昨年は『MONKEY』『HAVEN』という2作のEPをリリースし、アニメ「ODDTAXI」の音楽制作でも話題を集めたOMSBが、名盤の誉れ高い『Think Good』(2015年)以来となる7年ぶりのフル・アルバム『ALONE』をリリースした。
プライベートの変化を投影して多面的に自分自身を掘り下げた作風からは、繊細な言葉と濃密な音が織り成す奥深さを感じられるし、新たな充実感を伴った現在のコンディションも窺い知ることができるだろう。次なる頂上へ向かうOMSBに、本作のバックグラウンドや創作に臨む心境を訊いた。
取材・構成 : 出嶌孝次
撮影 : 横山純
EP2作と『ALONE』の関係から
- まず前提として、昨年のEP2作品と、今回の『ALONE』とはどういう位置関係にあるんでしょう。
OMSB - ずっとラップを書けなかった時期があったんですよ。4年前ぐらいからアルバムをちゃんと制作しようっていう流れにはなったけど、あんまり筆が進まなくて。でも去年から自分の家で宅録ができるようになったのが大きくて、それでスッキリしたモチベーションで作れた時期の曲がEPに入ったんですけど、EP作ってる間にアルバムのトラックもほとんど揃ってたんで、年末あたりから「他にこういう曲入れたいよね」って進めてきていて。
- EPはアルバムの前置きではなく、別物として作ってたんですね。
OMSB - そうっすね。まあ、『HAVEN』に入れた“CLOWN”は初期の段階でアルバムから外した曲なんですけど、書いた時のアイデアは使いたかったので、トラックも歌詞も変えてEPで復活させてみたっていうか。『HAVEN』でいうと“A FEW FRAMES”もアルバムと同じ時期に書いてた曲だったりします。
- 同時進行の部分もあったんですね。で、さらに振り返ってもらいたいんですが、7年前の前作『Think Good』はどんな作品だったと思いますか?
OMSB - 自分がどうしたいのか、どんなことを言いたいのかがやっとわかりはじめたアルバムかなと思ってます。いま考えたら別にどうでもいいことなんですけど、自分は肌が黒いこと以外にバックボーンがないと思ってて、例えば「昔悪かった」とか「金がなかった」みたいな背景がないなって考えちゃって。けど、自分が何を歌えるかが『Think Good』でやっとわかったっていうか。その時はその時のことを書いてただけなんですけど、いま考えるとそういうアルバムですね。
- 当時お話しした際も、かつてない達成感みたいなものを感じました。それ以前はわりと怒ってた気がしたけど(笑)。
OMSB - まあ、めちゃくちゃ怒ってましたね(笑)。「何でわかんねえんだ」って。そうしないと気持ち的にブレるのが怖かったのかもしれないです。どう足掻いても凄い人はいっぱいいるし、そういう人たちを見て持っていかれるのが嫌だから。自分の中で衝動とかを維持するためにそれが必要だった気がするっすね。
- だからこそ前作が基準点を上げたところはあるのかなと思います。
OMSB - そうですね。やっぱりいっぱい曲作ってないと、それを超えるのって無理なんだなってホントに思いました(笑)。時間が経って成長したからイケるわけでもなくて、ホントに数を重ねないとダメなんだと思って。だから、自分で録るっていうことがいちばん大きかった。
- そうして完成した今回の『ALONE』ですけども、まずタイトルはどういったところから?
OMSB - すげえどうでもいいんですけど、アルバムを作りはじめる前から自分の立ち位置をぼやっと考えていて。例えばメインストリームみたいなヒップホップとか、アンダーグラウンドのヒップホップ、どっちにも居られてない気がして、それが美味しいと思ったりもしたんだけど、「俺はどこ行っても孤立してる気がする」っていう気持ちは昔から漠然とあって、「そのことについてならいっぱい歌えるかもな」って思ったところから広げてみた感じですね。一人じゃなくても寂しいし、人といる時のほうが疎外感をむしろ感じたりするし。でも、それを楽しめてる時もあるし。
- 必ずしもネガティヴな、孤独とか孤立だけじゃなく。
OMSB - はい。誰かといても、自分の考えることは完全に自分一人のものだなって思って。
- リリックに現在の家族の存在が大きく反映されているなかで『ALONE』っていうのも興味深いなと。
OMSB - 結婚もしたのに「あれ?」って思われるかもしれないですよね(笑)。でも、例えば嫁さんが子どもを見てる時に「俺も構ってほしいな」って思う状態も『ALONE』だし(笑)。でもそれは別にネガティヴでもないし。
- 「そういうもんだ」っていう。
OMSB - うん。その「そういうもんだ」っていう感情をけっこう考えた気がするっすね。割り切るのも諦めとかでは全然なくて、「それはそうだよね」っていうところを考えました。嫁さんが身ごもったぐらいの時にMETEORさんの“4800日後...”を聴いてたら、〈周りが変化したらそれに合わせ変化してく俺は変じゃないよね? だってさぁ やっぱさぁうまくやりてぇ じゃんかさぁ〉っていうサビのタイミングで嫁さんが「そうだねえ」って言って。「それ!」と思って(笑)。そういうことを歌いたいというのはありましたね。
- 全体的なリリック面も、やっぱり以前とは原動力が変化した印象ですね。
OMSB - そう、それはそれで、ちょっとモヤモヤするんですけどね。昔の自分のことも「すっげえわかるよ」っていうか、今回は昔の自分の気持ちも汲んであげたいと思って書いたし、憧れもちょっとあるっすね。あの頃の自分の感じって、もうふとした瞬間にしか出てこないから、めっちゃ悔しいんすよね(笑)。「いいな、コイツかっけえな」とか思ったりして。
"波の歌"はメインで考えていた
- それを成熟と呼ぶんだと思います。で、具体的なアルバム制作の取っ掛かりになったのはどの曲でしょう?
OMSB - とりあえず新曲作ろうってなった最初は、以前に近いスタイルの“Fellowship”ですね。後からスクラッチを足したり、サビが入ったりとかはありますけど。たぶんいちばん最初です。
- それは自宅で制作環境が整うより前の、さっき仰った4年前ぐらいってことですね?
OMSB - そうっすね。ライヴでだけやってる“Showroom Dummies”とかと同じ日に録って、その時Hi'Specに“波の歌”のビートを聴かせてもらったりして。なので“Fellowship”の次が“波の歌”っすね。別に言うことでもないけど、これは当時、いまの嫁さんと付き合う前に振られた時に書いてて、その後で何とか付き合って、その時期ぐらいにできて、はい(笑)。
- そういう記憶も含まれた曲で。
OMSB - 思い出しますね。やっぱ自分のことしか歌ってないと、こうなるんすね(笑)。
- 先行曲では唯一“波の歌”だけがアルバムに入った形になります。
OMSB - いままでと違うものが出せたし、自分の気に入り具合とかも含めて、もう最初から「これはアルバム行きだよな」って決めてましたね。自分の中の基準なんで上手く言えないんですけど、アルバムもこの曲メインで考えてた気はするんで。
- 曲の成り立ちを伺うと、ここにあるのも納得できる感じです。そうやってコロナ前から温めてきた部分も大きいってことですね。
OMSB - そうっすね。もうずっとアルバム出したかったんで。いまは逆にラップ書くほうが楽しい状態なんですけど、その時はラップを書きたくないから、入れたいトラックを漠然と並べていって、「あっ、この流れだったらちょっとずつ書けるかな」みたいに組み立ててましたね。それで、1曲目の“祈り | Welcome Back”と最後の“Standalone | Stallone”が出来て。漠然とした構成がそこで固まって。
- 「最初と最後はこれだな」っていう。
OMSB - はい。何をするかもわりと固まって。それで、“Kingdom”とかがその後に出来たのかな。
- 最後の仕上げになったのはどの曲?
OMSB - 去年末から制作を再開して作ったのが“Nowhere”と“Season 2”と“大衆”で、あと“OMSBから君へ”も録ってたんですけど、自分で聴いてるうちにサビがしっくりこなくなったので作り直して。微調整はほぼ全曲したんですけど、最後にその4曲を録りましたね。
- 今回は作者のクレジットにBrandon KatoとOMSBの名義が混在していますが、それもコンセプトに繋がっている感じですね。
OMSB - そうですね。これはさっき話したような、昔みたいなラッパーの自分とプライベートの自分、その折り合いの話で。『Think Good』でもそういう裏表の話をしてたけど、もっとそのあたりをわかりやすくしたいなと思って。こう言うと小賢しいっすけど(笑)。
- リリックのアプローチによって作者が違うわけですね。前作ではKurt Vandanさんが共同プロデュースを手掛けてましたが……。
OMSB - 最強の男(笑)。懐かしい。
- あの人はどうなったんですか。
OMSB - 死んだっす(笑)。DOMU YORKとかAB$ Da Butchaとかいろいろいたけど、全員いなくなったっすね(笑)。
- WAH NAH MICHEALさんも久しく見かけなくて。
OMSB - あいつはギリギリ生きてますね。いま速いほう行ってるんで、折り合いがついたらまたやろうかなと。
- というのも、今回の“Nowhere”にちょっとWAH NAHっぽさを思い出したりして。このLo$ YamYamさんは……。
OMSB - あっ、彼は本当にいる人です(笑)。EP作る時のモチベーションで、自分のトラックに飽きてた時期があって。作るのは飽きてないけど、自分で聴き馴染みすぎたというか。それでビートを探してた時にインスタで知って、めちゃくちゃ良いなと思ってお願いしましたね。いままでやってないこともできるだけやろうと思って。
- 新しい試みという点では、Illicit Tsuboiさんプロデュースの“大衆”にハマ・オカモト(ベース)さんと高橋三太(トランペット)さんが演奏で加わっていますね。
OMSB - ハマちゃんは10代ぐらいの頃から、QNがもともとドカット(ズットズレテルズ/KANDYTOWNのYUSHI)と繋がってたのが接点で、イベント呼んでもらった時に初めて会ったのかな。だから知り合ってからは長いんですけど、そういうところで一緒になることもなかったんで。で、“大衆”に関しては、Tsuboiさんから「ベースに動きが欲しいんで生でお願いすると思うけど、ハマ君でいいですか?」みたいな感じで、「あ、もちろん!」みたいな。
- OMSBさんが選んだわけではなく?
OMSB - そうなんです。高橋さんに関しても、メールで挨拶はさせてもらったんですけど、まだ会ったことがなくて。めちゃくちゃ良い感じにやってもらえました。
- ゲストでいうと、“One Room”でコーラスを入れている小袋成彬さんはどういった繋がりから?
OMSB - 小袋くんは、たぶん8年ぐらい前にGivさん(Giorgio Givvn)にタイムアウトカフェの楽屋で「めちゃくちゃヤバイから」ってN.O.R.K.を紹介されたのが最初で。その時は挨拶ぐらいだったんすけど、何年かしてBIMのリリパのアフターみたいなイベントで小袋くんから話しかけてくれて、「コーラスでもいいから呼んでほしいっす」みたいに言ってくれて、然るべきトラックが来たらお願いしようと思ってました。“One Room”は完全にパーソナルな曲で……さっきから嫁の話ばっかりしますけど(笑)、小袋くんは嫁も凄い好きなんですよ。曲に合いそうだとも思ったし。今回はフィーチャリングっていう形の客演は呼ばないと決めてたんで、コーラスで入ってもらうのはめちゃくちゃ良いなと思って。
- フィーチャリング的なゲストを招かないと決めていた理由は?
OMSB - それは『ALONE』っていうタイトルでもありますし、“Kingdom”でも歌ってるように、どこにもホームがない感じなので。「やっぱ誰かの声入ってもらったらアガるよね」っていう気持ちはずっとあって、何度か揺らぎそうになりましたけど(笑)、自分のいろんな引き出しを見せなきゃいけないなかで、今回はなるだけ自分の声だけにしたいというのはありました。
- そんなアルバムのキーになる最初と最後の2曲のみBrandonとOMSBが共作する作りになっていますね。
OMSB - まあ、ラッパーの自分とプライベートの自分の対話、話し合いっていう感じで。他の曲は「俺はこう思うんだけど」「俺はこうなんだけど」ってどっちかが言う感じなんですけど、最初と最後に両者の話し合いを持ってくると見え方が違うかなって。実際に自分が違う人な気がするぐらい、前に持ってた感覚と違うから。いまなら「それはそれでいいんじゃね?」って思えることも、前はガムシャラになる時もあったし。そういう折り合いの話は、最初と最後、「じゃあ、こうしようか」「なるほどね、わかった」とか、そういう部分で分けましたね。
どこに新しさが隠れているかわからない
- 一聴するとアルバム前半が心地良い印象なんですけど、やっぱりラストに向かう後半の流れが素晴らしくて、“OMSBから君へ”からの“LASTBBOYOMSB”の最後に歌が入ってきてグッときてしまいました。
OMSB - Grand Pubaの。最初はLauryn Hillの“Lost Ones”みたいな音数少ないトラックで、Quasimoto(Madlib)の”Rapcats”的に好きなアーティストを羅列してく感じで書いてたんですけど、自分のラップの譜割と相性が悪い気がしてる時に、Rascalのビートを聴かせてもらったら「あっ、これ“I Like It”でしょ」って。意味的にも合うし、ビートも好きだし、っていう感じです。
- そこからの“Standalone | Stallone”が、“Stallone”パートのフュージョンっぽい熱さがイントロみたいになって、またアルバム冒頭に繋がる感じで。
OMSB - うんうん。そう、最後に1曲目との関連性を持たせたいなと思って、サビの合わせ方とか構成とかも考えました。自分でもこの流れが決まった時はめちゃくちゃアガりましたね。決まる前は全然しっくりこなくてどうしようかってずっと思ってたけど、パーツが揃った時に、何か自分でも予期してなかったシナリオまで見えて。これしかないって(笑)。
- いいアルバムになりました。ちなみにジャケの絵は浅野忠信さんが描かれてるんですね。
OMSB - 去年SUMMITでフジロックに出たのを浅野さんが観てくれてたみたいで、気がついたらTwitterをフォローされてて。それで自分も返して見たら、絵をたくさん上げてらして。浅野さんが出演している映画自体も好きだったんですけど、その絵を見てたら凄い想像力を掻き立てられたというか、「この人の世界観好きだな」っていうのが大きくなって、ホントはEPからの流れでMA1LLにお願いしてたんで、申し訳ないのもありつつ「ちょっと浅野さんにお願いしてみたい」って相談して。MA1LLも前から浅野さんと繋がりがあったみたいで賛成してくれたんで、お願いしたら快く引き受けてもらいました。俺が最初に見たのが、ビートたけしさんをアンニュイに描いてる絵で、それが「心のたけし」みたいな感じでめちゃくちゃヤバイなと思って。それとは違う感じなんですけど、何パターンも送ってもらったなかから選ばせてもらいました。
- 顔が2つに切れてる意図は?
OMSB - 顔だけを描いていただいたので、ジャケにするにはもうひと癖欲しいって思って、自分でスマホの編集アプリみたいなので仮でやってみて。デザインはMA1LLに頼んだので「こういう感じにしたいかも」って相談して、色とか質感も調整してもらった感じです。スパッと切ることで二面性みたいなものをちょっとイメージはしましたね。
- なるほど。いまライヴも重ねられていて、ライヴの場でも楽曲を届けている途中っていうタイミングになりますね。
OMSB - ツーマンでやった時から“Hush”がどんどん好きになっていってますね。もともと気に入ってたんですけど、ライヴでやってくごとに「あ~、けっこう良い曲じゃん」みたいな(笑)。そういう感情の変わり方もあるんだなと気付けたのも、自分的に面白かったです。
- じゃあ、今後はライヴもガンガンやって、もっと曲も作って。
OMSB - っていう感じにしたいっす。やっぱりそうしてる時がいちばん面白いし、また早いうちに次が出せるかなって思ってますね。『Think Good』の後もそう思ってたけど、流石に前よりは現実味があります(笑)。作る環境があって、制作ペースが上がったのがホントにデカいんで、前だったらやらなかったことも食わず嫌いしないでチャレンジしようと思ってて。例えば昔はトラップ嫌いだったけど『MONKEY』でやったし、“Nowhere”も前だったらやらなかったような曲だけど、そこに面白さを見つけれたし。
- そこは大きい変化ですね。
OMSB - 自分好みにならなければ意味ないと思うんですけど、どこに新しさが隠れてるかホントわからないんで、いろいろ試行錯誤を重ねて考えるほうがいいかなって。だから、なる早で新しい自分を見せたいですね。
Info
アーティスト:OMSB
アルバムタイトル:ALONE
アルバム配信日:2022年5月25日(水)
フォーマット:Streaming / DL
レーベル:SUMMIT, Inc.
品番:SMMT-147
各種配信サービス:https://summit.lnk.to/SMMT147
●トラックリスト & クレジット
- 祈り | Ego
Produced by OMSB - Kingdom (Homeless)
Produced by OMSB - Nowhere
Produced by Lo$ YamYam - New Jack
Produced by OMSB - 波の歌 (Album Mix)
Produced by Hi'Spec - Hush
Produced by Rascal - 大衆
Produced by The Anticipation Illicit Tsuboi
Bass by Hama Okamoto (OKAMOTO’S)
Trumpet by Takahashi Santa
Hama Okamoto (OKAMOTO’S) by the courtesy of Sony Music Labels Inc. - Season 2
Produced by OMSB - Fellowship
Produced by OMSB - One Room
Produced by OMSB
Additional Vocal by 小袋成彬 - OMSBから君へ
Produced by OMSB - LASTBBOYOMSB
Produced by Rascal - Standalone | Stallone
Produced by OMSB
All Recorded & Mixed by The Anticipation Illicit Tsuboi @ RDS Toritsudai
Mastered by Rick Essig @ REM Sound NYC
Cover Illustration by 浅野忠信
Design by MA1LL
A&R : Takeya "takeyan" Masuda (SUMMIT, Inc.)