パンデミック以降の音楽シーンを彩り、今も各所で話題となっているhyperpop。その震源地であるSpotify公式プレイリストには、Charli XCXはじめ2010年代半ばから活躍していたアバンギャルドなポップスターと共に、「2020年代の新人」と呼ぶべき――おそらく多くのリスナーがこのプレイリストを通して知ったであろう――顔ぶれが並んでいる。
今回取り上げるのは、ほかでもない後者のグループ、すなわち「digicore」と呼ばれるシーンについてだ。
文:namahoge
このシーンを出自とするglaiveは16歳にしてメジャーレーベルInterscope Recordsと契約し、同じく10代のアーティストであるericdoaもメジャーデビューを果たし、人気ドラマシリーズ『EUPHORIA』のサウンドトラックに楽曲提供を行った。さらに今年の3月には、タイムズスクエアの巨大スクリーンに「DIGICORE」と大々的に映し出されたことでも話題となった。
このように勢いを増すdigicoreシーンは、しばしば「hyperpopのマイクロジャンル」、もしくは「狭義のhyperpop」として説明される。しかし、多くのアーティストがhyperpopの磁場に抗う意志を表明しているように、特に若いクリエイターにとってそのキーワードは、自らのルーツに根ざさない単に広告的な用語だとみなされる向きがある。
そこで2020年末頃に現れたdigicoreの名は、巨大化したカテゴリーにより捨象された固有性を回収すべく誕生し、デジタルネイティブ世代がDiscordやSoundCloudといったオンラインコミュニティを根城にしてきた経緯を端的に示している。
大雑把に言ってしまえば、digicoreを担うアーティストたちは、相互接続された特定のインターネットキッズからの称賛を求めて音楽と向き合ってきた。その内向きの力学が「仲間にウケればいい」というサウンド面でのラディカルな方法論をもたらし、必ずしもA.G.CookやSOPHIEらが提示した哲学に共感するともなく、hyperpopと冠されたプレイリストを通して共鳴しているにすぎない(以下の楽曲の後半部分[2:30頃]はサウンド面でのラディカルさを示す好例だ)。
本稿では、「hyperpopのマイクロジャンル」というスコープでは捉えることのできないdigicoreシーンの実態について、またシーンに見られる新世代の音楽制作の在り方について検討していく。
hyperpopを拒むようにして誕生したdigicore
digicoreシーンを概観するために、ここで改めてその誕生に大きく関わったhyperpopシーンの成立過程について整理したい。
hyperpopの前身に『Neon Party』というSpotify公式プレイリストがある。これは2017年頃に登場し、インターネット空間で発展したフューチャーベースやナイトコアを踏まえた「未来的」な音楽をフィーチャーした、ネットレーベルPC Musicを中心とするプレイリストだった。
シーンが大きく動き出したのは2019年7月、PC Music周辺アーティストとも幾度かコラボレーションしていたLaura LesとDylan Bradyによる100 gecsのデビューアルバム『1000 gecs』が大ヒットしたことが契機となり、同プレイリストは『hyperpop』と改称された。当時のラインナップを見ると100 gecsのほか、PC Music勢やGrimes、Shygirlといった先鋭的かつ知性的なアーティストが並んでいる。
そしてhyperpopが決定的に混乱状態に陥ったのは、2020年7月、100 gecsの二人が同プレイリストのキュレーターとなったことに端を発する。DiscordやSoundCloudで活動していた若きアーティストたち――後にdigicoreアーティストと呼ばれる――を二人がフックアップし、glaiveやquinn(f.k.a.p4rkr)などが登場するに至ったのだ。
今回の主題はこの無名(だった)アーティストたちだ。SoundCloudを通して知り合い、オンライン上にコミュニティを形成する若者たち。「私たちはデジタルキッズだから、インターネットで見つけた“Shit”な音楽を作っているだけだ」とd0llywood1が語るように、digicoreシーンとは、回線を通じて熱心にミームを送り合っていた「悪ノリのコミュニケーション」が発端にある。
その音楽性にも、ティーンネイジャーから熱烈に支持されるヒップホップクルーDrain Gangからの影響が色濃く現れているほか、少年時代に心酔したであろうEDMやエモラップなどを脈絡なくマッシュアップすることで「キッズによる、キッズのためのポップ・アンセム」を作ることに注力してきた。
この10代の「内輪ノリ」がSpotify公式プレイリストという舞台に引き上げられたことでhyperpopは「新時代の刺激的なサウンド」として注目され、多くの無名アーティストが世に出るきっかけとなったことは間違いない。しかし、「人生で一度もA.G.Cookを聞いたことがない」と語るアーティストすらもプレイリストに加入しているように、hyperpopが無遠慮なタグとして多くの若いアーティストを悩ませたことも事実だ。
glaiveやquinnらが加入していたDiscordサーバー『Loser’s Club』の創設者であるDaltonが語るに「当時は遊びでフリースタイルをやっていたけど、こんな状況になるなんて正気の沙汰じゃない」と、hyperpopプレイリストがもたらした影響への戸惑いを露わにしている。後にglaiveがメジャーレーベルと契約を果たす頃には、コミュニティごと瓦解したという事実も付け加えておきたい。
こうして巨大な波を正面から食らったような状況を経て、2020年12月にSoundCloudによって編纂されたプレイリスト『Pop's Next Evolution: Digicore』は、「コミュニティ・ファースト」を掲げて誕生した。
ここで立役者となったのが、Billy BugaraというSoundCloudのクリエイティブディレクターだ。2001年生まれでボストン大学の現役大学生でもある彼は、同プレイリストのキュレーションを依頼されたことについて以下のように語っている。
「はじめは、『このコミュニティ(digicore)のアーティストは何にもカテゴライズされたくないはずだから、別の方法を考えたほうがいい』と(SoundCloudに)伝えました。しかしアーティストたちに聞いてみると、『このシーンをカテゴライズする必要がある。何か名称が必要だ』と主張したんです」
つまり、インターネットキッズたちはhyperpopのタグを拒むために、新たな名前をもってイメージを刷新することを要請したのだ。2021年1月にはSoundCloudによりdigicoreシーンを紹介するドキュメンタリー映像が公開され、hyperpopと何を異とするのか、ただのマイクロジャンルとして整理されるべきでないことが説明された。
この映像を監督したBillyは、その後もVICEやComplex、Lyrical Lemonadeなどの大手メディアに寄稿し、digicoreシーンを宣伝するスポークスマンとして活躍している。
disicoreの揺りかご“Discord”
概していえば、digicoreの華々しい創造力の開花は2010年代のオンライン環境やDTM環境の変化により用意され、そして全世界的に現実が不能に陥ったパンデミックにより加速した。この項ではdigicoreの発展の鍵でもあるDiscordコミュニティについて説明する。
そもそもDiscordとは、2015年にローンチされたゲーマー向けのプラットフォームだ。ユーザーがクラウド上にサーバーを用意して他者を招待し、それぞれのサーバーで独自のルールを決めて運用する仕組みとなっている。創業者であるJason Citronは「招待制のカフェの一室を持っている人を想像できるなら、Discordはそれのデジタルバージョンのようなものです」と語っている。
もともとはゲームカルチャーと密接に結びついたプラットフォームだが、2022年現在では、ゲームに限らず特定の趣味や関心を共有するコミュニケーションツールとして利用されていることが多い。例えば「JP Classroom」という日本語学習者を対象にしたサーバーには約6万人が集い、K-POPアイドルBLACKPINKのファンコミュニティには10万人以上のユーザーが参加している。この例のように「公開サーバー」と呼ばれるセミオープンな設定ができる一方で、厳密にクローズドなコミュニティ設計も可能だ。
さて、digicoreシーンに話を戻すと、SoundCloudを通して繋がったユーザー同士がより親しい関係を得るためにDiscordサーバーを立ち上げるという例が多いようだ。2017年には先述の「Loser's Club」が、2019年には「Bloodhounds」が出現し、パンデミックを契機に種々のコミュニティが立ち上がるようになる。
これらのサーバーでは、日常的なコミュニケーション(ミームを送り合ったり、『Minecraft』をプレイしたり)だけでなく、制作の経過報告や楽曲の発表、さらにそのフィードバックまでもが同一平面上に並ぶ。ほかにもボイスチャット機能を用いたサイファーを開いたり、音源やプロジェクトファイルを交換して合作に取り組んだり、DAWの画面を共有したライブセッションを実施したりなどの音楽的な交流も行われている。
「このオンラインコミュニティには『プロデューサー・ポルノをつくろう』という精神がありました」というunderscoresの発言は、コミュニティに所属する全員がクリエイターとしての態度を共有していること、そして創作がコミュニケーションの一つの形態であることを示している。たった1分しかない曲、構成やテンポに一貫性のない曲、極端にピッチアップされたラップなど、あらゆる慣例的な制約を破ること――プロデューサー・ポルノを作ること――は、日常的にDTMのtipsや作曲方法をシェアする共同体において、より挑戦的な実践として称賛の対象となるのだ。
このように同一のサーバーに所属するメンバーは、音楽家であり、鑑賞者であり、批評家であり、そして友人であるという多面性を持っている。ブラジル在住のアーティストであるtwikipediaが「リアルでは母さんと1人の友人にしか音楽活動について話したことがない」と述べているように、クラスルームでは得難い、創造的な協力関係が国境を超えて結ばれている。
さらに、極めてプライベートな空間における交流を経ることで、強固な精神的な紐帯が生まれていることは想像に難くないだろう。この事実を反映するように、今はなき「FROMTHEHEART」をはじめ、「Bloodhounds」や「NOVA GANG」、「helix tears」などのサーバーをコレクティブとして見た時に、それぞれに個性的なカラーが現れていることも指摘しておきたい。
もしかすると、この閉鎖的コミュニティが自家中毒に陥るリスクを回避したのは、シーンが立ち上がる早い段階からhyperpopプレイリストに巻き込まれる形でのオーバーグラウンド化が起こったことが影響しているかもしれない。
これまで述べてきたようにdigicoreシーンはPC Musicの高邁なアンチポップの精神に依拠しているわけではない。Discordサーバーという狭く濃密な空間で育まれた内向きでラディカルな共同体意識が新時代のポップソング像を導き出し、とうに先鋭的だったhyperpopと合流したという経緯がある。幸か不幸か、その回路こそがdigicoreシーンのアイデンティティを再考せしめ、デジタルネイティブ世代の新しいエコシステムを自覚し、新たな音楽シーンとしての道を照らしたのだといえるだろう。
デジタルネイティブ世代の創造力が向かう先
オンライン空間を揺りかごにして育まれたdigicoreは、Discordに留まらず新たな音楽的潮流となった。
アーティストのquinnは「(hyperpopより)もっと汚くて、マスタリングされていないサウンドスケープと歪んだ808が曲全体を覆っているのが普通」と表現しているが、まさにdigicoreの中心地は、低クオリティであろうがイリーガルであろうが関係なく、無数の音楽がうごめくSoundCloudに位置している。
ほかにもdigicoreの音楽的特徴は、ボーカルにもトラックにも激しいエディットが施されている点に表れている。ヒップホップをルーツに持ちつつもラッパーとトラックメイカーが分業せず、プロダクションの全てを一人のアーティストが手掛ける傾向は、パンデミック下のベッドルームで発展したシーンであることと結びつけて考えられるだろう。
キャッチーな多重ボーカルが特徴的なSoundCloudアーティストtsuyunoshiは、既存のタイプビートをエディットすることで独自のトラックに変貌させるというユニークな方法を採っている。マイクとラップトップさえあればオリジナリティ溢れる楽曲が作れるというのが、digicore的なメソッドだ。
またdigicoreシーンの人気アーティストでもあるdltzkのアルバム『Frailty』ではアコースティックギターの演奏をスマートフォンで収録して編集するという、DTMだけに収まらない新たな表現に挑戦している。さらに『Frailty』のリリース日には専用のDiscordサーバーが用意されたことも付け加えておきたい。公開するや世界中のファンがSpotifyの再生ボタンをタップし、テキストチャットで実況を行う(数多くのミーム画像が飛び交った)という新時代のリリースパーティは、digicoreシーンを象徴するかのような出来事だった。
国内でもdigicoreシーンと共鳴するSTARKIDSやtrash angelsなどの新世代が台頭してきている。SoundCloudを主戦場として頻繁に他アーティストとコラボレーションを行うのも、このユースシーンの特徴といえるかもしれない。
こうしたアーティスト達の活躍は現場にも表出している。これまでに都内で4度開催されたイベント『Demonia』は、SoundCloudで人気なアーティストをブッキングすることで若い世代から熱烈な支持を得ている。その高い熱量は以下の動画から是非確認してほしい。
パンデミック下に発展した音楽が現場の人々を踊らせているという事実に、一種の感慨を覚えざるを得ない。今や多くのユースカルチャーにおいて、オンライン空間は現実のオルタナティブではなく、リアルの延長線上にあるものだ。そのように考えると、デジタルネイティブ世代にとってdigicore的な制作手法や音楽的特徴は、あくまで現実と向き合う手段として新たなスタンダードとなっていくのかもしれない。