FNMNL (フェノメナル)

【R&B Monthly Vol.3】H.E.R.、Kiana Ledé、Usher、Beyoncé、Anderson .Paak、6LACK、Summer Walker、Teyana Taylor

アメリカで合法的に黒人が奴隷として扱われていた時代、農場で過酷な労働を虐げられていた彼らは、その痛みや苦しみを労働歌にすることで耐え忍んでいた。1865年にアメリカ憲法修正第13条が奴隷制の禁止を継続することを誓って以降も、皮肉にも”Land of the Free(自由の地)”と呼ばれる国では、変化をもたらすために多くの活動家や市民が制度的差別と闘ってきた。

恥ずべき過去と無残な現実にどれだけ顕著な変化があるかと問われると、その答えは不確かだ。ミネソタ州のミネアポリスで3月25日に、ジョージ・フロイドと言うひとりの黒人男性が白人警察に首を膝で圧迫されて息を引き取った。「息が出来ない」と繰り返し訴えることしかできないほどに、アメリカが保証する黒人としての彼の人権は、無力だったのだ。

この事件以降、アメリカのみならず世界各地で人種差別や警察の残虐行為に反対する大規模な抗議活動が始まった。そして同じように多くのアーティストが立ち上がり、Black Lives Matterをテーマにした楽曲をリリースしている。今回はその中からいくつかの楽曲を紹介していく。

文・構成 : 島岡奈央

シンガー・H.E.R.の”I Can’t Breathe”は、フロイドさんのその言葉をタイトルにした悲痛な1曲だ。「社会構造は私たちを敵にするように作られた。変化を祈る、痛みは人をひ弱にするから。あなたが覚えようとしない名前は誰かの兄弟や友人であり、もしくは泣き叫ぶ母親の息子なのだ」と彼女は綴る。曲が進行するにつれてH.E.R.の息は上がり、ラップをするように怒りを露わにしていく。「盗みや虐殺を美化することで、自由の地が作られた」というラインは、黒人を奴隷から解放した自由の国という側面のみを誇張するアメリカを非難している。

「あなたのいわゆる”黒人の友達”が、まるであなたが社会問題に関心がある人だと正当化して、あなたの差別を帳消しにする」という部分では、差別問題が浮上した際に黒人の友人がいることをとっさに主張する主に白人のことを歌っている。しかしH.E.R.は、そのような主張はとても表面的であり、差別問題と自身を隔離させるような言動だと言っているのだ。さらには、過去に南部で木から首吊りをされていた黒人を”奇妙な果物”と喩えたBillie Holidayの”Strange Fruit”を言及し、「we can’t breathe」とフロイドさんの言葉を言い換えて曲を終える。

H.E.R.とはまた異なった視点でアメリカ社会を批判するのは、華々しいデビューアルバムをリリースしたばかりのKiana Ledéだ。ジョージ・W・ブッシュが大統領就任時にP!nkが発表した”Dear Mr. President”というタイトル曲をそのまま起用したLedéのカバーバージョンは、現大統領のドナルド・トランプを批判し、悲惨な現実に苦しむ国民に彼の同情と本音を求めるような曲だ。「もしあなたと腹を割って話せるなら、いくつか聞きたいことがある。外で飢えるホームレスの人々を見てあなたはどう感じますか?眠りにつく前にあなたはなにを祈りますか?」と彼女は無神経なリーダーに尋ねる。

コーラスでは、「私たちが泣いている間にどうやってあなたは眠っているの(無視をしている)?」と彼女は感情的になっていく。そして、Ledéはドナルド・トランプの人格から彼の倫理観にフォーカスを当てていく。「どうしたら子供たちは取り残されていないと言える?あなたは彼らの親を違う場所へ送って、ケージの中に入れて放置した/ゲイの結婚は正しくないと考える男って一体どんな人?/あなたにハードワークがなにかを教えよう、出産前の子供を抱えながら低賃金で働くこと/段ボールで寝場所を作ること。」人種差別問題だけでなく、移民問題やLGBTQ、低賃金労働など、彼の就任以来悪化しているとされる問題を包括的に述べている。「あなたは1度も私の隣に寄りす添おうとしない、してくれますか?」とアウトロでLedéは彼の慈悲を求めるように曲を終える。

ジョージ・フロイド殺害事件以降の抗議活動は、人種差別問題のみならず、トランプ政権とそのシステムに反対するデモとして多くの白人層が参加している。今回の事件を機に大衆からさらにその対応を追及されているドナルド・トランプの耳に、Ledéの純粋な言葉が届く日は来るのだろうか。

ベテランのUsherが歌う”I Cry”は、よりパーソナルな立場から傷ついた人々の心情を代弁している。ピアノの旋律に乗せて歌唱力を存分に発揮しながら力強く歌うUsherは、歌詞でこう語る。「葛藤や痛みが見える、私ひとりでは変えられない物事だ。そしてこう言うことが心を痛む」とUsherは人種差別問題に対する自身の胸の内を曝け出す。しかし、現実に嘆くだけではなく、彼は前向きに問題と向き合おうとする姿をコーラスで投影している。「私は泣く。父がいない息子たちのために、母親が心の奥で抱える痛みのために。そして私は闘う。私たちは築き上げていく未来のために。」とUsherは叫ぶ。

人々を蔑ろにしてきた権力者に代わって言うように、「語られなていない事実のために、破られた約束のために、私はあなたの側に寄り添う。私は闘う。夢をみることをやめてしまった人たちのために、そして信じることを諦めてしまった人たちのために。」と彼は歌う。抗議活動を通して問題と向き合う人たちもいれば、変わらない現実に希望を失った人たちももちろん存在するのだ。Usherの”I Cry”は、そんな彼らの背中を撫で下ろすように力を与えるだろう。

ここまで紹介した楽曲とは対照的に、よりポジティブな姿勢でBlack Lives Matterをサポートする楽曲も見てみよう。

“Juneteenth”こと6月19日は、南北戦争時代に最後の砦であったテキサス州で奴隷解放宣言がされた日だ。連邦祝日ではないが、しばしば「自由の日」などという名前で祝祭の日として認知されている。そんな保守的なテキサス州で生まれ育ったBeyoncé Knowlesが同日に発表した”Black Parade”という楽曲は、黒人の歴史と彼らのルーツや遺産を賛美する歌である。「私のルーツが途絶えていない南(アフリカ)に帰ろう」とBeyoncéは母なる大地に帰ることを啓蒙するようにアンセムを始める。

歌詞に散らばるアフリカンルーツの言葉は、彼女が示すアフリカという人類の起点を想起させるようだ。「私の妹はイェヤマを象徴する/ヨルバの腰ビーズ/マンサ・ムーサは400ビリオンドル」という部分は、ヨルバ人の水の女神のイェヤマ、アフリカの文化的なモチーフであるビーズ、そして人類史上最も財力があったというマリ王国のマンサ・ムーサ国王を表してる。文化的な言及のみならず、抗議活動に加わるようにBeyoncéはこう続ける。「行進するときだとタミカ(抗議活動家)に電話をさせて/高くそびえ立つように王座に降臨する、さあ私のパレードについてきて」と連呼するクイーンは、どこかの誰かよりも頼もしい。

前者同様にJuneteenthにリリースされたAnderson .Paakの”Lockdown”は、ファンクベースのグルーヴィーなトラックに、実際に彼が体験した抗議デモの様子とコロナウイルスのカオスを綴った曲だ。「俺たちは抗議をしようとしてたら、出火が発生したんだ。スパイに気をつけて、奴らは人混みに紛れているから」と、実際にデモ現場で警察のスパイが工作員として仕組まれていた様子を物語っている。

ラッパーとしての顔も持つ彼はこう続く、「奴らがジョージ・フロイドに地面でやったことはコロナウイルスよりも病的だ/あと略奪行為について教えてくれよ?本当はなにが目的なんだ?だって奴らはトイレットペーパーみたいに黒人の命を捨てるから」と。各地で見られたストアを破壊して商品を盗む行為はしばしば問題の論点をずらすことも問題視されていた。Paakらしいワードプレイがありながら、パンデミックの中で行われるBlack Lives Matterデモを、ナレーションするように歌ったプロテストソングに仕上がっている。

フロイドさんの死は、アメリカが建国以来訴えるその正義や平等を疑問視する以上の悲劇だ。それらの思想は誰の基準に合わせたものなのかを、弱者と共に今こそ見つめ直すべきだろう。少なからず現実は、それらが権力者たちによって乱用されていると明確に示している。

警察の残虐行為のみならず、黒人が日常で避けて通れないとされる葛藤や苦労はまだ、この瞬間にも続いている。だからこそ、被害者側だけでなく人種差別の加害者たちに、そしてこの社会に、ジョージ・フロイドの名前を決して忘れさせてはいけない。そして、これらの歌が時代の希望灯として、絶やされることなく暗闇の中で鳴り響くことを願う。

1. 6LACK - 『6pc Hot EP』

アトランタの夜は蒸し暑い。その日常に慣れ親しむ6LACKの『6pc Hot EP』は、私たちを彼の生まれ育った世界に誘い込む。今作で彼が貫くディープなサウンドと共にデリバーするのは、彼の生まれ育った故郷・アトランタの景色だ。トラップシーンで育ったシンガー兼ラッパーは、デビュー作『Free 6LACK』以来、華々しい活躍を見せてきた。今や客演で彼の名前を見かけないことが珍しいほどに、シーンは彼を必要としている。

久しぶりにフッドに戻って車でブロックを巡回する6LACKは、昔の風景を見て物思いにふけているようだ。「よくあの辺のコーナーでふらついてた、アンのスナックバーはマジで美味しい/娘が卒業したときにどこかの田舎で旅行ができるように、俺は時間を犠牲にする」と“ATL freestyle”で彼はハンブルな姿勢を見せる。硬いベースにシンセサイザーが混ざる”Float”は、物憂げな6LACKの歌声とよく合っている。「示す愛ならたくさんある、けどやらなきゃいけないことが山積みだ」と”Elephant In The Room”で歌う彼は、それよりもスモークがしたいと後に繰り返す。

最後のトラック”Outside”では、「好きなように毎日を過ごせるまで待ちきれない、日が沈むのを一緒に見る時まで」とインドア生活中の恋人の心情を歌う。同郷のラッパー・Lil Babyが加わる”Know My Rights”は、作品にスパイスを加えるラップ曲だ。しかし、EPのハイライトはAri Lennoxの歌声とサックスの音がバックで共鳴する”Long Nights”だろう。曲の余韻は、ブラントの燃え残りと共に徐々に消えていくようだ。決して彼のヴォーカル音域は広くないが、その甘く魅惑的な歌声に飽きることはない。

6LACKのプロダクションと様々なサウンドに適応する能力は、なぜ彼が、今最もスポットライトを浴びる人物かを裏付けている。地元アトランタの名物・ホットウィングチキンを捩った『6pc Hot EP』は、6LACKのシグネチャー”ホットソース”だ。

2. Summer Walker - 『Life on Earth』

Summer Walkerの顔に二面性があるとしたら、それはフェイストゥーに長いネイルでポールダンスをする大胆な彼女と、アコースティックギターを抱えて恋心を歌う繊細な彼女だ。デビューアルバム『Over It』の続編的な作品となる今作『Life on Earth』は、より後者の表情が垣間見える作品だろう。前作を共に制作したトラックメイカーとの失恋が、アトランタネイティブの彼女が今作で物語るストーリーだ。

トラップソウルビートにクラシックのサンプリングを好むWalkerは、それ以上にソングライティングという工程を大切にするアーティストだ。「日々が長く感じる、ドラッグは手に入りにくくなるばかり。あなたならその瞳で盗める」と歌われるのは、PARTYNEXTDOORを招いた”My Affection”だ。90年代に活躍した同郷のグループ名を借りた”SWV”では、ブランデーで酔ったような様子で彼女はこう歌う。「腰が抜けてしまうような恋に落ちるの、まるでSWVみたいに。」

続いてNO1-NOAHと共に歌う”White Tee”は、Instagramのキャプションライクな歌詞が綴られた1曲だ。「白Tシャツみたいに私に接してほしい、嫌なことはしないで」と歌う2人のディープなハーモニーはとても親密だ。ハスキーなWalkerの美声は、どことなく哀しくも聞こえ、そして中毒的だ。

ギターに乗せて歌う”Let It Go” では、「あなたの今の姿を見てごらん、私はただ盲目だった、のめり込んでいただけ、尽くしすぎたの」と過去の相手との関係を振り返る。Walkerの過去作品と比較さすると、所々で日記帳に走り書きしたように聞こえてしまうリリックは、それでも同世代の共感を呼ぶだろう。最後を飾る”Deeper”は彼女らしさが強調されていて、今作で最も際立っている楽曲だ。EPサイズでここまでの完成度だと、Walkerの次作はどんなものになるのかと、すでに期待さえ抱いてしまう。それまでは『Life on Earth』が漂わす深い夜に居座っていよう。

3. Teyana Taylor - 『The Album』

ハーレム出身のアーティスト・Teyana Taylorは、自身3枚目となるスタジオアルバム『The Album』で、未知なる境地を探検する。Taylorは音楽歌手として地位を確立する以前に、モデルやダンス振付師としてKanye WestやBeyoncéからお墨付きを得ていた。芸術家として多彩な才能に恵まれる彼女に、独自の音楽を追求することは誰も止められない。Westが指揮をとった8曲編成の前作『K.T.S.E.』とは反対に、今作は23曲という大規模なプロダクションで彼女は挑んでいる。

緩やかなジャムが続くアルバム序盤の構成に、Missy ElliotとErykah Baduを集中させたのは、流石はTaylorの粋なセンスだ。”Lowkey”で軽やかに交わるTaylorとBaduのハーモニーは、私たちに極上の浮遊感を与える。ダイヤル音で始まる”1800-One-Night”は、クレジットにはないが、Baduの『But You Caint Use My Phone』を連想させるようなトラックだ。後に続くKehlani参加の”Morning”から”69”のトランジションには、Taylorの芸術的な一面が伺える。

後半に用意されたレゲエ調の”Bad” や”Killa”のような楽曲は、ジャケットカバーでTaylorが表現するアフリカ大陸の匂いを漂わす。Missy ElliotとFutureが華を添える”Boomin”は、Timberland独自のサウンドのテクスチャーが楽しめる1曲だ。そして、Mr. West、Ms. Lauryn Hill、Mike Deanが参加する最終曲”We Got Love”で、彼女は今作で最もパワフルなリリックを披露している。「私は手に入れた。馬車と家、黒人の愛と結婚。バスルームで我が子を出産した。そこにいたのは、私、夫、ヘッドホンのコードだけだった。人生に打ちのめされないで」と、1児の母になったTaylorは歌う。

しかし、これらの優れた点を邪魔するのは、今作の尺の長さだ。それぞれの楽曲が1つの『The Album』として一致すれば問題ないのだが、アルバムのB面を無理やりに押し詰めたような印象を受けてしまう。Taylorの類稀ない才能と優秀なプロダクションは揃っているのだ。きっと今作は彼女が追求しているサウンドの途中経過であり、実験の成功作は未来に披露されるのだろう。

Info

Vol.1 The Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali & Frank Ocean

https://fnmnl.tv/2020/05/26/98248

Vol.2 Kehlani、Chloe x Halle、The-Dream、Destiny Rogers、Chris Brown & Young Thug、Lucky Daye

https://fnmnl.tv/2020/07/01/100494

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