トラックメイキングからヴォーカルまでを一人でこなす若き才人・idomが最新EP『Who?』を発表した。今作はpeko、鈴木真海子、Kvi Baba、SO-SO、Nakajin(SEKAI NO OWARI)、NUU$HIという自身が敬愛するアーティストとのコラボレーションで制作された。全て一人で制作できる彼がなぜコラボレーションしたのか。レコーディングエピソードを交えて話を聞いた。
取材・構成 : 宮崎敬太
撮影 : 横山純
オファーする前から僕が勝手に客演の組み合わせを想像してた
- idomさんは岡山在住なんだとか。
idom - つい最近ですけど東京に引っ越してきました。来たばかりの頃は電車を乗り間違えたりめちゃくちゃだったんですけど、住んでいるところは自然が多くて岡山の空気感に近いのでそこまで違和感なく、という感じです。僕は自然に囲まれてないとダメみたいで。制作環境も整ってきました。
- EP『Who?』はいつ頃から作られていたんですか?
idom - 4月にEP『EDEN』を出したすぐ後にイベントがあったんですが、その頃からですね。
- この作品はテーマを決めて制作しましたか? それとも制作の中でテーマを見つけた感じですか?
idom - 後者ですね。作りながら「こんな自分もいるんだ」って気づきがあって。全曲揃った段階で、僕が一番大切にしたかったテーマもそこだなと思ったので『Who?』というタイトルにしました。
- では1曲ずつお話しを伺っていきたいのですが、まず“pekoと鈴木真海子が参加となったあなたを愛するように”はどのように制作したんですか?
idom - これはこの曲に限ったことではないんですが、今回参加していただいたアーティストの方たちは全員僕が大好きで尊敬する方たちなんですね。そんな方とせっかくご一緒できるなら、普段のおふたりのスタイルも感じつつ、ちょっと違うこと、3人ともやってないことをしたかったんです。トラックはpekoさんが作ってくれたんですが、まず自分のアイデアを伝えました。bpmや楽器の構成とかですけど。たぶんpekoさんはトラップっぽい感じのトラックが得意だと思うんですけど、僕は生っぽい感じが良かったんですね。それを口頭でお伝えしました。3人とも持ち味が違うので、誰をどう配置するかみたいなことは意識してました。
- タイトルにもなった冒頭の言葉が強烈でした。
idom - テーマ自体は3人で集まった時に決めました。僕のパートは自分に向けて書いてます。生きてると自分を責めてしまったり、劣等感を感じることが誰しもあると思うんですよ。「俺はなんでこんななんだろう」とか「本当はもっとできるのに」とか。例えば、そういうことを友達や大切な人が感じてたら愛情を向けることができるけど、同じことを自分にはできないというか、できてないなって思ったんですよ。自分が大切な人を愛するぐらいに、自分のことももっと愛したいなっていう気持ちをそのまま歌詞にしました。
- サビが最初に浮かんだんですね。
idom - はい。pekoさんにトラックをいただいてすぐ自分のパートはすぐ書けたので、それをpekoさんと真海子さんにお送りして、それぞれテーマに沿って書いていただいた感じです。
- ちなみにpekoさん、真海子さんと共演する座組はどのように実現したんですか?
idom - オファーする前から僕が勝手に客演の組み合わせを想像してたんです。idom、pekoさん、Kvi Babaくんで曲を作ったらどうかなとか、真海子さんとはどんな曲を作ったら面白いかなとか。みなさんお忙しいのでダメもとでオファーしてみたら実現しそうな雰囲気が出てきたので、だったらidom、pekoさん、真海子さんでやってみたら予想外の作品ができるかもしれないと思ったんです。
- idomさんにはクールな印象があったので、この曲を聴いた時びっくりしました。
idom - この感じはおふたりとご一緒できたから出てきたものだと思います。確かにクールな人間だと思われてる自覚はあるんですけど、実際は別にそんなことなくて(笑)。むしろ愛を届けたいという気持ちは常に自分の中にある。攻撃的な歌詞も書かないし。この曲が僕の本質に近いと思っています。
- 好きなアーティストと実際に制作した感想は?
idom - 楽しかったです! ただこの曲はとにかく時間がなかったんです。「じゃあやりましょう」と話がまとまった1週間後には本番のヴォーカルデータが必要みたいな。でもふたりともすぐに書き上げてくれました。さらに言うと、僕から「ここはこういうふうに歌ってほしい」というお願いも何個かしてるんですね。言ったら僕はふたりの1ファンでしかないので「自分なんかが言ってもいいのかな」って気持ちはあったんです。でもそれぞれのヴァースが上がってきてがっちゃんこした時の感動はかなり大きかったですね。かなりテンションが上がりました。
- idomさんはプロデューサー気質があるのかもしれないですね。
idom - ディレクション大好きなんですよ(笑)。音楽だけじゃなくて、自分に関わる制作物はなんでもディレクションしたい。MVもそうだし、ツアーのグッズデザインとかも全部。トータルで世界観を構築するというか。でもそそれって自分にある程度スキルがないと言えないじゃないですか。デザインはもちろん、トラックメイキングもMV撮影も。そういった技術が身について、ある程度のレベルに達したと思えたら、今回のように尊敬する人とセッションしたいと思ってたんです。
Kvi Babaはめちゃくちゃピュア
- 2曲目の“ミニマリスト”はスタイルこそ違えど、1曲目“あなたを愛するように”と似たテーマだと思いました。
idom - あ、そこをわかっていただけたのはすごく嬉しいです(笑)。実はめちゃくちゃ意識して作ったんです。Kvi Babaくんとは2年半くらい前から繋がりがあって。ずっと僕の音楽を聴いてくれてるんですね。僕も彼の音楽が大好きで。だから明るい曲を作りたかったんです。ポイントは「ミニマリスト“気味”」ってとこだと思ってます。最近「あれもこれも欲しいけど最終的によくよく考えると、本当に大事なものってなんだろ?」ってよく考えるんです。ミニマストみたいにどんどん削ぎ落としてはみるんだけど、捨てきれないものがある。生きていく上で、電気、ガス、水と同じくらい大事ものってなんだろっていう。全部捨てられない、ミニマストになりきれない自分というか。
- 人間臭さみたいな。
idom - うん。僕もKvi Babaくんも自分に導きを与えてくれる存在に対する愛情というか、感謝を感じながら音楽をやってるんですね。Kvi Babaくんとは普段からそういう感じの話をしてて、この曲は正しき道を示し照らしているみたいな感じで書いたっていうのがありますね。
- 「ミニマリスト」というワードはどっちから出てきたんですか?
idom - どっちだったっけな……? この曲のリリックはすごく変わったんです。Kvi Babaくんと一緒に作る前日に、なんとなく方向性はあったほうがいいかなと思って自分の歌詞を書いていったんですね。そしたら彼が「ないものねだりの日々」ってワードとメロディーを気に入ってくれて。そこから連想ゲームみたいに、このワードを掘っていきました。「ないものねだりの日々」ってなんだ?って。その流れの中で、僕が岡山に住んでた時の話になったんです。一緒に古民家を作った友達がミニマリスト思考だったから結構影響された、みたいな。実際東京に越してきた今でも部屋はめっちゃシンプルなんです。そしたらKvi Babaくんが「ミニマリストじゃん」に言ってくれて。そんな流れから出てきたんだと思います。僕は今までの文章を書くように作詞してたから、Kvi Babaくんのラッパー的な思考法が楽しくなっちゃって、その日は結構没頭しちゃいました。
- お二人は年齢が近いんですか?
idom - 彼が僕の2個下なんで、同世代という感覚ですね。
- idomさんはトラップから音楽制作を始めたと別のインタビューでおっしゃられていたので、そういう面でもKvi Babaさんとは共有できるバックボーンがあったのかもしれないですね。
idom - 今回、彼はこの曲とすごい向き合ってくれて、彼のヴァースは3回くらい変わったんです。僕的には「もうこれで完成じゃん」と思っても「いやもう一回」って。それで録り直すともっとカッコ良くなってる。そういうのを目の当たりにできたことも刺激的でしたね。Kvi Babaくんとはこれからも一緒に曲を作っていきたいです。
- idomさんにとって、Kvi Babaさんのどんなところが魅力ですか?
idom - 作品が大好きというのは大前提で、僕は彼のキャラクターが大好きですね。めちゃくちゃピュアなんです。彼からものすごい愛情を感じるんですね。僕の音楽や考え方にも共感してくれてるし。だから僕もそれに応えたいというか。たぶんKvi Babaくんはそういう面を誰にでも見せるタイプじゃないんですよ。でも心を開いた相手にはすごく真摯な人間だと思います。僕にとっては本当に良い友達です。
リリース前提ではなく、遊びの延長で制作に加わった
- “堂々廻”はビートボクサーのSO-SOさんから電話がかかってきて参加することになったそうですね。
idom - ですね。SO-SOくんとNakajinさん(SEKAI NO OWARI)、NUU$HIさんが遊びで作ってたらしいんです。でもやってたら「これ良い感じじゃない?」「ヴォーカルが入ったらかっこよくなると思う」となって、SO-SOがすごい自慢げに「めっちゃ良いアーティスト知ってます」ってNakajinさんもNUU$HIさんに僕の曲を聴いてもらったらしいんです。そしたらふたりとも僕の歌を気に入ってくれたので、すぐSO-SOくんが電話をかけてくれたという。
- すごい話ですね(笑)。
idom - ほんとありがたい話です。SO-SOくんがLINEでデモを送ってくれて。聴いてみたらすごくかっこよかったんです。「idomくん、良かったら一緒にどうですか?」って。その時はまだ岡山に住んでたんですけど、たまたま東京にいてSO-SOくんの家にも行ける距離感だったから、電車とか全然わかんないけど夜中にGoogleで乗り継ぎを調べて、なんとか行きました(笑)。この曲に関してはリリース前提ではなく、遊びの延長で制作に加わった感じでしたね。
- SO-SOさんの自宅にNakajinさんとNUU$HIさんがいらっしゃったんですか?
idom - いや3人はリモートで作業してたんですよ。僕はとりあえずトップラインを当ててみたら、隣にいたSO-SOくんが目を輝かせてて。3人のグループに僕も追加して、そこに僕の音源を送ってくれたんです。そしたらみんなすごいやる気になってくれて、どんどん曲が出来上がっていったんです。この曲は完全に分業制です。それぞれがバラバラに作業したものを合体させたらカッコ良くなりました。
- それがいつ頃?
idom - 去年の11月くらいですね。
- SO-SOさんとはいつ頃から友達だったんですか?
idom - 友達の友達だったんです。SO-SOくんはまずビートボックスのスキルがとんでもないんですけど、同時にトラック制作への嗅覚も半端じゃないんですよ。本当にめちゃくちゃ色んな音楽を聴いてて、ダブステップみたいなベースミュージックから、ゴリゴリのJ・ポップも大好きな人なんです。そもそもSO-SOくんはSEKAI NO OWARIの大ファンで、そこからNakajinさんと繋がってるんです。ちなみにSO-SOくんも僕の共演したい方リストに入ってたんです(笑)。
- 正式にEPに収録するにあたって、デモをリテイクしたんですか?
idom - 基本は同じですけど、全体的にブラッシュアップしました。みなさんは「もっと歌に寄せた感じにしようか?」と提案してくださったんですけど、せっかくこの4人で作れるなら全員の個性が感じられる曲にしたいと思って、ギターだけのパートやビートボックスのパートに足していきました。NUU$HIさんにはトラックメイキング全般をお任せしました。
- “堂々廻”というタイトルはどのように決まったんですか?
idom - 改めてブラッシュアップする過程で、4人で集まって作業したんです。その時、ひとつのテーブルに4人がそれぞれのパソコンを開いて「あ、じゃあ次自分がやります」みたいな感じでぐるぐる回って作業してたんです。僕もそこで最終的に歌詞を書いてたので、この言葉が出てきました。
イヴ・サンローランの言葉に感銘を受けた
- “Knock Knock”は「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」のテーマソングとして書き下ろした曲ですね。
idom - 最初にこのお話をいただいた時、どういうテーマで書けばいいんだろうと思いました。イヴ・サンローランといえば世界を代表するハイブランドだし。展覧会のサブタイトルが「時を超えるスタイル」だったので、まずイヴ・サンローランがどんな人だったのかを知ろうと思ったんです。それでドキュメンタリーを観たり、伝記本なども読んだり、可能な限り資料を集めました。イヴ・サンローランってすごく内向的な人だったみたいで。彼は「流行は廃れてもスタイルは永遠だ」というニュアンスのことを言っているんですね。
- それはどういう意味なんでしょうか?
idom - トレンドに合わせたものを作るんじゃなくて、自分が本当にかっこいいと、美しいと思ったものだけを作るっていう。そうやって自分自身のスタイルを貫くことが、やがて未来に繋がっていくんじゃないかみたいなことだと僕は解釈しています。僕自身もそれほどヒットチャートのサウンドに引っ張られて曲を作るタイプではないので、この言葉には励まされたし、感銘も受けました。
- なるほど。流行り廃りがある時代の要請に応えるクリエイティブではなく、という意味ですね。
idom - はい。ファッションショーってランウェイの1列目に座ってる人たちが重要らしいんですよ。いわゆる業界の重鎮というか、その時代ごとに影響力のある人というか。言ったらそこもショーの一部らしいんですね。それくらいブランドにとって重要で、イヴ・サンローラン自身も理解してるけど、彼は一列目に座る人を選べなかったんです。「任せる。俺にそんなことを聞かないでほしい」って言ってる映像が残ってて。それくらい彼は作ることだけにフォーカスしてた人で。閉鎖的な面もあるけど、同時に魅力的な人でもあるんですよね。そんな思いを込めて最初の英語の部分で、「みんなは俺に普通にしろと言うけどさ。ごめんね。俺は型にはまらないんだ」と歌いました。しかも彼の場合は単なる独りよがりじゃなくて、自分の作り出すスタイルが世界の女性やいろんな人たちにとって絶対に良いものになるという理念があって。
- ものすごくかっこいい方だったんですね。
idom - そうなんですよ。イヴ・サンローランはすごく歴史あるブランドなので、サウンドもクラシカルな要素を入れようと思ったりもしましたが、彼が自分自身のスタイルを貫いているなら、僕も自分らしいエッジある曲を作ろうと思いました。ヴァースごとにヴォーカルのスタイルを変えていくのは自分にとっても挑戦でしたけど、自分らしさだと思っています。
- この曲はかなりソリッドですよね。
idom - TOMOKO IDAさんといういつも一緒に制作している方と作りました。彼女は毎回僕の想像を超えるトラックを投げ返してくれます。今回のEPってサウンド的にはバラバラなんです。コラボアーティストとの相性も含めての作曲だったので。そういう意味では意図的に統一しなかったというのはあります。
- 素朴な疑問なんですが、色んな方と制作されるとやっぱり作り方のプロセスが違いますよね?
idom - そうですね。コラボレーションするなら、そのアーティストに完全に浸かりたいタイプなんです。あまり僕の色を出しすぎないというか。この人とだったらどんな曲が作れるかなっていう過程も楽しみたいんです。
- ディレクションが好きなのに、そう思える柔軟性がすごいですね。
idom - やっぱりそこは共演だからですね。もし僕が誰かに楽曲提供するんだったら、きっとすごくディレクションすると思います。でも今回のEPに参加していただいた方たちはみんな僕がシンプルに大好きな人だけなので。だからセッションそのものを楽しむように制作できました。
Info
10/6(金)Release idom Digital EP「Who?」収録曲
M1.「あなたを愛するように」/idom, peko&鈴木真海子
M2.「ミニマリスト」/idom,Kvi Baba
M3.「堂々廻(feat.Nakajin)」/idom,SO-SO&NUU$HI
M4.「Knock Knock」/idom
(「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」テーマソング)