STUTSとの共作でドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌"Presence"、STUTSやYONCEを含むMirage Collectiveとしてドラマ『エルピス』主題歌"Mirag"」を制作。その後も荒井優作とのユニットのbutasakuやソングライターとして楽曲提供を行ってきたシンガーソングライターのbutajiが2021年の前作『RIGHT TIME』以来、5年ぶりとなるソロ名義のフルアルバム『Thoughts of You』を完成させた。
アテンション・エコノミーのもとで生み出される過剰な情報とタイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを意識した効率的な取捨選択からこぼれ落ち、忘れ去られつつある大切な何か。この作品ではオーセンティックなシンガーソングライターであると同時に、DTMの使い手として、ビートミュージックやエレクトロニックミュージックとの親和性が高いbutajiがリスナーをバンドサウンドやストリングスアレンジ、ビートミュージックが共存する表現の深みへと誘い、そこに広がるイマジネイティブな歌詞世界をじっくり噛みしめ、大切な誰か、何かを想うことでリアリティを増す。
加速主義に抗うように立つ一人の音楽家の覚悟も込められている本作を前に、butajiの思いを聞いた。
取材・構成 : 小野田雄
撮影 : 盛島晃紀
- 今回の作品『Thoughts of You』は5年ぶりのソロアルバムとなります。2021年の前作『RIGHT TIME』はそのリリースに前後する形で、STUTS & 松たか子 with 3exes"Presence"とMirage Collective"Mirage"という2曲のドラマ主題歌のメロディと歌詞を手掛けられましたが、そうした大きなプロジェクトの経験はその後の音楽制作にどのような影響がありましたか?
butaji - "Presence"の後に"Mirage"があって、その間、篠田ミルとの共作で三宅健さんの"dreamy reality"を制作したり、三浦透子さんに"点灯"を楽曲提供したり、それ自体すごく楽しかったので、いい機会だなと思って制作に向き合っていました。ただ、ソロとは違って、黒子としての取り組みというか、自分の名前が前面に出るわけではなかったし、大きな仕事をやり遂げた手応えを感じつつ、butajiの音楽があまり知られていないことも実感して。だからこそ、ソロをやらなければ、と、モチベーションはどんどん自分の制作に向かって上がっていったような気がします。
- 今回のアルバム制作は、いつ頃、どのような形で始まったんでしょうか?
butaji - 『RIGHT TIME』を発表した2021年の年末にNHKの実験的ショートドラマ『声が聴きたい』に荒井優作くんとのユニット、butasaku名義で"sleep tight"という曲を楽曲提供したんです。その際、映像を見ないまま楽曲を完成させて、後から実際の放送を見たんですけど、そのドラマはたった一人の登場人物が電話で話す姿を10分間映し続けていて、相手の声は視聴者に聞こえないという独り芝居の体裁なんですけど、その映像から一人暮らしの都市生活者の孤独が伝わってきて、もしこの映像にソロで曲を付けるとしたら、どういう曲が出来るだろうと、曲提供の依頼とは別に勝手に考えて作ったのが、今回の1曲目の"In silence"だったんです。
- "In silence"で描かれている孤独や喪失感、そこに寄り添い、誰かを思う気持ちは作品に通底するリリックのテーマになっていますが、サウンド面では1940年代から60年代にかけて活躍したジャズ・ピアニスト、シンガーのナット・キング・コールに大きなインスピレーションを得たそうですね。
butaji - 特に50年代、60年代になるのかな。その時代のジャズやポップス、フラミンゴスのようなドゥワップを好んで聴いていた時期に、後にAmazon Prime Videoでドラマ化される『Fallout』というゲームをやっていて。そのゲームは、核爆弾が落とされて、シェルターに逃げ延びられた幸運な人たちが冷凍保存されて。数百年経った後に目覚めて、核戦争後の荒野を歩いて仲間を探す、そういう内容なんですけど、在りし日のユートピアや豊かさな生活を思い起こさせるものとして、壊れたラジオから流れてくるのが、まさにその時代のジャズやポップスなんですよ。
- つまり、今の時代に失われた豊かさを象徴する音楽として、ナット・キング・コールの時代の音楽を聴いていたと。
butaji - ただ、それが悪いということではないですよ。今ある音楽は昔にはなかったものだし、昔あって今なくなったものはいくらでも挙げられるじゃないですか。そういう事実は頭では理解しているんですけど、今はやっぱり消費のスピードが速いし、アテンション・エコノミーという言葉に象徴されるように、人々の注意を引かないものは不要なものとして切り捨てられてしまう。
- タイム・パフォーマンス、コスト・パフォーマンスが悪いものもそうですよね。ただ、音楽、アートはそもそもが無駄なものというか、その無駄なものを楽しもうという在り方に心の豊かさがある。だから、無駄なものを削ぎ落とすということは、音楽の一番の旨みを切り捨てるということでもあるのかな、と。
butaji - そう思うんですよね。ただ、その一方で自分はドラマ主題歌を作ったりもしているし、アテンション・エコノミーの片棒を担いでいるようでもある。そうであるからこそ、より考えざるを得ないというか、今のマーケットの風潮に対するカウンターとなる音楽を求めていたんだと思います。
- つまり、音楽的にも、損なわれつつある豊かさに思いを馳せるというのは、"In silence"で提示された作品のテーマに繋がってくるわけですね。このアルバムでは6曲にフィーチャーしたストリングスはまさに音楽の豊かさそのものですよね。
butaji - 僕は中学生くらいまでヴァイオリンを習っていたので、ストリングスにはもともと親しみがあったし、歌うメロディを引き立たせるストリングスによるカウンターメロディの動きやリズム、その有機的な組み合わせが音楽的に自由で豊かに感じるんですよ。今回、ストリングスを入れた6曲のうち、スタジオでストリングスを録音したのは2曲、あとの4曲では宅録の質感が欲しかったというか、自分にはDTMで音楽を作る側面もあって、ポストプロダクションでストリングスの音を加工することにも興味があったので、ヴァイオリニストの町田匡さんに自宅で録音してもらった素材と部分的には自分が弾いたヴァイオリンを組み合わせたりしました。今回のレコーディング期間、約一年くらいヴァイオリンをレンタルして、自宅で練習したり、録音したりしていたんですけど、町田さんの上手いテイクと僕の下手なテイクを組み合わせたのは、いいとされるテイクをいい環境で録ったからといって最高の音楽が生まれるわけではないというか、自分で完璧にコントロールしきれないDIYな感覚も曲に織り込みたかったから。ただ、そういう作り方は逆に手間や時間がかかるので、スタジオのエンジニアさんには嫌がられるし、人のことを気にせず、満足するまで何時間も作業するために宅録を多用しているところはありますね。
- 今回、DTMによる宅録感が極まっているのは全ての楽器をご自身で演奏、構築したアルバム最後の曲"remission"かな、と。“完治”したわけではないけど、安定した状態を意味する“寛解”という曲名が指し示しているように、不完全に完成された曲の美しさが際立っているように感じました。
butaji - そうですね。この曲名は“寛解”という意味でネーミングしたんですけど、ほぼデモのような状態の曲と歌詞で描かれている、心の傷が良くなっていく様がぴったり合っているなって。あと、ストロークスに"You Only Live Once"という曲があるんですけど、そのデモヴァージョンがピアノ弾き語りで存在していて、その質感が大好きだったこともあって、"remission"に関しても、録音し直さず、このまま収録することにしました。
- butajiさんはシンガーソングライターであると同時にDTMの使い手でもあって、揺れが心地いい生楽器による楽曲とクオンタイズされたDTMを自在に行き来し、融合できる希有な感性の持ち主という印象を受けます。揺らぎやいい意味での不完全さをビートミュージック、エレクトロニックミュージックの個性に昇華するSTUTSや荒井優作と相性がいいのも納得というか。
butaji - 自分はどちらも好きなんですよ。かつてのビートミュージック、エレクトロニックミュージックは、8分、16分で縦にパキッっと割れた音楽でしたけど、それがいつからか、境目を溶かすような作業を経て、人間的な揺らぎも含まれた音楽になってきましたよね。その点が今っぽいというか、現代性ということなのかなって。ただ、クリーンで整然とした音楽が主流だったりするので、不完全な、揺らぎがある音楽を世に出すのはまだまだ度胸がいることだったりして……でも、考えなしにその主流の価値観に合わせて作品を作るんじゃなく、自分がいいと思ったものをいいと思ってもらえるところに音楽を置いておきたいんですよ。
- その点、今回のアルバムは、多数のプレイヤーが参加した生音主体の作品でありつつ、ミックスはバンド然としていないというか、個人的にはベースミュージックとして捉えられる作品だと思いました。
butaji - そうですね。このアルバムは、ダブ、レゲエの要素が随所にあるし、作品を通して、ベースミュージック、ダンスミュージック的な解釈ができるんじゃないかなって思っています。曲によっては、明確に歌ものを意識したものもあるんですけど、自分で打ち込みをやっているとヴォーカルも全部の楽器と並列になるというか、ベースの音をぐっと持ち上げつつ、他のトラックと並列に扱おうとすると、声の処理がダブっぽくなるんですよ。そうやってミックスしていた制作の終盤は、ヴァンパイア・ウィークエンドの最新作『Only God Was Above Us』をずっと聴いていたんですけど、つぎはぎされたDIY感、ポストパンク感とストリングスの扱い方が好きだなと思って、ミックスの参考にしましたね。
- そして、"In silence"と"Lost Souls"の2曲は、岡田拓郎さんが共同プロデュースで参加されています。
butaji - 岡田さんがやっている、手掛けている音楽の質感は重すぎないというか、その軽さに不思議な妙があって、そこに今っぽさを感じるんです。中域が厚すぎず、隙間があって、低域も大きすぎず、全部がクリアで軽やかな印象を受けたので、ぜひお願いしたいなって。今回の2曲ではバンドメンバーを一緒に選ぶところから、密にやり取りさせてもらいましたね。
- トラックものの共同プロデュースは"so far"にyahyelの篠田ミルさん、"Isolated blues"にMETさんがそれぞれ参加していますが、同じトラックメイカーとして、彼らのどういう部分に魅力を感じますか?
butaji - ミルさんはV6の三宅健さんの楽曲"dreamy reality"を2人で作ったことをきっかけに、1、2年前ぐらいまでご近所さんだったので、公園を散歩しながらお話したりして。yahyelの作品もソロも大好きだし、すごく尊敬しているトラックメイカーの一人なんですけど、"so far"ではトラックを制作、アレンジしながら、ミックスも出来るミルさんのような人が欲しくて。ヴォーカルをヴォーカルとして扱うのではなく、トラックの一要素として扱いながら、アレンジ、ミックスの提案、やり取りをしてくれたのがすごく楽しかった。そして、METくんとは24年のプライド月間に合わせてリリースした"True Colors"でコラボレーションしたり、そういった繋がりもあって、"Isolated blues"を一緒に作ったんですけど、僕の曲はどれも元となる構築されたデモがあるんですね。そのステムデータをお渡しして、手を加えて、こちらに戻ってきた時、想像の何倍も素晴らしい感動的なトラックになっているんです。僕はエレクトロニックミュージックが人間になるみたいな瞬間が好きなんですけど、METくんが作るトラックにはまさにそういう瞬間があるんですよ。
- そして、7曲目の"点灯"は三浦透子さんに提供した曲のセルフカバー。原曲のアレンジは渡邉琢磨さんが手掛けられていましたけど、ここではその三浦透子をゲストに迎えて、デュエット形態にリアレンジされていますよね。
butaji - 透子さんにお渡ししたのは僕がギターをポロポロ弾いた弾き語りのデモで、その後の琢磨さんのアレンジにはノータッチだったんですけど、今回取り上げるにあたっては、バンドで演奏できること。それから透子さんと組むにあたっては、古き良きハリウッド・ミュージカル黄金期のフレッド・アステアに象徴されるミュージカル感をイメージしながら作りましたね。
- 提供曲をセルフカバーで取り上げるにあたっては、誰かを思い、そこに希望を見出そうとするアルバムの歌詞のテーマとも合っているというか、提供曲にもbutajiさんのパーソナリティが色濃く反映されているんだなと。
butaji - 結局そうなっちゃうんですよね。"点灯"を書く時、自分と切り離していい曲を作ろうと考えていたんですけど、提供曲でも自分を削って出しているんだなって。そして、自分から出た言葉、そのニュアンスを正確に伝えようと、表現を研磨しながら、俯瞰で全体を捉えようとすると、曲を伝えたい誰かに自分も含まれていくというか、そういう包括的な表現になっていくのかもしれないですね。
- 歌詞に関しては、"so far"や"さよならを言う前に"に表れているように、昨年、30年の節目を迎えた阪神・淡路大震災におけるご自身の経験が色濃く反映されているそうですね。
butaji - はい。震災のことを如実に書いた"さよならを言う前に"に対して、"so far"はもうちょっと離れているというか、あの曲では慰安婦像撤去問題についても念頭にあったと思います。日々の暮らしのなかで、道を歩いていると、ここではこういうことがありましたと書かれた石像に突然出会うことがあるじゃないですか。かつて、災害だったり、社会的、政治的な事件に巻き込まれた人がいて、長い年月を経て、その現場を普通に歩いている不思議さに行き当たったんです。つまり、無数の選択を繰り返して、今ここにいる自分と事件、事故、社会、政治情勢は切り離せないんだなって思ったんですよね。
- そして、震災は誰かとの突然の別れであったり、不在の存在感を象徴するものでもありますよね。
butaji - 今はもうここにはいない人の記憶、事件や事故があったことを自分は覚えているし、実体験して生きてきたけど、自分が死んでしまったら、その記憶や思いはどこに行くんだろうって思うんですよ。いつか誰かが思い出すかもしれないし、そのまま失われてしまうかもしれない。そういう揺らぎの気持ちが『Thoughts of You』というタイトルや作品のコンセプトには表れていると思います。ただ、何もなくなってしまうと考えるんじゃなく、何かあるかもしれないと思うことこそ、音楽を作る上で大事なことなんじゃないかとしみじみと思うんですよ。目に見えないもの、存在感が希薄なものが簡単にないとされてしまう社会、そういう風潮であるからこそ、あるかもしれないという可能性に想像力を働きかけ続けるのが自分の仕事なんだと思いますね。僕が考えているポップスって、本当にあらゆる人たちを内包できる大きな広場であって欲しいんですよ。今後作っていくにしても、どれだけ多くの主張を内包できるかの戦いというか、戦わなくていいかもしれないですけど、自分はそう思い続けたいですね。
Info
butaji
4th Album『Thoughts of You』
2026.3.4 Digital Release
https://butaji.lnk.to/thoughtsofyou
2026.4.15 LP Release
PEJF-91062
¥4,500+税
SPACE SHOWER MUSIC
[Track List]
- In silence
- so far
- 永遠
- 怪獣
- Isolated blues
- Birthday
- 点灯
- Lost Souls
- よすが
- 黄昏
- さようならをいう前に
- remission
[参加アーティスト]
壱タカシ、内田麒麟、仰木亮彦、岡田拓郎、沖増菜摘、樺山太地 (Taiko Super Kicks)、岸田佳也、香田悠真、坂口光央、篠田ミル
(yahyel)、 関口将史、TAIHEI (Suchmos, 賽, N.S.
DANCEMBLE)、まきやまはる菜、増村和彦、町田匡、松浦嘉也、三品芽生、三浦透子、MET、山本慶幸
(トリプルファイヤー)、横山和明、吉田篤貴
New Album "Thoughts of You" Release Tour
2026.4.17 (Fri) 神戸・music zoo KOBE 太陽と虎
2026.4.18 (Sat) 名古屋・金山ブラジルコーヒー
2026.4.22 (Wed) 東京・Shubuya WWW
出演:butaji with Band 樺山太地 (Gt.)、山本慶幸 (Ba.)、坂口光央(Key.)、岸田佳也 (Dr.)
