2022年11月にEPという形で10曲入り作品集『Pure 1000%』を発表したラッパーのkZm。本作は近年のkZmのテクノやハウス、レイヴ、グランジなど、“非ヒップホップ”な音楽性への接近が顕著に表出した作品だ。その共謀者として3人組オルタナティブバンドGliiicoが本作に助力、ほぼ全曲でその手腕を振るっている。このインタビューはkZmがチルスポットだという世田谷区の駒沢公園、観葉植物とアートピース、そして窓から望む都会の情景が印象的な彼の自宅の2箇所で行った。素になれる場所でこそ訊ける、kZmにとっての“Pure”とは。
取材・構成 : 高橋圭太
- kZmさんにとっての“いつもの場所”にお邪魔させてもらうということで、いま我々は駒沢公園にいるわけですが、ここは自身にとってどんな場所でしょう?
kZm - ここはたぶんコロナになってくらいから……緊急事態宣言で外出しちゃいけない時期に、公園で遊ぶくらいしかなくなっちゃって。で、飼ってた犬とここに来てフリスビーしたり。それが習慣づいちゃって、飼ってた犬は亡くなっちゃったんだけど、いまも来てるって感じっすね。いまだにひとりで来て、ダラーっと音楽聴いて、気が乗れば歌詞とか書く。インディーロックっぽいゆるいのをずっと聴いてるかな、ここだと。それこそ、Dominic Fikeとかめっちゃ聴いてた。そういう意味で、ここはいちばん“無”でいられる場所っつうか。リリック書くっていうよりは、ここでリフレッシュして、いいバイブスになって家帰って制作する、みたいな。シャキッとするんすよね。
- どれくらいの頻度で訪れるんですか?
kZm - マジで1日なんもないってなったら天気がよければ100%いるかな。家もちょうど近いし。ここでインスタライブとかしたら、それ見たひとが来ちゃってテンパったことあるっすね。
- ハハハハ、そりゃあ来るでしょう。さて、今回は最新作のお話を伺おうと思うんですが、その前段として、前作『DISTORTION』から2年経って、この2年間がkZmさんにとってどんなもので、どのような変化があったかから訊いていこうかなと。
kZm - 2020年の3月にリリースして、その直後に緊急事態宣言になって。“いちばんいいタイミングにこれかい!”って。リリースしてテンション高いときなんで、遊ぼうと思ってもどこのクラブもやってないし……。普通にめっちゃ食らったっすね。そんなときに見つけたのが川崎の工場地帯にあるちどり公園っていうところで。なんかそこでダンスミュージックのレイヴやってるぞって聞いて、毎週遊びに行くようになったっすね。流れてる音楽も自分がやってるものとはもちろん違うし、自分としても影響受けてそっちに寄っていった感じがあって。もちろん、その前くらいからちょこちょこそういう(ダンスミュージックの)現場にも行ってたっすけど、よりそういうところで遊ぶようになった。本当にこの2年間でめっちゃいろんな現場に行くようになったっすね。音楽的なインプットもそうだし、ほかのジャンルのマナー的なことも知ることができたんで、結果、コロナの時期は自分としても必要な期間だったなって思ってます。
- ダンスミュージックのマナーに関して、kZmさんからはどう見えたんでしょう。
kZm - ぜんぜん違うっすね、ヒップホップとは。いろんな学びがあった。面倒くせえなって思う部分もぶっちゃけあるはあるけど、言ってることは正しいし、取り入れられるところはめちゃくちゃあったと思う。
- ちどり公園のレイヴで特に印象的なパーティーは?
kZm - 印象的だったのは若い子がやってる〈SPEED〉ってパーティーかな。そこでLil Soft Tennisにもはじめて会ったし。あとはDJ NOBUさんとかが出てた〈RDC “BACK TO THE REAL”〉も。対極のパーティーって感じだけど、ユースの感じとベテランの感じ、両側を体験できてめっちゃよかったですね。
- そういった体験は自分の作る作品にも影響を与えたと思う?
kZm - 出ちゃうっすね、めちゃくちゃ。そういう場所でしゃべるひと全員からなにかしら影響はもらったんじゃないかな。それをなかなか言語化はできないけど、絶対にあると思いますね。
- そして、この2年間で活動のプラットフォームである〈De-void*〉が設立されます。〈De-void*〉はkZmさんのなかでどのようなコミュニティーなんでしょう?
kZm - “Devoid”って“欠けている”とか“欠落している”って意味なんですけど、いままで生きてきて“うわ、コイツめっちゃカッコいいな!”って思うヤツって、なにかしら欠けてるっていうのがあって。もちろん自分もそういうところあったりするし。〈De-void*〉のメインロゴの円の部分が切れているのは、そういう、ひとと違うことで悩んでる子たちに“そのまんまでいいんだよ”っていうコミュニティーでありたいって意味があって。自分のなかで“Devoid”はある種の病気みたいなもんだと思ってて、おなじ病気のヤツが集まれるポケモンセンター、みたいな感じかな。ハハハハ。
- なるほど。〈De-void*〉ではkZmさん自身がブッキングを含め企画したパーティー『Jungle Clash*』も主催されていますね。
kZm - これまで2回開催してるんですけど、1回目はそんなにお客さんを入れられない箱で、でも最初から完全に“これはおもろい!”と思って。2回目ではいつもコンビでやってるアーティストたちと、絶対にオレを介さないとあり得ない、AwichとLicaxxxみたいな組み合わせでメンツを組んで。こっちから特別にリクエストはしてないんだけど、各出演者たちがこのパーティーだけのエクスクルーシブなエディット作って挑んでくれて。マジでちょっと泣きそうになったっすね、“めっちゃヤベえじゃん、みんな”みたいな。
- 演者たち各々のモチベーションが高かった証拠ですね。
kZm - 全員カマしにきてて、本当にやってよかったなって思った。〈De-void*〉も『Jungle Clash*』もヒップホップとダンスミュージックの中間になれたらなって思いがあるんで。いまはそれがダンスミュージックだけど、そこはこれから変わっていくのかもしれないけど、自分はトラップが完全に飽和した先のことを考えてやってる感じですね。で結果、現状の形がこないだの『Jungle Clash*』だった。もちろんそれがすぐにマスに受け入れられるという感じではないんでしょうけど、長く続けていくことで意味のあるものになっていくのかなと。
- パーティーを主催するにあたっての信条というか、絶対に守っていきたい矜持はなにかありますか?
kZm - これはムズいと思うんですけど、ヒップホップが流行って、ライブがメインのイベントになればなるほど、DJに無反応になるっていうか。DJも、みんなが知ってる日本語ラップをかけないといけない空気が出るんですよ。その流れを変えたいっすね。“東京”ってフィルターで海外から見られたときに、それってめっちゃダサいし、“東京のカルチャーねえじゃん”みたいになるんで。だからいっしょに〈De-void*〉でやってるDJ DISKと日本語ラップのアンセムを4つ打ちにしたりとか、そういう試みをしてるっすね。徐々に流れをこっちに持っていけたらなっていう提案。そういう楽しみ方もあるよっていう。
- めちゃくちゃ大事だと思います。さて、ここからは新作の話を訊こうと思います。当初思い描いていた作品の青写真はどんなものでしたか?
kZm - まず、そもそもとしては3rdアルバムを作ってたんですよ。メジャーのレーベルにも一瞬いたけど、まあビジネス的な……“ヒット曲を作ってくれ”って言われるわけですよ。それはそうなんですけど、自分的には“音楽やるのってこんな感じだっけ?”みたいになっちゃって。ちょっと仕事っぽくなってきちゃってるなって。で、そのタイミング……DJ DISKと"Aquarius Heaven"を作ってるときに、隣のスタジオにGliiicoがいて。“めっちゃカッコいい曲作ってるヤツらいるぞ!”みたいな感じでコンタクトして、おたがいの曲を聴かせあった感じっすね、最初は。で、1年半くらい前に、決め打ちで制作するっていうより、ただただずっとセッションしてみて。これをまとまった作品として発表しようと思ったのは今年の4月くらいですね。そこからブラッシュアップしていって。いまの自分らが本当に聴きたいものを作ってたらこういう形になった。
- Gliiicoとの出会いは偶然だったと。kzmさんから見たGliiicoのカッコいい部分はどのようなところでしょう?
kZm - コイツら本当に音楽作るの楽しそうだな、みたいな。まじで快楽でやってるっていうか。そういうアティチュードに触れて、昔の自分……もっと初期衝動でやってたころの自分を思い出したというか。おかげで自分的にも初期衝動シーズン2みたいなのがきたっすね。作り方的にもバンドとやってみるというのがすごいフレッシュだった。
- 作業工程はどのように進んでいったんでしょう?
kZm - ほんとにいろんなパターンがあって。こちらからリファレンス出して“こういう曲を作りたい”っていうのもありますし。"黒ベンツ"とかは先に自分のイメージがあって。セッションの前日にオレがクッソヤバい夢を見て。歌舞伎町でめっちゃ黒い服のヤツに追いかけ回されて、ヤクザだと思ってたんだけど、結局、それは警察で……みたいな。“うわ、やっば!”みたいになって、バッて起きたときの多幸感がヤバすぎて。“っしゃあ!”みたいな。
- ハハハハハハ! その開放感はヤバいっすね。“夢でよかった!”みたいな。
kZm - そう。その起きたときの多幸感までを表したくて、スタジオでGliiicoにも伝えて、ああいう展開になったんです。抑圧と解放というか、サウナと水風呂というかね。あとはいまの市場的にTikTokとかショートのものが流行ってるじゃないっすか。最初の1秒で聴くひとを掴まないといけない、みたいな。“なんだそれ?”って思うっすけどね。だからそういうマインドから目を覚ましてもらうためにも長尺で展開のある曲を作りたいなって。
- 同時にひと晩のパーティーで深いところまで潜って朝方に多幸感ある曲でブチ上がる、みたいなナイトクラブの感覚にも通じますね。ほかに特徴的な作り方をしている楽曲はありますか?
kZm - 作り方ではないけど、印象的だったのは"JORDAN 11"っていう曲とラストの"愛及屋烏"はおなじ日にできて。この2曲ができたときに“PURE”っていう言葉がすごく自然に浮かんだんですよね。自分自身もすごく衝動的にやってるなって思って。そのときにこれまでの曲とまとめたらおもしろいんじゃないかなってアイデアが浮かんで。
- なるほどですね。ちなみにkZmさんが個人でボーカルなどを録る際は自宅で?
kZm - ビートもらって自分で宇宙語でデモのボーカルを入れたりとかは自宅でやりますね。あと、いろんなところで制作するのも好き。機材だけ持っていって地方の島とかに行ったりとか。あんまり行ったことないスタジオでやったりすると、バイブスがぜんぜん違ってくるんで。Ableton Liveを使いだしたのもほんと最近で、やっと楽しくなってきたなって感じはありますねぇ。とはいえ、ほかにめっちゃできるアーティストいっぱいいるから、“やれる!”なんてことはまだ言えないっすね。でも、ボーカル録りはひとりでやると恥ずかしくないんでいいですね。やっぱり、ずっといっしょにやってるChaki(Zulu)さんとでも2%くらいは恥ずかしい気持ちはあるんすよ。特に新しいことにチャレンジするときは構えちゃうっていうのがあるんで、ひとりだといろいろ試行錯誤できておもしろいなっていう。
- 何度でもトライアンドエラーできますしね。現在の制作スタイルになったのはここ最近ですか?
kZm - そうですね。自分でAbleton Live触りだしたのが半年前ぐらい。やっぱりひと皮むけるためには絶対そういうとこなんだろうなって思ってたんで。やっと行動に移せた。
- 素晴らしい。本作にはGliiico以外のゲストとしてLootaさんとry0n4さんが参加されてますね。どういう経緯で参加に至ったんでしょう?
kZm - Lootaくんに関しては、オレと(Gliiicoのメンバーである)Nicoがスタジオ入ってるときに遊びに来てくれて。“じゃあLootaくんもぜひやりましょうよ”っていうごく自然な流れでした。ずっとLootaくんとはいっしょにやってみたかったんで、やっとっすね。『Pure 1000%』では参加してくれた"Death Disco"がいちばん昔の曲だと思いますね。ry0n4とは2020年のちどり公園で仲よくなって。アイツの昔のバンド名義のARSKNはグランジのノリで、いつか絶対いっしょにやりたいと思ってて。で“Dead Inside”ができたときにry0n4の顔が浮かんだ。今回の作品はそこまで客演を呼ぶイメージはなかったんだけど、あの曲だけはry0n4を入れたいなって思ってたっすね。
- あとはご自身のリリックに関しても伺いたいと思ってて。kZmさんのなかでこれまでの作品と本作の歌詞の作り方で、大きな変化はありましたか?
kZm - これまではわりと考え抜いて書いてたんじゃないかな。でも、今回に関してはいい意味でラフに、フリースタイルまでいかないですけど、最初に浮かんだファーストインプレッションを大事にして書いていった気がする。セッションのなかで作っていったということも関係してるかもっすね。今回の制作は出してない曲もめちゃくちゃあるんで。収録曲の倍ぐらいあるんじゃないかな。本当にただただ楽しかった。
- タイトルにもなっている“Pure”という言葉、それこそこのインタビュー内でも頻出するワードですが、kZmさんにとってピュアな状態ってどんなことを想定してるんだろうか。
kZm - ……むずかしいけど、やっぱり大前提として、本人らが楽しんでるっていうのが大事で。邪念がないというか……本来、きっとこれがあるべき形なんですよ。もちろんビジネス的なことも含めて、いろいろ考えなきゃいけないんだろうけど、そういうのを全部取っ払った生まれたままの状態っていうか。この作品にビジネス的な仕掛けとかを織り込むとかは、自分としてもなんか気が引けるなと思って。だからあえて結晶のまま出したかった。
- やはりkZmさん自身もピュアな状態がいちばん理想だと感じる?
kZm - そうであるべきだとは思うんですけど、そうも言ってられないのが世のなかだとは思うんで。今回はこういう作品として出してみたけど、もちろんちゃんとしたものも……まあプロだし。“みんなが楽しめるようなものを提供していかないといけない”って宇多田ヒカル大先生も言っていたんで。ハハハハ。
- そういったことを踏まえて、kZmさんが今後の動きをどのように考えてるか訊きましょう。
kZm - そもそも2022年は3rdアルバムを出す予定だったんですけど、急遽この作品を仕上げたくなったんで、ちょっと遅れちゃってるかな。今回、本当にやりたいことやらせてもらったうえで思ったのが“そろそろヒップホップやりたいな”っていうことで。やっぱり自分としては『Pure 1000%』は通るべき道だったんだなっていう。これまでいろいろ寄り道したものをヒップホップに突っ込んだらどんな作品になるのかっていうのは、自分自身も楽しみなところっすね。オルタナティブなものを混ぜつつ。とはいえ今回もぶっちゃけ、オレの“フレッシュであるものこそヒップホップ”って考え方からしたら充分ヒップホップなんすけど。まぁ、外から見たらたぶん違うんだろうなぁとも思ってるんで。だから次回は1stと2ndの流れも汲みつつ、もうちょっとオルタナティブとヒップホップが混ざった形を提示できればなと。なので今回の作品は10曲なんだけどEPっていう形にさせてもらって。自分のなかでは番外編というか、“こういう側面もあるよ”みたいな感じ。
- 2023年は3rdアルバムへの期待を高めつつkZmさんの動きに注目していきたいと思います。
kZm - ありがとうございます。3rdアルバムもそうだし、これはもう言っちゃっていいと思うんですけど、ついにYENTOWNもクルーでEPを作ってるんで。もう制作も進みだしてる。オレらってもう7年くらいやってるんですけど、5人全員でやった曲とか1曲もないし、ここまで個々でレベルを上げてって、このタイミングで集まるっていう。オレ自身もどんな作品になるのかわかんないし、めっちゃワクワクしてます。
Info
アルバムタイトル:「Pure 1000%」
配信日:11月9日
link core:https://linkco.re/BHauTSG1
◆Track List
intro - 捕鯨船 - (feat. Gliiico)
Real Life Suger (feat. Gliiico)
Summer Of Love (feat. Gliiico)
Phoenix
Jordan 11 (feat. Gliiico)
Death Disco (feat. Loota)
Dead Inside (feat. ry0n4)
黒ベンツ (feat. Gliiico)
Tie Die Sky
愛及屋烏 (feat. Gliiico)