Travis Scottが3rdアルバム『Astroworld』でサイケデリックラップを追求し、後の音楽業界に絶大なインパクトを残したことは言うまでもない(商業的な点においてもだ)。彼と同郷のヒューストン出身アーティスト=Don Toliverは、おそらく彼の影響を最も受け、かつ同じ音楽路線で絶大な成功を手にした弟子の1人だろう。『Astroworld』のリリース前日にミックステープ『Donny Womack』を発表しキャリアをスタートするが、Donのキャリアの成功は師匠であるScottのアシストなしでは考え難い。全米中のキッズを虜にするScottのアルバムにたったの1曲でさえ参加できれば、新人ラッパーにとってスポットライトの量としては十分だ。“Can’t Say”でメインストリームに現れたDonは、Scottの音楽レーベル=Cactus Jack Recordsからの莫大なサポートを味方にシーンで頭角を表し始める。
後にレーベルメイト達と制作したコンピレーション作品『JACKBOYS』で、DonはYoung ThugやPop Smokeと言ったビッグネームを名を並べるまでに登り上がった。2020年にはデビューアルバム『Heaven or Hell』をリリースし、メロディックなR&Bとドラッギーなトラップサウンドを融合させた音楽性を確立する。難解なリリシズムは無し、彼の音楽は極めてヴァイブスとフック重視の音楽だ。そしてそのユニークなヴォーカルは、一度耳にしたら忘れることはないだろう。
そんなDonのソフォモアアルバム『Life of a Don』は、前作同様にサイケデリックでトリッピーな音像の作品に仕上がっている。Mike Deanのシンセとハイハットに重なるリヴァーブとスロウなドラムパターン、彼独特のファルセットヴォイス。これらがDon Toliverのムーディな音楽を作る構成であり、リリックにおいても反復的な点は拒めない。しかし、それこそがDonの音楽の最大の魅力であり武器だ。彼の抽象的なコンセプトは良い意味でリスナーに固定概念を与えず、サウンドトラックとも言えてしまうくらいぼんやりしているのだ。アルバムオープナー“XSCAPE”から“Way Bigger”までの序盤3曲は『Heaven or Hell』のボーナストラックとも思えてしまうが、リードシングルとして先行でリリースされた“What You Need”やKali Uchisが客演する“Drugs N Hella Melodies”は、ジェネリックになりがちな彼のトラップサウンドに艶やかな質感を加えている。Travis Scottは“Flocky Flocky”と“You”でフィーチャーしており、後者は彼の名曲“Maria I’m Drunk”を彷彿させるようなフロウが楽しめる1曲だ。“Swangin’ On Westheimer”は彼の故郷=ヒューストンにあるストリートの名前を使ったトラックで、DonはミッドテンポなR&Bバラードで囁くように優しく歌う。
しかし、彼が最も生き生きとする瞬間は、終盤に向けて続くハイピッチな楽曲で感じられる。“OUTERSPACE”では、コンプトン出身ラッパー=Baby KeemのヴァースとDonのヴォーカルが絶妙にマッチし、曲のクライマックスに向けての盛り上がりも完璧であり、KeemとDonの相性は間違いないものだ。HVNとSoFaygoが参加する“Smoke”も、単調になりがちな他の楽曲とは一線を画す変化球なビートのトラックに仕上がっている。アルバムハイライトはポップでキャッチーな“Crossfaded”だろう。浮遊感が心地よいサウンドの上でDonは軽やかに歌う(ガールフレンドのKali Uchisに向けて歌われているであろう。)、「君に会うと気分がハイになって特別な感情が生まれる/たまに君はトキシック」。
繰り返し語られる内容のリリックからDonの内面性が未だ感じられないのが心残りな点だ。3枚目の作品とありながら、リスナーは27歳のアーティストについて僅かなことしか知らないようである。しかし、今作が最も輝く瞬間は“Crossfaded”や“Drugs N Hella Melodies”のようなメロディックなR&Bであり、これらの楽曲を通じて新たな彼の一面が見えた点はアルバムの収穫だろう。『Life of a Don』は前作に似通う点も多々あるものの、「Travis Scottの音楽」から脱却しようとするDon Toliverの姿勢は見受けられる。(島岡奈央)