaughter Gangから21 Savage & Metro Boomin『Savage Mode II』のアルバムカバーをやって欲しいと連絡があった。通常、Pen & Pixelではラッパー/アーティストと電話で会話をしてから仕事を受注している。クライアントが何を求めているのか理解するためにヒアリングをする。クライアントの音楽を聴いて、曲を作った背景や歌詞を理解するために非常に多くの時間をかける。ヒアリングに何時間もかかることもあれば、数分で終わることもあるけど、彼らのヴィジョンを正確に実現するために、物事を深く理解することは必要不可欠だ。アイデアをスケッチし始める段階でも、ラッパーやアーティストから多くのフィードバックをもらい、迅速に作業を進める。鉛筆で描いたラフスケッチにOKが出たら、それをスタジオに持ち帰り、インクペンでより細かいスケッチを作る。この作業は、ラッパーやアーティストが求めているものと一致しているか確認するためだ。そして、スケッチと写真イメージが合っているか確認しながら撮影スケジュールを組む。撮影では、僕がカメラマンに指示を出す。撮影が終了すると、写真が高品質かつスケッチと合っていることを確認してから作業が始まるんだ!
Slaughter Gangの案件では、21 SavageやMetro Boominとの会話は許されず、彼らはスケッチを一度も見ず、過去に僕たちが撮影したスケッチと合わない写真で作業を進めていた。僕は21 SavageやMetro Boominとコミュニケーションを取り合っていない人物からアート・ディレクションを受けていたんだ。次々とOKが出て、最終的なアートワークを21 SavageとMetro Boominに見せたところ、カバー全体の大幅な変更を要求された。
締め切りは翌日だった!いままでの人生で6000枚近くのカスタム・カバーを手がけてきて、このような返答をもらったことがなかったので、残念でしたね。彼らには、その変更には応じるけど、カバーにPen & Pixelの名前を入れないでくれと伝えた。彼らは自分たちで変更作業をして(完全にメチャクチャ)、Pen & Pixelの名前を載せたんだ。これはPen & Pixelの作品ではありません。彼らには敬意もない。とてもがっかりしたよ。
- 今回のII TIGHT MUSICのために制作したアートワークで、拘った点や作品に込められたストーリーを教えてください (質問者 II TIGHT MUSIC)
Shawn - これは、僕が手がけてきたものの中で最も複雑で緻密な作品だ。数ヶ月前のことだけど、シュウさん(Ⅱ TIGHT MUSICの村山修一)からPen & Pixelのコレクターポスターについて連絡をもらったんだ。シュウさんはアメリカに飛んで、僕に会うために車でフロリダまで来てくれた。とても光栄で謙虚な気持ちになったよ。僕たちは素晴らしいミーティングをして、彼にポスターの一部を見せた。そして、Pen & Pixel製のロゴとカスタムメイドのアートワークを作ることに合意したんだ。シュウさんは今まで受けてきたクライアントの中で唯一、僕にデザインの自由を与えてくれた人です。II TIGHT MUSICのために僕ができることを信じていたのがはっきりと分かったので、この作品には全力で取り組んだ。Photoshopで198のレイヤーを使い、2週間かけて仕上げた。文字デザインはPen & Pixelの代表的なダイヤモンド3Dだけど、それににじみを加えた。カバーにはゲットーの物語が描かれている。死と悪魔は常に存在していて、あなたを奪おうと待ち構えている…あなたは蜘蛛の巣にひっかかって、身動きがとれない!長年、自分が手がけるアルバムカバーでこのストーリーを語りたいと思っていたけど、アートで語ることを許してくれた人は今回が初めてです。シュウさん、ありがとう!
- 発売禁止や発売できなかったアルバムカバーはあるでしょうか?それはどういった理由で 取りやめになったのでしょう?(スケボーシング(東京城南地区からの質問)
Shawn - 今まで断っていたのは、撃たれた妊婦だけだった。(過去に依頼されたことがあって)言うまでもなく、不愉快で気持ち悪いよ。Pen & Pixelには制限があります。赤ちゃん、女性虐待、神を悪く見せる冒涜もNGだ。Tre-8の『Dey Scared Of Me?』を手がけたけど…これのせいで、Master PとNo Limit RecordsがPen & Pixelを訪ねて来た。Tre-8はとても具体的なアイデアを持っていたので、僕たちはただそれを実現するだけだった。アイスクリーム販売車を捜し出し、あらゆる角度から30回も撮影した。特殊効果と合成してからアイスクリーム販売車を爆破させたんだ。車から投げ出されて死んだ人もちゃんと見せるように配慮してね。アルバムが発売されて、正確なタイトルは覚えていないけど、”アイスクリーム屋を殺せ”とか”アイスクリームマン 187”みたいなのがあった。明らかに、問題となっているアイスクリーム屋はMaster Pのことだった。Master Pは激怒していたけど、僕たちには理由が全くわからなかった!Master Pは「話がある」って、ヒューストンまで飛んできたよ。でも、会社の敷地内に入った途端に状況が変わった。彼は、僕たちがガレージからスタートした小さな会社だと思っていた。でも、事業の大きさ、壁に飾られたゴールドやプラチナの額、目の前で行われている作業やスタジオを見て「おい、グラフィックデザイナーとの間に問題を抱えているんだ。俺のために働きたくないか?」と言った。僕たちはもちろんOKした。Master Pとのコラボレーションは、このように始まったんだ。彼は良顧客になってくれた。ナイス・ガイだね。他にも発売禁止されたカバーはあった。Black Robinhoodの『The "L"』っていうアルバムだけど、警察殺しの曲が入っていて店から撤去されたよ。(爆笑)
- あなた達がカバーアートを作る際に、実際にクライアントの要望を聞いてスケッチから制作すると聞きました。どれもかなりぶっ飛んだ要望が多かったとおもうのですが、初期の頃などいざ完成した時にその作品を見てどう思いましたか?自分たちは新しい物凄いものを作っているという感覚なのか、本当にこういうデザインで良いのか?など不安はありましたか?(質問者 Lil'Yukichi)
Shawn - いい質問だね。僕はアイデアをどんどんスケッチできると思っていた。でも正直なところ、最初の頃はどう制作すればいいのか分からないことが多かった。フォトショップを理解するのもすごく難しくて、何度も失敗を繰り返した。でも、僕と兄はすべての失敗を記録して、同じ失敗を繰り返さないようにした。僕たちの学びへのアプローチはとても真面目だった。時が経つにつれ、僕たちはどんどん上達し、Photoshopができることの限界を広げていった。初期の頃にAdobeとも仕事をしたよ。Photoshop製品を改善するためのベータ版フィードバックプールの一員としてね。毎日、新しいことを学んでいたよ。
- 一番編集に時間(または日数)がかかった作品と、1番早く編集が終わった作品は?(質問者 D-SETO)
Shawn - 今まで一番時間がかかったのはII TIGHT MUSICの新作で、次にCherの『Live in Las Vegas』と2 Live CrewのカバーとItz Dat Boy Xです。これらのカバーはすべて、Photoshopで150以上のレイヤーを使っている。一番シンプルなカバーは、The Short Stop RecordsのMass 187だ…白いカバーに青いキャデラック…記憶に残るぐらいシンプルだ。
- 「初期の作品には骸骨モチーフのアートワークが多いですが、一番最初に骸骨を取り入れたのはどのアーティストの作品なんでしょうか?」(質問者 Shirutaro)
Shawn - DJ Screwとの仕事はいつも楽しかったよ。彼がトラックをスローダウンさせる独特の手法を見つける前から、僕たちは彼を知っていた。素晴らしい人で、とても物腰が柔らかく、よく笑っていたね。いい男だよ。彼はとてもシャイな人で、アルバムカバーに自分の顔を出したくなかったんだ。僕たちは想像力を膨らませて、ドクロ、時計、スクリューネジのアイデアを思いついた。ドクロはギャングに必ずつきまとう「半死半生」を表している。いつの日か直面する避けられない運命だ。ドクロを使用した最初のカバーの一つは、Jump Out Boyzの『Hood of no Good』(1994)です。
- 有名なBig Bearの『Doin'Thangs』のカバーアートに登場する熊は、Big Bearご本人が演じているというのは本当でしょうか?他にもラッパー本人が密かに登場していたり、まだファンに知られていないイースターエッグが隠されたカバーはあるのでしょうか?(質問者 zcay)
Shawn - Big Bear、このカバーアートがものすごく知られていることに驚くよ。僕たちが考えたアイデアの中でも奇抜な作品の1つだけど、実際にこの男に会ってみるとピッタリなんだよ。テーマは「熊」なんだけど、ビッグでピンプなブリンブリン熊にした!ヒップホップ・アーティストが、女の子、金、車といったスタンダードなものから逸脱して、自分自身のユーモアに自信を持つのは珍しいことだった。Big Bearのカバーが印象的な理由は、まさに面白くて、魅力的で、皮肉たっぷりだからです! (それだけでなく、自分で言うのもなんですが非常によくできている。)カバーがゴチャゴチャしているのは、すべてのアイテムが複雑だったからだ。熊の手はロサンゼルスの特殊効果スタジオのもので、レンタルして空輸しなけらばならなかった。テーブルの上にあるものは本物の魚、ベリーとナッツだ。ワイン・グラスはPier 1 Importsのもので、ローブはヴェルサーチ。そして、そうなんだよ。Big Bearがボディモデルで、実際の熊なんだ!撮影用にすべてを揃えるのに1週間かかった。素晴らしいカバーだよね!
Master Pの『Ghetto Dope』にはクラック中毒者が出てくるけど、あれはラッパーがボランティアでクラック中毒役をやってくれたんだ。彼は最高でしたね。少しメイクをして、ゴミ袋をズボンにして汚れたセーターを着て…それだけで十分だった。撮影中に大笑いして、とても楽しかった!
Info
FNMNLでもインタビューを行ったⅡ TIGHT MUSICがSHIBUYA TSUTAYAでPen & PixelにフォーカスしたPOP UP(FNMNLとのコラボTシャツも先行販売中!)を開催中だ。
2TIGHT MUSIC Pop Up 2nd season
“Pen & Pixel Graphics artwork special”
Supported by FNMNL
at TSUTAYA SHIBUYA
期間: 4/22 - 5/6