FNMNL (フェノメナル)

【インタビュー】ILL-BOSSTINO『KINGS CROSS』|ヒップホップを突き詰めていけば絶対にここに来る

THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOとdj hondaがタッグでフルアルバム『KINGS CROSS』を完成させた。若いリスナーにとってdjhondaの名前は知らなくても「h」のロゴキャップは見たことがあるはず。その主である彼は1990年に単身渡米。ニューヨークのシーンで初めて実力を認められた日本人ヒップホップDJだ。そしてKRS-ONE、Common、Mos Def(Yasiin Bey)、De La Soul、EMPDなど90年代を代表するラッパーたちと共演してきた。

09年から日本に拠点を構えたdj hondaは、15年にB.I.G.JOEと、19年に紅桜とそれぞれジョイントアルバムを発表。そして今回、ILL-BOSSTINOとがっぷり四つでアルバムを制作した。FNMNLではILL-BOSSTINOにインタビューを実施。dj hondaとの出会いから、アルバムを完成させるまでの話を聞いた。

取材・構成 宮崎敬太

撮影 : 堀哲平

hondaさんのビートは他の人のビートと混ぜられないし、混ざらない

- BOSSさんとdj hondaさんとのファーストレコーディングは17年にリリースされたB.I.G.JOE×dj honda“STILL feat. ILL-BOSSTINO”なんだとか。

ILL-BOSSTINO - そうだね。hondaさんとその後に一緒に飲む機会があって「一回スタジオ来いよ」って言ってくれたんだ。今回のアルバムの2曲目に入ってる“GREED EGO”はその時録った。去年の秋だね。

- 正直、BOSSさんがdj hondaさんとタッグでアルバムを制作するというニュースは意外でした。

ILL-BOSSTINO - ほとんどの人がそう感じたと思うよ。

- “GREED EGO”はプリプロのつもりで録ってたんですよね? THA BLUE HERBといえば、作品はもちろん、ライブパフォーマンスにいたるまで完璧主義者という印象を持っていたので、“GREED EGO”のエピソードにはものすごく驚きました。

ILL-BOSSTINO - hondaさんは、自分の中から出てきたエナジーをそのままパッケージすることを大事にしてて。初期衝動の良さというか。俺自身も1st、2ndくらいの時はそれがヒップホップだろうと思ってやってたんだけど、だんだんとテクノロジーが進化して「もっとこうしたい」「これをやってみたい」というのが増えてきて。今言ってくれた通り、俺らは作品をどんどん整えて完璧なものを作る方向に進んで行ったんだよね。

- その到達点が19年にリリースされた2枚組のアルバム『THA BLUE HERB』でした。

ILL-BOSSTINO - そう。俺もO.N.O.も作り込んでいく方法論はあの2枚組で極めたと思っていた。「これ以上同じことをやってもな」ってタイミングで今回のプロジェクトが始まったんだ。

- プロジェクトが去年の秋にスタートしたということは、YOU THE ROCK★さんのアルバム『WILL NEVER DIE』の制作とも並行してたということですね。

ILL-BOSSTINO - そうだね、同時進行だった。そういう意味では、(『KINGS CROSS』の制作が)YOUちゃんのラフさを整えすぎないことにもリンクしていったんだよね。

- なるほど。ちなみに一緒にアルバムを作ろうというのはBOSSさんからオファーしたんですか?

ILL-BOSSTINO - 最初は色んなトラックメイカーと曲を創る中の1曲になるかなと思ってたんだけど、hondaさんと喋ってる中で「これはアルバムっすね」って感じになっていった。あの人はレコーディングも、ミックスも、マスタリングも自分でやる。だから何もかもがホンダさんの音になる。仮に他のプロデューサーと作った曲も含めて作品を作った場合、最終的にホンダさんとの曲も他の曲と同様に別のエンジニアに渡してもろもろ調整することになる。そうするとホンダさんのあの独特な音の感じが無くなってしまう。それじゃ意味ない。それくらい個性的な音。他と混ぜられないし、混ざらない。だからアルバムでいこうと思った。

- “GREED EGO”をレコーディングをした時、dj hondaさんはミックスまでされたんですか?

ILL-BOSSTINO - うん。俺のレコーディングも含めて2時間くらいで全部終わったよ。

- じゃあビートは事前にもらってた?

ILL-BOSSTINO - それはどうだったかな……。たぶんスタジオで初めて聴いたと思う。

- ぶっつけ本番で録った曲なんですね。

ILL-BOSSTINO - 今回はそんな感じが多かったよ。hondaさんのスタジオって真っ暗な場所で。時間はもちろんいろんなことを忘れて音楽だけに集中できる。スピーカーの音質も、音のデカさもぶっ飛ぶくらいヤバい。レコーディングの時はそんな密封された環境で2人きりになる。そうなると、こっちも勝手にいろいろ考えちゃって。「できねえやつだと思われたくない」とかさ。それで気負ってプレッシャーを勝手に感じたりもしたよ(笑)。

- dj hondaさんはどんな方なんですか?

ILL-BOSSTINO - 優しい人だよ。

作業のスピード感も、音楽的な広がりも、すべてにおいてレベルが違いすぎた

- ぶっつけ本番で録っていくとなるとフリースタイル的な瞬発力が必要になりますよね?BOSSさんのリリックというと事前に用意して、さらに推敲に推敲を重ねるイメージがあるのですが、今回はどのように進めていったんですか?

ILL-BOSSTINO - 今回のメインプランはさっき言った通り俺の中から出てきたエナジーを大事にするってことだった。メロディーやフロウに関しては作り込むより一発勝負の反射神経で出てきたものの面白さは理解してる。もちろん俺もレコーディングの場には練りに練った言葉だけを持っていった。録りに関しては一発で終わらせたけど、俺は思いつきでレックした言葉を100年残る商品にするほどは信じてない。言ってくれた通り、推敲したいし作り込みたい。あとあと後悔したくないからね。だから勿論細かい直しは入れてるよ。単語レベルで言葉を変えたり、滑舌の悪いところを録り直したり。とはいえ、どの曲も多くて直しは3回くらい。基本はセッションのノリというか。一発勝負って感じだったよね。

- 制作期間はどれくらいでしたか?

ILL-BOSSTINO - 週に1回スタジオに行って、1曲を長くて5時間くらいで制作する。YOUちゃんの作業もあったし、ライブがある週もあったらからだいたい半年くらいだね。hondaさんの膨大なストックを聴いて、そこから好きなのを選んでレックする。あと事前にビートをもらってたパターンもあって。そういう場合はこっちもしっかり歌い込んでレコーディングに臨んだ。

- “A.S.A.P.”の「遅いぞ遅いすか? 遅いな これでも俺的には相当早く〜」というラインはとても印象的でした。客観的に見てBOSSさんは相当やってると思うので。あれは実際にdj hondaさんから言われたことですか?

ILL-BOSSTINO - うん。あの人は普通じゃないからね。たぶん今この瞬間も1人でやってる。

- dj hondaさんがビートを作っている時、BOSSさんとコミュニケーションをとったりしたんですか?

ILL-BOSSTINO - 作業中はあんまりないね。hondaさんが目の前でひたすら淡々と作ってる。俺はそれに合わせていくだけ。

- BOSSさんは何をしてるんですか?

ILL-BOSSTINO - リリックを整理してる。

- これまでどの現場でもBOSSさんがボスだったと思うんですが、今回は……。

ILL-BOSSTINO - もちろんhondaさんだよ。

- それってどんな経験でしたか?

ILL-BOSSTINO - 良かったよ。実績もあるし、出音もすごいし、ストックもすごいし、作業も早いし。アレンジの能力もピカイチ。この人に任せよう、ついて行こうと思った。

- アレンジは具体的にどう変わっていくんですか?

ILL-BOSSTINO - その日の感情で変わっていく。

- ブログで書かれていた「あとはもう気の向くまま。同じ曲でも、毎日ガラッと変わる」というのはそういうことなんですね。

ILL-BOSSTINO - そうそう。ノリなんだよね。その瞬間の空気でどんどん変わっていく。俺はhondaさんのビートに負けたくなくてなんとか夢中で乗っかっていった。変わっていくスピードと精度がジャズミュージシャンを感じさせた。2人でジャムしてる感じ。

- そのスピード感はこれまでのキャリアの中でも経験したことがなかった?

ILL-BOSSTINO - 比べ物にならないね。音楽的な広がりも含めてレベルが違いすぎる。あんな人は他にいないよ。

- ってことはUSの最前線でやってるラッパーたちは、その精度とスピード感で制作してるということですか?

honda - そうなんじゃない?hondaさんが言うならそうだと思うよ。だってそこにいたんだから。

俺は別に10代、20代の人達に向けて音楽やってないよ

- “DRAGGIN' MY LIP”の「連日パーティー三昧口先のファンタジーばかり 深い話にならない そんなラッパーなんかに 堅気の代弁なんてまるで務まらない」というラインと、“REAL DEAL”の「HIPHOPは生活 そこは明確びくともしねえ自主制作」というラインが、この年齢でフリーランスのライターをやってるからこそ、沁みるものがありました。

ILL-BOSSTINO - 俺は別に10代、20代の人達に向けて音楽やってないよ。

- そうなんですか?

ILL-BOSSTINO - 20代の頃は20代の時の気持ちを20代に向けて歌ってた。30代も、40代も、ずーっとそれを続けてきた。ずっと目線は平行。上でも下でもない。その時の俺の年齢で思う事をそのまま歌ってきた。もちろんバックインザデイみたいなことはできる。けど俺は自分の思うことしか歌えないし、自分が立ってるところから見える景色でしか歌えない。もちろん(若い世代に門戸を)閉じるつもりはないよ。20代の人には俺が20代で作った曲を聴いてほしいとは思う。今は50歳だから50歳の景色を歌ってる。

- ではBOSSさんはどんどん更新されるシーンをどう見てるか。

ILL-BOSSTINO - それはポジティブに見てるよ。みんなかっこいいし、いいじゃん、最高じゃんって思う。でも、俺とその人たちは違う。生きてきた時間が違う。俺は俺の与えられたビートで一番かっこいい曲を作るってだけ。これまでもこれからも。みんなも好きにやんなよって感じ。干渉しない。っていうかhondaさんもそうだよ。トレンドはもちろん、過去の評価も、音楽ライターも関係ない。良い作品を作ることだけ。自分が唯一の尺度。鳴ってるビートを自分で評価できるかどうか。それだけ。

- なるほど。では大きな話題になった「FUJI ROCK FESTIVAL ’21」のMCについてもお伺います。あれは事前に言おうと思っていたんですか?

ILL-BOSSTINO - 一字一句決めてたわけではないよ。俺らの出番は最終日(8月22日の日曜日)だったから、金曜くらいから札幌で配信を見ながらゆっくり考えてった感じだね。

- Twitterではコロナ禍での開催の是非について喧々諤々でした。音楽は娯楽だけど、同時に関わる人たちにとっては仕事でもあるので、そのもどかしさを言葉にしてくれたのは個人的に嬉しかったです。

ILL-BOSSTINO - 俺に関していえば、ライブは以前のようにできてない。けどその分、作品に打ち込める時間はできた。だけどライブだけで仕事が成り立ってる人たちもいるからね。いろんな人がいて、いろんな意見があって、分断はやっぱりあるっちゃあるけど、それでも音楽に携わってるみんなで乗り越えていくしかないよね。

- では最後にdj hondaさんとのアルバム『KINGS CROSS』を完成させた今はどんな気持ちですか?

ILL-BOSSTINO - アルバムを完成させた時は毎回思うことだけど、ようやくここまで来たって感じだよね。THA BLUE HERBだったらいろんな文脈がある。対シーン、シーンの中の自分たち、これまでやってきたこと、変わったこと、変わらないこと……。でも今回のプロジェクトはそういう流れや、ましてやトレンドとかまったく関係ない。hondaさんも全く構ってないし、俺もそこに乗っかって目の前のビートと勝負することに専念してた。ただクラシックを作った確信はある。10代の人も、20代の人もいつか気づいてくれる。ヒップホップを突き詰めていけば絶対にここに来る。だって俺がそうだから。昔ヒップホップにハマった人、今までずっと追い続けてきた人、この辺は絶対に全員に響く。ヒップホップの道の終着駅の一つ。そういう作品。

Info

アーティスト : dj honda × ill-bosstino(ディージェイ・ホンダ×イル・ボスティーノ)タイトル : KINGS CROSS(キングス・クロス)レーベル : THA BLUE HERB RECORDINGS発売日 : 2021年11月17日(水)※ILL-BOSSTINOの表記は通常全大文字ですが、 本作のアーティスト表記としてのみ全小文字となります。

販売店URLs : https://thablueherb.lnk.to/kingscross 

①通常盤(CD)フォーマット : CD(初回生産限定デジパック仕様、歌詞カード付属) / DL品番 : TBHR-CD-038税抜価格 : 3,000円バーコード : 4526180580546 

収録曲

1. DO OR DIE WITH NO REHEARSAL

2. GREED EGO

3. A.S.A.P.

4. KILLMATIC

5. REAL DEAL

6. EVERYWHERE

7. SIGNATURE

8. 'CAUSE I'M BLACK

9. UNCHAIN

10. BANDIERA

11. COME TRUE

12. KEEP WHAT YOU GOT

13. SEE YOU THERE

14. GOOD VIBES ONLY

15. DRAGGIN' MY LIP

16. STRONG ENOUGH 

②受注生産限定盤(CD+Rap Tee)フォーマット : CD(初回生産限定デジパック仕様、歌詞カード付属)+Rap Tee(Tシャツ) ※CDは通常盤と同じモノになります。

品番 : TBHR-CD-038BLM / BLL / BLXL / BLXXL税抜価格 : 9,000円Tシャツのボディ、色、サイズ展開 : United Athle 5942-01(6.2oz.)、黒色、M / L / XL / XXL

バーコード : 4526180580553 / 4526180580560 / 4526180580577 / 4526180580584 

収録曲

1. DO OR DIE WITH NO REHEARSAL

2. GREED EGO

3. A.S.A.P.

4. KILLMATIC

5. REAL DEAL

6. EVERYWHERE

7. SIGNATURE

8. 'CAUSE I'M BLACK

9. UNCHAIN

10. BANDIERA

11. COME TRUE

12. KEEP WHAT YOU GOT

13. SEE YOU THERE

14. GOOD VIBES ONLY

15. DRAGGIN' MY LIP

16. STRONG ENOUGH

※CDの内容は通常盤と同じになります。

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